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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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補完[救い-9]




 討伐者ギルド支部から程近い、とあるホテルの一室にスレイは再び訪れていた。

 今日は寝起きではないドロシーに迎え入れられ、二人で細やかな慰労会を開催する。

 逃亡と潜伏を続けていた修道女二人を確保したことで、取り合えず目下の悩みが一つ減ったことを喜ぶための集まりであった。

 ちなみに時刻は討伐者的には真夜中――要するに真昼間なので、二人が囲むテーブルにあるのは酒類ではなくお茶と焼き菓子だ。



「それで? なにか目ぼしい情報は得られたのかい?」



 問い掛けたのはドロシーだ。

 件の修道女を追跡して直接確保したのは彼女自身であるが、彼女の役割はそこまでで、それ以降はスレイ子飼いの諜報員が引き継いだのでドロシーは関与していない。

 ドロシーが対象を確保したのはかなりギリギリのタイミングで、というのも修道女達は下層の住人であるゴロツキどもに、まさに捕らえられ凌辱される寸前であったからだ。抵抗の末の激しい戦闘があったらしく、ドロシーが現着した時には既にゴロツキ共はほぼ全滅、修道女の一人は意識がなく、もう一人は十割がた死んでいた。

 尤も、ギリギリだったのはタイミングだけの話であって、どちらに針が振れていてもドロシーとしては問題なかったのだ。要するに、ドロシーの任務は必ずしも修道女を生け捕りすることではなかったので、死んでいたらそれはそれで確実に死んでいることを確認出来れば問題なかった。

 結果的には、修道女の片方は死に、もう片方は生きたまま確保することになったわけだ。生きて確保出来た以上は情報を引き出さない理由がないので、その結果はどうだったのかとドロシーはスレイに問うたのである。



「全然。強いて言えば教会さんとベルフェルテの因縁がちょっと詳しく知れた程度ね。どこまでが史実かわかんないやつ」


「ボクに言わせれば、どこまでが創作かわかんないやつ、だけどね」



 その微妙なニュアンスの違いに、スレイは呆れたように鼻を鳴らした。

 創作によって脚色された史実だろうが、史実によって脚色された創作であろうが、どちらにせよ信憑性は迷子である。



「幸い、話が通じそうなほうが生き残ってくれたし、勝手に自失してくれたから精神解体仕掛ける手間も省けたし、儲けものかと思ったんだけど……」


「そうそう色々と上手くはいかないものさ」


「それな」



 諜報員による尋問は、これ以上得るものはないと判断されて打ち切られた。元々、修道女が死んでいても構わないと言っていたスレイなので、結果が空振りに終わったこと自体は惜しむでもないようだ。



「そういえば、その修道女はどうするつもりなんだ? もう用はないから処分するの?」


「んーん。ベルさんとこに任せるつもり」


「『剣の誓い』に?」



 なんでまた、とドロシーが首を傾げると、スレイは経緯を説明してくれた。

 どうやら、修道女の居場所を掴むのに一役買ってくれた東方人――ケイとの約束を果たすためらしい。修道女を確保した暁には、彼女等が保有している義体関係の知識を訊き出す機会をケイに提供するという契約だったのだとか。同時に、その知識を有効活用出来る技術者を紹介するという契約も交わしていたらしく、それ故にスレイは該当する技術者を擁している『剣の誓い』に対して口利きをしたということだ。

 まあ、あそこのサブリーダーであるイザベルとスレイはバッヘル領では共に活動した仲だし、命を救った恩義もあるから断られることはないと踏んだのだろうとドロシーは考える。実際、イザベルは二つ返事で引き受けてくれたようだった。



