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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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386話_sideout_陸刀会寺院_昼過ぎ

・流血表現があります。苦手な方はご注意。




「なんで、誰も居ないの……!」



 寺院の廊下にケイの悲痛な呟きと足音だけが響く。

 負傷によりズクズクと痛む胸を押さえ、呪詛に侵され悲鳴を上げる身体を酷使して、ケイは寺院の隅々までを、助けを求めて駆けまわった。だが、寺院の所有者である僧職の自室に始まり、食堂にもお堂にも中庭にも、誰一人として他者の姿を見付けられなかった。

 もしかして侵入者であるドルチェから逃れるために避難したのかもと思ったが、それにしては院内に荒れた様子が無さ過ぎた。誰かが慌てて出ていった、というような痕跡もないのだ。例えば物が散乱していたり、扉が開けっ放しになっていたり、食べ差しの食事が放置されていたり、そういうのが本当になくて、まるで日常の最中に人間だけが忽然と消えたみたいだった。



「はぁ、はぁ……ッ少なくとも、管理人は居たはず、よね……?」



 ドルチェに叩かれて這う這うの体で逃げ出した管理人の男性。彼もまたケイ達の自室から飛び出した後に忽然と消えてしまっていた。院内の医療品が保管されている部屋にも行ってみたが、施錠されており無人だった。誰かが近々に医療品を利用したような気配もない。

 無人の寺院には、時折遠くから剣戟の音が聞こえてきていた。

 ケイを逃がすために一人で部屋に残ったリンが、ドルチェと戦っている音だろう。

 ケイはリンの実力を疑ってはいなかったが、過信もしていない。戦うことなど出来ない身であるケイの直感にどれほどの妥当性があるかはわからないが、たぶん、リンではドルチェに勝てない。それはおそらく本人達もわかっていて、ケイが部屋を飛び出す直前、リンが湛えた焦燥感とは対照的にドルチェは始終遊んでいるとしか思えない笑顔であったのだ。

 今なお彼女等の戦いが続いているのは偏に、ドルチェが遊んでいるからに過ぎない。



「こうなったら、もう……」



 ケイに残された手段は一つしかない。

 即ち、寺院を出て外部に助けを求めることだ。寺院の結界の外には例の修道士が待ち構えている可能性が非常に高い。自分から囚われに行くようなものだと言われればその通りだ。しかし院内に誰の姿もない以上、ケイが助けを呼んで来なければリンがドルチェにやられてしまうかもしれないし、そうなれば結局院内で隠れていたところでドルチェに見付かるのは時間の問題でしかない。

 例え無事に外部に出られたところで、助けを求められる相手の心当たりなど、かなりの時間を寺院に籠って過ごしていたケイには殆どなかった。当然、まずはリュウかダイを探すつもりだし、彼等に会えればベストである。それが叶わなかったならば、あとはマルグリットしか居ない。彼女自身はともかく、と言っては失礼だが、彼女が身を寄せている討伐者クランである『剣の誓い』の人間であればドルチェを打倒することが可能な実力者だって居るはずだ。

 信頼出来る相手以外に、不用意に助けを求めるのは賢くないとケイは理解していた。それは呪詛に侵された自身の外見の問題でもあるし、同時に襲撃者が教会の人間であるからだった。

 魔物みたいな顔をした得体の知れない東方人の小娘と、絶対的な支持を誇る教会の司祭。大抵の人間が咄嗟に一体どちらの言い分を信じるのかという話である。



「はぁ……はぁ……ッく」



 無理して走り回ったせいか、痛みが増してきた胸を気遣っている余裕もない。

 息を荒げ、ケイは寺院の玄関へと向かうことにした。

 この寺院は街外れの山肌の斜面に建てられているため、フロアが階段状の高床式になっていて出入り出来る場所が限られる。基本的には正面の玄関口なので、修道士が待ち構えているとすれば普通にその方角だろう。寺院の結界の効果でそもそも寺院の所在を見付けられないはずなので、玄関口を出たすぐ外に待ち構えているということはないはずだ。

