379話_sideout_『剣の誓い』クランハウス/討伐者街_朝
『剣の誓い』が借りているクランハウスに戻ったイザベル達がとりあえず一階の談話室に顔を出すと、そこには数人のクランメンバーの姿があったが、イザベルのお目当てであるリーダー格の人間は第二グループの長であるサマンサが居るだけであった。
ソファに腰掛けて紅茶を片手に詩集を広げていたサマンサは、部屋に入ってきたイザベル達の姿を認めると「おや」と呟いた。
「ただいま。サム」
「ただいま戻りました。サムお姉様」
「おかえりイザベル、マクダレーナ。後ろの子達は例の?」
セラフィーナとランディーのことは事情説明と合わせて事前にシリウスとクレメンス宛に文を出してあったので、サマンサも話だけは聞いていたらしい。興味深そうな彼女の視線を向けられた少年少女の背筋が伸びる。
ちなみにサマンサという女性はイザベルと同年代で、イザベルがどちらかというと若く見られがちなのに対して、サマンサは実年齢よりも上に見られがちだ。本人は老けていると言われたところで気にもしない豪快な性質の女性であり、波打つ見事なブロンドと厚めの唇が印象的な女性なのだが、これがとにかく目力が強い。魔法銃を用いた射撃戦の名手であるからなのか、サマンサ自身は普通に視線を向けているだけであっても、向けられた相手は狩人に狙われたウサギの気分になると専らの評判である。
そんな狩人とのファーストコンタクトに、緊張感を滲ませながら自己紹介を済ませるセラフィーナ達をイザベルとマクダレーナは微笑まし気に見守る。これは所謂通過儀礼というか、新人の誰もが通る道である。
第一関門である狩人サマンサ。第二関門である強面グレン。そしてラスボスの支配者クレメンスである。別に彼等とて好き好んで新人を威圧しているわけではなく、自然体で接するとそうなってしまうので不本意な話ではあるのだろうが。
「ところでサム、シリウスかクレメンスは居ない?」
「居るけど、寝てるんじゃないか?」
「あらそう」
然もありなん。討伐者の時計で言うならば朝に帰って来て眠るのは日常なので、この時間帯は休んでいてもおかしくはない。談話室で詩集を読んでいるサマンサは、察するに今日のところはオフなのだろう。
わざわざ起こすほどの火急の用件があるわけではないので、他の面子に帰還の挨拶でもしながら時間を潰していればそのうち起きてくるだろう。
「ルークと、学生の子達は?」
「オフだよ。次にここに顔を出すのは今日の夜だろう」
「あらら」
悉くタイミングが悪かったらしい。
イザベルとしては一刻も早く愛しい息子に会いたい――――よりもむしろその息子が選んだ相手である噂の彼女に会いたくてたまらないのだが。
クランハウスの中の案内と他のメンバーへの紹介を請け負ってくれたマクダレーナにセラフィーナとランディーのことを任せると、連れ立って談話室を出ていった少年少女を見送り、イザベルはとりあえずサマンサの斜向かいのソファに腰を下ろした。
「ふぅ……」
「お疲れかな?」
詩集を机上に置いて揶揄うように訊いてくるサマンサに、イザベルは肩を竦めて「まあね」と返す。
「レーナちゃんの傷心旅行のつもりが、色々とあり過ぎたわ」
「そうみたいだね。人型の魔物と戦ったんだって?」
バッヘルでの一件はフレンネル辺境伯を経由して討伐者ギルドに情報共有がなされているので、ここブラッドフォードのギルド支部にもフェンリス一行の情報は既に伝わっているはずだ。イザベルは移動中だったのでその間の経緯を把握していないが、サマンサの語るところ、どうやら有力クランを招集して情報共有と対策会議が何度か開かれていたらしい。
「とはいえ、状況は芳しくない。二大クランの連携がまったく取れないどころか積極的に反目しているような有様だからね」
「少しだけ聞いてたけど、そんなに酷いの?」
