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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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補完[救い-1]




 討伐者ギルド支部から程近い、とあるホテルの一室にスレイは訪れていた。

 部屋の主として迎え入れてくれたのは、彼女が雇っている傭兵のドロシーだった。ここ最近はスレイの妹に扮してリスティ・ハイゼンとして活動することが多かった彼女であるが、今日のところは外部の眼がない二人だけの会合ということで、リスティではなくドロシーとしての装いだ。何が違うのかと言われると、キッチリさが違うのだとスレイは思う。現在スレイの眼の前にいる女性は部屋着というにもラフ過ぎる姿だ。ボタンを全部留め切らずに着崩したワイシャツに、その下には下着しか着ていない。

 出来る妹というキャラであるリスティの時には絶対にしないであろう格好だ。



「寝起きか貴様」


「まぁね……こんな格好でごめんよ」



 欠伸を噛み殺すドロシーに室内へと案内されつつ、スレイは何気なく見回してみる。それなりにグレードの高い宿の一室ということで、然程広くはないが清潔で、必要最低限のアイテムは揃っている。長期滞在も視野に入れて場所を選んでいるようで、トイレにシャワーに簡易なキッチンと水回りも抜かりない。

 ベッドの横にドロシーの旅行鞄が転がっているだけで、部屋主の個性を映す私物の類は殆どない。まあ、部屋を取って数日しか経っていないし、そもそも物欲が薄そうなドロシーであるし、こんなものかとスレイは思う。金欲は分厚いが。

 ちなみにドロシーの宿代は経費である。今回のこれは王政府からの依頼とはいえ秘密裏のものなので、公金から経費が捻出されているわけではなかろうが、事後にスレイが兄に請求すれば彼を経由してどこからともなくお金が湧いてくることになる手筈だ。



「ふむ。悪くない」



 部屋の内装も、ドロシーの装いもスレイ好みだ。

 ワイシャツの裾からチラチラと覗く小振りなお尻をスレイが眺めていると、視線に気付いたドロシーが振り返る。



「ん、なに?」


「貴様のそういう姿は、そういえば初めて見ると思ってな」



 バッヘル領で活動していた際は二人で同じ部屋を使っていたわけだが、その時はあくまでもスレイとリスティという体で生活していたので、彼女は私生活もそれ相応にキッチリしていた。

 そこをいくと、本当の意味でのドロシーの無防備な姿というのは、スレイも初めて見る光景だったのだ。

 スレイが言うと、ドロシーは若干気まずそうに顔を逸らした。



「いや、まあ、キミだし。いいかなって」


「なんだデレ期か?」


「うっさい」



 スレイがニヤつきながら揶揄うと、ドロシーはじんわりと頬を染めた。

 ドロシーは誤魔化すように、あるいは逃げるように備え付けの簡易キッチンへと向かう。



「コーヒーでいいかい?」


「うむ」


「言っとくけど、安物だから味には期待しないでよ」


「では腕によりをかけて淹れてくれ」


「隠し味の愛情だけは入れておくよ」



 軽口を叩きつつ、スレイは部屋に唯一のテーブルの椅子を引いて腰を下ろす。

 テーブルの上にはドロシーの調査資料と思しき書類が並べられていて、それを手に取って目を通す。今日はこの報告を受けるために訪れたのであり、ドロシーも見せるために置いておいたのであろうから、スレイの行動に特に何を言うでもなかった。

 代わりに、何気ない雑談を振ってくる。



「温泉はどうだった? 楽しめたかい?」


「悪くない趣だった。今度は貴様も一緒にどうだ?」



 書類に目を通しつつ答えると、ドロシーからは「仕事が終わったらね」という社交辞令的な言葉が返ってきた。

 スレイはしかし、その返答に笑みを深める。



「ふふ」


「? なにか面白いことでも書いてた?」


「いーや。気にするな」



 気のないようでいて、案外と乗り気なドロシーの返答が嬉しかったのだ。その気がなければドロシーはお得意の『いいけど有料だよ』という返答をしただろう。要は、仕事として依頼をするならば温泉でもなんでも一緒に行くというスタンスだ。

