補完[救い-2]
ロイエンタールの街の外れに所在している東方陸刀会の寺院。
二階の一室にてベッドに横たわり、昏々と眠り続ける女性が居た。その傍らには、椅子に座ったまま項垂れるもう一人の女性の姿がある。座る女性は室内だというのに外套を着こみ、フードを目深に被って人相を隠していた。
「リンちゃん……」
ケイは眠り続ける友人の名を呼ぶ。
修道士クロスの一味による襲撃から数日、負傷による昏睡状態に陥っていたリンは未だ目覚めていなかった。一時はかなり危険な状態であったと聞くが、倒れたリンを見付けて応急処置をしてくれたマルグリットとルークの働きの甲斐もあって、既に命の別状はない状態にまで持ち直してはいる。
だが、逆に言えば、まだ命が助かっただけなのだ。
眠るリンの足元に視線を向けると、本来右足があるべき部分には、膝から下が何もない。
ケイの表情が悲痛に歪む。
寺院を襲撃したシスタードルチェからケイを逃がすために単身立ちはだかったリンは、奮戦虚しく敗北を喫し、ドルチェの魔法糸によって右足を拘束されたのだ。しかしリンはその状態から、あろうことか自身の足を切断してまで抜け出し、追い縋ろうとした。結果的には部屋の外の廊下まで這いずったところで力尽き、そこをマルグリット達に発見された形だ。
せめてマルグリット達がもう少し早く到着していてくれれば、と責任転嫁の醜い声がケイの脳裏を反芻する。リンの足のことを知ってから、今日まで幾度となく繰り返した思考だ。勿論、実際はまったく逆なのだと理解はしている。マルグリット達が遅かったからこうなったのではなく、マルグリット達が来てくれたからリンは一命をとりとめたのだと。
誰が本当に悪かったのかと言われたら、クロス達が悪いのは当然としても、それに次ぐ悪は間違いなくケイである。
何故って、ケイが居なければそもそもリンがドルチェと戦うことなどなかったのだ。
リンは目覚めない。
まだ。
あるいは、もしかしたらこの先ずっと。
彼女の傷の処置をした医者の見立てでは、リンは血を流し過ぎたのだ。あと少し発見が遅れていれば間違いなく失血死していたと言われる程度には。そのせいで脳に巡る血が足りず、リンは昏睡したままになっている。こうして見るとただ安静に眠っているだけに思えるが、魔法による処置を施されているので見た目にわからないだけで、傷口などは今も魔法具の包帯で雁字搦めだった。
今にも目覚めるかもしれないし、このままずっと眠ったままかもしれない。医者はなにも保証出来ないことを詫び、しかし覚悟だけはしておいたほうがいいと言い含めていった。
もしこのままリンが目覚めなかったらと考えると、震えるほどに恐ろしい。
蓋を開けてみれば、結局ケイだけが不当に平静だった。
片脚を失い昏睡が続いているリンは元より、リュウも片腕を失ってしまったし、ダイも手足を折る重傷だ。それなのに、皆を災禍に巻き込んだケイだけが、掠り傷程度で済んでいるばかりか、長年苦しめられてきた呪詛が解除されるという幸運にすら見舞われているのだ。
「リンちゃん……」
静かに寝息を立てる彼女の手を取り、ケイは祈るように目を閉じた。
自然と思い返されるのは、彼女と過ごした日々のこと。
◇◇◇
陸刀会寺院の浴場は、世間一般でいう大衆浴場と同等の設備である。一度に多数の人間が利用することを想定された設計になっているのだが、現在この寺院に滞在している人間は然程多くなく、とりわけ女性の人数は少ない。
ケイは呪詛により変質した顔面を他人に見せられない都合上、リン以外の人間と共に入浴することが出来ない。幸いにして他の女性滞在者は多くないし、話のわかる人達であったので、お願いして専用の時間帯を作ってもらっている。
今日も今日とてリンと共に浴場にやってきたケイは、脱衣所で服を脱いだ後も無駄な抵抗を続けていた。