「まあ、こっちで活動し始めれば嫌でも理解することになるだろう」
ニヒルな笑みを見せるサマンサに、イザベルは「うへぇ」と舌を出すジェスチャーで答えた。
ここで活動している二大クランといえば『赤原同盟』と『パンツァー・ドラグーン』であるが、その両者が反目しているとなれば、間に立たざるを得ない『剣の誓い』を率いるシリウスもかなり苦労しているのではなかろうか、とイザベルは自身の伴侶を思う。シリウスという男は適当に生きているように見えて、あれで責任感は相当強い部類だから、昔から放っておくと頑張り過ぎてしまう。クレメンスが居れば滅多なことにはならないだろうが、本来で言えばシリウスを支えるのは妻であるイザベルの役目であるはずだ。
とりあえず、今日はいっぱい労ってあげようとイザベルは密かに決めるのであった。
「ところで、人型の魔物とやらはどうだった? やはり強いのか?」
興味津々な顔をしているサマンサはとりわけ戦闘好きというわけではないが、仕事にはストイックに従事する性質だ。現実的に交戦する可能性が否定出来ない以上、情報は少しでも仕入れておきたいのだろう。
問われたイザベルはおとがいに指をあてて思案するが、正直なところ語れることは多くないのだ。
「私、基本的には部外者だったし、最後にちょろっと顔出しただけだもんなぁ」
そもそも親玉であるフェンリスなる魔物と交戦したのはスレイ・ハイゼン達だけで、イザベルはその姿を見ても居ない。イザベルが直接戦った相手はそのフェンリスの配下であるメイド服姿のスコールなる魔物だけだ。それにしたって、
「戦ったというか、ぶっちゃけ普通に殺されかけただけだったわ」
「なに? キミがか?」
「私もだし、レーナちゃんですらそうだったわ」
イザベルはともかくとして、マクダレーナの場合は必ずしも力量で劣っていたわけではないだろうが、搦手にまんまとやられて殺される寸前であったのは事実だ。
「まいったな。となるとキミにすら及ばない私では瞬殺されるだけじゃないか」
「またまたぁ」
サマンサとイザベルどちらが腕が立つのか、と敢えて決めるつもりなどないが、おそらくは然程実力的な差はないだろう。イザベルが思うに、自分やサマンサが単身でスコールを打倒するのはかなり難しいだろう。グレンであれば渡り合うことは出来るだろう。シリウスであればおそらく勝てる。ただし、あの魔物の厄介な毒を無効化出来れば、であるが。
「死に掛けたというわりには元気そうだが、身体は問題ないのか?」
そう言いつつイザベルの身体を上から下まで見回すサマンサの表情には心配の色があった。
イザベルからクランへの報告には自身とマクダレーナが無事であるということしか書いていないので、まさか死に掛けるほどの事態になっていたとは思っていなかったのだろう。
イザベルは全身の健在さをアピールするように、両腕を広げてみせた。
「ご覧の通り、傷一つないから安心して。レーナちゃんもね」
「そうか。それはなによりだが、つまり治療が間に合ったということなのか?」
傷一つないのに死に掛けたとはこれ如何に、とサマンサは首を傾げる。
なのでイザベルは手短に経緯を説明した。自分達は敵の魔物の術中に嵌り、強力な毒の呪詛を食らってしまったのだと。受けた身だからこそ実感として理解していることであるが、あの毒呪詛の強力さは尋常ではなかった。身体に不調が出るまで食らったことに気付けないという隠密性も然ることながら、効果が出てからの即効性、そして威力、極め付けに解呪の困難さ。どれをとっても一級品の魔法であった。
実際、もしあの場にスレイ・ハイゼンが居合わせなければ、イザベルもマクダレーナも既にこの世には居なかったことであろう。本当に、彼女にはいくら感謝しても足りないくらいなのに、彼女と来たら『パーティーの仲間を助けるのは当然でしょ』などと言って、言葉以上の礼は受け取ってくれないのだから困りものだ。
