407話_side_Primrose_温泉施設『U.B.』
~"転生令嬢"プリムローズ~
さて、来るなら来いの精神で開き直った私は、取り合えずヴェルメリオと二人の部屋を取って、早速温泉へと繰り出すことにした。主人公ちゃんが近くに来ればなんとなくわかると思うので、それだけ避けることにして、あとはなるようになれだ。
とはいえ値段相応の規模を誇る施設なので、偶然知り合いに出会う可能性はそんなに高くないと思う。言うて『剣の誓い』に居る顔見知りの相手なんてベルさんにレーナちゃんにセラフィーナちゃんランディーくんマルグリットちゃんルークくんついでに主人公ちゃん……、列挙してみると意外とおるやんけ。まあ彼等は彼等でそれなりに纏まって行動するだろうから、遭遇する確率は高くないはず。なんなら主人公ちゃんを含めた一団で行動していてくれれば、主人公ちゃんを避けることで全員を回避出来るかもしれないし。男性陣というか少年陣にはお風呂で出会うことはないから更に安心だ。
などと希望的観測でガバ理論武装しつつヴェルメリオと手を繋いで館内を歩いていると、不意にヴェルメリオがぴくりと反応した。
「どうしたの?」
「あれ?……伍号だ」
「え?」
そう言ってヴェルメリオが視線を向けているのは、行く手の壁際に立っていた一人の小さな人影だ。
私が視線を向けたのと同時くらいに壁から離れてこちらに歩み寄ってくる姿は、どう見ても待ち構えていたようにしか見えない。
背丈はヴェルメリオと殆ど変わらないくらいで、ただ全身を覆う黒外套で露出を抑えているので、幼い子供であるという以外の情報がわからない。目深に被ったフードの頭頂部にはピンと立った獣耳のような装飾が付いていて、なんだかシルエットが可愛らしい感じだ。
どうやらヴェルメリオにご用事のようなので、私は取り合えず状況を見守ることにする。
「久し振りね。弐号」
「あい。ふぃふす生きてた」
「酷い言いよう。生憎とそう簡単にくたばる身体じゃないのは知ってるでしょ」
ヴェルメリオと旧知の会話を繰り広げる少女の正体が理解出来た。元は帝国軍で使われていた生体兵器であるヴェルメリオの同窓だろう。というか『フィフス』ということは五番目の個体だろうから、普通に私も知ってる子だ。
ヴェルメリオは『転神』の軍事転用のための実験体として帝国の研究機関に生み出された命だが、同じ目的で生み出された存在である兄弟姉妹がそれなりに居る。ただ、私とハイメロートが彼女等と対峙した時には既にその殆どは損耗していて、残存しているのはヴェルメリオと、今目の前に居る彼女だけだった。
そしてヴェルメリオは私達が配下に加え、目の前の彼女はその前に逃亡して行方知れずとなっていたのだ。
「貴女は未だにあの外道侯爵家の飼い犬に甘んじているのね」
「あい」
「だからあの時一緒に逃げようって言ったのに」
「あい」
「私が今どうしてるか教えてあげましょうか? 聞いて驚きなさい、子爵令嬢なのよ!」
小さい背をのけぞらせて胸を張り、とても誇らしげで微笑ましい。
だからヴェルメリオ、もうちょっと真面目に聞いてあげなさい。
しかし、鼻高々に名乗った彼女――ノアールちゃんの家名は『クリューガー』であるという。ということはつまり『剣の誓い』のサブリーダーの一人で、実質経営者といっても過言ではないクリューガー子爵が彼女の養父ということだ。私達の元を去った彼女は紆余曲折を経てクリューガー子爵に保護されたわけだ。
するとノアールちゃんの視線が私へと向く。
「貴殿は弐号のご同僚ですかな?」
「ええ。同じクランのスレイ・ハイゼンよ。宜しくね」
私がプリムローズであるとは気付いていないようなので、このまま黙っておこう。まあ知らなければ気付きようがないのだが。
フードの下から私を見遣るノアールちゃんの視線に若干の憐憫が過る。まあヴェルメリオの同僚っていうことは『ヴァイスヤークト』の一員っていうことだから、先の彼女の言葉を借りるならば外道侯爵家に飼われている可哀そうな人間であると思われたようだ。
