補完[救い-4]
~"転生令嬢"プリムローズ~
まず前提として。
「何故、ベルフェルテの居場所を教えることが私達への対価になると思うの?」
あれが強力な魔物であるから、秘密裏に居場所を掴んで討伐すれば報酬を独り占め出来るとか、そういう次元の相手ではないことは、それこそケイさんが一番よくわかっているはずだ。普通に考えれば高々討伐者の一クラン風情が知ったところで有効活用など出来ない情報だ。結局ギルドに伝えて他クランと連携しつつ討伐方針を組み立てねばならない相手に違いないのだから。
私の問い掛けに、ケイさんは僅かに目を伏せて、
「そんな気がしただけです……」
勘かい。
まあ私達が堅気じゃないってのはケイさんもなんとなく察してるだろうから、判断材料がないわけじゃないけど。そこでカマをかけたりブラフを使わずに、馬鹿正直に知らないことを知らないと言ってしまうあたりはなんだかなぁという感じだ。
これで私達が『いやそんな情報要らないっす』とでも言ったらどうするつもりだったのだろうか。
「どうする? りーだー」
一応ハイメロートの意見も伺ってみるが、彼は視線だけで『任せる』と返してきた。
ふむ、と私は一つ間を置き。
「ま。確かにその情報はとっても欲しい」
「! では……」
「んだけど、なんで貴女がそれを知っているのかしら?」
彼女とベルフェルテに術理的な繋がりがあるという可能性は、現実的にあり得ることだ。ケイさんはベルフェルテの呪詛と長いこと共存し、存在を作り変えられつつあった。呪詛そのものが解けたとて、ベルフェルテに寄ったその存在が、大元を感じ取れたとしても然程おかしな話ではない。
だが、もしそうであれば、それはそれで別の問題が出てくる。
即ち、ベルフェルテのほうがそれをわかっていないはずがないから、わかっていて敢えてケイさんを野放しにしているということは、そこにベルフェルテの意図があると考えられるからだ。
有り体に言って、罠である可能性が否定出来ない。
「私はベルフェルテの居場所を知っているわけではないし、存在を感じ取れるわけでもないです」
「ふぅん?」
「ただ、たぶん誰よりも正確に、彼女の居場所を掴めると思っています」
そう告げたケイさんの面持ちは、自信なさそうなのに確信的という矛盾を孕んでいた。
「東方の魔法には、貴女方からすれば不可思議なものがそれなりにあります。例えば陸刀会寺院の結界は個人の認識に基づいて通過させる人間を選別することができます。西方のロジックでは『教徒を通過』、『異教徒を阻止』とは設定できても『潜在的な善悪』を選別基準に考慮することができません」
「そうね。東方のロジックであれば『悪性の教徒を阻止』して、『善性の異教徒を通過』させることができる。個人の認識に基づくから、法則的に運用できないし再現性が非常に低いという欠点もあるから、一長一短だわね」
ちなみに魔法オタクの私としては結構興味深いところがあるのは否定しないけど、自分で使う気になるかと言われたらノーである。
だってイチ足すイチが場合によってゼロになったりサンになったりするのだ。弾力的な運用っていう範疇ではない。信頼性が低過ぎて使えたものじゃない。理系の私には受け容れられないマジで。
なお、感情という変数にも法則はあるのだろう。ただしそれは上位法則の更に上、意識界に属する法則であろうから、私達にはどうあがいても理解など出来ない代物であるというだけで。
私が東方の魔法にもある程度の理解があることを察した様子のケイさんは一つ頷き、口を開く。
「……では、東方の魔法の特性を最もよく表した、象徴的な技法がなにかご存じですか?」
「ええ。占術でしょ」
所謂『うらない』とか『まじない』とかって呼ばれる類のものだ。
迷信の類ではなく、歴とした技術体系としてのそれである。
「ははあ、てことはケイさんがここに来られたのも、私に会える場所を占った結果ってこと?」
