401話_side_Marguerite_パーチ/『剣の誓い』クランハウス
~"騎士の卵"マルグリット~
気配を感じて目を覚ますと、あたしのベッドを誰かが覗き込んでいた。
寝起きでぼやける視界がややあって像を結ぶと、その誰かは見慣れたストロベリーブロンドが眩しい美少女ミアベルであった。
「あ、おはようリタ。調子はどう?」
どういう状況かよくわからないが、とりあえず訊かれたことには答えようと自分のコンディションを気にしてみると、寝たままでもわかる程度に、全身に軽度の筋肉痛のような違和感と、頭が重たいような倦怠感があった。
それをミアベルに告げると、彼女は穏やかな苦笑を浮かべる。
「魔力の使い過ぎだね」
「使い過ぎ……ああ、そっかあたし」
修道士クロスに対抗するために魔力を枯渇寸前まで振り絞ったのは事実だし、覚えている。昨夜、あたしが気を失う前までに覚えている状況を鑑みると、あたしの現状はそれなりにおかしい。
具体的にはクロスに撃たれた傷がない。
「あたし、傷は……?」
「え? 特になかったと思ったけど」
どこか怪我したの? と訊かれてしまう始末。
あたしは脱力して、深く息を吐いた。
「『いたいのとんでった』か……」
「え?」
ミアベルが不思議そうな顔をしているが、あたしは適当に誤魔化しておく。
時間を訊ねると、どうやら現在は翌日の昼前みたいだ。
「あたし、どうやって帰ってきたの? ルークは?」
「えっと。順番に説明するね。あ、ルーク君は元気だよ」
あたしとルークが連れ立ってリンさんの元へと向かったのが昨日の昼のこと。そこからあたし達は怒涛の事態に巻きこまれて、クランへはおろか友人達にも状況を伝える余裕がなかったのだけど、当然あちらはあちらであたし達の行方を捜していたようだ。パーチに残されたルークの書置きがあったので、あたし達が陸刀会の寺院へと向かったことは書置きを見付けたミリティア経由で友人達やクランの人達に伝えられた。
昼を過ぎて暫く時間が経っても一向にあたし達が戻らないのも、オフの時間だしのんびりデートでもしているのだろうと最初は皆で笑って話していたそうだが、日が暮れてクランとしての活動時間が近付いても戻らないので、流石にこれはおかしいぞと思い始める。
「それで、とりあえずわたし達は一旦待機して、ノアちゃんとかクランの人達がリタ達を捜しに行ってくれたんだけど、リタ達どころか、その寺院っていうのも見付けられなくて……」
その頃と言えば、あたし達は既にクロスの結界に入って、たぶんドルチェと相対していた頃ではなかろうか。クランの人間が寺院を見付けられないのは当然で、侵入したドルチェによって手痛い打撃を受けていた寺院はまさに厳戒態勢にあったのだから、寺院を守る結界の効果で部外者を寄せ付けなくなっていたのだろう。
「結局わたし達はパーチに帰ってろって言われちゃって。クランのほうはその後シリウスさん達も加わって二人を捜してたみたい」
「うぁー……めっちゃ迷惑かけてんじゃん」
「迷惑じゃなくて心配、だよ」
どっちにしろめちゃめちゃ申し訳ない。
勿論クランの人達だけでなく、ミアベルを始めとした友人達にも。
「たぶん夜中の二時くらいだったかな? わたし達、起きてリタ達の帰りとかクランからの連絡とかを待ってたんだけど、そこでわたし、なんていうか」
「?」
ミアベルは言葉を探すように視線を彷徨わせて、
「そう、気配! を感じて外に出たんだ」
「気配て」
お前さんは剣の達人か何かか、と言いたいところだが、この子だったら本当にやりかねないから反応に困る。
わかりやすく、嘘の吐けないミアベルの様子から察するに、気配云々は便宜的な表現であることはわかるけれども。
とにかく、ミアベルさんは午前二時、何かを感じ取ってパーチの外に出たと。
「そしたらアンジュさんとヴァイオラさんが居て、あヴァイオラさんっていうのはアンジュさんと同じクランの人なんだけどね。二人でリタとルーク君を連れて来てくれたみたい」
