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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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補完[金盞花]

・突然ですが、本章はここまでです。

・あとは閑話をいくつか挟んで次章に進みます。

・次章は討伐者完結編。



 ~"転生令嬢"プリムローズ~



 ベルさん達と別れた私は温泉には入らず、そのまま部屋に戻った。先に部屋に戻っているとヴェルメリオに言った以上、彼女が部屋に戻ってきた時に居なければ、またヴェルメリオが私を捜して大冒険を繰り広げてしまう気がしたからだ。

 というかぶっちゃけ、私が温泉に浸かっている時に突撃される気しかしなかった。勿論それが嫌というわけではないが、とはいえやっぱり、最初から一緒に入浴するのと、一人で楽しんでいるところに水を差されるのは違うわけで。

 部屋に戻った私は適当に時間を潰しながらヴェルメリオの帰りを待ち、帰ってきた彼女と一緒に食事を取り、それから彼女のおはなしを肴に晩酌を楽しみ、彼女を寝かしつけてようやく一息吐いた。

 ヴェルメリオは身体的な都合上常に転神状態を保っているので、その気になれば不眠で行動し続けることが出来る。無論限度はあるが。ただ彼女の優れたところは、その気になればちゃんと休眠することも出来るという点だ。私とは違って。

 それはそれとして安らかな寝息を立てるヴェルメリオを眺め、私はしめしめと唇を舐めながらこっそり部屋を出る。

 これでようやっとゆっくり温泉に浸かれるわけだ。



「っても、この時間じゃあ入れる場所も限られるか……」



 館内を歩いてお風呂を探すも、その多くが『準備中』として照明を落とされていた。もう日付変わってるからね。しょうがないね。

 ヴェルメリオと一緒に歩いていた時には結構な人と擦れ違った通路も、施設そのものが寝静まったようにひっそりとしている。いや、それでもたまに擦れ違う人は居るんだけども。

 最終的に私は一つの案内板を目にする。



「『別館』なんてあるんだ」



 造りから察するに、別館というよりは旧本館って感じなのかな。

 どういう営業形態なのかしらないが、別館へと続く通路には明かりが灯っているし、まだ営業しているようだ。

 まあ、ダメで元々、行ってみようか。

 勾配のキツイ渡り階段を上がった先の別館は、今まで居た本館に比べれば隠しようもなく老朽化した施設で、ただ敢えて昔の雰囲気を残しているのであろう内観は、レトロな味があって嫌いではない。本館のほうでは施設の稼働にそれなりに魔法具を導入しているらしく、そこかしこで魔法の気配を感じていたのだが、別館のほうにはそれがないのだ。

 魔法具による快適さとはトレードオフだが、私にとってはこちらのほうが落ち着けて好ましい。

 宿泊客の一人らしい中年のおっちゃんが隅のソファで鼾をかいて寝ていたが、これもある意味で温泉宿の風物詩であろうか。



「いるいる。あーゆー人」



 これは別に好ましくもないが、なんとなく懐かしい気分にはなる。

 そして幸運なことに、別館の露天風呂はまだ入浴が可能なようだ。

 偶然訪れた場所だったけど、存外、悪くない展開だ。









 そうして小ぢんまりとした脱衣所に足を踏み入れた私だったのだが、



「おろ?」



 壁際の棚に並んだ脱衣籠の中に、誰かの衣服がある。どうやら先客がいるらしい。

 時間も時間、場所も場所なので意外ではあったが、それもまたよし。一期一会を楽しむのも温泉の醍醐味的なところがある。

 尤も、前世の私であればコミュ障発揮して気が引けていたところであろうが。



「~♪」



 鼻歌なんぞを零しつつ、衣服を脱ぐ。ちなみに入浴のための道具は特に持ってきていない。そもそもアヴァターの肉体を洗浄する意義は薄いので、本当に湯に浸かって雰囲気を楽しみに来ただけなのだ。バスタオルなんかも魔法で水気飛ばせば不要だし。

