389話_sideout_陸刀会寺院/帰路_夕方
ルークの姿を探して寺院の中を歩いたマルグリットは、リン達の部屋の前で佇む彼を見付けることが出来た。
「ルーク」
「お疲れさん。リンは?」
呼び掛けながら歩み寄ると、彼は片手を挙げて答えてくれた。あれだけの事態に遭遇したのにいつも通りの笑顔を浮かべてみせる彼は、ただ暢気なだけではなく心が強いからなのだと、マルグリットは実感と共に理解する。予想外の事態に遭遇した自分はダメダメで、もしルークが一緒に居てくれなかったらどうなっていたかなど、考えたくもなかった。
「ん、もう大丈夫、と思う。足は……無くなっちゃったけど」
「そっか。まあ、生きてて良かったと思おうぜ」
そうだね、とマルグリットは答えた。実際、マルグリット達があのタイミングでリンを見付けたから処置が間に合ったものの、あのまま放置されていれば間違いなく失血死していたはずだ。寺院の人間が助けたかもしれないが、それとてマルグリット達が一階の廊下で倒れていたあの男性を起こさなければ間に合わなかった可能性はある。
だから、マルグリットは間に合った、と考えるべきなのだろう。だがもっと早ければ、もしかしてリンは足を失わずに済んだかもしれない、と考えると忸怩たる思いが拭えない。
「リンさんの足、侵入者の修道女がやったのかな?」
「半分は、そうだと思うぜ」
「はんぶん?」
首を傾げるマルグリットに、ルークは難しい顔で言う。
「たぶん、あれは自分で切ったんだ」
「え?」
「リタがリンについてる間、俺はアイツの部屋を見てたんだけど、まあ見りゃあわかるぜ」
だからルークは部屋の前に立っていたのか、とマルグリットは納得する。リン達が使っている部屋の扉は蝶番ごと抉り取るように粉砕されていて、侵入者の暴力性と危険性を物語っているようだった。
自分も中を見てみようと思い立ったマルグリットに、ルークが待ったを掛ける。
「わりとショックな光景になってるから、覚悟してから行ったほうがいいぜ」
「その辺のお嬢様とは違うわ。血だって慣れてる」
マルグリットがムッとして強がりを言うと、ルークは苦笑いして謝るジェスチャーをした。
勿論、マルグリットとて忠告自体は受け止める。それこそマルグリットよりも荒事慣れしていることを今日のこれまでで実証してきたルークが言うのだから、相当な光景を覚悟しておくべきだろう。
と、心持ちを改めて扉の無い室内に踏み込んだマルグリットであったが、流石にその光景は予想外だった。
「うわ……なにこれ」
呆然と呟くしかない。
リンと侵入者の激しい戦いを物語るように室内は無惨に荒れ果てている。それは別にいい。
異様なのは、部屋中を縦横無尽に奔っている細い糸のようなものの存在だった。どうやって張り巡らされているのか全く理解出来ないが、とにかくもの凄い数だった。
「蜘蛛の巣……?」
例えるならば、それが一番近い表現だろう。
無数に張り巡らされた細い糸は、無軌道に見えて最終的には部屋の中心の天井に集結しているようだった。そして天井の梁を経由して、寄り合わさった糸によって部屋の中心に吊り下げられているのは、膝から切断された右足である。
直下にある夥しい血だまりに、吊り下げられた右足の切断面から未だにぽたぽたと僅かに雫が落ちている。
「リンさんの足だね」
「ああ。抜け出すために、自分でやったんだろうな」
ただ単純に糸で縛られて吊られているというわけではない。無数の糸が足を貫通するようにして半ば融合しているのだ。
血だまりの中にはリンが使用したと思われる小太刀が転がっていた。あれで自らの足を切断し、強引な止血を施して、這いずりながら部屋の外に出たのだろう。
驚異的なまでの精神力だ。マルグリットが同じ状況になったとして、果たして自分の足を切る決断が出来るだろうかと考えると、とてもではないが出来るなどとは言えなかった。
「糸のほうを切ることはできなかったのかな?」
糸は足を貫通して融合しているが、とりあえず周囲の糸だけ切ってしまえば脱出は出来そうだ。糸が通された足が使い物になるかはわからないが、無くしてしまうよりは幾分マシに思える。
マルグリットが言うと、ルークは無言で背の大剣を引き抜くと、片手で持ってその刀身をその辺の糸の上に乗せた。重量級の大剣が、研ぎ澄まされたエッジの一点で細い糸の上に乗っているのに、糸が切れるどころか僅かに撓む気配すらなかった。