一生懸命に顔を隠そうと奮闘しているケイを、呆れた視線で見遣るのはリンだ。
「いつも思うんだけど、隠す場所間違ってない?」
「まちがってないっ」
リンに対して今更恥部を隠してなんの意味があるのか。
そんなことよりも醜い顔面を見られることのほうをケイは厭うた。緑后に掛けられた呪詛の影響で外見が魔物化してしまっているケイの顔は、両目が漆黒に染まり、髪の色素は抜け落ち、肌は浅黒く滲んでいる。異相としか言いようのない姿だ。例え親しい友人であっても、あるいはだからこそ、ケイはこの顔を見せたくないと思っていた。
それに、ケイに言わせればリンのほうはもう少し隠すべきだと思う。色々と。
一糸纏わぬ姿になって、手拭いを肩にかけて堂々と立つリンはあまりにも男らしく、清々しいまでに隠す気がない。ケイの覚えている限りでは、彼女は出会った頃からこうだったし、実兄のダイが言うには幼少からこうだったらしい。
リンの肢体は筋肉質で、肉付きも良い。それでいて全く太く見えないのは、惚れ惚れするような八頭身体型のせいだろう。発育に悩みしかなかったケイにとっては羨ましくて仕方がない理想的なスタイルである。だというのに、リン本人は自身の体型に然程の関心もないのだ。
あれだろうか、物欲なんとかではないが、欲しがるからこそ与えられないように出来ているのだろうか。などと迷走気味な思考すら流れる。
ダイもかなり体格に恵まれているから、きっとシシド家がそういう血筋だというだけだろうが。
「ほら、無駄なことしてないで、こっちにいらっしゃい。洗ってあげる」
「い、いいよ自分でやるから」
「私がしたいんだ」
二人しか居ない広い浴場で、備え付けの椅子に座ってケイはリンに世話をされる。
ケイはいつだって取り合えず遠慮してみせるのだが、結局いつだってリンの押しに負けてしまう。呪詛が末期まで進行してしまっているケイは、最早些細な運動をするだけでも酷く消耗してしまう。それは強大過ぎる呪詛の力を、なけなしの気力まで総動員して抑え込もうとしているからだ。リンがそれを察してケイを気遣ってくれているのは明らかなので、ケイは彼女の優しさを無碍に出来ないのだった。
「ところでケイ、最近ちゃんとリュウと触れ合っているか?」
「え、うん……」
「ほんとか? ケイが居ないところでな、リュウがぼやいてうるさいんだ。最近ケイが冷たい……とか言って」
深刻にならないように、敢えて茶化すような口調でリンが伝えてくるが、内容自体は事実なのだろう。
ケイもそれは自覚するところであったが、如何ともし難い。
そんなわけないとわかっていても、どうしても考えてしまうのだ。
こんな醜い顔を見せたりして、リュウに愛想を尽かされてしまったらどうしよう、と。
「私と兄さんが稼ぎに出ている時は二人きりなんだから、遠慮なく乳繰り合っていいんだぞ?」
「っ!? な、なんてことを言うの!?」
「? いや、恋人同士なんだから普通のことでしょう。というか兄さんもうるさいのよ。貴女達が互いに遠慮がちなのは、もしかして俺達に気を遣ってるんじゃないかー、とか言って」
ケイの髪を丁寧に梳きながら、リンがぼやく口調で言う。その時のダイの口調が脳内で再生されてケイは思わず笑ってしまった。言いそう。めっちゃ言いそう。
リンの言いたいことはわかる。彼女はケイに『気負い過ぎるな』と言っているのだ。普通のことを、普通にしてもいいんだと言ってくれている。
自分達は、それを受け容れるから、と。
「あの、リンちゃんはそういうの大丈夫なの?」
ケイが話を逸らしたことには気付いているのだろうが、リンは気付かない振りで会話を続けてくれた。
「そういうの、とは?」
「だからその、ぇぇと、性欲てきな……」
「性欲処理? 私は私でそれなりに発散してるから気にしないで」
「そうなんだ……えと、ダイちゃんは?」