「生きてる方はそれでいいとして、もう一人の遺体はどうするのさ」


「そっちもベルさんに任せるわ」


「遺体を任されても困るんじゃないの?」



 裏家業のスレイ達に任せておくよりは、まだしもイザベルのほうが真っ当な弔い方を手配してくれそうだし、そういう意味では故人のためと言えるのかもしれないが。

 するとスレイは苦笑気味に言う。



「だってそういう約束だもの」


「あのケイって子との?」


「そ。義体の情報を訊きだす機会を作って、それを活用できる技術者を紹介する。違えはしないわ。例え相手が死んでいてもね」



 つまるところ、故人から情報を訊きだすことは出来ないので、技術者に引き渡して勝手に調べてもらおうということか。

 実際に調べるかどうかはイザベルの判断に任せるとして、とりあえず選択肢を用意したことでスレイのほうは契約を履行したと主張するつもりなのだ。



「ふぅん……」


「なに?」



 疑問の乗ったスレイの視線を受け流し、ドロシーはクッキーを一つ齧る。

 ドロシーはスレイの判断に若干の違和感を覚えないでもなかったが、よくよく考えてみればこの女が変なのは今に始まったことではなかった。



「なんというか、キミにしては投げ遣りだな、ってね」


「そうかしら? どうせ私達の手には負えないんだもの。大人しく餅屋に任せるわ」


「もち……?」



 早速変なこと言ってら、とドロシーは溜息を吐いた。





 ◇◇◇





 クランハウスの廊下を歩いていたルークは、曲がり角で自身の母親と遭遇した。

 出会い頭にぶつかりそうになって、互いに道を譲り合ってから相手の正体に気付く。



「おっと……母さん」


「おはようルーク」



 二人ともが朝食をとるために食堂に向かうところだったので、自然な流れで肩を並べて歩き始める。ルークはイザベルが現れた方向が彼女の自室とは違うことに気付き、そしてすぐに思い至る。



「シスターの様子を見てきたのか?」


「うん。ケイちゃんと一緒にね」



 この『剣の誓い』のクランハウスに教会の元シスターであるラクサーシャとドルチェの身柄が預けられて、今日で三日になる。ついでに言うと同じタイミングでケイを始めとした東方人四人組をも迎え入れており、彼等も現在はここで生活している。元々このクランハウスは人不足ゆえの部屋余りだったので、住人が増えること自体は全く問題ではない。

 ちなみにルークとマルグリットは現在一時的にこのクランハウスに滞在していて、他の友人達は変わらずパーチで生活している。ルーク達だけがこちらで過ごしているのは、単に新生英雄伯家の家族交流のためである。

 それはさておき、何故シスター達やケイ達が突然ここに転がり込んできたのか、ルークは詳しい事情を知り得る立場になかったが、アンジュ改めスレイがまた絡んでいることくらいは知っている。なので、まあどうせアイツがいつもみたいに何かやらかしたのだろう程度に考えていた。



「相変わらずか……?」


「相変わらずよ。今日も今日とて、ずっと静かに亡骸を見詰めてたわ」



 イザベルが憂鬱な面持ちで言う。

 シスターラクスことラクサーシャの話である。

 彼女はここに来てからずっと、同じ行動を繰り返している。朝起きればケイに頼んでドルチェの元に運んでもらい、そのまま一日中ずっと、ベッドの上に横たわるドルチェの亡骸を無言で眺めているのだ。

 昨日も、一昨日もそうだった。

 きっと今日もそうなるのだろう。

 基本的にはラクスの世話をするのはその役目を買って出たケイに任されているわけであるが、イザベルも気にはなるのかちょくちょく顔を出して見守っているようだ。



「どうにかしてあげたいものだけど。ラクサーシャさんも、ドルチェちゃんも。このままじゃあ、あまりにも居た堪れないわ」


「…………ああ」



 歯切れ悪く俯きがちになるルークを、隣を歩きながらイザベルが覗き込んでくる。



「責任を感じてるの?」


「うん……感じないわけがねえだろ」



 だって、とルークは歯を食いしばる。



「だって、ドルチェを殺したのは俺だ」



 最終的に、直接的に手を下したわけではない。

 しかしながら、ドルチェが命を失うことになった最も大きな要因は何かと考えれば、間違いなくルークとの戦闘で負った傷のせいだろう。

 無論、あの時の二人は敵対関係だったし、命を懸けた真剣勝負の結果だ。ルークもルークで運よくスレイが通り掛からなければ死んでいた可能性が高かったし、お互い様と言えばそれまでだ。