「そうです。私は占術士ではないので、できることはごく簡単な占いに限られますけど、失せもの探しは大得意です。故郷でよくやっていたので」
なるほどね。
ケイさんがこのクランハウスの所在を知らなくても、適当な棒を持って道を歩き、岐路に差し掛かるたびに『スレイに会いたい』という感情を変数として魔法を構築して棒を倒すとあら不思議、棒の倒れた方角に進み続けると本当にここに辿り着いてしまうのだ。
これは当然、私がクランハウスではなく討伐者ギルドに居ればそっちに辿り着く。
魔法が使えれば誰にでも出来ること、というわけではない。並の術者であれば的中率も高が知れているだろうし、術者本人でも成功しているかどうかわからないという、まさしく『よく当たる占い』程度のものでしかなくなる。
だが、このケイさんの魔法資質は尋常ではない。ベルフェルテという強力な魔物に目を付けられ、国家規模で見出されたほどのものだ。そして彼女の想い――『友達を救いたい』という願いは本物だ。強大な資質に強靭な願いが合わさった時、おまじないが最高の結果を叩き出したとしても何もおかしなことはない。
「話はわかったわ。貴女は占いでベルフェルテの居場所を掴み、私達に伝える。もしそこに本当にベルフェルテが居たならば、私は対価として貴女のお友達を治療する……ってことでオーケー?」
「はい。構いません」
「契約書作る?」
作るつもりで一応訊いてみると、予想に反してケイさんは首を横に振った。
「作らないでいいです」
「いやいやよくないって。ちゃんとしとかないと、後で泣きを見るわよ」
『血の誓約書』とまでは言わずとも、せめて明文化しておかねば後から対価を踏み倒し放題ではないか。
普通に心配になってしまって私が言うと、ケイさんは何故か少しだけ納得したような表情で、微かに笑った。
これまでの緊張した面持ちとは一変して、素直な感情がそのまま出たような顔だった。
「貴女を信じています」
「いやいや……私、貴女に信頼されるようなことしたっけ?」
「むしろ、信頼されるようなことしかしてないと思いますけど……」
なんでや、と憮然とする私が視線を感じて横を向くと、ハイメロートがなんとも言えない顔をしていた。なんでや。
「約束を反故にするつもりがあるんですか?」
「ないけどさ」
「うふふ……」
うふふじゃないんだが?
くっそぅどいつもこいつも私をいい人にしやがって!
一応言っておくけどな、私は必要なら普通に騙すし、約束も破るし、人も殺めちゃう極悪人なんだからね!
いや冗談ではなく、ガチで。
「まいいや。そしたら早速お願いできるかしら。すぐできる?」
「はい。地図はありますか? できるだけ大きなものがいいです」
それならダイニングに行けばブラックピッグが用意した東部マップがある。調査内容の書き込みがあるヤツは見せられないが、それとは別に地理把握用のものが用意してあるのだ。
ケイさんを案内してダイニングへと移動すると、食事用の大テーブルの上に所望の地図を広げて、彼女に場を譲る――――前に。
「ねえケイさん」
「はい?」
「ベルフェルテの前に、ちょっと別のものを捜してもらえないかな?」
少し思うところがあってそう言うと、ケイさんはきょとんとしながらも「構いませんけど」と返す。またも入り口近くの壁際に立っているハイメロートは口を出す気はなさそうだ。
「私に捜せるものなら、ですけど」
まったくの縁もゆかりもないものは、捜せなくもないけれど的中率がそれこそ占いレベルに落ちてしまう。ケイさんがベルフェルテを正確に捜せると踏んでいるのは、彼女達の間に強固な縁があるからに他ならない。それは事実関係というよりは、ケイさんの認識的な意味合いが大きいのだが。
知っている相手を捜すのと、知らない相手を捜すのでは、願いの具体性がまるで違うのだと言えば近い表現だ。
その点、問題はない。彼女にまず捜して欲しいものとは、
「修道女を見付けて欲しいのよ。二人一緒に居るはずだから、ドルチェのほうを捜してくれればいいわ」
