406話_side_Miabel_温泉施設『U.B.』
~"主人公"ミアベル~
お風呂多過ぎ問題。
いやそういう施設なんだから当たり前だけども、お風呂ってこんなに色々種類があるものだったのか。しがない一般ピーポーのわたしには縁のない世界である。
温泉施設『アーバン・ベルガミア』の内装は基本的には王国の伝統的なデザインだ。学院で夜会を行った舞踏館に近いものがある。ただ、売りである多数のお風呂には異国風の仕様を取り入れているものもあるようで、そういうお風呂の近くは区画ごと内装が異国風になっていたりもして視覚的にも結構楽しい。
今回の趣旨はクランの慰安旅行ということで、ルールもタイムスケジュールもない。とりあえず各々好き勝手に楽しんで休めということだ。クランは一泊分の代金の支払いだけを済ませて、後はご自由にのスタンスだ。ちなみに入浴費食費こみこみ。
あ、部屋割りだけは予め決められたのだけど、わたしは友人達と同室なのでそこはパーチと然程も変わらない。
というわけでわたしも折角だから楽しんでみようと思わないでもないのだが、前述の通りここにはお風呂が多過ぎる。館内マップとか見ればどこそこになになにの湯がどうたらこうたらってちゃんと案内があるんだけど、それとて効能がどうとか設備がどうとかアピールポイントを読んでもわたしにはさっぱりである。なんせ縁がないから。
で結局、なんとなく気後れしてどこのお風呂にも入れず、一人で散策している現状であった。
なんで一人なのかというと、場所の性質上、ロイとかの異性の友人と一緒に行動するのもアレだし、同性の友人達はそれぞれで満喫してると思うので、たぶん。というのもリタはイザベルさんとセラフィーナさんと一緒に親交を深めに行ったようだし、ティアはリゼルちゃんの部屋に行った。ともすればティアよりもクランに馴染んでいる感があって忘れがちだが、リゼルちゃんはあくまでも部外者でありクランのメンバーではない。当然、この慰安旅行においてもクランが彼女の分の費用を負担することはないので、リゼルちゃんの分はハートアート家のお財布から出ている。どうせ自分で部屋を取るならば、とティアはリゼルちゃんの部屋を温泉付のちょっといいお部屋にしたのである。
今頃はリゼルちゃんと二人で主従水入らずのバスタイムと洒落込んでいるのではなかろうか。ティアは結構そういうところがあるっていうか、討伐者スタイルの薄着を拒否したことからも窺えるが、どうにも肌を晒すことに強い抵抗感があるみたいだ。見られるのが嫌、というのと、見るのが嫌、というのがたぶん両方。尤も、彼女は生粋の貴族令嬢なわけなので、その辺プライドとか拘りとかあるんだろうきっと。
こうなったらわたしと一緒にお風呂に入ってくれるのは頼りの綱のノエルさんだけだ。今こそ平民の絆が試される時。ノエルしか勝たん!
「どこ行っちゃったのかな……?」
まあ、そのノエルさんが見付からないのだけども。
部屋に荷物を置いた時にはちゃんと近くに居たはずなんだけど、その後に館内を散策しているといつの間にか逸れていて、現在に至る。別に一緒に行動しようねと示し合わせてたわけではないから、別行動ならそれはそれで構わないのだけど、一声くらい掛けてくれてもと思わなくもない。
「一人で楽しむってのもなぁ」
てくてくと歩きながら独り言ちる。
なんというか、若干申し訳ない話ではあるのだけど、そもそもわたしって誰かと一緒に入浴するのがそんなに好きくない。学院の寮でも共同の浴場は使わずに部屋のシャワーで済ましているくらいだ。
ティアみたいに抵抗感があるとかっていうことではなくて、単に他人の存在が落ち着かないだけだ。つまり赤の他人がっていう意味なので、友人とかそれなりに親しい知り合いとかなら一緒でも全然平気っぽいのだが。ついでに言うと入浴自体はどちらかというと好きなほうである。
しかしながら、やはりこういう施設とわたしはそもそも相性が悪い。ここって結構高級路線の場所みたいなので、街中の大衆浴場みたいに人が多いわけではないけれども、それでもこうして館内を歩いていればわりと人と擦れ違うことがある。こんな標高の高いところまでわざわざお風呂に入りに来る人が一定数居るくらいには人気の施設ということか。
こういう施設はシーズンで料金が違うのが普通みたいで、今はオフシーズンなので相応にお安い。客層もそれを反映しているように見える。
つまりどこに行っても人が居そうなのがわたしの目下の悩みで、
「かといってお風呂入らないわけにはいかない」
折角こんな縁のない場所に連れて来てもらったのだから経験しておかないと勿体ないというのもあるし、お風呂自体が嫌いなわけではないし、こう見えてわたしって綺麗好きの女の子なので、叶うならば毎日お風呂には入りたい。シャワーでも可。
どうしたものかと考えていたわたしの目に飛び込んできたのは、とある案内表示。
