388話_sideout_某所_昼過ぎ
一刻も早くケイの元へと走りたいリュウの思惑とは裏腹に、ラクサーシャとの戦闘は長引いていた。
ラクサーシャは修道女らしからぬ程度には戦い慣れしているようだが、達人級の遣い手であるリュウにしてみれば、その動きには荒も目立つし洗練されているとは言い難い。おそらくはちゃんとした遣い手に師事して身に着けた技術ではないのだろう。
尤も、ラクサーシャの戦理は無軌道過ぎて、唯一無二であるが故に誰も師事出来る者が居なかっただけかもしれないが。
リュウが手こずっている理由もまさにそれで、動きの予想がつかないので攻めあぐねているのだ。強引に斬り抜けるには、ラクサーシャの攻撃力は些か高過ぎる。自慢のロケットなんとかかんとかという技など、掠っただけでも戦闘不能に追い込まれかねない。
今、何度目になるかもわからない攻勢を仕掛けてきたラクサーシャは、リュウの胴体を狙ってハイキックを繰り出してくる。大振りのハイキックなど、リュウにとっては『斬ってください』と言っているようなものだった。躱しざまに蹴り足を斬り裂いてもいいし、軸足を刈り取ってもいい。
問題は、ラクサーシャの脚部は爪先から股間までがまるっと金属製の義体で出来ていて、リュウの太刀筋を以てしても切り裂くのは容易ではないということだ。手刀で斬鉄を成し遂げるラクサーシャの義体が鉄より弱い素材で出来ているわけもなく、おそらくは魔鉱石を精錬して創られたマテリアルであると思われる。
リュウの刀も相当な業物であり、単純な強度比較であればラクサーシャの義体に決して引けは取らない。魔力を籠めた斬撃を以てすれば切断することも可能であろう。ただ、ラクサーシャが棒立ちで斬らせてくれるならばまだしも、拳打を主体に戦うラクサーシャの四肢に対して刃を立てることはほぼほぼ不可能だった。
どんな業物であっても、刃を立てねば斬れはしない。
つまり、刃が立たないのである。
リュウはハイキックに対して堅実な回避を選択し、外側に身体を躱す。右足で蹴り抜いたラクサーシャの背中側に抜けることを意図した動きだった。人体の構造上、こちら側に避ければ蹴り足を追撃に繋げることが出来ない。
そのはずなのだが、ラクサーシャの軸足の義体から金属音が響いたかと思えば、彼女の足首が回転した。
踵から地面に打ち込んだアンカーを固定として、足首から上の身体が独楽のように旋回して、避けたリュウの顔面を狙った回し蹴りならぬ回し踵蹴りに繋げてきたのである。生身の足でこんな真似をすれば間違いなく関節がイカれるし、そもそも生身の関節の可動範囲ではほぼ不可能な動きだ。
「くっ!」
リュウは咄嗟の判断で膝を抜き、意図して頽れることでラクサーシャの踵を紙一重に回避する。
地面に片手を突いて体勢を立て直そうとしたリュウは、頭上から再び聞こえた金属音に顔を引き攣らせた。
「嘘だろ……!?」
慣性という言葉に喧嘩を売っているような動きで、ラクサーシャの蹴り足はリュウの頭上を通り過ぎることなく停止していた。
足首の旋回を強制的に止めたのだろう。リュウはラクサーシャの体捌きが粗削りで洗練されていないと判断していたが、それはある意味で正しく、ある意味で間違いだ。
彼女の体捌きは、義体化した四肢を使って戦闘を組み立てることに特化している。今の動きで言うならば、慣性を制御する魔法を使った形跡がない以上、ラクサーシャの義体の四肢とてその影響は受ける。むしろ、生身の肉体よりも影響は顕著だろう。故に彼女は足首の旋回を強制的に止めながらも体勢を維持するために、義体の四肢を剛的に、生身の胴体を柔的に運用しているのである。無理な制動による負荷は強靭な義体で吸収し、それによって生じる動作の齟齬や体勢の変化には柔軟な生身で対処する。
その肉体運用はラクサーシャ個人が一代で模索したものであろうから、当然技術としては粗削りだが、それは未熟という意味ではないのだ。
「ごめんあそばせ」
満を持して繰り出されるのは本命の踵落としであった。
リュウの頭上で停止した蹴り足をそのまま真下に振り落とす。重心を移動させた踏み込み気味の、変則的な踵落とし。
最早体捌きによる回避は不可能と判断し、リュウは身体に染み付いている流派の魔法を唱える。『影縫イ』と呼ばれる闇属性魔法で、足元に伸びた影を使って自身の立ち位置をほんの僅かにずらす魔法だ。
相対した者の距離感を狂わせる厭らしい小細工用の魔法であり、リュウが修めている『逢魔幻燈流』らしいと言えばらしい魔法であった。
その効果でほんの僅かに後ろにズレたリュウの鼻先を、怖気の走る風切り音と共にラクサーシャの足が通過していく。
一歩間違えば。反応が半秒でも遅れていれば脳天を割られていたであろう極限の回避。