「……確かに、知らない相手ではないですけど。あの子を見付けてどうするおつもりですか?」
「取り合えず捕まえて尋問かしら。ほら、クロス氏が逝っちゃったから、結局訊きたいこと訊けず仕舞いなのよ」
「なるほど……」
ケイさんは少し考え、ややあって条件を出してきた。
「あの……もしあの子を捕まえられたら、義体について訊く時間をもらってもいいですか?」
「ん? ああ、リュウさんの腕のためかな」
「それに、リンちゃんの脚も、ですね」
四肢を失ったお友達に、義体を用意してあげたいってことね。
幼いドルチェはともかくとして、ラクサーシャのほうは自身の義体について多少なりとも理解しているだろうから、まったく同性能のものは作れずとも参考程度にはなるだろう。
「訊く機会を設けるのは構わないんだけど……あの、失礼ながら、訊いてどうにかできるの?」
あの義体、どう見ても先端的な魔法技術の塊だったわけだけども、本当に失礼ながら、ケイさんが原理や構造を聞いたところで有効活用出来るとはとても思えない。偉そうに言ってるけど、私だって勉強しなければ無理だ。
私の気まずい問い掛けにケイさんは押し黙り、それは考えていなかったのかフリーズしたまま目まぐるしく思考を回しているようだったが、徐々に徐々にだんだんとその表情が泣きそうな感じに歪んできた。
なんだかぷるぷるしてる。
涙は出てないけど、完全に涙目だ(?)。
「………………えぅ」
「技術者も紹介してあげるね?」
「はぃ……」
くぅ、なんて手強い相手なんだ。
なんか不憫過ぎて思わずまた世話を焼いてしまった!
いや違うんですよ聞いて? たぶんケイさんはとっても一生懸命なんですよ。本当にお友達を助けたい一心で行動してるんですよ。交渉事も荒事も全然に違いないのに、たった独りで奮闘してるんですよ。つい先日あんな目に遭ったばかりだというのに、まだ傷心して塞ぎ込んでいても仕方がないと言える経験をしたというのに、なんて健気なんや。
だって普通に不幸過ぎるじゃんこの人。よくわからない強大な魔物に呪詛を掛けられて、存在を歪められる苦痛に長いこと苦しめられ、呪詛が解けても外見は元に戻せる目途もない。普通だったら折れるかグレるで。
なんていうのかなぁ、かまってちゃんならぬ、かまってあげたいちゃんなのだ。もうそういうオーラが出てる。彼女のお友達一同が東方から遥々この国まで旅をしてきたのも、そんなケイさんを助けてあげたくて仕方がなかったからに違いない。
だから私は悪くない。思わず優しくしちゃっても不可抗力なのだ。俺は悪くねえ! 俺は悪くねえッ!!
気を取り直して、テーブル上の地図を見据えたケイさんは、外套の内側から一振りの小刀を取り出した。
それなりに年季が入っていそうだが、物を斬ったような痕跡があまりうかがえない。拵えから察するに、おそらく実用品ではなく儀礼用の刃物なのだろう。
ケイさんはその小刀で自身の頭髪のほんの一房を切り取り、小刀の柄から刀身へと緩く巻き付けて、捧げ持つように眼前に翳した。
そしてその唇が、小さな韻律を紡ぎ出す。
「――――『くしとり かみよのほりに あひにけり』」
たった一文で、変化が始まる。
彼女が小刀に巻き付けた頭髪が、微かな輝きを帯びたのだ。
「――――『かみとりて かみかど たてはらひ』」
それは不思議な抑揚を有する『まじない歌』であった。
簡略化されたと思しき文言から察せられるに、民間に口伝で継承されてきた術法の類だろう。
「――――『みつ いつ ななつ さはり しりぞけ』」
ケイさんの歌に呼応するように、小刀に巻き付けた頭髪が光の粒となって虚空に解け、そして劇的に広がる。
クランハウスのダイニングを、決して狭くはない室内を席巻するように、夥しい量の光の粒子がどこからともなく舞い始め、ケイさんの周囲で踊るように渦を巻いて集束していく。
白い光は目に優しく、不思議なくらいに眩しくない。
いつの間にか壁際から離れて私の傍らに来ていたハイメロートが小声で呟く。