「知らん。というか流石に肉親の生々しい話は知りたくない」
そう言ったリンの口調がわりと本当に嫌そうだったので、ケイはそれ以上訊かないことにした。
ケイとリンは同い年だ。ケイがそうであるように、リンだって本当は恋愛もしたいだろうし、結婚願望もあるかもしれない。でも彼女がそういう素振りをおくびにも出さないのは、他でもないケイのためだ。
リンだけでなくダイも、望みを追求するのはケイを救うことが出来てから考えることなのだと自身を律している節がある。
「ほら、流すよ」
「わっ」
泡を洗い流すために頭の上からお湯をかぶせられたケイは反射的に目を閉じ、それからプルプルと頭を振って、せめて心構えくらいはさせてくれとリンに言おうとする。
だが、ケイが口を開くよりも先に、リンの腕の中に優しく頭を抱き込まれてしまう。
「リンちゃん……?」
「ケイ、私はね。ケイのためならなんだってできるんだ」
「な、なに? 突然そんな」
「ケイだけじゃない。リュウにも、勿論兄さんにも、私は本当の本当に感謝しているんだよ」
それを言うなら自分達のほうが、とケイは反射的に思った。
だって自分達がここまでやって来られたのは間違いなくリンのおかげだったから。ケイは役立たずのお荷物なので論外としても、それ以外の面子で一番の功労者は誰かと問えば、絶対にリュウもダイもリンの名を挙げることだろう。
「ケイは、私のことを気持ち悪いと思う? 気味が悪いと思ったことはある?」
「っあるわけない!」
「ありがとう。でもね、私はそういう言葉を本当にたくさん言われてきたんだ」
寂し気に告げられた言葉に、ケイは思い当たることがあった。
それはリンという少女の異質さだった。
ほんの幼い頃から完成されたような精神性を有し、年齢不相応に落ち着き払った物腰と、どこで身に着けたのか誰もわからないような知識を振るう少女。故郷に居た頃のリンは少なからずそういう存在であった。
そんな彼女に心無い言葉を掛ける者も、居なかったわけではない。ケイ達の故郷は住人の誰もがそこはかとなく顔見知りなくらいの小さな村だったから、例え陰で言われていることであっても、どうあがいてもそういうのは本人の耳に入ってしまうのだ。
理由は色々だろう。嫉妬であったり、畏怖であったり、忌避であったり。
リン本人はそういう風評が聞こえてきてもなんでもない顔をして、むしろ代わりに憤ったり傷付いたりするケイ達のフォローに回るほどの大人っぷりを当時から見せていたが、決して傷付いていないわけではなかったのだと、今更になるまで知らなかった自分をケイは恥じた。
「私は自覚していたから。そう言われても仕方ないと思ってた」
「そんなことっ」
「なくはない。でも辛かった。自分を隠して生きるのも、隠さずに疎まれるのも。どうしたらいいのかわからない時もあった」
彼女にとっては辛い思い出を語ってくれているはずなのに、腕の中から見上げたケイは、優しく微笑んでいるリンと目が合った。
「私が平気のへっちゃらで今日まで生きてこられたのはね、ケイ達が居てくれたからだ。私が私であることを許してくれる貴女達に出会えたから」
「リンちゃん……」
「ケイはよく、あの時、私達と仲良くなれて嬉しかったと言ってくれるけど、本当は私が言いたいくらいなんだよ? それは。貴女達があるがままの私を受け容れてくれて、私がどれほど救われたことか」
もしそうなら、それはお互い様だとケイは思う。
自分だってリン達には幾度となく助けられて救われてきたし、だから自分の存在が少しでもリンの助けになっていたのならこんなに嬉しいことはない。
ケイは、自分を抱き締めるリンの柔らかな肢体に腕を回して、優しく抱き締め返した。
「だからケイ、どうか、独りで居なくなろうとしないでくれ」
「あ……」