 どの道、助けを呼ぶために人の居る方角へ向かうしかないので、ケイは注意を払いつつ玄関口から外に出てみることにした。



「おや」



 と、すぐ外どころか玄関口の内側に件の修道士が待ち構えていなければ、の話であったが。



「いやはや、これは探す手間が省けましたね」



 驚き過ぎて言葉もなく立ち竦むことしか出来ないケイに笑顔を向けて、修道士は手にしていたバイブルらしき書物を閉じて懐に仕舞った。

 取り立てて特徴のない、どこに居てもおかしくなさそうな風貌の、金髪の若い男であった。小綺麗に整えられた容姿と、聖職者のお手本のような微笑み顔が特徴と言えば特徴だろうか。荒事に向いていそうにはまるで見えないが、仮に戦闘に従事する者でなかったとしても、体格だけでケイを制圧するには充分過ぎる。

 ケイの脳裏を埋め尽くすのは、ただ只管に疑問ばかりだ。

 どうしてこの男が寺院の内部に居るのか。



「なんで……寺院の結界は」


「ええ。実際大した結界だと思いますよ。このファジーさは私達の発想では出てこないモデル構築だ。東方陸刀会の連綿たる歴史の集積を感じますね」



 まるで気さくに友人へと語るような口振りで、修道士は寺院の内装を眺めながら言う。

 ケイの思考はすぐにこの場を離れるべきだと告げていたが、驚愕と恐怖で足が竦んで動くことが出来なかった。



「ああ、これは申し遅れました。私は教会黎明機関の修道士クロスと申します。実は私、こう見えて結界関係の魔法には一家言もっておりまして。ですのでこの寺院を守る結界の優秀さもよくわかるもので、さてどうしたものかと頭を悩ませました。結果的にはシスタードルチェが思いの他、役立ってくれましたので助かりました。彼女が内部でマーカーになってくれたおかげで、私もここを見付けることができたと言うわけですよ」



 そうそう、とクロスは思い出したようにケイのほうを見て、



「ところでそのシスタードルチェをご存じありませんか? 本来は私の元に貴女を連れてくるのが彼女の仕事だったはずなのですが、この様子だとまた本分を忘れて遊んでしまっているようですね。困ったものです。シスターラクスが居ないとすぐこれだ」



 ケイに理解させる気があるのかないのか、そもそもケイに話し掛けているのかすらも定かではないクロスであったが、ケイはとりあえず好きに喋らせておくことにして、竦む脚を叱咤してなんとかこの場を逃げ出せないかと機を窺っていた。



「そのシスターラクスも戻ってきませんし、あれはあれで扱い辛い人ですねぇ」



 同行者に対する愚痴を言ってとりあえず満足したのか、クロスは「さて」と仕切り直す。



「まずは私達の目的をお伝えしましょう。私達は――」



 語り始めたクロスの言葉に被せるように、寺院の上階から何か大きな家具が倒れたような音が聞こえ、振動でケイ達の頭上からもぱらぱらと若干の塵が落ちてきた。

 それに気を取られたクロスが上に視線を向けた隙に、ケイは駆け出した。クロスはここでドルチェを待つ間、壁際に寄り掛かってバイブルを開いていたらしく、その立ち位置はケイにとっては幸いなことに出入り口を塞いでいなかった。なのでケイは脇目も振らずに一心不乱に出入り口を目指し、そのまま寺院の外へと飛び出す。

 なにやらクロスが目的を語ろうとしていたようだが、ケイにとってはそれは聞くに値しないことだ。そもそもドルチェによる襲撃という手段を取っている時点で、彼等の言葉に耳を傾ける理由は一切なくなっている。


 決して俊足とは言い難いケイの、必死さが滲んだ不格好な走りを、しかしクロスは追うこともなく眺めていた。

 先程バイブルを仕舞ったのとは逆側の内ポケットから金色の懐中時計を取り出し、柔和な笑みを浮かべた顔で時刻を確認する。



「ふむ。……まずはシスタードルチェを回収しますか」



 クロスは懐中時計を仕舞うと、上階への階段を探して寺院の奥へと歩を進める。

 その途中で誰にともなく、こう呟いた。



「はてさて、ベルフェルテは現れるでしょうか……」





 ◇◇◇





 マルグリットとルークが陸刀会の寺院へと辿り着いた時、そこには以前訪れた時と変わらない、閑静な空気があった。

 寺院の正面に立って眺めてみても、少なくとも外見上はなにか変わったことが起きているようには見えなかった。



「やっぱり、心配のし過ぎだったかな」



 無駄足にルークを付き合わせてしまった、と思ってマルグリットが呟くと、傍らのルークはにっかりと笑って「いいことだろ」と返した。勿論その通りだとマルグリットも思う。心配事が杞憂で済んだのならば、自分達がここへ来たことは無意味だったが、間違いなく喜ぶべきことだ。



