399話_side_Primrose_結界内_夜半
~"転生令嬢"プリムローズ~
――なんでマルグリットちゃんすぐ死んでまうのん?
いや死んではいないけれども、なんで彼女は定期的に死にかけてしまうのか。なんかお姉さん一方的なシンパシー感じちゃう。マルグリットちゃんにしてみれば不本意極まりないだろうけど、このなんというか、絶妙に世界に嫌われてる感じね。
だって凄いよ?
原作期間が始まって今日まで半年くらいだけど、その間にマルグリットちゃんが死にかけた回数、なんと四回である。
最初にカメレオンこと『ヒドゥンロード』に食われかけたことを皮切りに、マッドが創ったゴーレムには腹をぶち抜かれ、先日の『フォートロード』戦では戦域魔法で地形ごと流されそうになり、そして今日である。なんだかんだで毎回私が居合わせたり間一髪で間に合っちゃったりしてる辺り、運がいいのか悪いのかわかんないね。てか私が知ってるだけでこれだから、実は見てないところで倍くらい死にかけていても驚かんぞ私は。
まあ、今日に関しては死にかけていたのは彼女だけでなくて、途中でなんかくたばりかけていたルークくんも大概危なかったわけだけども。なんだか相当えげつない攻撃食らってたみたいで、『再誕の祈り』を使わないと助けられない状態だったのだ。普通に治癒魔法や応急手当で済むならそうするつもりだったけど、すぐに『これあかんやつや』って気付いて、結局時間遡行する羽目になったもんね。
あの糸の弾丸みたいなの考えたの誰だよ。着弾した後に糸が解けて体内で拡散して、対象の肉体と魔力系をすり身にするっていう悪意の権化みたいな武器ですよあれは。前世だったら非人道的と誹られて条約で使用禁止になる類のやつ。なんてったって一度食らったら体内から除去するのがまず不可能だ。傷自体は大きくないから正しく手当すれば死にはしないけど、ほぼ確実に後遺症が残るぞアレ。
とまあ、そんなこんなでルークくんの治癒に時間を取られてマルグリットちゃんの元に辿り着くのが遅くなったわけだけども、急いだところで結局修道士クロスの妨害を越えられなかった気がするから一緒かな。論理結界自体はマルグリットちゃんが打破してくれたから、私や周辺に展開していたハイメロート達も侵入出来たのだけど、それとは別にクロスが張り巡らせていた防衛網がこれまた厄介で。
クロスがユーフォリアちゃんと同系統の能力者だとすれば確率分岐系の魔法を使っていると予想はしていたが、予想は出来ても対処が出来ないからこそ厄介極まるのだ。こちらはあくまでもクロスが構築した結界に挑む立場だから、そもそも向こうが圧倒的に有利なわけで。最終的には私の『ChU2W』が結界構築前のクロスを攻撃すれば攻略可能だったとは思うが、それを待っていたらマルグリットちゃんの命を救うのには間に合わなかったことだろう。なので、彼女が生き残ったのは彼女が力を振り絞って戦った結果ということでひとつ。
それにしてもクロス本人が大したことなかったのは僥倖だった。
いやまあ、それも大部分はマルグリットちゃんのおかげだったのだが、たぶん直接対決であればクロスが十全だったとしても結果はそんなに変わらなかったような気もしている。おそらく奴の能力は現在の確率を不確定にして恣意的に選択する類のものだろうから、時間魔法が通じる以上は、現在しか見ていない輩に私が負ける道理ナシだ。なんせどこぞのシスターとは違って、クロスは殺せば死んでくれるのだから有情である。義体化した肉体は相当しぶとそうではあったけども。
勿論殺してしまえば情報を引き出せないので、それは最後に取っておく。とりあえず氷魔法で凍結させて封じ込めたので、後はブラックピッグ麾下の諜報部隊にお任せである。彼等は尋問の手腕にも秀でているので。狂信者の口を割らせるのは彼等でも難しいだろうが、別に必ずしも口を割らせる必要もないのだし、事後を考えなければ情報を引き出す手段などいくらでもある。
