405話_side_Primrose_『ホワイトファング』クランハウス
・情緒がおかしい(平常運転)。
~"転生令嬢"プリムローズ~
「あのぉー……それはなんのアピールかなぁー? なんて」
私の眼前には、床に『てん!』と鎮座したヴェルメリオさんの姿がある。
小さい身体で背筋を伸ばしてお行儀よく座る姿は非常に微笑ましい。ちなみにわんこ形態ではなく人間形態なのだが、しかしその背後にははたはたとリズミカルに揺れる尻尾が飛び出している。
ヴェルメリオは私の問い掛けに言葉で答えることなく、口ほど以上にモノを言うきらっきらの瞳でこちらを見上げてくる。
そんな彼女が、畳んだ膝の上に大事そうに抱えているのは、パステルカラーの桶に入れられたいくつかのボトルやタオルやなんやかんや――要するに所謂『お風呂セット』である。
「も、もしかしてヴェルメリオは今からお風呂に行くのかなぁー……?」
往生際悪く私がすっとぼけるも、ヴェルメリオの視線の圧力は少しも変わらない。
はたはたと揺れる尻尾に続いて、頭の上にぴょこんと犬耳まで飛び出した。
「…………」はたはた。
「う、うぅ」
「…………」ふるふる。
「く、ぬう」
一体どうしたんだヴェルメリオ。何故なにも言わないのだ。ヴェルは私に何も言ってはくれない……!
いつもみたいに遠慮なく主張してくれれば、私もいつもみたいに対応出来るのに。
そして何故座っているんだ。
いつもみたいに突撃してくれば、私もいつもみたいに受け流せるのに。
こんな期待に満ちた視線をただ寄越すだけのヴェルメリオを、置いて立ち去ることなど私には出来ない。まさかそれが狙いだとでも言うのか。くそうヴェルメリオめ、いつの間にこんな高等技能を身に着けたんだ。ていうか入れ知恵したの誰だ。出て来いよ! 具体的にはそこに座ってニヤニヤしながら眺めているヴァイオラとかいうヤツ絶対にゆるさなえ(混乱)。
「はぁ……ヴェルメリオは私とお風呂に入りたいの?」
とうとう観念して私が白旗を揚げると、ヴェルメリオは一層笑顔を輝かせて「あい!」と答えた。
いやわかってたよ。そりゃあそんなこれ見よがしに入浴セット見せられれば、ねえ。
ちょっと前にイオちゃんとこで一緒に入ったじゃないの。むしろアレで味を占めた説あるな。
ヴェルメリオ渾身のアピールをどうにか見ない振りをしたかったのは、つまり、
「あのね? 私今、ちょっと忙しくて」
「え……」
「だからまた今度じゃあ、だ、ダメかなぁ……?」
そう、ちょうど出掛けようとしていたところなのだ。
目的地は陸刀会の寺院である。一夜明けてケイさん達も多少は落ち着いただろうから、約束の事情聴取をさせてもらおうと思ったのだ。時間の指定までしていたわけではないのだが、こういうのは早いほどいいし、ケイさん達だってさっさと済ませたいだろう。
というわけで私が罪悪感で吐きそうになりながらヴェルメリオにやんわりと断りを入れると、彼女は目に見えて表情を曇らせた。
「きゅーん……」
「はぅあ!?」
やめて! その『きゅーん』は私に効く!!
あんなに元気にふりふりしていた尻尾まで項垂れ、頭の犬耳はぺたんと倒れる。
なん、だと……?
まさかまさか、視覚的に私の罪悪感をめった刺しにするために、敢えて先に耳を出しておいたというのか。
なんという策士、ヴェルメリオ恐ろしい子……!
「あい……あるじさま……ぐすっ……いってらっしゃい……」
「お、おおぉふ」
落ち込みながら、涙を拭って健気に私を見送ろうとするヴェルメリオの姿に、やめて私のライフはもうゼロよ!