彼女は気付いていたのだ。最後の最期は自分自身の手で幕を引こうとしていたケイの決意に。
「きっとすべてうまくいく。『彼女』に会えれば、ケイの呪詛も解けるし、外見だって元に戻る。だからどうか、」
生きることを諦めないで、とリンは震える声で囁いた。
◇◇◇
「――だからって、」
リンちゃんが居なかったら意味ないんだよ、とケイは呟く。
それこそたった独りで頑張って、自らの足を断ってまで、ケイを助けようとしたのだ。
「そんなになるまで、頑張らなくてよかったんだよ……?」
眠り続けるリンは答えてくれないが、きっと彼女はなんでもない顔をして『ケイの苦しみに比べたらこの程度』なんて言うのだろう。
静かな室内を、窓から差し込む夕日が染めていく。
そこに、外の廊下から足音が聞こえてきて、ややあって大きな影が部屋に入ってきた。
「リンは……起きないか」
眠る彼女を見てそう呟いたのは、松葉杖を突いたダイである。先の戦いで修道女に敗れて手足を折られたダイは、皮肉なことにその修道女が施した応急処置が極めて正確であったおかげもあって、杖を使えば問題なく移動出来る程度には回復していた。片手と片脚を骨折しているので日常生活にも難がある状態に違いないのだが、努めて平気そうに振舞っているのがダイらしい。
彼はケイの隣まで近寄ると、同じように椅子に座ってリンの寝顔を眺める。
ケイもまたリンに視線を向けたまま、ダイに尋ねる。
「リュウ君は」
「寝てる。中々熱が下がらないみたいだ」
修道士クロスとの戦いで負傷したリュウは、傷の度合いだけで言えばリンよりも重傷どころか、普通に死んでいなければおかしい程のものであった。だが、ヴァイオラという討伐者の男性の特殊な能力のおかげで、リュウの傷自体は既に塞がっていて命の危険もない。ケイ達は未だにヴァイオラ達が本当は何者で、何故あの場に介入してきたのかはよくわかっていない。少なくとも信用に値する者達であるとは考えているが。
リュウが高熱を出して寝込んでしまっているのは、そのヴァイオラが施した処置の副作用であるらしい。とはいえ時間経過で自然と治まるものであると説明は受けているし、リュウ自身の意識もはっきりしているので、それほど深刻さはない。むしろリュウにとっての深刻な問題とは、言うまでもなく失ってしまった片腕だろう。不幸中の幸いとして利き腕は無事だったが、しかし抜刀術を主体とする流派を修めているリュウにとっては鞘を保持する片腕が失われたことの意味は相当に大きい。
ちなみに、図々しいことを承知で、ヴァイオラにはリンの治療も頼んではみた。リュウに施したのと同じ処置をしてくれれば、リンの傷も塞がるのではないかと。しかし、申し訳なさそうなヴァイオラからは『それはできない』と返ってきた。曰く、彼の異能は『男性にしか効かない』ものであるらしいのだ。原理も理由もわからないが、一種の弱点とも言えるその情報を教えてくれただけでも、彼なりの精一杯の誠意であったのだとケイは理解している。
「ダイちゃんも、ちゃんと休んでね」
「なに、俺は全然平気だ。骨折しただけだしな」
二人並んで交わす言葉にもどこか覇気がなくて、空元気の気配が漂う。
ここのところは専ら、ケイがリンの世話をして、ダイがリュウの面倒を見る生活が続いていた。
「…………自分のせいだって思ってる?」
忸怩たる面持ちで拳を握るダイに、ケイは静かに問い掛けた。するとダイからは当然のように肯定の返事が。
「俺のせいだよ。俺がシスタードルチェを呼び込んでしまった。俺がちゃんと警戒していれば、ケイは襲われなかったし、リンだって……」
「違うよ。ダイちゃん。それを言ったら元凶は私。私が居なければ、誰も傷ついたりしなかったんだ」
「それこそ違う。だってケイにはなんの落ち度もないじゃないか。悪いのはケイに呪詛をかけた『緑后』だし、一方的に襲ってきた修道士達だ」
