380話_sideout_討伐者街/某所_昼前
「久し振りだねー、シィナ。またこっちに来てたんだ?」
「ええ。まさに本日到着したところですが」
再会を喜び合う二人の少女に、ミアベルはどう反応すればいいのか悩む。シィナと呼ばれている少女はどう見てもミアベルの知り合いなのだが、偽名を名乗っているのならば普通に考えて身分を隠しているのだろうし、となれば自分は初対面の体で行くべきなのだろうか。先程のマルグリットの反応もシィナではなく別の通行人を指してのものだったと誤魔化しがきく範疇であるし。そのマルグリットは下手なことを言うとぼろが出ると言わんばかりに口を噤んでミアベルに判断を丸投げしたようだ。
シィナの装いはドレスシャツにタイトなパンツを合わせた騎士令嬢スタイルであり、腰のベルトには見覚えのある愛刀を佩いている。黒く艶やかな長髪は結い上げてシルエットを変えていて、本来の身分を考えればそもそもパンツスタイルで出歩くのが稀であろうから、雰囲気程度の変装をしていることは窺える。実際、面識のあるミアベル達でなければ、なんとなく面影を覚えても本人だとは思うまい。
するとそんなミアベル達を見かねたのか、相手の方から話を振ってくれた。
「こんにちは。奇遇ですね」
「えっ、あっはい。そのぉ~……シィナさん?」
泡を食って応じるミアベルの反応自体が『なにかあります』と雄弁に語ってしまっているわけだが、シィナは咎めるでもなくクスリと微笑を零すのみであった。
「はい。ここではただのシィナとお呼びください」
「あれ。もしかしなくても知り合いー?」
「ええ。同級生です」
普通にぶっちゃけた!と驚くミアベル達を他所に、フレデリカは「そうなんだー」と安穏とした反応だ。
シィナはフレデリカに向けて小さく頭を下げた。
「お察しのことと思いますが、『シィナ』というのはわたくしの本当の名ではありません。申し訳ありません」
「なにか理由があって、なのかな?」
「ええ。故あって、討伐者をやる際に本名を名乗るわけにはいかないのです」
おそらくはミアベル達に対する説明でもあるその言葉に、ミアベルとマルグリットは揃ってなるほどと頷く。シィナの事情は想像で察するしかないが、彼女の身分を思えばそれほどおかしな話でもない気がしてくる。
見たところシィナとフレデリカは知らない仲ではなく、それなり以上に友好的な関係を築いているらしい。そのフレデリカが相手なので、シィナが本名ではないというところまでは開示しても構わない、という判断だろう。故あって、と暈したからにはそれ以上の情報は言ってくれるなという意味だとミアベルは受け取った。
「なんか、名前を隠して討伐者活動なんて、お忍び感があるねー。実はやんごとない身分だったりしないよね? 知らないうちに不敬罪でしたーとかはナシだよー?」
「ふふ。やんごとないお方が護衛も連れずに、刀振り回して魔物と切った張ったなどすると思いますか?」
「それもそうかー」
冗談めかしたシィナの言葉にフレデリカは納得したように笑っているが、横で聞いていたミアベルとマルグリットはシンクロした動作でサッと視線を逸らした。
するんだよなー、である。
その人、四大貴族のお嬢様ですとは言えるわけもなく、ミアベル達はお利口に沈黙することを選んだのであった。
「護衛と言えばー、いや護衛ってわけじゃないのはわかってるけど、ストラトスとロアは居ないのー?」
「そうですね。ここ最近は別行動だったのですが、丁度今から合流するつもりだったのです」
「ああ、この先で待ち合わせってことだねー」
知らない名前が出てきたぞ、とミアベルはほんの一瞬だけ思ったが、すぐにそれが気のせいであったと気付く。何故ならばシィナの正体を思えば、これから合流する二人の正体など敢えて考えるまでもない。
フレンネル伯爵令嬢のお付である子爵令嬢達――レキ・ストラト・ラヴィエとソシエ・ロア・イストリであろう。そもそも名前が完全にミドルネームと一致している。シィナの場合はミドルネームも唯一過ぎて名乗れない事情があるのだろうが、一般的な貴族においてはちょっとした偽名としてミドルネームだけを名乗るというのはよくある手法なのだそうな。と半年間の学院生活でミアベルは学んでいた。あるいは平民に紛れたいときに敢えて本来の家名は名乗らずに、ミドルネームを家名として振舞うとか。
レキの名前などが良い例で『レキ・ストラト・ラヴィエ』ならば貴族風。『レキ・ストラトス』ならば平民風。彼女のミドルネームであるストラトスはファーストネームでもファミリーネームでも通じる響きなので、単純にストラトスとだけ名乗って相手の想像に任せるという手段も出来る。
「二人にも会いたいなー。ついて行ってもいい?」
「勿論。彼女等も喜ぶでしょう」
「あのー、それはわたし達も行っていいのでせうか……?」