というわけで、後は凍ったクロスを回収して撤収するのみかと思ったのだが、そこでクロスの結界を引き継いで情報封鎖を担う予定だったブラックピッグが妙なことを言い始めるのだ。
『既に、今まさに、別の誰かが結界を上書きしておるのですなぁ』
その台詞が耳元の通信魔法から聞こえてきた時、即座に反応した者が一人だけ居た。
ハイメロートだ。
彼は腰の後ろの拘束具じみた鞘で封印している魔剣の柄に片手を添えて、とある方向を注視していた。そして私もまた、一瞬遅れて同じ方向を見る。それはマルグリットちゃんとクロスの激突の場となったであろう十字路の中心、その上空である。
何故私達がそこを見上げたのか。
それは感じ取っていたからだ。
今まさに、結界を上書きした何者かがその場に顕現しようとしている気配を。
「ハイメロート、まだ抜くな」
「……了解」
彼の魔剣は私の切り札だ。安易に使うことは出来ない。
だが、それを承知しているハイメロートが、それでも魔剣に手を添えたのは、それだけの事態を予想したからに他ならない。
始まりは、ただの光だった。
私達の視線の先で、十字路の中心の虚空にぽつりと光が燈る。
雨粒のような大きさで、しかし目を焼くほどに凄まじい輝きだった。
その光の雫はぽつりと落ちて、虚空に波紋を広げた。私のアヴァターの光輪にも似た、金色に輝く波紋である。
無数の波紋は中心を起点として回転する。円周方向の回転のみならず、多軸を無作為に高速回転する無数の波紋が光り輝く球体を形作るのだ。
転移先進魔力。
光り輝く球体は、転移先の空間確保を行う魔法の働きである。
私とハイメロート、そして少し後方に居るヴァイオラは臨戦態勢を整えて転移の完了を待つ。状況的に十中八九碌なものが現れない気がしているのだが、さりとて現段階では敵性体であると断定することは出来ないし、先制攻撃をするだけの意義もない。
時間にすれば数秒も掛からず、光り輝く球体の内側に人影が現れた。穏やかで静かな息遣いを感じる。
そして高速回転していた無数の波紋は徐々に減速しながら軸を揃え、最終的には現れた人影の背後に収まって眩い後光の円環を形作った。
「…………女か」
小さくハイメロートが呟く。
転移出現したのは一人の女だった。
爪先を揃えて虚空に浮かび、静かに瞳を閉じて瞑想でもしているようだ。私のアヴァターの外見年齢と然程も変わらない年頃に見える。更には外見の特徴もわりと似ている。自分で言うのもなんだが若く美しい容姿をしていて、ゆったりと広がる頭髪の色は光輪と同じ金色だ。瞑目しているので瞳の色こそわからないが、顏の作りは見慣れた西方人のそれである。
装いはかなり特徴的で、というか背後の光輪だけでも個性の主張が凄まじいのだが、衣装がそれにまったく負けていないから大したものだ。衣装の意匠が複雑すぎて表現に困るが、強いて言うならば十二単だ。いやほぼ白一色なので白無垢というべきか。とにかく華美な和装を西洋風にリデザインした結果とでも言えばいいのか、夜会の時にイオちゃんが着ていた『和ドレス』に近いものがあるかもしれない。
白い装束。金の後光。
そして、
ゆっくりと、開かれる。
金色の長い睫毛に縁取られた瞳の色は蒼穹。
蒼穹を取り巻くは、漆黒の闇である。
「…………緑后」
震える声で小さく呟いたのは、クロスの標的になっていた東方人の彼女だ。
察するに、彼女を蝕んでいる呪詛の下手人か。
多くのことが不明とはいえ、相手が魔物であるとわかった時点で私は『ChU2W』を動かしていた。相手が私の目の前で転移出現したならば、その瞬間に遡行して攻撃を仕掛けることでほぼ確定的に大打撃を与えられるからだ。つまり転移先進魔力による安全確保の瞬間を妨害することが成功すれば、相手はなんか知らんけど転移に失敗してダメージを負ったことになってくれる可能性が高いのだ。
だが、私が七基の端末を秘密裏に動かそうとしたその時、
「急くでない」