ちなみに私の首元はいつもの真紅のスカーフで隠れているが、その下には当然カモフラージュのために『首輪』を装着している。ハイメロートが装着しているのと同じチョーカータイプのものだ。機能は備わっていないダミーである。
「ノアールちゃんって呼んでもいいかしら?」
「ご自由にされよ」
「ノアールちゃん、ヴェルメリオのことを待ってたみたいだけど、この子がここに居るって知ってたの?」
「あいや、ギルドで何度か見掛けてはおりましたが、ここで会ったのは偶然に過ぎませんな。とはいえ、某の鼻が弐号の匂いを間違えるわけもなし。近くに居ればすぐにわかります」
「あら。てことはヴェルメリオもノアールちゃんに気付いてたの?」
同じ目的、同じ理論で生み出された存在なのだから、普通に考えればノアールちゃんの能力はヴェルメリオのそれと同質で、おそらくは同程度のものであるはずだ。だとすれば匂いで所在に気付くというのも決して大言壮語ではないのは私とてよくわかっている。
しかし、私の問い掛けにとうのヴェルメリオは首を傾げた。
「ふぃふすの匂いしなかった」
「ふふん。それはこの外套の効果よ! お父様がわざわざ用意してくれた特別製なんだから!」
というかちょっと待って、そのヴェルメリオと喋る時だけ素の口調になるのはなんなの。
仕事用っぽいこまっしゃくれた謎口調の時は意識して声音を低くしているみたいで、しかしヴェルメリオに対する時は完全にただの女の子である。
ギャップ可愛いんだが(凝視)。
叶うことならば彼女も私の『妹プロジェクト』の一員に招集したいところではあるが、まあ難しいだろう。立場がどうのとかいう以前に、帝国の尖兵であった頃の彼女と相対して再起不能寸前までボコボコにしたの、他でもない私だし。
「べるはお風呂だから、ばいばい」
「「え?」」
あまりにも当然のように会話を切り上げたヴェルメリオに、図らずも私とノアールちゃんの驚きの声が唱和する。
いやいや、もうちょっとあるでしょうヴェルメリオさん。
行方がわからなかった妹と数年ぶりの再会なんですよ。せめてハグくらいはしてもいいのではなかろうか、とスーパーぼっち人の私ですら思うのに、ヴェルメリオ貴女ちょっと淡白過ぎやしませんか。
ほらノアールちゃんも、フードのせいでちょっとわかり難いけどショックを受けた感じでおろおろしてるよ。
「あ、あの、弐号? 私、」
「べるはべるめりお。せかんどじゃない」
「あ、ごめんなさい……」
しゅんと項垂れたノアールちゃんのフードの獣耳までもがぺたんと垂れる。さては、中に本物の獣耳を内蔵しておるな――じゃなくてヴェルメリオ、番号で呼ばれるのが嫌なのはわからんでもないけど、それを言ったら貴女だってそう呼んでるじゃないの。
登場時の自信満々な姿が印象的だっただけに、意気消沈した様子が居た堪れない。さっきまでの彼女、完全に『お姉ちゃんの感心が欲しくて自慢話をする妹』以外の何者でもなかったし、きっとヴェルメリオと直接話せる機会を心待ちにしていたんだろうなぁ。
「ねえヴェルメリオ?」
「あい?」
「今の彼女にはノアールちゃんっていう名前があるの。……わかるかな?」
諭す気持ちで言ってみると、ヴェルメリオは気付いた様子で目をぱちくりし、それからノアールちゃんに頭を下げた。
「ふぃふすじゃなくてのあーる。ごめんなしゃい」
「……ノア、って呼んだら許してあげる」
「ん。のあ」
ヴェルメリオがそう呼ぶと、落ち込んだり拗ねたり忙しかったノアールちゃんの気配がわかりやす過ぎる喜色に包まれた。
わかってたけど、さてはこの子、ヴェルメリオ大好きだな?
ってそらそうか。帝国の実験体として過酷な時を共に過ごした唯一の輩で、ナンバリングからすれば彼女にとってヴェルメリオは文字通りの姉に違いないのだ。しかも数年間生き別れていた相手にようやく出会えたとなれば、感動もひとしおだろう。
というわけでヴェルメリオさん、もうちょっと手心というものをですね。
「じゃあ、のあ、ばいばい」
「「…………」」
いや変わらんのかーい。
この流れでばいばいって、そんなことある?