 だけれど今、こうしてドルチェは死に、ルークは傷一つなく生きている。

 この事実に思うところがないとは、到底言えなかった。



「後悔してるの?」


「してるよ」



 しないわけがない。

 即答したルークに、イザベルが静かに問いを重ねてくる。



「じゃあ、間違ってたと思う?」


「思わない」



 これもルークは即答した。

 ではあの時ドルチェと戦った己の行動が間違っていたのかと言われると、それもないと思うのだ。

 ルークはあの時自分が為し得る精一杯をやったのだ。間違ってなどいなかった。だというのに、そう思うのに、こういう結果になってしまったことが、意味も解らず悔しくて仕方がないのだ。

 拳を握るルークの頭に、イザベルの手がぽんと置かれた。

 その撫でるでもない手は、ルークの良く知る母親の手であった。

 いつの間にか二人の身長差は殆どなくなって、ルークの頭に手を置いたイザベルの姿は、昔と比べれば随分と奇妙な感じになってしまっている感は否めないが。



「なら、今を覚えておきなさい」


「…………ああ」


「そして、次はもっと上手くやりなさい」



 強くあれ、そして、強くなれ。

 そう諭す母親に、ルークは頷いて見せた。





 ◇◇◇





 ピン、と張った糸に魔力を流す。

 そのまま徐々に負荷を掛けていく。



『99……99……99……』



 無感情な音声のアナウンスが響く。

 それは一定のペースで同じ数字を繰り返していた。



『99……99……103……144』



 不意にアナウンスの数字が大きく跳ね上がり、そこでロイドは負荷を掛けるのを止めた。



「ふむ……この辺か」



 一人でブツブツと考察を呟きながら、手元の用紙に実験の結果を書き込んでいく。時折、誰かに向けて何事かを問い掛けると、先程のアナウンスと同じ音声が端的に返答を寄越し、それを受けてロイドは再びペンを動かす。


 そんな白衣の後ろ姿を微妙な顔で眺める男が一人。

 このクランハウスの主である、英雄伯シリウスだ。



「なあ、なにやってんの?」


「見ての通りだが?」


「見てわかんねえから訊いてんだが?」



 ロイドに用があって彼の実験室を訪れたシリウスであったが、彼がなにやら実験を行っているようだったので一段落するまで邪魔しないように見学していた。

 と言っても、いくら眺めていても何をしているのかさっぱりであったわけだが。器具を使って伸ばした糸にテンションを掛けつつ、魔力を流したり流さなかったりしているだけにしか見えなかったのだ。



「ルークとマルグリットが持ち帰ってきたフェムトファイバー擬きの性能試験をしていた」


「ああ、例の寺院の」


「ドルチェという修道女が操っていた、言わば人工フェムトファイバーとでも言うべき物質だな」



 ドルチェの名前が出た際に、シリウスの顔が少しだけ強張る。

 そんな様子には気付くことなく、白衣のポケットに両手を突っ込んだいつものスタイルになったロイドは、寝不足気味な人相で不機嫌そうに言葉を続ける。



「結論から言えば即座に使い物になる類のものではない。これが恐るべき性能を発揮していたのは術者であるドルチェの資質によるところが大きい。他の人間が同じように糸を精製したとて、彼女のそれに比肩することはそうそうないだろう」


「よくわからんが、つまり使えないってことか?」


「現時点ではな。だが、少なくとも人の手で作り出されたという一点だけで、充分に研究する価値がある。術者本人が生きていれば話が早かったんだがな」



 術者であるドルチェも、義体の製作者であるクロスも、既にこの世に居ないのだ。人工フェムトファイバーの実物がサンプルとして手元に残っただけでも僥倖だろうとロイドは言う。

 それから、シリウスはもう一つ気になったことを訊いてみる。



「さっきから喋ってたのは、もしかしてソレか?」



 ソレ、とシリウスが指示したのは、ロイドの作業机の上に置かれた円盤状のユニットだ。

 それは『剣の誓い』が現在三基だけ保有し運用している『マギアドライブ』のうちの一基であり、学生のミアベルとレックスに貸し出されたものを除いて、唯一ロイドの手元に残っているドライブであった。