 というわけで、申し訳程度に頭髪を纏めながら露天に向かうと、もうもうと薫る湯気のベールの中に、人影がある。



「…………あれ?」



 と、先客さんは私の存在に気付いて小さな声を上げた。

 それはどことなく見覚えがあるような気がする、黒髪の少女であった。

 もう既にそれなりに湯を楽しんだ後なのか、程好く色付いた肌を外気に晒して、湯船の縁に腰掛けてちゃぷちゃぷと足を揺らしていたのだ。



「こんばんは。こんな時間にどうしたんですか?」



 涼やかな笑みを浮かべて少女が私に声を掛けてきたので、私は思わず面食らう。

 想像以上にフレンドリーな雰囲気だったからだ。



「こんばんは。いい夜ね」



 なにはともあれ挨拶を返すと、しかし何故か少女はきょとんとしてしまった。

 それから少し恥ずかしそうに、



「あ、ごめんなさい。私、目が悪くって。知り合いと間違えてしまいました」


「ああ、なんだそういうこと。お姉さんちょっとびっくりしちゃったわ」



 恥じ入る彼女の姿を見て、遅蒔きながら私はその正体に思い至る。

 道理で見覚えがあるはずだ。

 誰かと思えばノエルちゃんではないか。

 入浴のために髪を纏めているのと、本体もといトレードマークの眼鏡がないから咄嗟にわからなかった。涼し気に笑んでいるように見えたのは、単に見えないから目を細めていただけなのだろう。視力が悪い人あるある。

 私は簡単に身体を流してから、ノエルちゃんのすぐ近くで湯に浸かる。肩まで沈めて、独特の心地良さに口から思わず間の抜けた吐息が漏れると、それが面白かったのかノエルちゃんがくすくすと笑った。笑って欲しくてやったところもあるので、本望である。



「こんな時間に~、はこっちの台詞よ。まさか先客が居るとは思わなかったもの」


「なんか夜中に目が醒めちゃって。友達が別館のこと話してたから、気になってちょっと来てみたんです」



 友達というと、主人公ちゃん達かな。

 事情を語ったノエルちゃんが視線で『そちらは?』と訊いてくるので、私も同じくふんわりと答える。



「手間のかかる妹分がようやく寝てくれたから、満を持して満喫しに来たって寸法よ」


「それはそれは、お疲れ様です」



 ノエルちゃんが悪戯っぽい口調で労わってくれたので、私は冗談めかして「うむ」と返しておく。

 にしても、ちょっと意外だな。

 私ってこの姿ではノエルちゃんと会うのは初めてのはずだし、そうでなくても今の彼女は眼鏡を掛けていないせいでこちらの正確な人相もわからないだろう。どこの誰とも知れない女相手に、こんなに気さくに接してくれるような子だったのかこの子。

 普段の印象が大人しい感じだからそう思うだけで、そういえばノエルちゃんの実家って結構大きな商会だったはずだし、家業の手伝いとかで意外と喋り慣れているのかもしれない。

 そのまま、殆どノリだけで取り留めもない会話を交わし続けるが、思うに、きっとノエルちゃんもこの束の間の邂逅を楽しんでいるのだな。その証拠に、というわけではないが、彼女は私の正体に関しては何も訊いてこない。名前とか、仕事とか、所属とかそういうの。私はズルして彼女のことを一方的に知ってしまっているが、仮にここに居たのが全く見知らぬ誰かであったとしたら、きっと私も今のノエルちゃんと同じように敢えて何も訊かない会話を試みただろう。

 それは無粋だし、ここで無粋はあまりに勿体ない。


 たまたま出会った、見知らぬ誰か。

 それだけでいいし、だからこそ楽しめる会話があると思う。






「――へぇ。じゃあ貴女は読書が趣味なんだ?」


「そうなんです。で、余計に目が悪くなるのがわかってるのに、ベッドに入ってからもついつい寝転がったまま読んじゃって」


「あー、あるある」



 それはいかにもノエルちゃんらしい話だし、解釈一致って感じだ。

 私とノエルちゃんは肩を並べて湯に浸かり、話に花を咲かせていた。

 ちなみに『あるある~』はただの相槌ではなく、私も良くやるからこその実感ある言葉だ。私くらいになるとベッドに仰向けに寝転がって、本を魔法で浮かせて読むという荒業すら会得している。なお眠気に負けたら最後、魔法が解けた書物が顔の上に降ってくる素敵仕様だ。よりによってハードカバーの分厚い本を読んでいる時にやらかして、セルフで鼻っ柱をぶっ叩かれてゴロゴロ悶絶している様をクラリスちゃんに見られたのは一生の不覚である。



