補完[救い-5]
~"転生令嬢"プリムローズ~
キッチンでお茶を淹れてきてケイさんと自分の前に置き、ハイメロートの戻りを待ちつつ一服する。ケイさんの症状は急速な魔力消費による一時的なものなので、座って少し休んだらすぐに回復したようだった。回復したら回復したで現状に落ち着かなくなってきたみたいで、私になにかを訊きたげな視線を飛ばして、しかし私と目が合うと慌てて俯いたり、椅子から立ち上がって意味もなく部屋の中を歩いてみたり、外套のフードを被ってみて、やっぱり下ろしてみたり、唐突に前髪が気になったのか窓硝子に姿を映してみて当然映る魔物化した容姿に意気消沈してみたり、有り体に言って挙動不審過ぎるケイさんの姿を私はのほほんと見守って過ごした。
なんか、絶妙に弱弱しい振舞いが、小動物的で見ていて和むのだ。
いやぁ、マリアを思い出すなぁ。あの子は元気にやっているだろうか。休暇の間にギリアムくんとお茶とかして少しくらいは親密になっているとプリム的には嬉しいのだが……――無理だろうなぁ(達観)。
私にとってはあっという間の、ケイさんにとっては長い待ち時間を経て、ハイメロートが部屋に戻ってきた。
揃って視線を向けた私達に、彼は常通りの表情で告げる。
「修道女達の身柄を確保した、と報告があった」
ケイさんは言葉通りに受け取って安堵したような息を吐いたが、私はハイメロートの物言いに少々含むものを感じた。なにか付随事項があるようだが、まあ後で聞けばよいか。
修道女の身柄はハイメロートの指示でこのクランハウスに運ばせるように手配したらしい。確保に動いたのはドロシーだろうが、移送にはブラピの部下連中あたりが働くことだろう。
「ケイさんとの約束は守れそう?」
尋問に際して義体の情報を得たいとのことなので、つまり確保した修道女達はものを話せる状態であるのかという確認だ。
ハイメロートは頷いてみせる。
「義体について訊き出すことは可能だろう」
「あ、あの、別に普通にお話させてもらえれば、私はいいので……」
襲われた相手だってのに、人が好いなあ。
たぶん根本的に、怒りとか恨みとかの感情が長続きしない人なんだろう。
「ええと……それじゃあ、ベルフェルテのほうも捜してみますね」
「疲れてない? 日を改めてもいいのよ?」
「いえ……私のわがままですけど、できれば早く済ませてしまいたいので」
ケイさん自身も、まじない歌でちゃんと対象の居場所を掴むことが出来て安心している様子だった。それと同時に、少しだけ自信が付いたような雰囲気でもある。
人の好い彼女には陰謀絡みの状況そのものがストレスだろうし、早くやることをやって楽になりたい気持ちもわかる。
折角やる気になってくれているところに水を差したくはないのだが……、
「うーん」
「あの、何か心配事が……?」
ケイさんの占術の有効性は疑いようがない。彼女は実績を示した。
だからこそ、私は一つ憂慮することがあるのだが、最終的には悩んでいても仕方がないと結論する。
「いえ、なんでもないわ。それじゃあ宜しくね」
「? はい。わかりました」
腑に落ちないような顔をしながらも先程と同じように準備を進めていくケイさんを他所に、ハイメロートが私に窺うような視線を寄越してくる。彼の視線の意味を理解し、私は無言で頷いて返した。
ケイさんはまた髪のほんの一房を切り取り、小刀に巻き付けてまじない歌を口ずさみ始める。
先程と同じように供物の髪が光となって空に解け、部屋中に白い光が満ちる。
「――――『しりぞけ おをまきて …………え?」
突如、であった。
部屋中に満ちて穏やかな白い輝きを放っていた無数の粒子が、一斉に。
茫、と湧き立つように。
鮮やかで底知れない『碧』へと変じた。
「なっ――」
ケイさんが驚きの声を発する猶予すらなく、無数の碧い光は黒く爛れたように淀み、歪み、そして内側から弾けた。濁流のように溢れ出したのは、黒々とした闇が象る、蛇のような細く長いナニカであった。
夥しい数だ。元々の白い光が部屋を埋め尽くすほどだったというのに、そこから更に膨張した黒い濁流は、最早視界の全てを埋め尽くしていると言っても過言ではない。