「ああ。教育がてら簡単な計算なんかをやらせている」


「いつの間に喋れるようになったんだ」


「一々表示を読み取るのが手間だったんで、報告させるようにしたんだ。あくまでも、計算結果を音声として出力しているだけだから、コイツが意志を持って話しているわけではないぞ」



 なんだ残念、とシリウスは肩を落とす。



「なんか聞き覚えのある声じゃね?」


「クリスティンの声だからな」


「レックスのメイド? なんでまた」


「彼女が一時的に俺の助手をしてくれていた際に、音声のサンプリングに協力してもらったからだ。当初は俺自身の声をサンプリングするつもりだったが……いやいい、何も言うなシリウス。その顔だけで充分だ」



 うんざりした顔で手を振るロイドに、この気持ちが伝わったようでなによりである。

 折角喋らせることが出来るようになったのなら、その声音はロイドのような陰気な野郎のものではなく、クリスティンのような快活な女性のものであるほうがいいに決まっている。あらゆる男性がそう思う。シリウスだってそう思う。


 それで、とロイドがぶっきら棒に仕切り直す。



「くだらん与太話をしにきたわけじゃないだろう。なにか用か?」


「あー……いや、」



 見抜かれて、シリウスは気まずく頭を掻く。



「そのドルチェの件なんだが、今うちに居るのは知ってんだろ?」


「……経緯程度は聞いている」


「んでな、なんとかして、弔ってやりてえんだ。このままじゃあんまりだろ。ドルチェも、ラクサーシャも」



 シリウスがそう言うと、ロイドは鼻を鳴らした。



「やればいいだろ」


「できねえからお前に相談しに来たんだろうが」



 問題となっているのはドルチェという少女の特殊な身体のことだ。

 つまり、義体だ。

 シリウスやイザベルの勝手な感傷に過ぎないのかもしれないが、少女の遺体を弔うのに、あれらの義体をそのままにしておくのは憚られるのだ。火葬にするにしろ、土葬にするにしろ、棺に納めるのに義体は必要ないはずだ。

 あの戦うことに特化したような禍々しい意匠の義体と、死してなお一緒というのはあまりにも救いがない。せめて、魂くらいは義体から解き放ってやりたいとシリウスは考えていた。



「完全には無理かもしれねえが、可能な限り、生身の身体にしてやりてえ」


「ドルチェの亡骸から義体を取り除けということか?」


「そうだ。不本意かもしれんが、お前しか頼めるヤツが居ねえんだ」



 ロイドはあくまでも魔法具の技術者であって、死者を弔う専門家ではない。職業柄、人間の死体を見た経験もそれなりにはあるだろうが、だからとて死体から義体を切り分けろというのは普通に畑違いだし、気分のいいことではないだろう。

 しかしながら、ドルチェの特殊な境遇を鑑みれば下手に外部の人間に任せることは出来ないし、こと義体に関して言えばこのクランで最も見識があるのは間違いなくロイドだ。

 だから頼む、と頭を下げたシリウスに、ロイドは少し思案してから答える。



「……ドルチェが憐れかどうかは俺達が決めることではないが、現実的に、義体を目当てに墓を暴かれる可能性が否めない以上、極力取り外しておくことは正しいだろう」


「やってくれるか!」


「ああ。俺としても、義体に興味はあるしな」



 言いつつ、ロイドは机上のマギアドライブを浮かせて片手のグローブのハードポイントに懸架する。掌に乗る程度のサイズだが、高度な魔法モデルの集積体であるマギアドライブは見た目からは想像出来ないほどに重いのだ。普通には持ち上げられない。



「早速だが、少し確認してみるとしよう」



 ロイドは白衣を翻し、欠伸を噛み殺しながら歩き出す。

 ドルチェの遺体が安置されている部屋に行くようなので、シリウスも彼と共に向かうことにした。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 尊厳の回復。 死者の安寧。 宗教観により実施内容の是非は変わりますが、悼む気持ちがラクスに伝わる事を祈ります。 [一言] >音声のサンプリングに協力してもらった 昔勤めてた会社の装置には…
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