ダメージをライフで受け過ぎてヒールトリガーを探し求めるゾンビと化した私の姿を見て、憎きヴァイオラの野郎が腹を抱えて笑っている。プルプル震える私と笑い過ぎて痙攣しているヴァイオラを非常に微妙な顔で眺めていたハイメロートが、徐にヴェルメリオへと呼び掛ける。
「わんこ」
「あい……?」
「その人はスレイであって、あるじではない」
それは確かにその通りだし、訂正する気力すらなくしている私の代わりに言ってくれたのはありがたいのだけど、欲を言うならばまずは爆笑痙攣おじさんのほうをなんとかしてくれませんかねぇ。
「う? じゃあ、べるはなんて呼べばいい?」
「そうだな……」
どう呼ぶのが最も自然かを考えるハイメロートより先に、嫌な予感のする笑みを浮かべたヴァイオラが口を開く。
「お姉ちゃん、なんてどうだ?」
それを聞いた瞬間、私の思考がかつてないレベルの警鐘を鳴らし始める。
だめだ。そんなことしちゃいけない……!
しかし私が制止する間もなく、素直なヴェルメリオはその言葉を口に出してしまう。
「おねえちゃん?」
「――――――――――」(声にならない悲鳴)
はい負けた!
私もう負けました!
本日二敗目でーす。
ちなみに一敗目は主人公ちゃん(気のせい)である。
「も。もっかい言って?」
「おねえちゃん」
「はぁぁん! もっかい!」
「おねえちゃんっ、べるといっしょにお風呂いく!」
「いいですとも! お姉ちゃんが一緒してあげるからね! お姉ちゃんなんでもしてあげちゃうっ!」
きゃっほう、と歓声をあげるヴェルメリオの姿を私がニヤケ面で眺めていると、嗾けたヴァイオラがぼそりと呟く。
「いやチョロすぎだろ。嗾けといてあれだが、俺はちょっと心配になったぞ」
「妹に勝てるわけねえんだよなぁ……」
「いやそんな真理みたいにしみじみ言われても」
真理ですがなにか。
私は至って真面目なのに、何故ヴァイオラは狂信者を見るような目をしているのだろうか。
などと茶番もそこそこに、ヴァイオラは一転して真面目な顔つきになる。
「まあ冗談はともかくだ。寺院のほうは俺と魔剣ニキに任せろよ。アンタはちょっと休め」
「休みを勧められるほど疲れちゃいないけど」
「真面目な話だ。アンタ最近ちょっとやべえぞ」
「そう?」
真面目な顔で何を言っているのだろうかヴァイオラは。
私は首を傾げる。
私がヤバいのなんて、最初からだろうに。
無言のままハイメロートのほうに視線を向けると、彼は一つ頷いた。
「俺が言うのもなんだが、少々、情緒がおかしいように感じることはある」
「はぁ。まあ貴方が言うならそうなのか」
「なんでニキの言葉は素直に受け入れるんだよ」
「普段の行いっていう言葉を知ってるかねヴァイオラくん」
あれかな、ずっと転神してるせいでもう一か月以上の期間一睡もしてないのが原因かな。
イオちゃんちの霊原にお邪魔した時は転神こそ解いたけど、結局寝てないしなぁ。
時間感覚なんてとっくの昔にイカれてるから自分ではなんとも思わなかったけど、やっぱ無理が祟ってるってことか。
「ほんじゃ、お言葉に甘えてちょっと羽根を伸ばしてきますか」
「そうしろそうしろ」
折角ロイエンタールに来ているのだから、評判の温泉街に繰り出してみるとしようか。
ちょうどヴェルメリオもお風呂をご所望ということで。
◇◇◇
さて、主人公ちゃんの言葉ではないが、やるならば徹底的にである。
羽を伸ばすと決めたからにはそこに妥協するつもりはない。
ちょっと近場の温泉に適当に浸かって済ませる気など毛頭ない。
「というわけで、ちょっといいお宿に行きます」
「おお~!」
ヴェルメリオと手を繋いで、仲良く目指すのはロイエンタール上層部。
嘘か真か他国の貴人すらも密かに訪れることがあるというちょっとした温泉街なのである。
今回の私達の目的地はそこの最高級グレード……から二個下くらいの温泉施設だ。下手に高級感を追及すると逆に息が詰まって休息にならないので、ちょっと下がるくらいが一番いいのだ。これ貴族的豆知識な。