「書物を通して著者の考えを知るっていうのも楽しいんですけど、なんていうかそれ以上に、発想をもらえるのが楽しいんです」


「発想?」


「はい。自分にはない、考え方の基点というか…………かっこよく言えば命題ですね」



 なるほど。わかる気がする。

 ノエルちゃんはどちらかというと哲学書や思想書の類を好むみたいだけど、私の場合は文学書の類を読んでいる時に同じような感慨を抱くことがある。最も身近なところでは小説だ。小説といえば思い出すのはカデンツァがお薦めしてくれた例のアレであるが、あれとて嗜好としては決して好ましい内容でなかったが、思考活動に対する刺激という意味では中々に有意義な劇薬であったように思う。

 それは極端な例にしても、著者の得意分野や趣味についての濃厚な描写を見れば、それだけで私にはない新たな基点を与えてくれ得るのだ。

 基点とは、即ち考えるきっかけである。



「新基点を開拓するのは、大事よね」


「ですです」


「例えばどんな? とか訊いちゃってもいいのかしら?」



 ちゃんと読書が身についているのならば例示の一つや二つ、簡単なはずだと少々試すような気持で問い掛けてみる。

 するとノエルちゃんも受けて立つように笑みを深め、それから思い出すように「んーと」と呟く。



「では、僭越ながら第一問。『もし世界が明日終わってしまうとしたら、貴女はどうしますか?』」



 いきなり凄いのぶっこんできたわね。

 要するに、普段の生活をしていて絶対に考えないようなこういう内容に対して、思索を巡らせるきっかけを求めてノエルちゃんは読書に臨んでいるということだ。

 嗾けた以上、真剣に応じるのが私の義務だろう。とはいえ、私も彼女もあくまでも戯れであり、真面目な議論がしたいわけではないので、ここはフィーリングで答えを導く。



「どうもしない」


「おっと、消極的ですね。世界の終わりを止めようとは思わない?」


「程度によるわ。例えば誰にとっても明確な原因が存在して、それを除けば事態を収拾できる……ってんなら行動するかも」



 魔王を倒せば世界が救われる、みたいな。

 逆に貴女はどう思うの、とノエルちゃんに問い返す。



「私はきっと最後の最後まであがきますよ」


「おっと、意外ね。あんまりそういう熱血ちゃんには見えないけれど」


「あはは。私はそうですね。でも、絶対に諦めない子が近くに居るので、きっと一緒に頑張っちゃいます」



 察し。青春と友情だなぁ。



「世界が終わったら未来もなくなってしまうんですよ? それでも止めようとは思わない?」


「思わないし、なんならそれはそれでいい気がしてる」


「その心は?」


「だって、世界と一緒に終わりを迎えられたなら、それって『最後まで生き抜いた』ってことにならない?」



 私の目的は生きること。世界のほうが先に終わってくれるなら、これほど簡単な達成方法もない。

 私の回答にノエルちゃんは興味深そうに何度か頷き、



「私にはない発想ですね。貴女のことがちょっと好きになりました」


「あらありがと」


「いえいえ。では第二問。『貴女の大切な人が他者に殺害されました。復讐は是か?』」



 こういう会話をする相手に飢えていたのか、ノエルちゃんはノリノリで楽しそうだ。

 まあ、この子の友人連中って主人公ちゃんを筆頭に、こういう問答的なのとは縁遠い感じだもんなぁ。考えるより行動って感じだし。なんていうか、気風がね。

 それはともかく、この問いに対する答えは考えるまでもない。



「是である」


「それは心情的に? それとも道徳的に?」


「両方」



 害された、という程度にもよるだろうけど、最悪のケースである殺害されたという場合を考えるならば。

 考えたくもない想定だが、仮にクラリスちゃんが何者かに殺害されたとしたら、勿論私は下手人を見つけ出して復讐するだろう。そこに是非を問うことこそナンセンスだ。

 ノエルちゃんは少し眉を寄せて思案気に言う。



「私てきには、どんな理由があっても道徳的に復讐が正当化されることって、ないですよ」


「見解の相違ね」


「何故そう思うんです?」


「故人への愛を証明することは道徳的に正しいからよ」


「愛の証明手段は復讐だけじゃあないでしょう?」


「それはそう。しかし、だからといって目を背けることはできない」



 大切な人を殺めた存在を野放しにして、他の何をしたところでおためごかしだ。

 故人を偲び、慰霊碑を立て、思い出を語り継ぐ。なるほどそれもいいだろう。だがそれは『まず』じゃない。まずすべきことは、下手人を探し出して滅ぼすことだ。故人への情愛が確固たるものであるが故に。



