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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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383話_sideout_パーチ/陸刀会寺院_昼




 昼時のパーチ。

 ダイニングのテーブルには一人で座っているルークの姿があった。まるで修験者の如き厳粛かつ神妙な雰囲気で瞑想してるルークの目の前には、お湯を注いで二分が経過したカップ麺が一つ。

 ルークにとっては所謂ソウルフードである。



「…………」



 ルークの瞑想はきっかり三分で終わる。カップ麺にお湯を注いだ瞬間に始まり、終わった時が食べ時である。

 残すところ、あと一分を数えるのみだ。

 現在パーチにはルーク以外の人間は居ない。今日は『剣の誓い』のクランハウスで昼過ぎからマギアドライブのテストをするらしく、試験運用を担っているミアベルとレックス、それから助手役のノエルとクリスティンが向かっている。午前中、ミアベルと共に出掛けたマルグリットはそのままテストを見学がてら手伝ってくると言っていたし、ミリティアは執事のトビアスを引き連れてどこぞに出かけていった。勿論リゼルも一緒だ。ついでにレックスの従者であるダリオは最近なんだか忙しそうで不在にしていることが多く、今日も同様であった。

 よって一人残されたルークは寂しく昼食を取ろうとしているわけだが、実はこの状況はルークにとってチャンスでもあった。

 何故ならば、この状況でなければルークは大好物のカップ麺にありつくことが出来ないのだ。このパーチの食事事情を一手に引き受けているクリスティンが、育ち盛りの身体にジャンクフードの摂取を許さないからである。ついでに言えばルークは最近は婚約者となったマルグリットと共に過ごすことが多くなっているので、流石に彼女と一緒に居るときにカップ麺を食べ始めない程度の分別はルークにだってある。

 そんな事情があって、ルークは今日のこの日にご無沙汰だったソウルフードを摂取しようと企んだわけである。


 あと、三十秒。


 恐ろしい程の静寂に包まれたダイニングでは、パーチの外の道を歩く人の足音すら聞こえてくる程であった。

 しかし、そのような雑音に心を乱されるルークではない。

 瞑想によって、ヌードルを食べるための自分を創り上げているのだ。

 大事なことだ。ヌードルを食べる時は、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃダメだとルークは思う。



「さぁて……」



 そろそろか、と目を開いたルークは机上のフォークを手に取る。

 カウントダウンは始まっている。

 静かなルークの心境を表すように静謐なダイニングには、こころなし、外を行く人の足音が先程よりも大きく響いている気がした。ダカダカと石畳を叩く靴音はどんどん大きくなり、次の瞬間、勢いよくパーチの玄関の扉が開く音がした。

 ぱちくり、とルークは目を瞬かせる。

 あんなに急いで誰が帰ってきたのかと思えば、廊下の先から『ただいまー!』と聞こえてくる声音はルークの婚約者の少女のものだ。だいたい走り方から想像は付いていたが。



「…………はぁ」



 きっかり三分が経過したカップ麺を悲し気に見下ろして、ルークは溜息を吐いた。

 折角の機会には違いないが、カップ麺よりもマルグリットのほうが大事だ。当たり前である。

 普通ではない急ぎようで帰ってきた彼女はそのままダカダカと廊下を爆走して自室に向かったようだった。明らかに大慌ての様子なので、なにかアクシデントが起きているのかもしれない。

 ルークは席を立つと、マルグリットが使っている女子部屋へと向かった。


 そしてルークが開けっ放しの扉の影から室内を覗き込んで声を掛けようとすると、ちょうど同じタイミングでマルグリットが飛び出してきた。



「おーいリタ。そんな慌てて――っと!?」


「わっとごめん!?」



 ルークの鍛え抜かれた反射神経はマルグリットの身体を危なげなく受け止めることに成功するが、その拍子に彼女が片手に持っていた愛用のレイピアの柄頭が鳩尾に強かにめり込んだ。

 抱き留められたことで真っ赤になった初心なマルグリットは、次いでルークが壮絶な表情で蹲ったことに真っ青になる。



「うわ、マジごめん! 大丈夫!?」


「だ、だいじょうぶだ」



 かなりきいたが、ルークはやせ我慢で立ち上がった。カップ麺を食べた後だったら色々な意味で危なかったかもしれないと思いながら。

 ルークは鳩尾を擦りつつ、マルグリットの装いを見遣る。大慌てで帰ってきて何をしていたのかと思えば、どうやら彼女は愛剣を取りに来ただけのようだ。



「なんだ、剣忘れたのかよ」



 マルグリットは昼からマギアドライブのテストに付き合ってそのまま夜の討伐者活動に移行するはずなので、てっきり装備を整えて出掛けて行ったものだとばかりルークは思っていたのだが、うっかり剣を忘れたことに気付いて慌てて取りに来たといったところか。