驚くマルグリットにルークは意味ありげな視線を向けると、今度は大剣に蒼い魔力を纏わせる。
その瞬間、嘘のようにすんなりと、大剣は音もなく糸を切断し、床を割る前にルークが引き戻して背のラックに納めた。
「魔力がないと、切れない……?」
「みたいだな。リンの小太刀も魔法具みたいだけど、たぶん剣に籠められた切断強化とかじゃあ切れない。魔力そのものでいくと、切れる」
右足だけを吊られた不安定な姿勢で、リンが小太刀で足を切断出来たのは、その小太刀が魔法で強化された逸品であるからだというのは想像がつく。討伐者として活動している彼女が、魔物に通用しない武器をサブウェポン的に携帯するとは思えないからだ。
おそらくリンは最初、糸のほうを切ろうと試みたのであろうが、それが叶わなかったので足のほうを切ったのだ。
ちなみに魔法による切断力強化と、魔力刃による斬撃は違うものだ。どちらも魔物に通用するが、この糸に対しては後者しか通用しなかったらしい。魔法使いでないリンには、魔力を放出する魔力刃系統を使用することは、それ用の道具を持っていたとしても効率の面で難しい。
試しにマルグリットもレイピアを抜刀して、刀身に魔力を纏わせて糸を切ってみると、すんなりといけた。切ったという感触すらないくらいだ。未熟なマルグリットでも、魔法さえ使えるならこんなに簡単に切れるのに。
「せめて、リンさんが切る前にあたし達が着いていれば……」
「気持ちはわかるけど、言ってもしゃあねえだろ」
リンだって、助けが期待出来ないと判断したからこその決断なのだろうし、事実、今日こうしてマルグリット達が訪れたのは偶然が重なった結果以外の何者でもないのだ。
落ち込んだ空気を払拭するように、ルークが口を開く。
「もう一つ、発見があったんだ」
「?」
ルークはその辺の床に散乱している家具の残骸の中から、引き出しの取っ手らしきものを拾い上げた。金属製の取っ手をマルグリットに見せると、それがなんだと怪訝な顔をするマルグリットの前で、その取っ手を使って糸をトントンと叩く。
勿論、大剣が乗っても平気だった糸はその程度では小動もしない。
まさか魔力を纏わせれば取っ手でも切れるとでも言うつもりだろうか。魔力斬撃は魔力で形成する刃なので、媒介が取っ手でもちゃんと刃を創ればそれは切れるだろう。単純に剣に魔力を纏わせるのとは一工程余分な手間がかかるので普通はやらないが。
と考えるマルグリットを他所に、ルークは何故か取っ手を持たないほうの手で糸に触れると、糸のほうに蒼い魔力を流した。その状態で再度同じように取っ手で叩いてみると、今度はすんなりと切れたのだ。
取っ手のほうが。
「って、ええ!?」
「すげーよなぁ。木とかならまだしも、この取っ手金属だぜ?」
上述の通り、ちゃんと魔力で刃を創れば媒介が取っ手だろうが糸だろうが切れるのは確かだ。しかし今ルークがやってみせたのはそういうものではなかった。単純に、魔力を流しただけである。それで鉄が切れるということは、糸そのものの切断性能がそもそも高いか、魔力を流すとそのような性質を発揮する特殊な素材であるか、だ。
「なにでできてるの、これ……?」
「フェムトファイバーだと思うぜ」
「それって、ミアベル達が使ってるハーネスの?」
「そうそれ。この糸、めちゃめちゃ細いけどフェムトファイバーはもっと細いから、たぶんより合わせて縄作るみたいに糸にしてるんだろうな。異常な強度と魔力浸透性は、だからだと思うんだが」
「でもさ、フェムトファイバーって高級素材でしょ。こんな風に使い捨てするかな」
「俺も思った。だからもしかしたら、フェムトファイバーみたいななにかかもしれない。後でロイドに調べてもらおうぜ」
ともすればインナーハーネスの量産化に一役買うかもしれないな、などとマルグリットはぼんやり思った。
そうこうしていると、なにやら階下が騒がしいことに気付く。同じように気付いた様子のルークと顔を見合わせていると、けたたましい足音が外の廊下を近付いてきて、次の瞬間にはリュウが室内に飛び込んできた。
「ケイッ!!」
彼はケイの名を呼び、室内を見回すまでもなく明らかに異常な光景に目を瞠り、次いでルークの存在に気付くと猛然と近寄り、両肩を掴んで揺すりながら何事かを喋り始めた。雰囲気から詰問らしきことを言っているのはわかるのだが、生憎とマルグリットは彼の話す言葉がわからない。