「ふふふ、シリウスがそれを聞いたらどうなるか、目に浮かぶね」
サマンサはおかしげに笑っているが、まあ前述の通りに責任感の強いシリウスのことだから、妻の命を救ってくれた恩人に全力で報いるべく、全力で行動し始めることだろう。
勿論、スレイに対して報いたいのはイザベルだって同じなので、もしそうなれば決意の通りに全力で夫を支え協力するつもりである。
そんなイザベルの内心を表情から読み取ったサマンサは、しかし何を言うでもなく小さく嘆息しただけだった。息子の恋路を勝手に応援するために夫婦そろってお相手の男爵家に乗り込んだ件からも窺えるが、結局ノリで行動しがちな似た者夫婦なのである。そうなると止められる人物はクレメンスしか居なくなるわけだが、彼は彼で被害を広げないようにサポートはすれども制止はしないことが殆どだ。
「で、そのスレイさんとやらは今どこに? まだバッヘルに居るのかな?」
「ううん。彼女達もブラッドフォードに来るつもりだって言ってたね」
「おや。ということはギルドで会えるかもしれないね」
ちなみにバッヘル領を発ったのはスレイ達のほうが僅かに早かった。ただし彼女等は近隣の別の支部に立ち寄ってからブラッドフォードを目指すつもりであると語っていたので、真っすぐに移動してきたイザベル達に比べればだいぶ回り道をしているところだろう。旅慣れていないセラフィーナ達を慮ってゆっくりな道中だったイザベル達と、どう見ても場慣れしているスレイ達の移動速度を鑑みれば、最終的にブラッドフォード入りしたのは同じくらいのタイミングであったとしてもおかしくはない。
そういえば、と語っている間に思い出したことがあったので、イザベルはそれを口に出す。
「スレイさんの所属クラン、『ホワイトファング』っていうとこなんだけど、サム知ってる?」
一回だけ、スレイがその名前を口にしたことを覚えていたイザベルであるが、それ以上の詳しいことはなにも訊いていない。所属をなんとなく隠していたのはイザベルも同様だったので、お互いに気を遣って訊かなかったのだ。
するとサマンサは意外そうに目を丸くする。
「知っているも何も、少し前から一部がここで活動してるよ。中々個性豊かっぽい連中さ」
「あら。てことはスレイさんはクランに合流するためにこっち来たのか」
それならそうと言ってくれてもいいのに、と思わないでもないが、まあ向こうにも色々と事情はあるのだろう。
なにはともあれ、そういうことなら意外と早い再会になりそうである。
◇◇◇
ところ変わって討伐者ギルド。
元々あった砦を改築して運営されているブラッドフォード支部は、外観からもわかる通りに広大な敷地面積を誇る。実を言えばその内部で討伐者ギルドという組織が占める部分は限定的で、大部分は敷地を借りて営業している討伐者向けの商業施設等である。
そんなわけで、そんな施設が固まっている区画を『討伐者街』と呼び分け、これはエンディミオン魔法学院で言うところの商業区画に他ならない。
女性討伐者向けの店舗が多く出ている一角に、休日のミアベルの姿があった。
「ねーミアベルさん。私思うことがあるんだー」
本日のミアベルには二人の同行者が居て、見慣れた人物と、珍しい人物が両脇を固めていた。
歩きつつ口火を切ったのは珍しい同行者のほう。
その名をフレデリカ・メルクーシン。巨大クラン『赤原同盟』の長である女帝その人の孫娘であり、本人も実力派の討伐者である。ミアベルよりも三つほど年上で、黄昏色の長髪が目に眩しい、実年齢以上に大人びた少女であった。
「はい?」
些か唐突な話題提起にミアベルは目を丸くして小首を傾げる。
フレデリカは真剣な表情で、厳かに告げた。
「ロイって、絶対年齢偽ってるよねー?」
「「わかる!」」
思わずミアベルと唱和したのはもう一人の同行者ことマルグリットである。彼女は実感の籠った表情でうんうんと頷いて見せた。