 なんとも彼女らしい話だと思わないでもないルークであったが、そうなると少々気に懸かるのは、なにをそんなに慌てているのかということだ。昼からの予定であるマギアドライブのテストに関しては、マルグリットはおまけでしかないのだから、別に居なくてもいいのだ。

 なんかあんのか、と率直にルークが訊いてみると、マルグリットは少し考えてから、おずおずと言う。



「あのさ、忘れ物取りに来たついでっていうわけじゃないけど、ちょっとリンさんのところに寄っていこうかなって」


「ってーと、あの寺院に行くのか?」


「うん」



 ルークも先日訪れた場所なのでわかっているが、ここからだと件の寺院はそれなりに遠い。それなりというのはつまり、徒歩で行ける距離だが時間は掛かるという意味だ。だから急ぐのだと理解は出来たが、



「なんでまた?」


「それがさ、」



 マルグリットが語るところによると、どうやら今朝のこと、リンの兄であるダイがギルドで教会の人間と接触するところを目撃した者が居たらしい。先日、リンの友人であるケイから寺院で聞いた話を鑑みれば、少し前からケイ達の動向を探っているらしい武装司祭と無関係と考えるほうが難しい。その後ダイがどうなったのかはわからないが、マルグリットは不安に駆られて直接リン達の無事を確かめるつもりなのだろう。



「何事もなければいいし、考えすぎかもしれないんだけど……」



 言葉を濁したマルグリットが想像している人物は、おそらくルークの脳裏に浮かんでいる人物と同じだろう。

 つまるところ、教会の人間と聞いて圧倒的に印象的なシスターレイチェルという人物を知ってしまっている以上、この不安を杞憂であると笑い飛ばすことが出来ないのである。



「話はわかった。んじゃ、急ごうぜ」


「へ? あいや、ルークは別に」



 マルグリットは確証のない不安に駆られた衝動的な行動にルークを付き合わせるのは気が引けるのだろうが、ルークとしてはここで『じゃあ行ってらっしゃい』なんて言えるわけがない。

 むしろ、自分だけでもパーチに残っていてよかったと思う。

 ルークはダイニングに置きっぱなしのカップ麺を重石代わりにして簡単な書置きを残すと、部屋に置いてあった愛用の大剣を担いで準備を整える。その間も玄関でまごまごしながら立ち尽くしていたマルグリットは、準備を終えたルークが隣に立つとその袖のあたりをちょんと摘んだ。



「あの、ほんとあたしの考えすぎかもだし。もしかしたら危険かもしれないし」


「だったら尚更リタ一人じゃ行かせられねえだろ。なんなら先にクランに寄って親父でも連れてくりゃよかったのに」



 ルークが半ば本気でそう言うと、マルグリットは畏れ多いとばかりに首をぶんぶんと横に振った。

 どうにもマルグリットはシリウスという男に遠慮し過ぎている節があるとルークは思っていた。マルグリットはルークの婚約者なのだから、つまりシリウスは将来的な義父である。だったらさっさと腹割って打ち解けたほうが建設的だとルークは考えるが、これに関してはむしろシリウスの責任が大きい。シリウスの悪い癖が悪い方向に作用しているのだ。

 なにかというと、いわば『かっこつけしぃ』である。

 最近はルークに対しては無駄を悟ったのか素の表情を隠さなくなってきたシリウスであるが、元々彼は自分の息子の前では威厳ある父親を演じようとしていた節があった。幼い頃のルークはその姿を素直に信じていたが、成長してくるに従って自然と本質に気付く――というか母親であるイザベルが積極的にシリウスのダメなところを引き出してくるので、嫌でも気付かざるを得なかったといったほうが正しい。

 要するに、現在のシリウスは懲りずにまたやっているのである。学生達の前でもクレメンスとの漫才じみた掛け合いをしたり、基本的には素で過ごしているシリウスなのだが、マルグリットに対してだけはちょっとかっこつけている。童心に溢れたあの男なりに、待望の義娘に少しでも尊敬して欲しいという無邪気な願望の現れなのだろうが、ルークに言わせてみれば無駄に緊張してしまっているマルグリットが可哀そうなので止めてやって欲しい。

 残念ながら、どちらに対してもルークが何を言ったところで改善は見込めないので、つまりイザベルが帰ってくるのを待つしかない。聞くところによると、既にこちらに向かっているようなので、そろそろ帰ってきてもよさそうなものであるが。

 などと考えつつ、ルークはどうにも煮え切らないマルグリットを強引に連れ出すように、その手を握って玄関の扉を開けた。



「ほら急ぐんだろ? 行こうぜ」


「えいやちょ、待ってって、手、手ェ!!」





 ◇◇◇





 時は少し遡り、昼前のこと。

 件の陸刀会寺院では、ケイが昼食の用意をしようとしていた。迷惑ばかり掛けてしまっている自分なので、せめてこれくらいはと滞在中の家事炊事を全て引き受けたのはケイの強硬な意志であった。呪詛が進行している身体では魔法は使えないし、激しい運動も難しいが、ゆっくりと家事をこなす程度ならなんとかなる。