「『別館』……?」
いつの間にかだいぶ奥の方まで来てしまったのだが、どうやらここから更に奥に行くと別館があるらしい。
周囲を見てみても別館のほうに行く人は居ないみたいだし、かといって立ち入り禁止とか非営業状態というわけでもなさそうだ。
「行ってみよっかな」
当て所なくぶらついているよりはマシだろうと思い、わたしは別館に進んでみることにした。
本館からの渡り廊下というか渡り階段を通って別館に辿り着いたわたしは、こちらにひと気がない理由をなんとなく理解する。
まず第一に、渡り階段の勾配がかなりきつい。別館は本館よりも高い位置にあるので、登ってくるのは一苦労だ。その分、露天の景色はいいのかもしれないが、どうやら別館というのは実質旧館であるらしく、全体的に設備が古いのだ。
上位互換の本館が営業しているのだから、わざわざ苦労してこちらに来る理由もないよねって。
実際、従業員の人の姿はあれど、利用客は目に入る限りはわたしだけだ。
悪くない。ここなら一人でのんびりお風呂に入れそう。
設備が古かろうが温泉が古くなるわけでもなし。むしろ貧乏人のわたしにとっては多少草臥れた感じのほうが落ち着くくらいである。
というわけでわたしは案内板を確認し、奥の露天風呂に向けて歩を進めた。『アーバン・ベルガミア』さんには悪いけれども、先客が居なければいいなぁと思いつつわたしが女湯の脱衣所に足を踏み入れると、願い虚しくそこには一人の人影があった。
「ていうか、あれ……?」
脱衣所は広くはなく、露天風呂と仕切りで区切られただけの半開放型の場所だった。壁際には衣服を入れておくための籠が並んだ棚があって、それだけ。あとは申し訳程度に壁に姿見が設置してあるくらいだ。
かけ流しの水音と微かに届く湯気の熱気がなんとも言えない趣を醸し出す質素な脱衣所に立っているのは、少しばかり見覚えのある人物であった。
脱衣籠の前に佇んでいる黒髪の背中は、以前ギルドで一度だけ会ったスメラギちゃんではなかろうか。東方風の黒い着物はかなり特徴的だったので、後ろ姿でもすぐわかった。
これがまったく知らない人であったならひっそりフェードアウトしようかなと思っていたわたしだが、不思議とスメラギちゃんにそういう感慨は湧かなかった。彼女だってたった一度会ったことがあるだけの、ほぼ他人と言っていい関係性には違いないのに。
わたしは彼女に声を掛けようとして、思い留まる。
ギルドの時はわたしがいきなり声を掛けたせいで酷く驚かせてしまったので、その反省を活かそうと思ったのだ。
「…………」
わたしは無言で息と足音を殺して、そそそとスメラギちゃんの側面に回り込んだ。
それで彼女のほうからわたしの存在に気付いてくれるように、その視界の端にぎりぎり入りそうな位置で立ち止まって、小さく手を振ってみせた。
脱衣籠を前にしてなにやら考え込んでいた様子のスメラギちゃんであったが、流石にわたしの若干ウザいムーブには気付いたみたいで、その赤い瞳をついと動かしてこちらを見てくれた。
「あれ……キミは」
「こんばんは。スメラギちゃん」
きょとんと目を丸くしたスメラギちゃんがちょっと可愛い。
こんなところで彼女に会うなんてわたしが全く想像もしていなかったように、スメラギちゃんにとってもわたしの登場は予想外であったことだろう。
スメラギちゃんはわたしの顏を覚えていてくれたみたいだけど、名前も覚えていてくれたら嬉しいなと思って、わたしは敢えて名乗らずに期待の眼差しを向けてみる。
すると彼女は、なんのこともなく自然とわたしの名を呼んだ。
「ミアベル。キミは当たり前のように私を見付けるんだね」
「偶然だよぉ」
尤も、彼女が言わんとしているのがそういう意味ではなく、以前のギルドの時のように何らかの迷彩魔法を纏っていたのに、という意味であることは理解出来ている。そして案の定、わたしにはそれが通じないみたいだ。
「スメラギちゃんもお風呂に入りに来たの?」
それ以外になにがあるのか、という間抜けな問い掛けであったが、彼女は呆れもせずに頷いた。
「少し、英気を養ってこいと言われた」
「そっか。わたしも一緒してもいいかな?」
「キミがそうしたいのならば」
わたしのほうから誰かと一緒の入浴を望む日が来るとは思わなかったなぁ。
だけど偶然にもスメラギちゃんと会えたのだから、彼女と仲良くなれるチャンスをふいにする手はない。わたし自身、何故こんなに彼女が気になるのかわからないが、気になっちゃうものは仕方ない。
それに、もう会えることはないと思っていただけ余計に。
「ところで、なにを考え込んでいたの?」
「……私は、こういう場所を利用したことがないんだ。だから、作法がわからない」
作法と来たか。
もしかして、脱衣の作法がわからなくて彼女は籠の前で立ち尽くしていたのか。
脱衣の作法とは……?