 そこを敢えて『仕事を終えたら』と返したということは、つまりスレイからの私的な誘いに応じてくれたということだ。

 これは一層奮起して片付けねば、とスレイは意気込みを新たにする。


 対面の椅子に座ったドロシーからマグカップを受け取り、安いコーヒーを一口楽しんでからスレイは口火を切る。



「これを読むに、成果は芳しくなさそうに思えるが」


「否定はしないよ」



 現在ドロシーに任せている仕事といえば、先日スレイが確保に失敗した修道士クロスの、同行者であった修道女二人の身柄の確保だ。

 生きて捕らえて情報を引き出せればそれが一番望ましいが、それが叶わなければクロスの死の経緯を黎明機関本部へと報告されないように、最低でも死体に変える必要がある。



「キミも知っての通り、教会は清廉潔白な組織じゃあないし、敬虔な信徒はそうであるが故に与しやすい。件の修道女達がこの街の教会施設に駆け込めば察知するのは難しくない」



 そうなれば確保することは難しいが、侵入して暗殺することはドロシーならば容易いだろう。なにせ彼女は凄腕の元暗殺者だし、対象の修道女達は手負いで戦闘能力が激減している。



「あちらさんも馬鹿ではないから、素直に出てはこないだろうさ。彼女等を秘密裏に保護できる場所があるとすれば、それは黎明機関直属の施設だ。一般の教会施設とは備えが違うからね」


「しかし、この街に黎明機関の拠点はない」


「そうだね。というか本国でもあるまいし、そうそうないよそんなの」



 遠征先の現地拠点として使っている場所もあるにはあるのだろうが、そういう場所はドロシーが既に網を張っている。ついでに、教会の関係者が利用している裏ルートもまた然り。

 ドロシーが黎明機関で現役暗殺者として働いていたのはもう相当昔の話になるが、その時の経験と知識は今でも有用であるらしい。



「貴様の張った網に彼女等が掛からないとすれば、どういう理由だ?」


「潜伏しているんだろうさ」


「何故だ。手負いである以上、潜んでもジリ貧なのはわかっているだろう。だとすればまだしも気力が残っているうちに行動を起こしたほうがマシではないのか」



 東方人のリュウ・フワやダイ・シシドからことの経緯を聞いてはいるが、修道女達の負っている損傷は決して軽いものではない。ラクサーシャという修道女は戦闘の末に四肢の義体を失っているし、ドルチェという修道女は義体の損壊に加えて肉体的にも軽くない傷を負っているはずだ。



「彼女等の義体がクロスのそれと同じものだとすれば、というか能力的に同じものだろうが、だとすれば損傷部分を交換して元通りとはいかん」



 スレイは直にクロスの義体を目撃しているのでわかるが、あれは高度な魔法技術の結晶だ。修道女でもメンテナンス程度は出来るだろうが、交換や修復となれば職人であるクロス以外には不可能だろう。そしてその当人は死んでいる。

 修道女達は進退窮まってもしかすると社会の裏でひっそりとくたばっているのか、とスレイが考え込んでいると、ドロシーは手元に置いていた別の書類を渡して寄越した。



「網を張っている間に彼女達の来歴を調べたんだけどね、たぶん、彼女達はそもそも行く当てがないんだ」


「それは、教会にも戻れないということか?」


「いえす」


「潜みたくて潜んでいるわけではない、ということか」



 どうやってそんなことを調べたのかというと、それこそ教会の施設に潜入でもしてだろう。



「片手間でよくここまで調べられたな」


「キミの子飼いが足掛かりはつけてくれてたからね。簡単だったよ」



 スレイの子飼いの諜報部も当然クロス達のことを調査した経緯がある。時間の都合もあり重点的に対象となっていたのはクロス本人であったが、修道女二人にも多少の探りは入れていた。要するにドロシーはその調査結果を引き継いで調べたのだ。