「ひ、きゃああぁぁぁぁぁッ!!?」
壁際に居た私達には目もくれず、黒い濁流は部屋の中心のケイさんへと殺到したようだった。視界は完全に遮られてわからないが、ケイさんの叫び声が彼女の危機を伝えてくる。
「ハイメロート!」
この光景の正体に見当がついていた私は、ハイメロートの名を呼ぶ。
ここは私ではない。これに対処するならば彼のほうが適任だ。
そして名を呼ばれるまでもなく、黒い濁流が溢れ出した瞬間に彼は既に動いていた。
硬質な異音が連続して響く。
ハイメロートが後腰に装備した仰々しい魔剣の鞘が、その拘束術式を解き放ったのだ。鎖を力づくで引き千切り、金属が弾け飛ぶような、悲鳴の如き甲高い音だ。
身体を大きく捻り、踏み込みつつ、ハイメロートは抜刀と共に薙ぎ払った。
迸ったのは、黒い濁流とはまた異なる黒であった。
矛盾を体現する漆黒の輝き。
光源ではあり得ず、逆に影を誘引する、吸光の斬撃。
――魔剣。銘を『蝕』という。
喰らい、蝕み、破壊する。禁忌を具現した必滅の刃である。
ハイメロート自身が担い手であった時には『名もなき魔剣』であった。それは彼の生き様を映す鏡であったから。そして今、魔剣を振るっているのは変わらずにハイメロートであるが、担い手は私となった。
故に、『蝕』。
これを我が生き様と解す。
漆黒の斬撃は黒い濁流を吸引し飲み干すように、たった一振りで部屋中に満ちていたそれを一掃してしまった。そしてケイさんが魔剣に魅了される隙を与えず、ハイメロートは何事もなかったように魔剣を納刀した。
鞘に施された拘束術式もまた、何事もなかったように元通りに復帰している。
「…………」
ぱちくり、と何が起きたのかわからないという顔で座り込んでいるケイさんは、一瞬見えない間にだいぶ様相を異にしていた。
視線避けとして纏っていた外套は跡形もなく消し飛び、その下の衣服も殆ど原型をとどめないほどに破壊されてしまっている。というか殆ど裸なのだけど、まるきり狼藉者に乱暴された後みたいで憐れみしか湧かない有様であった。
ケイさんはややあって自身の身体を見下ろし、
「…………えぅぅ」
と真っ赤になって膝を抱えるように丸くなった。
「なんか着るもの探してきて」
という体でハイメロートを追い出すと、私は室内でも変わらずに羽織っていた討伐者スタイルの上着を脱ぎつつケイさんに歩み寄り、露になったその肩に掛けてあげた。
ケイさんは蚊の鳴くような声で何かを呟く。たぶんお礼を言おうとしたのだろうけど、殆ど声になっていなかった。
「あの……私、なんで……」
「ベルフェルテに反撃されたみたいね」
所謂『呪詛返し』というやつだ。
ベルフェルテがケイさんのまじない歌を認識してやり返してきたというよりは、ただ単になんか自分を探るような働きがあることに感付いて、探り返してきただけだろう。
簡単に言えば、ベルフェルテが術者として格上過ぎたので、ケイさんのおまじないが通用しなかったのだ。
「あの黒いへびへびは貴女の存在を探ろうとする作用ね。で、視線避けの外套が術理的に邪魔だから吹き飛ばしたってとこかな」
その下の衣服は巻き添えである。
間に合ったと言えるかどうかは微妙な有様だが、少なくとも衣服を破壊される程度で済んだのは僥倖だ。
私の上着を羽織って、一生懸命に前を閉じて身体を隠すケイさんは、傍に立っている私を上目遣いに見上げてくる。
「もしかして……こうなるってわかってました?」
「半々かな。勿論、何事もなく成功してくれれば一番だったけど、一筋縄ではいかない気もしてた」
私も占術は専門外なので、対象とされた側がどういう感覚で、どういうリアクションをしてくるのかは未知数なところがある。ただ、自分の常識に当て嵌めてみて考えれば、自らを捜索する正体不明の魔力の働きに気付いたとすれば、それを放置するという選択肢はない。
結果的には、やはりベルフェルテは気付いたし、反応もしてきた。
こうなるかもしれない、と半ば予想しながらもケイさんにゴーサインを出したのは、それはそれで望ましい結果が得られるかもしれなかったからだ。要するに、ケイさんを囮にしてベルフェルテの所在を掴めるかもしれない。ケイさんの占術に対する呪詛返しに対して逆探知を試みたのだ。