しかし、賭けに勝った今こそ、リュウに千載一遇の好機が訪れる。
踏み込みながら踵落としを繰り出したラクサーシャに出来ることは、後はもう足を地面に下ろすことだけだ。例え四肢が変形して予想外の動きをしようとも、この距離ならばリュウの刀は生身の肉体を捉えられる。
反撃に移ろうとしたリュウの耳に、またしてもあの音が響く。
ガチンと鳴る、金属音。
「なっ――!?」
ラクサーシャの蹴り足が地面を叩いた瞬間、轟音と共に振動が突き抜け、その足を起点に放射状に地面が捲れあがって隆起する。
まるで蹴り足から爆薬を地面に打ち込んだような有様だ。
当然、リュウは反撃に移るどころではなく、なんとか顔面を庇いながら、隆起する地面に呑まれて吹き飛ばされることしか出来なかった。追撃を避けるためにむしろ自分から後ろに飛んだリュウが受け身を取って起き上がると、ラクサーシャは見る影もなく凸凹になってしまった地面の唯一無事な中心部に立って、両足の義体からぷしゅうと気体を排出していた。
「今度はなんなんだ一体」
「バスターヒールバンカー! でございます」
「……踵から杭が生えたように見えたが」
「便利ですよ。地面に打ち込めば固定・旋回に使えます。威力を高めれば衝撃兵装として使えます。難点は炸薬のチャージが必要なので、連続して使用することはできないということですね」
相変わらず馬鹿正直に全部説明してくれるラクサーシャであるが、生憎とこういった絡繰りの類には疎いリュウには何を言ってるのか半分くらいしかわからなかった。一つ言えることは、彼女とダイが戦闘を行った場所が、あれほどまでに荒れ果てていた理由がようやくわかったというところだ。
それでもって、義体に仕込まれたびっくりどっきり機構と同じくらいに、集中を乱されて仕方がないことがリュウにはあった。
「ところで、斬り合いの相手にこんなことを訊くのもあれなんだが……」
「なんでしょうか?」
一番最初にラクサーシャがロケットなんとかかんとかを繰り出した時、義体の可動に衣服を巻き込んでしまうため、袖を切除してからでないと使えないと説明していた。ラクサーシャの義体は衣服を着ていれば外見からはそれとわからないように、輪郭線自体は生身の肉体と同じように作られている。ただし、金属製の絡繰り仕掛けである以上、どうしても発生してしまうのが可動部の隙間であり、そこに衣服が引っ掛かれば簡単に破れてしまう。修道女として過ごす平時は激しい動作をしないだろうから本人が気を付ければいいだけなのだろうが、戦闘動作となるとそうはいかない。
そして、それは勿論足のほうの義体にも言えることなわけで、流石にラクサーシャも自分の手でスカートを引き千切りこそしなかったが、リュウとの激しい戦闘を経て、元々は足首までを覆い隠していたロングスカートは見るも無残な有様である。
「その下着は、修道女として、そのなんだ……いいのか?」
そりゃあ見えるわけで。
無惨なスカート翻してハイキックなど繰り出したら、それはもう丸見えなわけで。
リュウとて見たくて見たわけではないが、ラクサーシャの蹴り技を警戒すればするほどに、その基点に注意を払わないわけにはいかなかった。ラクサーシャの上半身を守る下着は、修道女らしく貞淑な、色気もクソもないものを使っているにも関わらず、下半身のそれは相当際どい。
というかほぼ紐である。
リュウの勝手なイメージでしかないが、修道女の下着と言えば例えばドロワーズみたいに性を意識させないそれだと思っていたのだが。
ラクサーシャは恥ずかしげもなさそうに無表情のまま、スカートの残骸を引っ張って一応下着を隠す仕草をする。
「勿論、宜しくはありません。しかしながら、私の義体は足の付け根にまで及んでおりますので、普通の下着を着用すると可動部で破いてしまうのでございます」
よろしくないならば改善して欲しい限りだとリュウは思う。正直気が散ってしょうがないし、修道女が図らずも色仕掛けというのは教義的にもどうなんだと言わざるを得ない。
もしかしてダイが負けた理由の半分くらいあれなんじゃないのかとすら思う。リュウにはケイという恋人が居て、彼女の呪詛が深刻化する前はそれなりにやることもやってたので女体に対して初心ではないが、ダイはそういう縁に恵まれる前に僧職として受戒してしまったものだから、なんというかそういう方面に免疫がないのだ。本職の僧侶であればむしろ悟っているので煩悩に屈しないのかもしれないが、旅路のために無理して受戒した経緯があるダイにそこまでを求めるのは酷だろう。いや、ダイも本職には違いないが。
リュウは緩く頭を振って、細く長く息を吐き出す。
「ラクスさん。アンタは強いな」
「ありがとうございます、ミスタ・フワ。貴方様も大した強者にございます」