「服を脱いで、この籠に入れておくんだよ?」
「それはわかる。これは好きな籠を使ってもいいの? 衣服は畳んでおいたほうがいいのかな? これは共用で使うものでしょう。だったら正しい使い方をしなければ、次の人に迷惑がかかってしまう」
「あはは。汚したり、壊したりさえしなければ自由だよ」
「そう……キミは、詳しいんだね」
感心したようなスメラギちゃんの視線を向けられて背中がむず痒いような感覚に襲われるけど、わたしは見栄を張って胸も張っておく。言うまでもないが、わたしだってこんな施設を利用するのは初めてだ。ただ、脱衣所の使い方なんて大衆浴場とか寮の浴場のそれと大きく変わるとも思えないし、特別なルールがあるなら注意書きなり諸注意なりがあるはずだろう。
なのでわたしが語ったのは所謂一般常識的な範疇に過ぎないはずだけど、どうもスメラギちゃんはそのレベルで疎いみたいだ。
ただ、わたしはそれを意外には思わず、むしろ浮世離れした雰囲気のあるスメラギちゃんらしいと思った。
疑問に折り合いがついたのか、スメラギちゃんはするすると衣服を脱ぎ始めた。
彼女が帯を解くのを興味深く眺めていると、つと視線を向けられてしまった。
「やっぱり私はなにか間違った?」
「え? あ、ううん! そうじゃなくて」
不安そうに眉を顰めた彼女に、わたしは慌てて弁解する。
「スメラギちゃんの服、ちょっと珍しいから、そうやって脱ぐんだなぁ……って」
「……そう。たしかにこの国では珍しいかもしれない」
「ごめんなさい。不躾だったよね」
「キミが見たいのなら、見てもいい。キミは男ではないから」
本当に全然気にしていない様子のスメラギちゃんは、そのまま脱衣を再開してしまう。
わたしも自分の衣服に手を掛けて、彼女の隣の隣の籠を選んで放り込む。スメラギちゃんの衣服は、胴衣は帯を解けばそのまま脱げるので簡単だが、手足の装身具がそれなりに多いので時間が掛かっているようだ。
懲りずにちらりと彼女を一瞥したわたしは、またもや要らないことが気になってしまう。
「ねえ。スメラギちゃんっていくつ?」
「年齢はわからない」
「あっ、そうなんだ……でも、見た目たぶんわたしと同じくらいだよね?」
「かもしれない」
わたしとスメラギちゃんの外見を比較すると、浮世離れした美少女である彼女と凡庸極まる自分の対比が虚しいということはさておき、少なくとも年齢は同じくらいに思える。若干スメラギちゃんのほうが幼いかなと思わないでもないが、東方系の容姿は若く見られがちだと聞くので、やっぱり同い年くらいだろう。
で、なんでいきなり年齢が気になったのかというと、
「せくしーな下着なんだね……」
「おかしい?」
ぶんぶんとわたしは首を横に振る。
とっても似合っているし、個人の趣味でいいのだけど、この歳で透けた黒レースはちょっと背伸びし過ぎかなぁと個人的には思います。
「そういうミアベルの下着は、少し草臥れているね」
「うぐっ」
貧乏が悪いんです。
下着と言えども物理的に着用不可能になるまで使い潰すのは当然なので、わたしがいくつか持っている下着はどれもわりと年季が入っている。幸か不幸か見せる相手も居なければ出来る気配もないわけだが、問題があるとすれば学院の制服がミニスカート過ぎるせいで見せるつもりがなくても見られる可能性があるってことだけど、まあわたしなんぞのパンチラに興味がある人などジュリちゃんくらいしか居ないだろう。
でも、まあ。今の下着が穿けなくなったら、次はもうちょっと背伸びしてみようかな、と思う。
ほら、出来る人ってやっぱりそういうところにも妥協しないじゃん。誰とは言わないけど。
休暇明けたら、クラリスさんに相談してみようかな……。