そしてそれはルークのほうも同様なので、
「ままままま待った待った落ち着けってかせめて王国語で頼むぅううううッ!?」
◇◇◇
なんとかリュウを落ち着かせると、寺院の一室を借りて事情の説明を行った。寺院の人間からも事情を訊く必要があったので、マルグリット達とリュウの通訳を兼ねて同席してもらった。
情報を出し合って整理することで大体の流れは掴めた。
ダイを足止めしていたもう一人の修道女は、リュウが打倒して無力化したらしい。今は足を負傷して動けないダイを見張り役にして、とある場所に隔離して拘束してあるとのこと。無力化したとはいえ、負傷しているダイと二人きりにしておくのは些か不用心ではないかとマルグリットは思ったのだが、リュウが真顔で『四肢を落としたので何も出来ない』などと言うものだから、間に通訳を挟んだが故の伝達の齟齬だと信じたいところだ。
寺院に侵入して内部の人間を薙ぎ倒して回り、最終的にリンと戦ったであろう幼い修道女は、結局院内には居なかった。同じく行方がわからないのは彼女等のターゲットであったと思しきケイと、そもそも表に出てきていない親玉の修道士だ。
状況から判断すれば、おそらくケイは幼い修道女に連れ去られたのだ。
リュウが壁に拳を叩き付ける。
憤怒に染まる彼の激情は察するに余りある。
友人らを害され、最愛の恋人を連れ去られたのだ。
しかし怒り狂っていても状況は改善しないと考えたのか、彼は頭を冷やそうとするように緩く息を吐くと、装備を整え直して寺院を出ようとする。どうするつもりかと問い掛けると、ダイの元に残してある修道女に再度尋問をするつもりだと返って来た。
無力化した際に一度尋問をしているようなのだが、その際は時間を掛けていられない状況だったし、そもそもその修道女は修道士の指示を受けて動いていただけで大まかな目的程度しか教えられてはいなかったらしい。
しかし、こうなってくると修道士達の行方を知るための現状唯一の手掛かりはその修道女だ。
慌ただしく出ていったリュウを見送り、マルグリットは自分達の身の振り方を考える。
「あたし達は、どうしよう」
「とりあえず、親父かクレメンスに報告しよう。流石に俺等の手に余るって」
「そう、だね。そうしよう」
荒事に対する対処能力の面でもそうだが、事が教会と陸刀会の組織間の話に波及したとすると、部外者のマルグリット達はどういう巻き込まれ方をするか正直想像がつかなかった。
幼い修道女が寺院の人間を殴って回ったせいで、昏倒してまだ目覚めていない者がそれなりに居る。この寺院の所有者である僧職もその一人だ。言い方は悪いが責任者が寝ているうちにさっさと現場を離れて、こちらの保護者に相談しておいたほうが良いだろう。
「うし、じゃあクランハウスに戻ろう」
「うん」
負傷者の治療や施設の損傷確認で慌ただしい寺院の喧騒に紛れるように、マルグリットとルークはしれっと外へと踏み出した。
ちなみに、同じくしれっとフェムトファイバー擬きのサンプルも確保してあった。
日が傾き始めて影が長く伸びる道を、二人は小走りで急いだ。マルグリットの思考の中では色々なことがぐるぐると駆け巡っていた。結局自分達は始終部外者でしかなかったが、負傷したというダイは無事なのか、リュウは修道女から手掛かりを得ることが出来たのか、安静にしているリンは大丈夫なのか、そして、ケイはどこに行ってしまったのか。
果たして、自分達にこれ以上に出来ることがあるのか。すべきことがあるのか。
「う……?」
その途上、マルグリットは思考の隅にチクリと、ささくれのような違和感を覚えた。
またこの感じだ、と思い返すのは寺院を訪れた時に僅かにあった既視感のようなもの。
魔力に訴える錯覚のような、おぼろげななにかを、再び感じたのである。
マルグリットは思わず足を止め、視界を巡らせた。
「リタ?」
「ごめんルーク、まただ……」
振り返ったルークにそう言うと、彼も先の出来事を覚えていたのか、マルグリットに合わせるように足を止めた。
「さっき言ってた、ユフィ先輩の魔法がどうのってやつか?」
「うん……こっちかな?」
マルグリットは感覚を頼りに、何かに導かれるように足を進める。それは目指していたクランハウスの方角とは逸れる道行であったが、ルークは少しだけ考える素振りを見せた後、何も言わずにマルグリットの後を追った。