「とりあえず、リンに会おうぜ」


「うん。折角来たんだし」



 そうしてマルグリットとルークは寺院の正門を潜って、前庭を抜けて玄関口まで進む。一度訪れているわけなので、初見だった前回に比べれば二人の足取りも軽い。

 玄関口の扉は基本的には常時開放されているようで、前回もそうであった。そのまま院内へと入ろうとして、



「……?」



 マルグリットはふと足を止めた。

 少しだけ行き過ぎたルークが足を止めて振り返り、不思議そうに名を呼んでくる。



「どした?」


「いや……なんか、変な気がして」


「変?」


「上手く説明できないけど、なんだろうこれ」



 それはマルグリットの魔力感に囁き掛ける違和であった。

 なにがどうおかしいとは言語化出来ないのだが、上位法則に属する魔法が関係している事象においてはままあることだった。せめて近しい感覚をマルグリットは過去の記憶の中から探してみるが、この感じは、強いて言えば、



「なんか、お姉ちゃんの魔法に似てる感じがする」


「は? ユフィ先輩?」


「うん……」



 正確にはマルグリットの生家であるベリエ男爵家に伝わる相伝の魔法『虹霓閃華(イーリス・フルゴール)』に似ている。

 高難度の謎魔法であるそれを現在扱うことが出来るのはマルグリットの知る限りでは実姉であるユーフォリアだけなので、実質姉の魔法といっても過言ではないと思っているのだが、つまり姉があの魔法を使っている時にマルグリットの認識圏(テリオスフィア)が知覚する感じに似通っているのだ。ただし、そのものではなく、どちらかというと痕跡というか残滓に近い印象だった。

 とはいえ、まさかこの場にユーフォリアが居るわけもない。今彼女は遠く離れた王都だ。



「ごめん、たぶん気のせいだ。行こう」



 答えの出ない感覚を誤魔化して、マルグリットはルークを促して歩みを再開する。ルークは少々怪訝そうな顔をしていたものの、同じく考えても仕方がないと判断したのか、マルグリットと肩を並べて歩き出した。

 寺院の玄関口には外来の受付と思われるデスクが用意されているのだが、そこには誰も座っていなかった。前回来た時もそうだったので、そもそも受付として機能していないか、常時人を置くほどの外来が訪れないのだと思われる。なのでとりあえずは誰か寺院の人間を探して、リン達を呼んでもらおうと考えた。もしかしたら言葉が通じない可能性はないではないが、呼んでもらうだけならば名前を言えば済むだろう。


 人影を求めて院内を進んだマルグリット達が最初に出会ったのは、床面に倒れ伏す男性であった。

 廊下の角を曲がったらいきなりそれが目に飛び込んできて、マルグリットは一瞬反応が遅れたが、ルークがすぐに男性へと駆け寄った。



「おいアンタ、どうした! なにがあった!?」



 下手に動かさないほうがいいと思ったのか、ルークは倒れた男性の傍にしゃがみ込んで声だけで呼びかけた。マルグリットも遅れて駆け寄ると、ルークの声音に緊迫感が滲んだ理由がわかった。倒れていた男性の顏には痛々しい痣があって、明らかに何者かに殴打されて昏倒していたのだとわかるからだ。

 痣の生々しさからみるに、おそらくはつい先程くらいの出来事ではなかろうか。

 ルークの呼びかけに、意識を失っていたらしい男性の瞼が痙攣し、ゆっくりと開いた。



「う……あ、あんた達は確か、」



 先日ここを訪れた際にマルグリット達の姿を目にしていたのか、男性はこちらの素性に心当たりがあるようだった。彼はどうやらこの寺院で働いている人物のようだが、東方系ではなく普通の王国人で、言葉も王国語だった。

 幸いなことに男性の傷は重いものではなく、意識が戻った今、思考もはっきりしているようだ。ふらつきながら立ち上がった男性に事情を訊いてみると、どうやら寺院に侵入してきた不届き者が居て、彼はその対応をしようとしたところ、殴られて気絶してしまったとのこと。



「アンタを殴ったのはどこのどいつかわかるのか?」


「服装だけで判断するなら、教会の修道女だ。まだほんの小さい子供だったから、油断したらこの様だよ……そもそも、教会の人間がここに入ってきてるのがおかしいと思うんだが」


「どういうこと?」


「ん? ああ、特別に隠していることでもないんだが、陸刀会の施設には『陸芒封衣(ろくぼうほうえ)』と呼ばれる結界が張られているんだ。だから異教徒は入れないはずなんだけど……」