「? ええ。無理にとは言いませんが」
むしろ何故いけないことがあるのか、とシィナは不思議そうだ。
率直なところを言えば、ミアベルもマルグリットもイオ本人はともかくとして、お付の二人と然したる交流があるわけでもない。というより、学院で絡む場合は基本的に三人セットなので、どうしてもイオと他二人という認識にならざるを得ない。これは必ずしもミアベル達側の責任ではなく、当のレキとソシエが主人を立てるべくしてかくあるべしと振舞っているからというのが大きい。
なので敢えて会いに行く理由もそんなにないのだが、生憎と本日のミアベル達は目的の無い散策の真っ最中だったわけで、当て所なくぶらつくくらいならば知り合いに挨拶くらいはするのが有意義だろうと結論付ける。
シィナを加えて四人に増えた道中で、ミアベルが気になるのは当然シィナとフレデリカの関係性である。一体どうして四大貴族の令嬢と討伐者の女帝の孫が友誼を結ぶことになったのであろうか。
質問してみるとシィナは懐かしむように教えてくれた。
「学院に入学する前の話ですが、武者修行の一環として討伐者をやっていたことがあるのです。フレデリカさんと知り合ったのもその時ですね」
「ちょうど一年くらい前だよねー。そんなに経ってない気がするのに、なんか懐かしいなぁ」
「それって、シィナさんのお家の方針で?」
「はい。当家では当たり前の通過儀礼ですね。わたくしの弟も、今まさに同じように修行に励んでおります」
貴族の家ってそんな感じ? とミアベルが視線だけでマルグリットに問い掛けると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。マルグリットの実家であるベリエ男爵家も領内に黒い森を持つことで知られており、実際にマルグリットや姉のユーフォリアも幼い頃から領内の森に繰り出して魔物相手の鍛錬を積んでいたと聞くが、あくまでも周囲を現役の騎士達に囲まれたうえで、その一員としての活動である。間違っても、シィナが語るようにお付の令嬢だけを共にして他所の森にぽいっと放られるようなものではない。
しかも、その武者修行とやらの場は国内最大規模のここブラッドフォードであるという。この森の魔物の手強さはミアベル達も日々実感として理解していることなので、学院入学前の弱冠十四歳の少女達の修行の場として選ぶのは、ちょっと正気とは思えない事態だ。
とミアベルは思うのだが、とうのシィナは『そう言われても……』みたいな顔をしていて実感が湧いていない様子。
「そうでしょうか……? わたくしの憧れの人は、齢十歳の時分から本物の戦場に身を置いて魔技を磨いておられたと聞きますので、むしろわたくしなどは微温湯に浸かっていた己が怠慢に恥じ入るくらいなのですが……」
「ううーん、討伐者でも子供は珍しくないけど、十歳から前線に立つってのは流石に聞かないなぁー」
なんだか遠い世界の話を聞いている気分になってきたミアベルであるが、よくよく考えてみれば、人々の先頭に立って魔物と戦うのが王国貴族の規範である以上、高位の者こそ前線に出るというのは正しいことなのかもしれない。あくまでも規範としては、であるが。
どこぞのアシュタルテ侯爵令嬢も転神して夜な夜な黒い森に繰り出しているし。
どこぞのリヒトベルガー公爵令嬢も生徒会随一の武闘派として学生戦力を率いているし。
どこぞのヴァンシュタイン公爵令嬢なんて文字通りの最前線で戦っているし。
ミアベルが知る限り、シィナことフレンネル伯爵令嬢も含めた彼女等に共通しているのは、誰に強制されるでもなく自ずから自らの置き場所を選択しているということであった。
生まれを選ぶことは出来ないが、彼女等はそういう身分に生まれたことを受け入れて、果たすべくを果たしているようにミアベルの目には映っていた。
「力には、責任が伴うってことかな……」
呟き、ミアベルは自身の掌を見下ろした。
◇◇◇
「――――はくちん!」
そしてスレイはくしゃみをした。
むず痒さを紛らわせるように指で鼻を擦っていると、隣を歩くハイメロートが表情をぴくりともさせずに言う。
「貴女がくしゃみをする姿など初めて見たかもしれないな」
「ふん。大方ロスヴァイセあたりが私の噂でもしているのだろうよ」
「心当たりには事欠かないようでなによりだ」
ロスヴァイセというのはそれなりに顔見知りの帝国軍将校である。煮え湯を飲ませたり飲まされたりする仲で、因縁の相手と言えなくもない。
まあ彼女が噂話をしているかどうかはさておき、くしゃみの原因は宙を舞う埃さんの仕業とかであろう。スレイは体質上体調不良とは無縁なので、風邪もひかなければ花粉症に悩まされることもない。ただ、一応分類上は人間なので鼻を擽ればくしゃみも出るというものだ。無論、侯爵令嬢として生活している普段は、人前でくしゃみなどするわけにはいかなかったりするので我慢したりしなかったりするが。