 そういうわけで昼食を考えなくてはならない時間帯であるが、ケイは目深に被ったフードの下で不安げな顔をしていた。



「ダイちゃん、遅いね……」



 そう呟いた声に、隣で食材を保管庫から取り出していたリュウが「そうだな」と応じる。ケイは外出することが叶わない身なので、基本的に食材の調達はリュウの役目で、その他必要な雑貨はリンとダイがギルド帰りに買ってきてくれることが多い。

 なのでギルドに出ていたダイ達の帰りの時間が安定しないのはままあることなのだが、昼時にも戻らないというのは初めてのことだ。黒い森が閉じるのが日の出と共になので、それから帰路につけばどんな寄り道をしても昼前には帰って来ていたのだ。



「大丈夫かな……」



 不安な心を落ち着かせようと、ケイは胸元に手を当てる。

 今日に限って、という思いがある。というのも、普段は一緒に行動しているはずのリンとダイだが、今日はリンだけが先に帰って来ているのだ。疲労からくる不調のためリンだけが先に引き上げたということらしく、帰ってきた彼女は寝室で休んでいて未だ起きてはこない。



「リンがついているなら心配ないと思えるが、ダイ一人だとな」


「そだね……」



 リュウも、勿論ケイもダイの実力は疑っていない。この国に至るまでの道中でもそれなりの修羅場も鉄火場も潜り抜けてきたのだ。

 ただ、どうにも心配になってしまうのは偏に、ダイという男の素敵な人間性故だ。

 よく言えば、懐が広くて頼りになる。悪く言えば、お人好しで騙されやすい。普段は冷静で切れ者のリンが助言役に付いているので滅多なことにはならないのだが。



「ダイのことだから、案外、帰り道で迷子でも見掛けて親を探しているのかもしれないぞ?」



 冗談めかしてリュウが告げた予想だが、ケイも普通に『ありそう』と思ってしまうのがダイという男の人間性だ。

 道端で大荷物を抱えた老婆が困っていたら、代わりに荷物を持ってやってなんなら老婆を背負って目的地まで歩いてやるような男なのだ。例えそれが見ず知らずの、しかも言葉が通じない異国の人間であっても、である。

 祖国を追われた身である自分達は、否が応にも身辺に気を遣わねばならない立場であり、不用意に他者に関わるべきではないとは全員がわかっているのだ。ダイだって自覚はしていて、彼なりに自制しているのはわかるのだが、如何せん根っこの性質は中々変わらないというか変えられないので、ついつい親切をしがちであった。リュウやリンはそれを諫めなくてはならないのだが、なんだかんだ言って、結局全員そんなダイの人間性が好きなので、無理にやめさせることも出来ず、というわけだ。



「どれ、少し見てくるよ」



 そう言ってリュウは愛刀を腰に佩いて外出する準備をし始めた。

 ケイをこれ以上不安にさせないためか、リュウは敢えて言葉にはしないが、考えていることはケイにもわかっていた。つい先日、マルグリットから教会の修道士のことを伝え聞いたばかりなのだ。ダイが一人になった隙を狙って教会が接触してきて――というのは決して現実味の無い話ではない。普通に考えれば、教会の人間が白昼堂々ダイに無体なことを働くとは思えないが、もしかしたらダイが戻らない理由の一端となっている可能性は否めない。



「ケイ、俺かダイが戻るまではこの部屋から出ないようにしてくれ。もしなにかあれば遠慮せずにすぐにリンを起こすんだぞ」


「うん」



 本当ならばリュウが出る時点でリンを起こして事情を説明しておくべきであったが、ただでさえ普段から負荷が集中しているリンが、疲労による不調を訴えて休んでいるのだ。出来ることならば静かに休ませてあげたいと考えているのはケイのみならずリュウも同様だろう。



「すぐ戻るよ」



 短く告げて急ぎ足で出ていったリュウを部屋から見送り、ケイは彼等の無事を祈る。

 どうか彼等が無事でありますように、と。

 ケイにはいつだって祈ることしか出来なくて、祈ることばかり慣れてしまったのだ。



「…………祈る相手も居ないのに」



 祈っても神様は助けてくれない。

 ケイはそんなこと嫌というほど理解しているのに、それでも祈らずにはいられない自分が嫌だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ルーク+単独シチュ→カップ麺。 様式美ですね。 彼は恥ずかしがらずに、婚約者にガンガン薦めればイイのに。 王国にカップ麺市場が存在すれば、好きな銘柄とかで盛り上がれただろうに残念。
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