 教会の修道服を着ていたからとて、本当に教会の人間であるとは限らない。

 ただ、タイミング的にはどう考えても、ギルドでダイに接触していたという修道女の片割れだとしか思えない。マルグリットがギルドで知り合いから聞いたところによると、修道女の片方は幼い子供にしか見えない体躯だったらしいので、特徴的にも合致する。

 となれば、目的は十中八九、ケイだ。



「リンさん――ええっと、シシド兄妹の部屋はどこですか?」


「シシドさん? それなら二階の一番東だよ。そういやアンタ達、あの人達のお客だったな」



 昏倒から目覚めたばかりの男性はそもそも何故修道女が侵入してきたのかまでは察しがついていない様子で、単純にマルグリット達が知り合いの安否を気にしているのだと判断したらしい。



「そっちの奥に階段がある。自分は他の奴等が無事かどうか見てくる。あの修道女がまだどこかに居るかもしれないから気を付けろよ」


「ありがとう。そっちも気を付けて」



 同僚等の安否を確認しに行くという男性と別れ、マルグリットとルークは教えられた通りに階段を使って二階に上がった。

 リン達が滞在している東端の部屋を目指して廊下を進もうとすると、階下に居たときにはわからなかった明らかな異常に気付く。

 ほのかに漂う鉄錆の臭いは、間違いなく血臭である。

 悪い予感しかしない廊下を駆け足で進むと、二度ほど角を曲がった先にリンが倒れているのを見付けた。



「リンさん!!――ああ、そんな」


「こりゃヤベぇぞ……!」



 リンの背後に見える突き当りの部屋は扉が破壊されていて、リンはその部屋から廊下の中程まで這いずってきたようだった。その執念を示すように床に残る夥しい血痕は未だ乾いてはおらず濃厚な血臭を放っている。


 リンの右足は、膝から下が無かった。


 布で縛って圧迫するだけの乱暴な止血を施して、そんな状態でリンは移動しようとしていたのだ。あまりの惨状にまたもや立ち竦んでしまうマルグリットを他所に、やはりルークは躊躇なくリンの元へと歩み寄り、素早く容態を確認する。



「まだ生きてる! おいリタ、治癒魔法だ!!」


「へ? あいや、だってあたし、治癒は全然――」



 マルグリットは光属性の魔法使いだ。治癒魔法といえば水属性と光属性の領分であるわけだが、生憎とマルグリットにはそっち方面の適性が殆どなかったのだ。そんなことは今日まで一緒に活動してきたルークには承知のことであったはずだが、



「無いよりマシだろ! 死んじまうぞ!」


「ッご、ごめん! やってみる!」



 ルークに叱咤されてマルグリットは目が覚めたような気分になる。彼の言う通りだ。まごついている場合ではない。

 騎士系の家に生まれたマルグリットは、幸いと言っていいのか流血や負傷者自体は見慣れているし、全然平気である。応急処置の方法もそれなりに身に付けてはいるが、流石にこんな重傷は手に余るし、初めてだ。

 マルグリットの拙い治癒魔法では傷を癒すどころか止血すらもままならないだろう。なのでそちらは最初から諦めて、衰弱しているリンが力尽きてしまわないように活力を与える方向で光属性のバフを掛け続ける。ルークはリンが自力で処置をしたと思われる乱暴な止血布を、バックパックから取り出した自前の止血帯を使って処置し直している。



「リンさん? リンさん!」



 マルグリットは意識の有無を確かめようと彼女の名を呼んでみるが、リンは青白い顔を苦渋に歪め、うわごとのようになにかを呟き続けている。顔を寄せて聞き取ってみると、どうやらケイの名を呼んでいるようだ。

 ケイを助けようとしてこんな無茶をしたんだ、とマルグリットは得心した。


 先程階下で会った男性を始めとして、騒ぎを聞きつけた寺院の人間が集まってきて、心得のある者が備蓄の医療品を持ち出してルークと処置を交代する。

 その間もずっと、マルグリットは魔法を掛けながらリンの名を呼び続けた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 苦手でも扱えるなら履修しとかないと必ず後悔するシチュが回ってくるのが回復魔法ですね
[良い点] 修道士のにーちゃんも結界的なナニカ(異界?)を発動しましたね。 奇門遁甲の石兵八陣とか大好きです。 壺中の仙境を実現する魔法モデルができたら革命起きますね。 [一言] 義体化幼女は発信機…
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