てことはあたしが気絶した後、アンジュ様が事態を収拾してくれて、それどころかあたし達をわざわざパーチまで送ってくれたのか。ドルチェと戦っていたはずのルークがどうなっていたのか知らないけど、もしかすると彼もアンジュ様に助けられたのかもしれない。
ていうかちょっと待って、
「アンジュ様のクランって言った? あの人討伐者だったの?」
「あうん、そうみたい。それと、なんか今はスレイさんっていう名前で活動してるから、アンジュじゃなくてそっちで呼んで欲しいってさ」
色々と理解が追い付いていないあたしだけど、アンジュ様改めスレイ様は討伐者であるらしいということはわかった。
そうしてミアベルにあたし達の身柄を預けたスレイ様達は姿を消して、ミアベルはあたし達をパーチに運んで休ませ、クランのほうには事態を伝えるためにレックスが走ってくれたそうな。
「リタ達が無事ってことは伝えたから、シリウスさんからはとりあえず今日、リタ達が目を覚ましたらクランハウスに顔を出させるように、って言われてるよ」
「わかった。色々とごめん。ありがと」
「ううん、リタ達も大変だったんだよね? あそうそう、スレイさんからの伝言だけど」
「うん?」
「そのまま伝えるね……『二人は無事。彼はもう居ない』だって」
わかる? とミアベルに言われてあたしは頷いた。
二人というのはケイさんとリュウさんだろう。もう居ないのはクロスのことに違いない。
あたしは両手で顔を覆うとシーツの上をゴロゴロと転がった。
「うなああぁぁ~っ!」
「ちょ、リタ?」
いきなりの奇行にベッドサイドのミアベルが驚いたような声を上げるが、あたしには体面を気にしている余裕などないのだ。
身体の節々に鈍い痛みを感じつつも一頻りゴロゴロしてバタバタした後で、俯せになったあたしは枕に顔を埋めてもごもご言う。
「ただでさえ借金まみれなのに、また増えた気分だぁ」
恩義のことを借金呼ばわりはアレかもしれないが、心情的にはまさにそんな感じであった。
というかあの人おかしくないか。一体どれだけあたしを助ければ気が済むんだ。
勿論、進歩もなく何度も窮地に陥るあたしが全面的にいけないんだけども。わかってるけれども。
すると頭上から、堪え切れないとばかりの笑い声が聞こえてきた。
あたしが上目に見上げると、ミアベルが口元に手を当てて笑み崩れている。
「なに?」
「いや、なんかわかるなぁ、って思っちゃって」
「はぁ?」
「わかるわかる。その気持ち」
ころころと笑い続けるミアベルに、あたしは首を傾げることしか出来なかった。
その日の午後、あたしは言われていた通りに『剣の誓い』のクランハウスに顔を出した。
勿論ルークも一緒である。
ちなみにルークはあたしが起きた時にはもう起きていて、あたしがダイニングに行くと平然とした顔でヌードルを食べていた。なんでも昨日食べ損ねたのでやり直しを敢行したらしい。嬉しそうにヌードルを啜るルークの姿を、キッチンからクリスティンさんがなんとも言えない顔で眺めていたのが印象的であった。
ルークだけでなく友人一同とも一緒にクランハウスまで来たのだけど、到着した後は彼等とは別れ、あたしとルークだけがシリウスさんの執務室に呼ばれた。勝手知ったるルークの後ろに続いて、初めて足を踏み入れる部屋におっかなびっくり入ってみると、そこにはだいぶ見慣れた感のあるシリウスさんの姿と、もう一人初見の人物が居た。
銀髪緑眼の美女だ。
刃みたいにきらめく銀のショートカットに、ぱっちりと大きな瞳。出るとこは出て、しっかりくびれている綺麗なボディラインの持ち主で、立ち姿もまっすぐ芯が入っているみたいだった。
伝え聞いている特徴に合致する容姿と、この場に居ることから彼女がルークの母親であるイザベルさんであると察しは付くのだけど。
いや若過ぎない……?
これであたし達の親世代ってマ?