可哀そうに、ノアールちゃん半泣きじゃないの。
「ヴェルメリオー? 折角だから、ノアールちゃんと一緒にお風呂に入ってきたらどうかな?」
「「え……?」」
あまりに不憫なので私が提案すると、両者から驚愕の視線が向けられた。
地獄の中で仏を見たような顔をしているノアールちゃんと、天国から地獄に突き落とされたような顔をしているヴェルメリオである。
「おねえちゃんも一緒?」
「私はお邪魔だろうから、先にお部屋に戻ってようかな」
「え」
子供達だけで入浴させるのはある意味で心配だが、私がついて行くのはどう考えても宜しくない。
というのも、ヴェルメリオの態度から私がプリムローズであるとノアールちゃんに看破されないとも限らないからだ。あと、普通に私の胃が痛い。主に過去の所業を思い出す的な意味で。
「ほら、私とは別にいつでも一緒できるし。おんなじクランなんだしさ」
「う~」
ノアールちゃんの『期待ビーム』を浴びた私がキリキリと胃を痛ませながら懸命にヴェルメリオを説得すると、しばらく唸っていた彼女は最終的に渋々だが頷いてくれた。
そしてノアールちゃんから注がれる感謝の視線に、私の胃の痛みが増すのであった。
◇◇◇
そんなこんなでヴェルメリオと別行動になってしまった私であるが、無論大人しく部屋に戻る気など更々ない。
だって温泉に入りに来たんだよ私は。
私と一緒に居ると甘えん坊モードが発動してしまうヴェルメリオだが、単独行動ならばそれはそれで大抵のことは自力でなんとか出来てしまう実力があるのは普段の働きぶりでよくわかっている。心配があるとすればあの子は自分の髪を洗うことが一人では出来ないということであるが、その辺は妹さんの働きに期待しておこう。
「待てよ? ヴェルメリオの妹ということはそれ実質私の妹なのでは」
ていうネタはもういい加減しつこいので自重するとして。
私が一人歩いている廊下は左手側が外部に通じた造りになっていて、開け放たれた硝子戸から続きのバルコニーに出られるようになっている。
で、ちょうど私が通り掛かった時、外のバルコニーから奇妙な呻き声が聞こえてきたのだ。
「あ”ー……」
っていう。ゾンビかな?
私は足を止めていた。少し考える。その声に聞き覚えがあって辛ぇわ。
このまま素知らぬ顔して通り過ぎるっていう選択肢もあるのだけど、死にそうな呻き声からして本当に死にかけていたら困るので、仕方なく様子を見てみることにした。
左手の硝子戸を出て外のバルコニーを見回すと、館内から零れる照明の灯りと、雲のない月明りのおかげで意外なくらいに視界良好だ。
そしてバルコニーの端の手摺前に設置された長椅子に、一人の少女が座っていて、彼女はその膝枕でもう一人の女性を介抱しているようだった。呻いているのは長椅子上に横たわっているほうで、膝枕しているほうは片手ではたはたと仰いでいる。
のぼせたのか、あるいは湯あたりか。
「貴女、どんどん化けの皮がはがれるのね」
座っている少女――セラフィーナちゃんの肩越しに膝の上を覗き込み、介抱されている女性――ベルさんに呆れた視線を向ける。
館内の照明で私の影が伸びているので、てっきり接近には気が付いているものと思っていたが、びっくりと肩を跳ねさせたセラフィーナちゃんの様子を見る限り、声を掛けられるまで目でも閉じていたのかもしれない。
「えっ、スレイさん!?」
「ごきげんよう。お二人さん」
「あ”ー……」
これはダメみたいですね。
ちなみにベルさんもセラフィーナちゃんも風呂上りなので全体的にしっとりしていて、ゆったりした館内着を纏っている。所謂バスローブとか、日本で言うところの浴衣みたいなものである。
風を送り込むためか大胆にはだけられたベルさんの胸元が不思議と全然セクシーじゃない。いや不思議でもないか。
なお私はお風呂まだなのでいつも通りの討伐者スタイルだ。
「ベルさんどうしたの?」
「たぶんのぼせちゃっただけだと……お酒とかも飲んでたし、結構ながいこと浸かってたから……」