「私、もし復讐という行為を是とする場合があるとすれば、それは故人が望んだ場合のみだと思います」



 ノエルちゃんが想像している『大切な人』が主人公ちゃんだったとすれば、つまりノエルちゃんにとって復讐という行為は絶対的に否であるわけだ。何故って、主人公ちゃんであれば例え自分を殺した相手にでも復讐を望まないであろうから。

 しかし私は知っている。

 故人は何も望めない。

 望まないのではなく、望めない。

 もし故人の望みが復讐を正当化するのであれば、私が許す。だから誰でもいい、私を殺したあの男を、誰でもいいから、どうか惨たらしく殺して欲しい。法の裁きなんてものは要らない。法は私を生かしてはくれなかった。ただ地獄に落ちてくれればそれでいいのだ。しかし私がここでどれだけ憎悪を滾らせようと、前世のあの世界には最早なんの影響力もない。

 だからこそ、復讐に故人の遺志は介在しない。

 それが私の経験則だ。

 とはいえ、ノエルちゃんの思想自体は彼女の自由だし、どちらが正しいというものでもないから否定する気はないのだ。



「第三問。ちょっとのぼせてきたので、これで最後にしますね」



 第二問の見解の相違にはそれ以上言及せず、ノエルちゃんは次へと進めた。

 私が来る前より温泉に浸かっていた彼女の顔はだいぶ赤い。最悪倒れても私が居るのでどうとでもなるが、無理はしないでと若干心配になる。だけれど同時に嬉しくもある。彼女が多少の無理をおしてでも、この一期一会を楽しんでくれているということだと思うから。

 そして彼女が、最後の命題を述べる。





















「『貴女は、輪廻転生を信じますか?』」





















 私は、殆ど反射的に応じていた。



「信じないわ」



 ノエルちゃんは特に感情を動かすことなく、静かに「そうですか」とだけ言った。

 そして彼女はその場で立ち上がる。大人と子供の中間の、未成熟な肢体に滴る雫が、月光を浴びて煌めいていた。



「楽しい時間でした。ありがとうございます」


「ええ。こちらこそ」



 別れの挨拶は交わさなかった。どちらともなく、示し合わせたように。

 ノエルちゃんは湯から上がると、ひたひたと微かな足音を立てて脱衣所のほうへと歩いていく。私はなんとなく湯面を見詰めたまま、背中越しに彼女の足跡を聞く。振り向いて見送る気はなかった。





「――――ちなみに」





 最後に、ノエルちゃんが囁く。





「私は信じていますよ…………輪廻転生」





 私は、なにも答えなかった。


















 ノエルちゃんが立ち去った露天風呂で独り、私は湯面に映った月を見詰める。

 月を掬い上げるように私が片手を持ち上げると、丸く揺れていた黄金色は乱れて散り、私の手の中には何も残っていなかった。

 空の掌を見詰め、私は呟く。既に居ない彼女への、回答を。



「――――それを信じられるのは、経験(てんせい)したことのない人だけなのよ」



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〉「――――それを信じられるのは、経験(てんせい)したことのない人だけなのよ」 どういう意味? プリムローズ(スレイ)って、転生者なんだから、輪廻転生を信じてるんじゃないの? 伏線だらけで、伏線…
輪廻転生絡みの話は 経験しているから「信じる」ではなく確証していて、 経験していないから「あると信じている」というニュアンスですかね? おじさんにはちょっと難しかったです…… 斬首!!
[良い点] タイトル回収 そして、それに絡んで、ノエル殿がまた謎めいたムーブをしておられる。 主人公の一番近くにいるのに、なぜか主観視点がまわってこない黒髪の彼女。 でも、良い子そうで、「うくく」と…
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