「あれであたし等とタメとか信じられん。絶対中身おっさんか何かだろ」
「いやいやー、そんなこと言ったら未だに私、ロイが年下だと思えてないよー」
「ふっ。甘いですね二人とも。わたしとロイが出会ったのは六歳の頃だったけど、なんなら当時からロイはあれでしたからね!」
話題に上がっているのはロイことレックス・モラン・コーリッジ男爵令息のことであった。ミアベルにとっては幼馴染。マルグリットにとっては鍛錬仲間で、ほんの少しだけいい関係になり得る可能性のあった相手。そしてフレデリカにとっては喫緊の命の恩人であり、ちょっと気になる年下の異性である。
件の少年と少なからず縁のある三人の少女に共通する思いは一つ。即ちレックス少年年齢詐称説であった。
「なんだろ。六歳のレックスって不思議と想像できるわ……」
「たぶんー、今のロイをそのまま小さくしたみたいな感じだねー」
思いを馳せるマルグリットの渋面にははっきりと『生意気そう』と書いてあり、同じくフレデリカの笑顔にははっきりと『可愛い』と書いてある。実際にその姿を知っているミアベルとしてはどっちも正解としか言えない。当時のレックスは確かに今より可愛いが、その分だけ今以上に生意気そうではあった。
「クリスお姉ちゃんとかダリオさんに訊けば、喜んで色々教えてくれると思うよ」
年頃の少年にしてみれば同級生に幼少期のことを赤裸々に知られるなんて勘弁してくれと言うところであろうが、そこはあのレックスなので、仮にその状況になったとしても飄々と肩でも竦めながら聞いているだけなのだろう。それこそミアベルにはその姿がありありと想像出来た。
なお、今更ながらに何故ミアベルとマルグリットがフレデリカと連れ立って歩いているのかというと、単なる偶然以上の理由はない。休日を利用して討伐者街を散策していたミアベル達が独り歩くフレデリカの姿を見付け、知らない仲でもないので声を掛けた、というそれだけのことであった。
そんなこんなで、本人が居ないのをいいことに共通の知人であるレックスをダシにして会話に花を咲かせていると、不意に何かを見付けた様子のマルグリットが足を止めた。
「リタ?」
「なあミアベル、あそこに居るのって……」
そう言ってマルグリットが見ている先にミアベルも視線を向けてみると、先程フレデリカを見掛けた時の焼き直しのように、姿勢よく道行く一人の少女の姿が目に入った。フレデリカもそうであったが、人出の多い討伐者街の雑踏の中にあって微塵も存在感が翳らない人物なので、マルグリットが誰について言及しているのか見当をつけるのは容易であった。
そして、そもそも何故マルグリットがその人物を見咎めたのかも一瞬で理解出来た。
知っている人に、非常に凄く良く似ているのだ。
「いやあの人がこんな場所に居るわけないんだけど、なんかすっごい似てね?」
「うん。あの人がこんな場所で独りで歩いてるわけないんだけど、本人に見えるね」
ひそひそと会話を交わすミアベル達を不思議そうに眺めていたフレデリカは、気になったように同じ方向へと顔を向けて、それから驚いたように「あれー?」と声を上げた。
ミアベル達はむしろフレデリカのその反応にこそ驚く。そんなミアベル達の様子に気付かず、フレデリカは背伸びして片手を挙げると、良く通る声でその名を呼んだ。
「おーいっ、シィナー!」
呼び声に反応して、そのシィナなる人物は足を止めて、こちらを振り向いた。
そして三人の姿を認めるとこれまた意外そうに目を丸くして、しかしすぐに微笑を身に纏うとこちらに向けて歩いてきた。
シィナと呼ばれて反応したからにはシィナさんという名前の少女なのだろうが、生憎とミアベルの目にはその姿は、やっぱりどこからどう見ても、
「イオさん、だよねぇ……?」
ぼそりと呟いた言葉に、マルグリットが無言で頷いた。