「それで娘に介抱されるって、お手本みたいなダメ大人じゃないの」
「あはは……」
出会った頃のカッコイイ大人女性だったベルさんを返してくれ。え、こっちが素だって? せやろな。
ちなみに温泉に浸かりながらの飲酒は危険を伴うから、やるなら自己責任だぞ。
たぶんベルさんを温泉から引きずり出して身体拭いて服着せて、って世話したの全部セラフィーナちゃんなんだろうな。それで少しでも涼める場所に連れて来て、膝まで貸してあげて甲斐甲斐しく介抱してあげてるってわけだ。
え、いい子すぎひん? こんな子が娘になったベルさん勝ち組やんけ。
「すれいさんー?……へるぷー……」
かなりしんどそうなベルさんが助けを求めてくるが、どうしたものか。
自業自得だし放っておくのが一番な気はするのだが、このまま放置はセラフィーナちゃんが色々な意味で可哀そうだ。
「はぁ……しょうがないなぁ」
パチンと指を鳴らしてちょっとだけ時間遡行をかける。最近『再誕の祈り』が安売りされている気がしてならない。こんな大層な名前を付けてしまったのが申し訳ないくらいにお手軽に使ってしまっている。ただ、使い込んで効率化が進んでいるので以前ほど消耗する魔法ではなくなっているし、なにより問題解決能力が高過ぎて便利なんだよなぁ。
「貴女も災難ね。こんなんの娘になっちゃって」
「ううう。スレイさんが容赦ないけど反論できないよぉ」
身を起こしたベルさんを胡乱気に見ながらセラフィーナちゃんに同情すると、しょぼくれるベルさんの姿を慈しむような目で見ながら、セラフィーナちゃんははにかみがちに頬を染めた。
「いえ、なんかわたし、こういう触れ合いも嬉しいんです。お母さんって居たことないから……」
そういう彼女が本当に幸せそうに笑うものだから、私はベルさんと顔を見合わせる。
「…………ねえベルさん。貴女ちょっと反省したほうがいいぞ」
「…………うん。流石の私も心が痛いよ」
具体的にはその体たらく。
ちゃんと責任もって母親をしたまえよ。
その後、セラフィーナちゃんのおねだり光線に負けて、少し彼女達と話すことになった。
いやセラフィーナちゃんが何を言ったわけでもないんだけど、私が立ち去ろうとしたら絶妙に寂しげな視線で見るもんだからさぁ。私が「少しお話ししましょうか」と妥協した時の彼女の表情の輝きったらない。
最早最初の生意気さはどこへやらである。ベルさんとは真逆の方面の大歓迎の変化だけどもさ。かわゆいなぁ。
バルコニーの長椅子に、セラフィーナちゃんを真ん中にして三人並んで腰掛け、雑談に興じる。
「あ、マルグリットちゃんも居たんだ」
「うん。家族水入らずってことで一緒に温泉入ってたんだけども」
「ベルママがこれだから、リタは荷物を部屋に置きに行ってくれたんです」
たははと頬をかくベルさん。反省しろよマジで。
にしてもそうか。マルグリットちゃんはルークくんの婚約者ってことだから、セラフィーナちゃんとは義理の姉妹になるのか。
「にしてもスレイさん、アヴァターだったんだね。私全然気付かなかったよ」
「ああ、ルークくんに聞いた?」
「うん。なんか息子も随分お世話になったみたいで、本当に頭が上がらないね」
それはもう。つい昨日も命を救ったところでしてよ。
恩に着せるつもりは更々ないが、親としてもうちょっと彼の奔放さには気を遣ってあげたほうがいい気がするよ。マルグリットちゃんもだけど、すぐに無茶してそのまま遠くに行っちゃいそうだし。
「でも、てことはスレイさん、エンディミオンの関係者だったんだね」
まあ学院横の黒い森に出没していた以上、自然とそういう発想になるわな。
「もしかして先生とかだったりする?」
「あ、ぽいかも」
ベルさんの予想にセラフィーナちゃんがぽふ、と両手を合わせるが、ぽいかなぁ。少なくとも私は自分自身が他者を教え導くような存在であるとは微塵も思わないし、烏滸がましいことだ。魔法の適性上、主人公ちゃんに対しては指導めいたことをしているが、本意でないのは言うまでもない。
「実は学生かもよ?」