緑后とやらが呟き、彼女の背後で後光を放っていた円環が金色から色味を変ずる。
夜明けを早回ししたかのように、眩い金色が、深い碧に。
私の目に焼き付いているその碧は、間違いようもなくあのフェンリスの封じられた瞳の色と同じだった。あの時、私の時間魔法を封じ込めたフェンリスのように、緑后の碧い後光を浴びた『ChU2W』の端末は過去への遡行を封じられた。
私は舌打ちを一つ。
「最近の魔物の流行りなのか? その碧いの」
「ほむ…………ああ、そこな昇格者。もしやフェンリスの腕をもいだのはそちか」
「奴は元気か? もし会うならば私がよろしく言っていたと伝えておいてくれ」
「承った。伝えよう」
……なんだコイツ。つかみどころがないな。
どんな情報でも得られれば重畳と思って軽口を叩いては見たが、この反応は素なのか。
少なくともフェンリスと関係があることはわかったが、知りたいのそっちじゃねえんだよっていう。結局その碧いのは何なんだ。
「貴様がどこの誰かも知らんが、何の用だ。見ての通り取り込み中でな。用がないならお引き取り願おう」
「妾の名ならばそこな娘がよう知っておるが……名乗るならばベルフェルテである、と言うておこうか」
「で?」
「憐れな男を看取ってやろうと思うてな。知らぬ仲でもない故に」
この場で死にそうな男といえば東方人の彼と氷漬けのクロスであろうが、東方人の彼のほうはヴァイオラが『死ぬことはない』と太鼓判を押しているので、この緑后だかベルフェルテだかの目的は、嬉しくないことにクロスであると言うことだ。
ついでに言っておくと、クロスに痛めつけられて結構な傷を負っていたマルグリットちゃんは現在気絶して眠っているが、彼女には私が応急処置の魔法を施しているので、とりあえず悪化したり死んだりはしない。
「これが憐れな男だと言ったか?」
「言うた。まこと憐れな男よ。なまじ『隣』が視えてしまうが故に、知らずともよいことを知ってしもうたのじゃな。狂うしかなかったのであろ。憐れみを禁じ得ぬ」
「コイツがイカれた経緯に興味などないが、少なくともその後の所業は憐れみには値しないぞ」
「知らぬ。それは妾の知らぬことじゃ」
クロスの所業を知らないから憐れなどと言えるのだ、という意味ではなく、真実ベルフェルテにとってはどうでもいい部分なのだろう。要するにコイツは独断と偏見によって憐憫を押し付けに来たに過ぎない。
魔物が人間を憐れむ奇妙さを思うべきか、あるいはそれ故に垣間見える魔物らしい冷酷さに納得するべきか。
しかし、フェンリスもそうだったが変に人間味を出してくるのは一体なんなのか。そもそも、コイツ等はどこの誰なのか。
「悪いが、この男は死んでいないし、私が死なせない。故に貴様が看取る必要もない」
「しかし、そち等の虜囚となるを見過ごすのも憚られる」
「何故?」
「慈悲ゆえに」
悪い冗談だ。
私達はクロスから情報を引き出すためにあらゆる手段を実行するだろう。そこに慈悲とか人道とかは存在しない。別に、クロスがそういう扱いをされて当然のクソ野郎であることは、まあ私自身はそう思っているが、それを理由にするつもりはない。
クロスが仮に底抜けの善人であると判明したとしても、同じだ。
何故かなどとは言うまでもないだろう。私達とて遊びではないし、一命を賭してやっていることだからだ。
ベルフェルテはあろうことか、そんな私達の魔手からクロスを救うために、慈悲を以て現れたと抜かしているのである。
そして非常に残念なことに、私達にはそれを阻む手段がない。
私が死なせないとは言ったものの、今となっては『そのつもりだった』としか言えないのだ。ベルフェルテの碧い後光が私の時間魔法を封じ込めた時点で、クロスを生かしたまま冷凍保持していた魔法が解けてしまうので、彼はどうあがいても死んでしまうからだ。
時間凍結だから生きたままを保持出来ただけであって、それがただの凍結になれば死ぬだけだ。子供でも分かる。
「――――主よ、彼の者を導き給へ。憐れみ給へ。救い給へ」