「ところで、スレイ・ハイゼンはクランに合流して俺のパーティーに加わるということでいいのか?」
「ええそうよ。宜しくね、りーだー?」
「ふむ……これで犬が帰還すれば史上初めて俺のパーティーが全員揃うことになるな」
まさかそんな日が来るとは思ってもみなかった、と言わんばかりのハイメロートであるが、実のところスレイ自身も想定してはいなかった。そもそもこのスレイ・ハイゼンという幻影自体が、特務部隊『ヴァイスヤークト』の隠れ蓑的フロントクランである『ホワイトファング』を結成する際に人数合わせのつもりで偽名登録しただけのライセンスなのである。
ちなみにハイメロート率いるパーティーには通常あって然るべき役割分担という概念がほぼなく、メンバー全員がもれなく『オールラウンダー兼火力役』である。全員が必要に応じてある程度はどんなポジションでもこなせるが、基本的にはどいつもこいつも好き勝手に火力をぶちまけるスタイルであるということだ。スレイもその例に漏れないのは言うまでもない。
スレイは今日まさにこのロイエンタールの街に到着したところであり、今は迎えに出てきたハイメロートの案内でクランの滞在先に向かっているところであった。バッヘル領からここに至るまでの道中は妹役のリスティ・ハイゼンと、同行者のシィナを加えた三人での行動だったが、彼女等とは街に入ったところで別れてそれぞれに独自行動をとっている。
「ここでの活動はどう?」
「稼ぎは悪くない。が、男性排除の風潮が少々鬱陶しくはある」
「変なのに絡まれたりしてる?」
「いや、直接的なものはないな。男女混成パーティーなどを見掛けると噛み付いてくる奴等が少なからず居るが、カデンツァに正面から喧嘩を売る度胸がある女はそうそう居ないようだ」
「あーね」
カデンツァは強者感半端ないからなぁ、とスレイは察した半笑いを浮かべる。彼女は身長、発育、美貌、胆力、腕力の全てが高水準で揃った女傑である。それでいて常に穏やかな微笑を浮かべていて、声を荒げることは滅多にない。禁句さえ言わなければ。
そんじょそこらの女討伐者程度では、カデンツァに上から見下ろされてにっこりと「なにか?」と言われただけで威圧感に白旗を上げることだろう。なにせ、彼女の凄みは本物の実力に裏打ちされているので、迫真さが違う。
「一度、恐れ知らずな輩がカデンツァに向かって『デカ女』と言い放ったことがあったが」
「うわ」
「まあ、埋まったな」
「え。地面に? 壁に? それとも天井に?」
戦々恐々としたスレイの問いに、ハイメロートは黙って下を指差した。
スレイは見知らぬ犠牲者になむなむと手を合わせておいた。なお、一応言っておくとカデンツァにとって『デカい』という言葉は禁句なのだが、いくら彼女でもいきなり相手を地面に埋めたりはしない。ちゃんと最初は優しく口で警告をする。そこでお利口に引き下がればよし。世界は平和だ。そうでない場合は、今ハイメロートが告げたようなことになる。
尤も、彼女はブチ切れるときも表面上は優しい顔をしているのだが。
「結果的にはそのおかげで絡んでくる輩が居なくなったので、よかったと思っている」
「本音は?」
「そうでも思わないとやってられん」
溜息を吐いたハイメロートは、彼なりに苦労しているようで何よりだとスレイは笑った。
感情を殺して魔剣に徹しているよりかは、部下の暴挙に憂いているほうがなんぼかマシだと思うので。
ロールに準じた会話を適当に交わしつつ歩きながら、スレイは今後として予想し得る展開を茫洋と思い描く。
どうやらここでハイメロート達と合流した判断は正解であった。バッヘルを発つ時点で中々面白い状況になっていそうな報告は受けていたが、それにしたってスレイが移動中の短い期間で更に状況は複雑化していると言えよう。
かなり、混沌としてきている。
ただでさえ、そうなのに、原作『夜明けのレガリア』を知る視点から見れば尚更だ。
――主人公。ミアベル・アトリーと愉快な仲間達。
――討伐者。三大A級クランと、英雄伯、黒竜卿、そして赤原の女帝。
――教団。スメラギとその背後に垣間見える闇の巫女。
――魔物。フェンリスとその配下。
――そして自分達。言わばゲスロリ陣営。
さてどこから手を付けるべきだろうか。あるいは最初に大きな動きを見せるのは誰だろう。
真っ先に退場するのは。あるいは勝利を手にするのは誰だ。
脚本を書いているのは、一体どこの陣営の誰だろうか。
「これで教会まで出て来たら、いよいよ役満ね」
スレイが何気なく呟くと、ハイメロートが微妙な顔をする。
「……もしかして?」
「後で伝えるつもりだったが、黎明機関の武装司祭の姿が確認されている」
「あらまぁ」
こりゃお祭りだわ、とスレイは天を仰いだ。