「いや~ないない。スレイさんの貫禄で学生とか無理がある。ていうか私が死にたくなるから勘弁して」
学生なんだよなぁ。どうやら私がネタばらしをするとベルさんが死にたくなってしまうらしい。これは正体をばらすわけにはいきませんなぁ(棒)。
そりゃあ、中身の年齢はベルさんよりも年上だから、振る舞いが学生に見えないのはわからんでもない。ただ、スレイになってからの私って大概好き勝手してリスティに呆れられてる姿しか見せてない気がするんだけど。
「そういえば、セラフィーナちゃんとは魂の部屋で会ってるから、貴女は私の本当の姿知ってるのか」
「え? あはい、そういえばそうですね」
「なにそれ詳しく!」
ベルさんに食い付かれたセラフィーナちゃんが私に窺うような視線を向けてくるので、肩を竦めてみせる。言ってもいーよのポーズ。
魂の部屋の中では私は前世の容姿をしていたので、それをベースにしているこのアヴァターと殆ど同じ顔であると言える。違うのは色彩くらいだろう。転神の能力者って、アヴァターの姿が生身の状態と殆ど変わらないっていうパターンも珍しくない。原作の主人公ちゃんとかがそうだった。ただし、全く同じということは逆にあり得なくて、必ずなにかしらの変化はあるわけだが。
そうなると、セラフィーナちゃんの認識では私もそのタイプのアヴァターで、つまり中身が学生であるとは思いもしないだろう。正体を知られるわけにはいかないから、申し訳ないがミスリードを誘っておくことにする。
「そういうことならスレイさん。ちょっと相談してもいいかな?」
「?」
居住まいを正したベルさんが、ぽんとセラフィーナちゃんの両肩に手を置いて私を見る。セラフィーナちゃんは不思議顔できょとんとしていた。
「ほら、バッヘルでさ、セラちゃんには魔法の知識を身に着けてもらうのが急務って話をしたじゃない?」
「ええ。フレンネル閣下との会合でね」
「私もシリウスもエンディミオン出てるけど、魔法のことで人に教えられるほどじゃないんだ。基本的なことならなんとかなると思うけど、セラちゃんの魔法はだいぶ特殊だから、たぶん私達の手に余る。討伐者関係の専門知識を教えるならまだしも、ね」
それはそうだろうな、と私は思う。私も魔法オタクとして変態性にはそれなりの自負があるけど、セラフィーナちゃんの魔法を指導するのは無理だ。得体が知れなさ過ぎて。上位属性を本質的に理解出来るのは本人だけだろうから、外野がセラフィーナちゃんに教えてあげられることはあくまでも魔法を運用する上ので基礎知識や方法論だ。そこから先はセラフィーナちゃんが自分で組み立てていかなければならないし、それこそが肝要である。
「だから、どうにかしてセラちゃんをエンディミオンに通わせてあげられないかなって」
ベルさんの言葉にセラフィーナちゃん当人が「え!?」と驚いたような顔になる。ベルさんは彼女の両肩に手を置いたまま、優しい顔で言葉を続ける。
「今ならカリキュラムは一年生の半分が終わっただけだし、同じ学年にルークもリタさんも居る。魔法を学ぶ上であそこ以上の環境はないから、きっとセラちゃんの将来のためになる」
「ふぅん。いいんじゃない?」
別に編入自体は難しいことではない。エンディミオンはその辺り寛容というかガバガバだから、最低限の入学条件である魔法資質さえしっかりしていれば、後はマネーでどうとでもなる。そもそも英雄伯家のご令嬢が編入することを拒むことはまずないだろうが。
ベルさんだってそんなことはわかっているだろうから、彼女の相談事というのは、
「どうかな? セラちゃんが編入して、やっていけると思う?」
「やれないことはないでしょうけど、きっと苦労するわよ」
私が言うと、セラフィーナちゃんは不安そうな顔になり、ベルさんは「やっぱり?」と呟く。
「えと、その……私がバカだから、ですか?」
「率直に言えばその通り。でも勘違いしないでね。貴女が孤児で無教養だから、なんて言うつもりはないわ」
セラフィーナちゃんの顔に疑問符が浮かぶ。