現実は、それも含めて一筋縄ではいかなかったわけだが。
「えうぅぅぅ~~~~」
「な、なに?」
魔物化の影響で涙を流せないらしいケイさんが、そこ以外はどう見ても完全に涙目な表情で私を睨んでくる。
「予想できたなら、教えてくれてもよかったのに…………!」
「いやぁケイさんやる気だったから、水差すのも悪いかなって」
「うそです! 囮にしただけのくせにっ」
「ごめんて」
「このっ! このぉ!」
座り込むケイさんは傍に立つ私の脚を片手でぺしぺしと叩いてくる。
なにその可愛い怒りかた――って言いたいところだけど普通に痛い。わりと洒落にならないくらいにぺしぺしが痛い。アヴァターの基礎防御力貫通してくるくらいに痛い。そりゃあ魔物の力で叩いてるもん痛いわけだ。
「ねえケイさん」
「えいっえいっ、ぁはい?」
「貴女の力は紛れもない本物だわ」
修道女達の所在も寸分違わず正しく突き止めてみせたし、先程のだって、逆に言えばベルフェルテが反応してくる程度には脅威だったということである。
私が語る言葉に、ケイさんは現実感のない顔で「はあ」と生返事をする。
「貴女の力は本物で、願えば望んだ解が得られるというのは強力無比。なにより便利だ」
「えっと……?」
「だけど、便利だからって安易に使うと、こういうことも起こり得るよ……ってのは、理解しておいたほうがいい」
「!」
ここで彼女が素っ裸に剥かれてしまったのは半分私のせいであるかもしれないが、それって裏を返せば私達が居たからそれで済んだのだとも言える。仮にあそこでハイメロートが斬り込まなければ、ケイさんはベルフェルテの呪詛返しに呑まれて、きっと碌でもないことになっていただろう。
ケイさんは直接この場を訪れて私達の前で占術の効果を実証しようとしてくれたからよかったものの、これが一歩間違って、私達には結果の情報だけを売り付けるつもりで寺院で予め占術を済ませておこうと考えたとしたら。
私もハイメロートも居ない場で、ベルフェルテからの反撃にケイさんは為す術なかったはずだ。
ケイさんは悔しそうな顔で俯く。
彼女がなにを悔いているのか、なんとなく想像は付くが、それは私の今の忠告に真っ向から逆らう行動に他ならない。
だが、ややあってケイさんは、それでも口に出した。
「あの、もう一回、挑戦してみてもいいですか……?」
予想通りに申し出に、私はあからさまに溜息を吐く。
「あのね、たった今私が言ったこと覚えてる?」
「お、覚えています。理解もしてます……でも、それでもっ」
「何度やっても結果は変わらない。貴女とベルフェルテの間にはそれだけの地力の差があるってことなの。てか、何度も繰り返せばあちらさんも対応を変えてくるだろうし、私達だってそう何度もうまいこと守ってあげられるわけじゃない」
「えぅ……」
「どうしても自殺したいってんなら、止めはしないけど他所でやってね」
何故ケイさんがこうまで拘るのかは、考えるまでもないことだ。
傷付き昏睡しているお友達を助けるための交換条件が、ベルフェルテの居場所を掴むことであるから。つまり失敗したケイさんのお友達を私が助ける理由はないし、ケイさんが有する唯一の札が通用しない以上、彼女は最早打つ手がないということだ。
「代わりの服は用意してあげるから、着替えて帰りなさいな。もう、貴女にできることは何もない」
「………………はい」
可哀そうなくらいに意気消沈してしまった姿には心が痛むが、こればっかりはしょうがない。
約束は約束だ。
私に約束を破る気がないことを敢えて確認してきたのはケイさん自身だし、だから私は失敗した彼女に対価を払うことはないのだ。
「ああそれと、修道女の居場所を掴んでくれた件は別件だから、そっちの対価は心配しないで」
「………………はい」
本当に小さな声で返事をしたケイさんは、『それだけあっても意味がない』と言わんばかりの雰囲気だ。
修道女を見付けた対価とは、彼女等が有する義体の情報を訊き出す機会を設けることと、これはサービスだがその情報を有効活用出来る技術者を私の伝手で紹介すること。この二つだ。