マルグリットには予想も確信もなかった。ただ、今この瞬間に再び覚えた違和感を、見逃してはならない気がしたのは、言ってしまえばただの勘でしかなかった。
「すぐ近く……もう少し……」
いつしか一心不乱に歩を進めていたマルグリットと、その後ろを無言で追うルークであったが、突如として何かに気付いた様子のルークが声を上げ、マルグリットの肩を掴んで強引に引き寄せた。
「リタっ!!」
「え? うわっぁ!?」
マルグリットを引き寄せる反動で入れ替わりのように前方へと躍り出たルークが背の大剣を抜刀気味に振り上げ、虚を突かれたマルグリットは無様に尻餅ををつき、そして夕日の逆光に紛れるようにして頭上から躍り掛かった影が、ルークの大剣とぶつかり合って火花を散らした。
その影は小柄で、ルークの大剣を足場にして後方に跳躍すると、しかし体躯の小ささからは想像出来ないほどに重い着地音を響かせた。
「あはっ、今度はおにーちゃん達が遊んでくれるのだ?」
嬉しげに声を上げたその人物を見た時、マルグリットは一瞬、夕日を直視したせいで視界が眩んでありもしない虚像を目にしたのかと思ったくらいだった。
そのくらいに、その人物は異形じみていた。
白い髪に白い肌という、どことなくどこぞの侯爵令嬢を彷彿とさせる色彩の、ご丁寧に未成熟な肢体まで揃い踏みの幼女であった。衣服の色彩と意匠から、彼女が寺院を襲撃した修道女であることは容易に想像がつくが、その特徴的な修道服は最早辛うじて判別がつく程度の面影しか残っていなかった。まるで内側から引き裂かれたみたいに、かつてはワンピース型の衣服であったはずのそれが襤褸のマントのようになってしまっている。唯一無事なのは頭の上に乗った修道女のウィンプルであるが、それだけが綺麗なままなので逆に浮いてしまっているような印象だ。
何故そんな有様になってしまったのかはすぐにわかった。
幼女の腕は肩から先が金属製の義体に置き換えられていて、しかもそれが根元から枝分かれして三対六本の異形の腕を形成しているのだ。それぞれの腕は細く、おそらくは元々は折り畳まれていたのだろうが、大きく広げたシルエットはまるで巨大な蜘蛛のようだ。
腕だけではなく足もまた義体で、両足の腿辺りから下が、鉤爪のある獣じみた脚に置き換えられている。
「いやいやいや……まじかよ何だあれ」
「リュウさん確かに言ってたけど……だいぶ予想の上を行ってるわ」
先程リュウと情報交換をした際に、彼が戦って無力化した修道女は四肢の義体と仕込み武器を駆使してきたと聞いてはいたが、その情報からマルグリット達がイメージしていた姿から、目の前の幼女はだいぶ逸脱してしまっている。
だが、ここでこの修道女が襲撃してきたという事実は、マルグリットに一つの予想を与えた。
「この先に、修道士とケイさんが居るんだ」
ここまで追ってきた奇妙な感覚は、おそらく修道士の魔法だったのだ。もしかしたら、ユーフォリアと同系統の魔法を使うので、同じ素養を有するマルグリットにだけ感じられたのかもしれない。もしそうなら、ルークがこれを感知出来ない理由も、ケイが誰にも知られず忽然と消えてしまった理由にも説明がつく。
マルグリットは一応、という心持ちで修道女との会話を試みる。
「ねえ、あたし達この先に行きたいのだけど、退いてくれる?」
「う? でもドルチェは、ここを通る人と遊んであげるように言われているのだ」
「修道士様に?」
「そうなのだ!」
にこやかに応じた修道女の名前はドルチェと言うらしいが、マルグリットは彼女に対して無垢な幼子のイメージを抱いた。上司であろう修道士の指示の出し方からも垣間見えるように、おそらく外見通りの精神年齢をしていそうだ。
「ちなみに、寺院に居たお姉ちゃんは修道士様と一緒?」
「うん! なんか、修道士様とおねーちゃん、追いかけっこして遊んでるのだ」
「追いかけっこ……?」
幼さ故に素直なのは良いことかもしれないが、そうであるが故に要領を得ない。
ただ、この情報はマルグリット達にとっては間違いなく朗報だ。最も恐れるべき事態は、修道士の手に落ちたケイの身柄が、既に手出しの出来ない場所へと連れ去られてしまっているという可能性だった。
少なくとも、彼女はまだこの街に居る。
「よし、ルークここ任せた」
「は?」
ぽかんとするルークに構わず、マルグリットはドルチェに語り掛ける。