ラクサーシャという女性の精強さを認め、リュウは一つの決意を固めた。
切り札を使う決意だ。
これ以上、時間を掛けるわけにはいかなかった。
「その義体、触覚はあるようだが、痛覚も備わっているのか?」
「はい。お察しの通り、拳打を以てして戦闘を行う上で必要な感覚として再現されております。ですが所詮は再現に過ぎませんので、私の一存で感度を操作することは可能です」
「まあ、そうだろうな」
それを聞いて安心した、とリュウは呟く。
ラクサーシャの義体に感覚が備わっているというのは、彼女の動きを見ていればわかる。四肢の全てが義体化している以上、それがなければ自分の四肢の動作を把握するために自分の目で見なければわからないという間抜けな事態になってしまう。
同時に、感覚を操作ないし意図的に遮断出来るのも道理だ。でなければ自らの踵で炸薬を炸裂させて杭打ちなど出来たものではないはずだ。
「アンタはダイを殺せたのに殺さなかった。だから俺もできることならばアンタを殺したくない」
「はい。私も同じ思いでございます」
「故に――――四肢の感覚を遮断することを薦める」
リュウは愛刀を鞘に収め、魔力を練り上げながら腰を落として構えを取る。
彼我の距離は遠い。魔剣士の間合いの外側であり、ラクサーシャの伸びる腕も届かない。
ラクサーシャはなにもさせるかとばかりに地を蹴って距離を詰めようとしたものの、リュウにとってその動き出しはあまりにも遅かった。
「転、神」
リュウの魔力が轟き、その姿が一変する。
黒髪から色素が抜け落ちるように白く染まり、長く伸びてざんばらに広がる。肌の色味もまた薄くなり、黒瞳は鮮血の如き赤へと変ずる。白い髪を割るようにして、額から雄々しく伸びるのは白磁の二本角。
衣服は分解されて光となり、再び結集して形を成すのは東方武者の戦鎧である具足だった。ただし兜はなく、重厚な光沢を有する緞子の陣羽織を有する。
その姿を一言で表すのならば、東方における怪異の親玉である、鬼。
鬼の姿をした鎧武者であった。
これぞ、この姿こそリュウの切り札。
王国においては『転神』と呼ばれる魔法使いのハイエンドは、リュウの祖国ではそのまま『転神』と言う。
リュウが今の今までこれを使うことを渋っていた理由は実に単純で、リュウのアヴァターは極端に燃費が悪かった。アヴァターには通常、維持限界という概念が存在していて、それは個人によりけりだ。一日中展開していても平気な場合もあれば、五分やそこらが限界という場合もある。
リュウのアヴァターの維持限界は、たったの十二秒しかない。
しかも、一度使うと一日以上は時間をおかないと再使用が出来ないという素敵さだ。
更に素敵なことに、それほどまでに燃費が悪いというのに、取り立てて強力な能力を持っているわけでもなかった。特殊な魔法が使用可能になるわけでもなければ、そもそも肉体的な差異は色彩以外には角が生えたことくらいしかない。無論、身体能力や魔法の出力自体は非アヴァター時とは比較にならないレベルで強化されているわけだが、それとてアヴァターの一般的な仕様の域を出るものではない。
しかし、リュウはこれこそが己にとって最強のアヴァターであると理解していた。
リュウは卓越した剣士だ。
リュウの肉体は剣を振るうためにある。
それは例えアヴァターになっても変わらないし、変えるべきではない。
即ち、リュウのアヴァターは、アヴァターであるが故の高出力で以て、生身の時と同じ感覚・リーチで、極めた剣術をそのまま使用することに特化したデザインなのだ。
極端に短い維持限界は言うまでもなく、リュウの修めた剣術流派『逢魔幻燈流』の極意が初撃決着の一撃必殺であるからだ。
ここでアヴァターという札を切ってしまえば、ラクサーシャの後ろに控えているであろう修道士には切り札なしで相対しなければならなくなる。だが、そんな贅沢は言っていられないくらいに、ラクサーシャは強い。
この姿を晒したことは、リュウからラクサーシャに対する敬意の現れでもあったのだ。
「奥義――」
リュウが踏み込む。
アヴァターの爆発的な出力を、精緻極まる身体運用によって美しく束ね、そのただ一歩の速度は人智を越える。
ラクサーシャが先に踏み出していたのに、リュウのほうが圧倒的に速い。
「――『闇桜』」
ラクサーシャは斬られたことに気付かなかった。
彼女の瞳が捕らえたのは、鋭く迸る剣閃の残影と、舞い散る魔力片が形作る美しい桜吹雪だけであった。
斬り裂き、駆け抜け、残心までを終えたリュウが刀を納刀して過不足なく十二秒。維持限界を迎えたアヴァターが桜吹雪の魔力片となって解除されるのと時を同じくして。
「……お見事、でございます」
思い出したようにラクサーシャの四肢が根元からズレ、重い音と共に地に落ちた。