ベルフェルテが天へと捧ぐように唱える。
クロスが修道士だから彼の流儀に合わせているだけとも取れるが、見様見真似ではあり得ない貫禄のようなものが感じられる祝詞であった。
ただの氷塊と化したクロスの身体が、徐々に崩れて消えていく。私はそれを黙って見ていたし、ハイメロート達にも手を出させないようにした。この場に来る前に別れて周辺に伏兵として潜ませているドロシーを動かすつもりもない。
既に趨勢は決したというか、ベルフェルテがここに現れて、私の時間魔法を封じ込めた時点で抵抗する意味がなくなったのだ。無論、これでベルフェルテが私達に攻撃を仕掛けてくるのであれば対抗するしかないが、最早避け得ぬクロスの死を看取るだけならば好きにすればいい。
「――――友よ、約束の地にて、また会おう。さらばだ」
ベルフェルテが祝詞を捧げ終えると同時に、クロスだった氷塊は完全に砕け散って空に消えた。
ああ畜生。つまり私の有意義な情報源も消えたわけだ。
とんだ無駄足である。
「昇格者よ、そちの慈悲に感謝を」
「諦めて傍観していただけだ」
私が慈悲ゆえに黙って見ていたとでも思っているのだろうか。言うまでもないが、クロスを憐れむ心など微塵もありはしないし、奴の死を惜しむ気持ちがあるとすれば情報を獲り損ねたことだけである。
感謝してくれるというならば、とりあえずその碧い光を引っ込めてくれと言いたいところだ。
そんな私のやりきれない思いを察したのかはわからないが、ベルフェルテは少し考えてから口を開いた。
「ほむ…………礼の代わりではないが、一つ。そこな娘に施した魔法を解こうかの」
え、と声を上げたのは東方人の彼女だ。
すっかり蚊帳の外だったのがいきなり渦中に戻されて混乱しているようだった。
「そこな娘は最早、妾には必要がない。さりとて敢えて魔法を解く理由もないのじゃが……昇格者よ、そちが望むのならばそうしよう」
「そうか。では解いてくれ」
ぶっちゃけた話、私にとっては全く関係ないことだが、それこそ敢えて断る理由もないというものだ。
ただまあ、文字通りに死ぬほど頑張って彼女を守り抜いたのであろうマルグリットちゃんの結末が、報われるものであれば嬉しいなと私は思う。
私が言うと、ベルフェルテはあっさりと頷いた。呪詛が解けたところで変容した肉体が即座に元に戻ることはないだろうから、見た目には変化がないが、東方人の彼女がはっきりと驚いたような顔をしているところを見るに、ベルフェルテは迅速かつ正直に有言実行したらしい。
「今宵はここまでじゃな。またすぐに見える機もあろう」
ベルフェルテはそう言って私を見た。
別に嬉しくもないが、私もそんな気がしてならない。いくら私の原作知識がうろ覚えだからとて、これほどまでに存在感に満ちた人型魔物が登場していれば流石に覚えていると思うので、ベルフェルテは原作キャラではないと思うのだが、さてどうだろう。
ベルフェルテは私に向かって意味深な笑みを向けると、徐に結界を解除した。クロスが構築してベルフェルテが上書きした結界を、こちらの手勢に介入する隙を与えないように、破棄するのではなく意識的に解除したのだ。
途端に夜の往来を往く人々の喧騒が戻ってきて、私達は一瞬でその中に呑まれることになる。
私はほんの一瞬、それに紛れて姿を晦ませたベルフェルテを追跡するか迷ったが、尻尾を掴ませてくれるような甘い相手ではないだろうと思い直して、往来の中に投げ出されてしまった東方人の彼等やマルグリットちゃんを保護するために動くことにした。『ChU2W』を呼び戻し、その迷彩魔法を利用して身を隠しながら離脱を試みる。
「はぁ……」
結局無駄足になったし、なんとも後味の悪い終わり方だ。
溜息を吐きながら、眠るように倒れていたマルグリットちゃんの身体を抱き上げ、
「まあ……とりあえずよし、か」
私の腕の中で安心したように頬を緩めた少女の姿に、差し当たり満足しておくことにした。