温泉のシーズンと言えば一般的には寒い季節だろう。このロイエンタールもその例には漏れず、今はオフシーズンだ。
汗をかきやすい季節こそ熱い風呂に浸かってさっぱりしたいという需要はあるし理解もするが、そういう需要を満たすのは高級な温泉ではなく圧倒的に大衆浴場であるからして。
「『アーバン・ベルガミア』っていう、ホテルもやってるところよ」
「おお~!」
「実は一度行ってみたいと思ってたのよね。一番の売りは露天からの景色の良さらしいわ」
基本的に上層部の温泉街は更に上に行くほどにグレードが高いし景色も良い。源泉はぶっちゃけどこもほぼ同じなので、どこでグレードが決まるかというと景色と施設とサービスだ。
そこをいくと今回の目的地はロイエンタールでもほぼ頂点に近い標高に所在しており、露天風呂からは火と鉄の街の全貌を一望出来るばかりか、夜に訪れればその先に広がる黒い森の魔物達が織り成す魔法の輝きすらも遠くに見えるのだとか。
私達は討伐者だから感動も薄いが、魔物や黒い森に関わることのない人々にしてみれば、妖しくも美しい非日常の欠片を感じられる絶景というところなのだろう。
勿論、グレードに見合った入浴料を取られるわけだが、その辺は心配ご無用である。討伐者活動中の私は当然侯爵家の資金力を頼ることは出来ないのだが、そんなものに頼らずとも金なら腐るほどある。だってこの前、バッヘルで『スコルピオン種』を死ぬほど討伐したから。討伐スコア報酬だけで家が建つぜよ。
次第に濃密さを増していく温泉街独特の香りを楽しみながら、温泉に関する蘊蓄をヴェルメリオに聞かせつつ坂道を登る。傾斜も多く、階段も多い。高いところに登るのはそれだけでも一苦労だが、生憎と私とヴェルメリオにはなんのこともない。
たまに魔獣が牽く馬車や、マッチョの兄ちゃんが牽く人力車なんかがお金持ちの客を乗せて坂道をぐいぐい登っていく光景も見られる。僅かに魔力の動きも感じるので、勾配を踏破するためになんらかの魔法的な補助でも用いているのだろう。
私の語る蘊蓄はヴェルメリオには難しかったようだが、それでも一生懸命に聞いてくれる彼女が愛しくてついつい喋り過ぎてしまった。その甲斐あってか、わからないなりにヴェルメリオも温泉に興味を持ってくれたようでなによりだ。
そらもう私、前世は温泉大国の人間でしたからね。人並み以上には好きでしてよ。
テンションアゲアゲで目的地のホテル『アーバン・ベルガミア』まで辿り着いた私は、その上品な門扉の隣に掲げられている看板のようなものが目に入り、記載された文字列を読み取って固まった。
『剣の誓い』御一行様
あれれ、おかしいな。
なんか変なことが書いてあるぞ。
ヴェルメリオの手を握っていないほうの手で目をくしくし擦っても、残念ながら何度見ても『剣の誓い』と書いてある。別に貸し切りとかではなくただの案内看板のようだが、つまり現在あるいはこれからこの場所には件のクランの人間が集結するというわけである。
「ねえヴェルメリオ。やっぱり別の場所っていうのは、」
「え……?」
少しだけ目を丸くしてヴェルメリオは私を見上げる。
その普通にショックを受けたみたいな反応、下手に『きゅーん』とか言われるよりも一番居た堪れないまである。
なんで彼女がこんなにショックを受けているのかなんて考えるまでもない。ここで温泉に浸かるのが楽しみだったからだ。何故そんなに楽しみなのかというと、何処かの誰かがここまでの道中でこの場所の魅力をプレゼンしたからに相違ない。
つまり、だいたい全部私のせい。
「いえ、なんでもないわ。入りましょうか?」
「……だいじょうぶ? おねえちゃん」
「ッ大丈夫! 今元気になった!」
神は言っている。妹に優先する定めなどないと。
強く輝く妹魂がこの胸にある限り、私は無敵だ。
もうこうなったらベルさんと再会を祝して裸の付き合いをするくらいの勢いで行ったれ。
なんならセラフィーナちゃんとかマルグリットちゃんも巻き込んでやろうじゃねえか。
……ただし主人公ちゃん。てめーはダメだがな!