ケイさんのおかげで修道女の身柄を確保することは出来たので、私にはこれらの対価を報酬として支払う義務がある。
義体の情報を得られれば、リュウさんの失われた腕の代替とすることが出来るかもしれないので、完全に無意味ではない。しかしケイさんにしてみれば、それは最優先ではなかったはずだ。もう一人、脚を失ったというお友達は、義体を製作する云々以前に、然るべき治療が受けられなければ遠からず命を落とす可能性が高いのだから。
「一応確認しておくけど、修道女確保の対価は、彼女等から義体の情報を得る機会を用意すること。そしてその情報を活用できる技術者の紹介、」
「わかっています……すみません、おまかせします」
事務的な遣り取りをする気力もなくなってしまったのか、生気のない目をしているケイさんに、私はそれでも言葉を止めない。
気の毒だけど、この辺りはちゃんとしてもらわなければ私だって困る。
というわけで最後まで聞いてもらわなくてはならない。
「――と、お友達の傷を癒して目覚めさせること。以上で間違いないわね?」
「………………え?」
少々理解に時間を要した様子のケイさんが呆然としているので、私は念押しをすることにする。
「以上、三つの対価を私は貴女に支払う。それでいいわね?」
しぱしぱ、と何度か瞬きをしたケイさんは、それから表情を歪めて非常に悩ましげな顔になり、最終的には凪いだ表情で首を横に振った。
「違います。貴女に求めた対価は最初の二つだけです…………ありがとう。でも、」
大丈夫です、と言おうとした彼女を遮って、私は畳み掛ける。
「ごめんなさいね。私、素人が相手でも手を抜く気はないの。契約内容はちゃんと履行するし、してもらう」
「? あの、ですから――」
「私、こう見えても記憶力には自信があるのよね。だから断言するけど、対価は絶対に今の三つだったわ」
そう。約束は約束だ。私はそれを反故にする気なんてない。
ケイさんが何を言おうとも無駄である。
だって、契約内容は事前にこうして契約書に――――
――――してないんだなぁ、これが。
「それとごめんなさい。こちらの落ち度で契約書を紛失してしまったみたいなのよ。だから確認する術はないんだけど」
「あ……」
「まあ契約書がないんだからお互いの合意でやるしかないと思うんだけど、どうかしら」
私は私の絶対的に優秀な記憶力(笑)を疑う気なんてないから、対価は三つだ。三つと言ったら三つなのだ。
なんせ、私の記憶力は原作知識をうろ覚え出来る程度には優秀なのだ。
聞いて驚け! 私はたった五十行前に書かれていたことさえ忘れるぞ! ふふふ、怖いか?
「あの、」
ケイさんが何かを言い掛けたようだが、残念、私のターンはまだ終わっていないぜ!
「それから落ち度ついでにもいっこごめんなさいなんだけど」
「え?」
「義体の技術者を紹介するって言ったけど、実は私の伝手にそんな人居ないのよ」
つい言っちゃったけど、これは困った。契約不履行が起きてしまう。これはよくないですよ。
というわけで、
「だから、知り合いのクランを紹介するってことでいい? そこなら魔法具に強い技術者も抱えてるはずだからさ」
先方も嫌とは言うまい。
そもそも乗りかかった舟だろうし、なんか私に無駄に恩義を感じてくれてる節があるから。
私としてもここらで清算しておきたいところだし、ちょうど良かった。
「『剣の誓い』って言うんだけどね」
「………………」
呆然と私を見上げるケイさんの顏が、徐々に赤らんでいく。
彼女の瞳は相変わらず雫の一つも零していなかったけれども、私はその姿に『よく泣く子だな』という印象を抱いた。
そして彼女は表情をくしゃくしゃに歪めると、不意打ち気味に立ち上がって私の胸に飛び込んできた。
「わっとと、ちょっとちょっと、どうしたのいきなり」
身長差のせいもあって胸に埋まっているケイさんの背を支えつつ問うも、彼女はえぐえぐと言いつつ頭をぐりぐり押し付けるだけだった。
どうやら離してくれそうにないので、そのまま彼女の背中をぽんぽんとたたいてあげる。
ついでに、いらないことに気付いてしまう。
「貴女、涙は出ないのに鼻水はしっかり出るのね」
「ずびび……えぅう~」
ああもう。しょうがないなぁ。