「このお兄ちゃんがあんたと遊んでくれるから、あたしは通ってもいいよね?」
「う? でもドルチェは、ここを通る人と遊んで――」
「だからここを通ったお兄ちゃんと遊べば、修道士様の言いつけ通りでしょ?」
マルグリット理論にドルチェは暫し考えたようだが、やがて考えるのに飽きた様子でにぱっと笑顔を咲かせた。
「うん! じゃあドルチェはおにーちゃんと遊ぶのだ!」
「いい子だ。というわけだからルーク後よろしく」
「いや待て待て。まさかリタ、一人で修道士を追うつもりか!?」
ドルチェに聞かれないようにか、後半部分は声を潜めて問い掛けたルークに、マルグリットは鼻を鳴らして「当たり前でしょ」と返す。
「たぶん、あたしが感じてた変なのは修道士の魔法だよ。だからあたしじゃないと追えない。でしょ?」
「だとしても、リタ一人で勝てる相手じゃないだろ絶対。てかレイチェルみたいなのだったら、それこそ親父でも連れて来ねーと」
「わかってる」
勿論マルグリットにもルークが言わんとすることはわかっている。
危険だと。そして無謀だと。お前一人が行ったところで何が出来るのかという至極真っ当な意見だ。
「だけど今、あたしよりも危険な立場にいるのはケイさんだ」
自惚れるわけではないが、修道士の魔法が特別な素養に由来するものであれば、この場でその存在を捉えられるのはマルグリットだけだ。
修道士が何を考えてケイと『追いかけっこ』に興じているのかはさっぱりわからないが、それは裏を返せばまだ彼の目的が達成されていないということではなかろうか。
だからおそらく、これは自惚れではなく、修道士の目的を阻止してケイを助けることが出来るのは、マルグリットだけなのだ。
「言っとくけど、あのちびっこも相当危険よ。リンさんがあんな風にされたんだからね」
「なんでリタがそこまでリン達に肩入れするんだ」
この場を退いてクランハウスに戻り、シリウス達に事情を伝えて戦力を整えるという選択肢が賢明であるのは明らかだ。
その結果として、その間に修道士がケイごと行方を晦ませてしまったとしても、それはマルグリット達の責任ではない。本来、マルグリット達はケイ達の進退になんの責任も負わない立場でしかないのだから。
しかし、ルークの問い掛けに対するマルグリットの返答は決まっている。
「あたし、リンさん達の力になるって約束したもん」
「口約束だろ。ただの」
「約束は約束よ。それを反故にするのは騎士道に悖る」
マルグリットは堂々と言い放つ。
ちょっと待っててとジェスチャーすれば素直に「まだなのだ~?」と待ってくれているドルチェを視界の端に捉えつつ。
「いいかルーク、良い機会だから言っとくけど!」
「お、おう?」
ルークの鼻先にびしりと指を突き付けつつ。
「あたし、あんたが好きだから。結婚するつもりで居るから」
「お、おお。俺も、」
「んで『剣の誓い』にも入るけど、騎士になる夢も諦めるつもり全然ないから!」
マルグリットはわりと悩んだのだ。自分の将来について。
幼い頃から騎士を志して生きてきたし、家系の都合を抜きにしても、騎士とは彼女自身の憧れであった。
ルークとの婚約は自身が望んだことではあるが、そうなると将来は討伐者として活動することになるだろう。
悩みに悩んだマルグリットは、結論を出した。
無い頭で考えたところで折り合いなんてつけられないのだから、馬鹿は馬鹿なりに馬鹿な道を行こうと。
「まずは騎士よ! あたしは騎士になる! んでルークとの子供ができたら、引退して討伐者になる! そういう将来設計で行くからよろしく!」
「色々ツッコみたいけど、騎士になる前に子供できたら?」
「その時考える」
「行き当たりばったりじゃねえか!」
まあ、そもそもマルグリットはまだルークの両親に正式な挨拶すらしていないので、勇み足もいいところなのだが。
こんな状況で馬鹿みたいな将来設計を初めて語ったのは、つまりはマルグリットの意思表示だ。
死ぬつもりはないし、死んだら許さないという。
呆れと照れが入り混じった変な顔をしていたルークは、ややあって小さく笑いながら、ドルチェに向けて大剣を構えた。その背中越しに、彼が言う。
「じゃあ一番の敵はうちの親父だな。絶対『早く孫が見たい』ってうるせえぞ」
それは盲点だった、とマルグリットはルークの肩を叩き、それきり彼とドルチェからは視線を切って全力で駆け出した。