「だとしても、ここは教国ではないのだぞ。この国の教会施設で閲覧できる情報などたかが知れているのではないか?」


「まあその辺は昔取ったなんとやらで。ボクなりのやり方があるんだ」



 察するに、黎明機関の暗部に属していた彼女だからこそ知り得る、特別な手管があるのだろう。それ以上のことは所謂企業秘密であろうから、スレイは訊くことをしなかった。

 言うまでもないが、そういう手管の持ち合わせがあることを見越してそもそもドロシーに任せているのだし。

 報告書を速読するスレイに、ドロシーが話し掛ける。



「読んでもらえばわかるけど、ラクサーシャのほうは公式には既に死んでいる人間である可能性が高い。そしてドルチェのほうはそもそも公的な記録がなさそうだ」


「記録に残らない出自ということだろう。珍しくもない」



 貧しい平民階級などでは普通にあり得ることだ。

 どうやらラクサーシャのほうは元々教会の修道女であったようだが、数年前のある事件で死亡したという説が濃厚だった。



「実際には四肢を失うほどの重傷を負っていたけど生きてはいて、それをクロスが引き取って義体の実験かなにかの被験者にしたんだと思う」


「彼女等は教会の人間ではなく、クロスの私兵であるということか」


「勿論、教会の修道女ではあるのだと思うよ? でもそれを保証するものがクロスの存在しかないんだ」


「クロスと共に居たから修道女として扱われていただけ、か」


「クロスの裏の所業は決して公にはできないものだ。だとすればその内実を少なからず知ってしまっている、というか体現者に等しい彼女等の行く末も透けて見えてくるよね」



 つまりクロスの庇護を失った修道女達には身分を保証するものがないので、一縷の望みに掛けて教会施設や公僕に駆け込むことも出来なければ、頼みの綱の黎明機関に駆け込むこともまた出来ない。

 そこに救いなどないと理解しているからだ。

 要するに、詰んでいる。



「というわけで、裏社会でひっそりと消えてしまう可能性がわりと高いから、ここからは積極的に拿捕に動こうと思う」


「そうだな。死んでいるならばそれで構わんが、死体は確認すべきだ」



 それからいくつかの方針を二人で詰めて、こんなところかとスレイが書類を机上に戻した時のことだった。

 不意に奇妙な音が聞こえた。

 可愛いような、情けないような、気の抜ける音だ。


 スレイはキョトンとして、それから笑みを浮かべた。



「ドロシー貴女、もしかしておなか空いてる?」


「誰かさんが起き抜けに突撃してきたせいで、何も食べてないんでね」



 飄々と肩を竦めるドロシーは、しかし少々恥ずかしそうだった。



「それは一大事だ。なにか作ろうか」


「ん、ああ。キッチンに多少は貯えがあるから、好きに使いなよ」



 席を立ったスレイにドロシーがシュシュを投げてくる。リスティの時に使っているものだ。スレイは受け取ったそれで髪を纏めながら簡易キッチンに向かった。

 その背中にドロシーが揶揄うような調子で声を掛ける。



「ちゃんと食べれるものが出てくるんだろうね? お嬢サマ?」


「ふふん。まかせんしゃい」



 飽くまでも簡易なキッチンなので大したものは作れないが、朝食代わりの軽いものなら充分だろう。

 スレイは肩越しに振り返って、ぱちんと片目を瞑ってみせる。



「隠し味も、いっぱい籠めちゃうから」



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― 新着の感想 ―
[一言] ドロシーさんのデレ期!! ドロシースキーさんの鼻息がスンゴイ事になってませんか? 鼻血を噴いてないから、まだまだ理性が働いているんでしょうけど(笑) 迷子の子猫状態のシスターさん達。 プ…
[一言] 隠し味を単品で僕にください
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