こればかりは彼女が孤児でなかったとしても、あるいは別の人間に置き換えてみて考えても避け得ぬ問題だ。
即ち――
「ベルさんもよく知ってるでしょうけど、他の貴族学生の洗礼が待ってるでしょうね」
私だからこそ自信を持って言えるが、リヒティナリアの貴族女子の陰湿さは筋金入りだ。特別に性格が悪い輩も居るには居るが、そうでない大多数もまた多かれ少なかれそういうところがある。まあ、そういう文化なのだ。
そしてセラフィーナちゃんの場合は普通の平民学生が入学するのとはわけが違う。なんせ平民の孤児が魔法資質を見出されて英雄伯家の養子になったなんてサクセスストーリーが、周囲の女子学生のやっかみを浴びないはずがない。もしかすると、英雄伯家という存在に対して友好的だったり、憧憬を向けている学生ほど、セラフィーナちゃんに苛烈な悪感情を向けてくるかもしれない。
「付け入る隙があり過ぎるのが問題なのよ」
「うーん。だよねぇ」
「ええと、どういう意味でしょうか」
「セラフィーナちゃんは当たり前だけど、貴族社会の常識とかマナーとかに疎いでしょう? 貴族のお嬢様達って、そういうところ突っつくの大好きだから。要はね、貴女が『ダンクーガ伯爵家に相応しくない』だから排斥するっていう大義名分を与えちゃうのよ。まあ大義名分だと思ってるのはあちらさんだけで、実際はただの難癖なんだけど」
だが、逆に言えば、ネームバリューの正しい使い方さえ身に付ければ、大抵の輩は黙らせられる。それだけの影響力がダンクーガにはあるのだ。
平民出身のセラフィーナちゃんに決定的に欠けているのはその貴族的な機微であり、そしてそれは一朝一夕に身に付くものではない。男子であるルークくんがフォロー出来る場面には限りがあるし、マルグリットちゃんはどちらかというと彼女自身が疎いほうだろうから、他人のフォローに気を回している余裕はないだろう。
「ハートアートさんに頼めた義理じゃあないしなぁ」
そういえば今クランに居るんだった、あの子。
ミリティア嬢ならばその辺りは完璧にフォローしてくれるだろうけど、ベルさんの言う通り、頼む義理じゃあないのよね。貴族社会の力関係が絡んでくる話だから、気軽に請け負ってもらうには些か重い。それに彼女は彼女で主人公ちゃんのフォローで忙しいだろうし。
レーナちゃんっていう手もあるけど、彼女は今年で卒業しちゃうし。
「結局、他人のフォローで乗り切ろうってのは限界があるわよ」
「だねぇ。なんか、促成教育みたいなのでセラちゃんに最低限の知識を教えてあげられる手段ないかな」
そんな便利な手段があったら苦労はしな――……いや待てよ?
「あはは、ごめんねスレイさん。いきなりこんな相談して。私すっかり貴女に甘える癖が付いちゃって、よくないな」
「甘やかすかどうかは私が決めるから、気にしないでいいわよ。それでもって手段ならある」
「「え?」」
目を丸くする二人は、中々どうして仲良し親子ぶりが板についているではないか。
そう。便利な手段ならある。他でもない、セラフィーナちゃんだからこそ使える反則技が。
ネックは時間の無さだ。基礎から学ぶならば一年生の後期からが最低条件だ。二年生から編入では遅すぎる。エンディミオンは入学年齢が決まっているので、来年から一年生として入学するというのは不可能なのだ。
となると、セラフィーナちゃんが編入するためには、今の学院の長期休暇が終わるまでに最低限の貴族知識を身に着けなければならない。そもそも誰が教えるのだという話もあるし、なにより時間がないのである。
現実世界では。
「最高の先生を紹介できるかもしれない」
あの場所でなら、時間の経過を気にする必要はないし、知識の伝達もずっと効率的に行える。
まあ、過負荷でちょっと意識が吹っ飛ぶかもしれないけど、そこを含めて先生に指導をお願いすればいい。
無論、奉仕活動ではなく英雄伯家からの非公式な依頼という形をとれば問題なかろう。
――というわけで、キノコちゃんにちょっとお手紙書こうかな。
不思議そうな顔をする二人に、私は微笑んで見せた。