どうみてもちょっと年の離れたお姉さんくらいにしか見えん。
少なくとも、ウチの母親とは並んで立って欲しくない感じである。娘として色々と複雑になるので。
イザベルさんはキラキラと好奇心に輝くルークそっくりの目であたしを見たが、すぐに無理やり表情を改めると、徐にルークを手招きした。なおシリウスさんは執務用の机に腰を据えて、威厳ある表情で黙り込んでいる。
緊張せざるを得ないあたしを他所に、実の息子であるルークは特に構えることもなくイザベルさんの元へと歩み寄り、
「そぉい!!」
「あイッだァ!?」
ものっそい笑顔のイザベルさんから、脳天に拳を浴びて悶絶する羽目になった。
相当痛かったのか、ていうか音からして相当痛かったのだろうが、涙目でぶるぶる震えるルークにあたしは掛ける言葉もなく立ち尽くすことしか出来ない。
「いきなり殴るこたねえだろ母さん!」
「お黙り。心配かけた罰です。お父さんの拳じゃなかっただけありがたく思いなさい」
シリウスさんの拳骨だったら涙目になる程度じゃ済まなかったんだろうなぁ、というのはわかりやすく蒼くなるルークの顔色を見れば明らかである。
そのシリウスさんはギシと背凭れを鳴らして体重を預け、両腕を組んで口を開く。
「まずは詳しく話せ。昨日なにがあったのか。マルグリットさんもだ。いいな?」
「お、おう」
事の発端となったリンさん達のことも含めて、ルークがわかる範囲で説明をして、あたしが時折補足をする。どちらかというと当事者はあたしのほうなのだが、生憎とあたしは英雄伯夫妻の威厳に圧されて緊張でガチガチだったので、気を遣ってルークが説明役を買って出てくれた形だ。
そして説明も佳境に差し掛かり、ルークがドルチェの攻撃で負傷して意識を失うくだりまで行ったその時、
「ふんっ!!」
「あだっタァ!?」
再びイザベルさんの拳骨が炸裂した。
「ちょ、なんで殴る!?」
「しれっと死にかけてるじゃないの! 傷はどうしたの!?」
「いや、大丈夫だって。カップ麺が一個なくなってたから、たぶんアンジュが治してくれたんだと思うんだけど」
「は?」
ルークの説明を聞いて目が点になるイザベルさんだが無理もない。
というかミアベルが教えてくれた伝言をルークに伝えるのを忘れていた。今はアンジュ様じゃなくてスレイ様なのだと教えておかなくては。あたしがそんなことを考えているとルークがこちらに話を振ってきた。
「てか俺すぐ落ちちまったから結局声だけしか聞いてないんだけど、あれアンジュでよかったんだよな?」
「うん。あたしは普通に会って助けてもらったもん」
「なんでアンジュがこんなとこに居るんだ?」
「討伐者やってるんだと思うけど……それっぽい格好してたし」
あたしが彼女の姿を思い出しつつ言うと、ルークはなにか思い当たる節がある様子で「あー」と呟いた。
英雄伯夫妻は、その人物があたし達の命を救った恩人であると察した様子で、とりあえずあたし達の遣り取りに耳を傾けている。
「あ、てことはあのへんてこな格好じゃねえんだ?」
「変じゃない。二度と言うな……!」
「あっはい、スンマセ」
アンジュ様あらためスレイ様の神聖で麗しいアヴァター装束をあろうことか『へんてこ』とは、ルークの美的感性はちょっとおかしいのではなかろうか。あたしが条件反射で訂正すると、ルークは首を窄めて詫びた。ついでにシリウスさんは目を覆って「もう尻に敷かれてやがる……!」と嘆いていた。や、これは流石に譲れないところなんで。
「言っとくけど、討伐者ルックもすごく似合ってたんだからね! こう、脚見えまくりのホットパンツで、胸元もがばー!で豊満な谷間が得も言われぬ魅力を振り撒いていてだな」
「ちょっとルーク、マルグリットさんどうしちゃったの……?」
「リタはアンジュの熱狂的なシンパなんだ。キモいくらい好き過ぎるんだよ」
イザベルさんとルークがひそひそと言葉を交わしているのが聞こえるが、あたしがスレイ様に憧れる気持ちに恥じるところなど一切ないのだ。むしろ、あたし程ではないとはいえ、彼女に命を救われたのには違いないというのにルークがこのパッションを理解してくれないことが不思議だ。