「凄まじいな」
「ええ。私もこれほどとは思ってなかった」
「これはどういう術法なんだ?」
「詳しくないけど、たぶん東方における龍神に祈祷する歌を簡略化したものね」
なにか特定の目的のためのもの、というよりは、神様に色々な願いを聞いてもらうための歌という意味合いが強い。
万障を退けるためのお守りみたいな呪歌。
「――――『さまたぐる あらみさき さかきすつ』」
「……これで効果が得られるということは、願いを叶える神が実在するということか?」
「さぁね。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
私なりの理解をするならば、ここで言う神とは媒介に過ぎない。
ケイさんが自身の魔力を以てして根源的なナニカに接続して、望む情報を引き出しているのだ。しかし人の身にその高次情報の認識は不可能なので、便宜的に神という存在を定義して高次情報トランスとして機能させている。
根源的なナニカとは、なんでもいいが、例えばあらゆる魂の帰する場所。集合的無意識。アカシックレコード。とかそういうのだ。
勿論、私達の認識し得ない高次領域に、本当に神と呼ばれる存在が居るという可能性も、否定する根拠はない。
「――――『かみたち へいもちて はらひけむ』……」
かしこみかしこみ。なむなむ。
ケイさんの歌の終わりに乗じて、周囲を舞っていた光の渦が一筋の流れとなってテーブル上の地図へと降り注いだ。それは強く輝く光点となり、ただ一つの地点を指示していた。
神事の余韻を静かに収めるように暫し沈黙した後、ケイさんは光点を示して言う。
「そこに、シスタードルチェが居ます」
私は頷き、ハイメロートに目配せをした。
ハイメロートは小さく了承の返事をすると、ダイニングから出ていった。外部で展開しているブラックピッグと月光に指示を出すのだ。本当にその場所にドルチェが居る保証はないので、ブラピには情報共有として知らせるだけ、実際に行動に移すのはドロシーだけだろう。
なお指揮系統は私が頂点で、その下にハイメロート麾下の『ヴァイスヤークト』と、ハイメロートと同列の立場に外部協力者としてのドロシーが居る。ドロシーは私の指示以外では動かないが、私の指示を受けたハイメロートの指示でなら動く。これは先日彼女と取り決めたことだ。
その時、くらりとケイさんの身体が揺れたので、私は時間を停滞させて彼女の背後に寄ると、ゆっくりと倒れてきた彼女の身体を抱き留める。
「大丈夫?」
「えぅ……すみません……こんなに魔力を使うと思ってなくて」
都合のいいことにすぐ傍に椅子があるので、取り合えず彼女をそこに座らせる。地図上の光点は徐々に輝きを弱めていて、小刀に巻かれていた頭髪は神への供物として捧げられたのか、跡形もなく消えていた。
「実は、初めてやったんです」
「そうなの?」
「はい。貴女に会うためのおまじないとか、簡単なのは何度か試したんですけど、大掛かりなのはこれが初めてで」
「ぶっつけ本番ってこと?」
「できるとは思ったんです。……まじない歌は、故郷で母に教わりました。でも、魔力を籠めるやり方は知らなくて。皮肉なことですけど、それを教えてくれたのは緑后だったんです」
ベルフェルテの呪詛はケイさんの身体を蝕み、魔力の大部分を封じ込めていたが、その経験が彼女に魔力というものを強く理解させたのだろう。きっと元々持っていた占術士としての素養と合わさって、呪詛が解けた今になってようやく、初めて本領を発揮出来るようになったということだ。
一度もやったことがないけれど、出来ると確信している――それは一見矛盾しているような感覚だが、こと魔法使いにおいてはままあることだ。かくいう私も、学院に入るまでは一度も転神を使ったことがなかったが、しかし感覚的に出来るということは疑っていなかったように。
「なにはともあれ、一息入れましょう。すぐに結果はわかるわ」
私が言うとケイさんは、こくり、と頷いた。