「うん。じゃあそうしよう」
「え?」
「自分を責めるくらいなら、あのイカレポンチどもを罵倒しようよ」
ケイが言うと、ダイは意外そうに目を丸くした。
「どうかした?」
「い、いや。ケイがそういう物言いをするのは珍しいと思って」
「うふふ。私はダイちゃんほど人間ができていないから、忍耐にも限界があるの」
そう言いつつも、ケイにはダイが意外に思う気持ちが理解出来た。
ケイ自身、少し前までの自分であればこうはいかなかっただろうなと思っているのだ。
きっとすべての原因を自分に求めて、際限なく自分を責めて生きていたはずだ。
ケイは、徐に外套のフードを下ろした。
フードの中に押し込めていた白髪がふわりと広がる。
面立ちはともかく、色彩にかつての名残は殆どない。頭髪の色素は完全に抜け落ち、肌は浅黒く変色し、双眸は漆黒の闇に染まっている。どこからどう見ても、完全に人間ではなくなった異形の容姿。
緑后ことベルフェルテの気まぐれによって呪詛そのものは解けているが、これまでに変質してしまった肉体はそのままだ。
「どう?」
ケイはダイに問い掛ける。
呪詛が深刻化してからはケイは友人にも顔を隠して過ごしていたので、これ程までに変質した姿をダイに見せるのは初めてだった。間違いなく、ダイの記憶の中にあるケイの容姿とはまるで異なる姿になってしまっていることだろう。
差し込む夕日が室内にコントラストを作り出し、ケイの顔に半分だけ掛かった影の中で、異形の瞳が爛々と輝いていた。
「俺、上手い言葉は出てこないけど」
「うん」
ダイはケイのほうを見ながら、彼らしく若干自信なさそうに、しかし目を逸らすことなく考え込むこともなく、こう告げた。
「ケイじゃない、とは思わなかったよ」
「ふふっ」
「あ、わ、わるい。気に障ったか?」
「んーん。なんかダイちゃんだなぁ。って思っただけ」
どんな姿をしていてもケイはケイだ、と真っすぐはっきり言ってくれるのがリュウならば、同じことを言っているくせになんというか若干後ろ向きというか遠回しな表現になってしまうあたりがダイという男の個性だった。
ケイは暖かい気持ちを胸に抱き、椅子から腰を上げる。そしてそのまま部屋の扉へと向かう。
「ケイ?」
「ごめんダイちゃん、ちょっと二人のことお願い」
直面している困難は少なくない。
未だに目覚めることなく、傷の治療も完全ではないリン。
治療の副作用の発熱に苦しみ、隻腕になったことで戦力低下を免れないリュウ。
今のところは陸刀会の寺院に引き続き滞在させてもらえているが、ここを預かる僧職の男性からは近日中の退去を求められている。ケイ達の非ではなかったとしても、ドルチェの殴り込みで多数の負傷者や器物破損の損害を受けた寺院側は完全な被害者なので、再発を恐れてケイ達を放逐するのは無理からぬことだ。それは理解出来るので抗うつもりはなかったが、さりとてここを追い出されたらケイ達は路頭に迷う。リンのような重傷者の滞在を普通の宿泊施設が受け入れてくれるわけはないし、医療機関に掛かるにはケイ達の出自は定かでなさ過ぎる。王都へと向かうために貯めた資金があるので、少しの間ならば金銭にものを言わせることも出来ようが、新たに稼げない状況では緩やかに首が締まっていくだけだ。
ともすれば詰んでいるとも言えるこの窮状において、ケイの瞳は死んではいなかった。
それどころか、ここにきてかつてない程の強い光を燈してすらいた。
教えてもらったのだ。
こっちで友人になった素敵な少女に。
立ち上がることの気高さと、立ち向かうことの強さを。
「ケイ、どこへ」
「すぐ戻るよ」
困惑するダイを残して、ケイは部屋を出る。
外に出るためにフードを目深に被り直しつつ、その下で、ケイは呟く。
「……今度は、私がみんなを助ける番だから」