「つってもリタよぉ、そんな格好してる女討伐者なんて腐るほど居るだろ」
「有象無象と一緒にするな愚か者」
「こ、こわ……」
彼女が有象無象と一線を画するところは、ともすれば品性を損ないかねないような薄着の装いの中にも、ちゃんとおしゃれの精神を忘れないところだとあたしは思う。つまりは自らを着飾る余裕があるということであり、まさしく強者の風格と評するに相応しいだろう。
具体的には、首元を彩るあの真紅のスカーフである。
「真紅の、スカーフ?」
と、何故かその言葉にイザベルさんが反応した。
見れば、イザベルさんは謎の冷や汗を流しながら口元をひくつかせている。
「ち、ちなみにマルグリットさん。そのアンジュさんとやらはもしかして、ブロンドの長髪だったり……?」
「? いいえ、です。北方系みたいな白髪だったです、けど」
なんでそんなことを訊くのか、と思いつつもあたしが精一杯のヘタクソな敬語で返すと、イザベルさんは目に見えて安堵したように深く息を吐いた。
「そ、そうだよね。あはは、ベルさん安心した。ということは勿論、瞳の色が綺麗な瑠璃色だったりはしないわけだ」
「んあ? 母さんアンジュのこと知ってんのか? 確かにそんな色してるけど」
あたしと同じく彼女の容姿を知っているルークが言うと、イザベルさんは安堵の表情のまま不自然に固まってしまった。シリウスさんはそんなイザベルさんとあたし達の間を、困惑の表情で視線を往復させていた。
そこであたしは、先程思い出したことを忘れないうちにルークに伝えておこうと思い立つ。
「そういえばルーク。アンジュ様、今は違う名前で活動してるんだってさ」
「そうなのか? まあ理由はなんとなくわかるけども」
なんて名前? とルークが訊くのであたしは答えた。
「うん。スレイさ――」
「やっぱりスレイさんじゃねえかああああああああああああああ!!!?」
いきなり天を仰いで絶叫したイザベルさんにその場の全員が肩を跳ねさせてギョッとした視線を向ける。
あたしとルークは何が何だかわからなかったが、唯一シリウスさんだけは何かを察したように椅子から腰を浮かせた。
「お、おいベル、それはまさかお前等の命を救ってくれたっていう、例のお姉ちゃんか……?」
「え、ていうかちょっと待って! アヴァター? スレイさんあれアヴァターだったの!?」
「アヴァターだったのか? 恩人がアヴァターだったのか!」
「速報! スレイさんアヴァターだった! てことはリスティちゃんも!?」
「りすてぃ? 誰だ! それは一体誰なんだ? 知らない名前が出てきて俺は混乱してるぞ!!」
なんだか独特な慌て方をする英雄伯夫妻を横目に、あたしはルークに小声で「なんぞこれ」と訊いてみる。ルークは「知らん」と。
まあ普通に考えればスレイ様がイザベルさんと顔見知りだったのだろうが。
というかスレイ様、またやらかしてたのか。息をするように他人を救ってしまう。やっぱ天使過ぎるんだよなぁ。
「ぐぐぐぐ……なんてことだ。私とレーナちゃんの分の恩返しもできてないのに」
「まさか、ベルに続いてルーク達までとはな……」
「ふふふ、甘いよシリウス。なんならセラフィーナちゃんとランディー君もだからね」
「なんだと!? つまり俺以外全員じゃねえか!!」
「貴方が最後の砦だから! あと一人でダンクーガ家コンプリートされちゃうから! 絶対にスレイさんに救われないでね!」
それこそ知らない名前が出てきたので、あたしはルークに小声で「誰?」と訊いてみる。ルークは「妹とその彼氏」と。
いやちょっと待って。ルークって一人っ子でしょう。どこから妹湧いたし。
「妹なんて居たの?」
「会ったことはねえけどな」
「????」
未知の事象に首を傾げるあたしの視界の端では、何故かシリウスさんが筋トレを始めていた。
絶対にスレイ様に救われないために今から身体を鍛えておくらしい。
なんだかんだで早くもあたしは『あ、ダンクーガ家ってこんな感じなんだ』と理解を得るのであった。




