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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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378話_sideout_討伐者ギルド/某所_朝




 立ち去るダイ・シシドの大柄な背中が見えなくなるまで見守って、修道士クロスは微笑みながら嘆息した。



「いやはや。思ったよりも冷静でしたね」



 その呟きに応じるのは無表情を顔面に張り付けたシスターラクサーシャである。



「多少なりとも動揺するものと考えていましたが」


「どうですか。結界のほうは」



 何気ない世間話のようにクロスが問いを投げる。実際のところ、クロス達と同じカフェテラスに居る周囲の人間からは、先程までのダイとの会話も含めて遣り取りはすべて何気ない世間話に聞こえていることだろう。誰が聞いているとも知れない場で、因縁の魔物に関する情報や、秘中の秘である対抗手段の存在に言及するほどクロス達は迂闊ではない。ダイとの会話をラクサーシャに一任したクロスは、傍らで聞く姿勢をとりながら認識阻害の魔法を維持し続けていた。

 クロスの問い掛けにラクサーシャは首を振った。



「私には綻びは見つけられません。力及ばず、申し訳ありません」


「そうですか。仕方ありませんね。ここは彼の精神力を褒めることにしましょう」



 そう言って、クロスはもう一度「いやはや」と呟いた。



「東方の魔法は実に厄介ですね」


「……魔法モデルに『感情』という変数を導入した、ですか」


「ええ」



 クロス達の目的はダイとの交渉で告げた通り、彼の友人である女性と接触することにある。魔物の呪詛に侵された件の彼女を救済するために、である。

 実は、その女性が現在どこに潜伏しているのか、クロスには見当がついていた。ほぼ間違いなく、このロイエンタールの街に所在している東方陸刀会の寺院に匿われているはずだ。それがわかっていながら直接彼女の元を訪れず、まずダイを相手に交渉を試みたのは、なにも誠意の表れというだけではない。

 クロスは自分自身が誠実な人間であると自負していたが、誠意とは信仰に優先しないのだ。

 つまるところ、クロスは救済対象の所在が情報としてはわかっていても、直接の手出しが出来ないのだ。厳密には、所在がわかっていると言えるかどうかも微妙なところかもしれない。なにせ、陸刀会の寺院に居るとわかっていても、クロスはその寺院の所在地を知ることが出来ないのだから。

 クロスの目から寺院の存在を覆い隠しているメカニズムこそが、たった今言及した『東方の魔法』なのである。



「分類としては論理結界の一種でしょうが、おそらくは『招かれざる客を遠ざける』という類の効果ですね」


「その是非を決めているのは、ダイ・シシドの個人的な認識でしかない」


「不確定で脆弱なシステムですよ。全く以て非合理で、それ故に厄介です」



 東方の地で発展した魔法技法の特徴として、魔法モデルに『感情』という変数を導入していることが挙げられる。これは端的に言えば、決まった入力に対して決まった結果が出力されないことを意味する。

 魔法という技法を行使する時に術者の精神状態が結果に大きく影響するというのは常識であるが、西方の魔法がこの常識をノウハウとして運用しているのに対して、東方の魔法はこの常識を根幹として発展してきた経緯がある。

 最たるものが感情であるわけだが、感情は数字や言語で一般化出来ない。同じ感情でも人によって振れ幅が違う。時に方向性すら異なる。つまりは体系化出来ないということだ。故に西方の魔法使いはこれを技術とは切り離して考え、あくまでも魔法を使う際に考慮すべきファクターの一つとして咀嚼した。

 対する東方の魔法使いは、これをむしろ積極的に取り入れた。


 例を挙げれば、防御魔法を遠隔で発動して仲間を守ろうとした時。

 西方の魔法モデルでは、座標を指定するのが普通だ。守りたい対象が存在している場所に障壁を展開するという理屈である。

 東方の魔法モデルでは、対象を認識するだけでいい。あの人物を守りたい、という感情を魔法モデルに入力するのである。

 一見すると東方のモデルのほうが簡便で実用的にも思えるが、これの難点は安定性の低さにある。魔法の出来そのものが変数としての感情の強弱に左右されてしまうのだ。内心では嫌っている相手を義務で嫌々守ろうとしたら、障壁の展開速度や強度は露骨に低下するし、もし守りたいという感情が実質ゼロであればそもそも魔法が発動しない。

 逆に言えば、心の底から守りたい相手を守るためならば、容易く限界以上の力を発揮出来るということでもあるので、一長一短だ。


 そして、陸刀会の寺院に施されているであろう論理結界。

 クロスの予想では『招かれざる客』を遠ざける効果のあるそれは、まさしく東方の魔法の産物だ。即ち、誰にとっての誰を『招かれざる客』と判断するのか、という条件指定を完全に個人の認識にゆだねているのである。



「招かれた客以外は、寺院に入るどころか、存在を認識することすら叶わない」



 ただし、クロスも言及した通り、これは基本的には脆弱なシステムだ。

 条件指定が曖昧であるが故に付け入る隙が存在する。


 本当に、文字通りの意味で『招かれた』者しか進入出来ない結界を構築するというのは西方の理論だ。即ち『招く』という行為を通して結界の通行証を発行するのである。そこに曖昧さはなく、厳密に通行証を保有する者のみを通過させる。この理論だと不特定多数を阻むことは出来るが、逆に不特定多数を招くことは出来ない。各地に数多居る信徒に広く門戸を開くべきである寺院がこれではいけない。

 その点、東方の理論は宗教施設と相性がいい。対象を個別に識別することなく、信徒ならば通過、異教徒であれば弾く、ということが可能なのだ。更には、友好的な者は招き入れ、敵対的な者は遠ざけるというような運用も可能なので、潜在的な信徒を選別することすら出来る。



「彼は、我々『教会』を警戒しているようですね」



 ダイやその友人達が教会に対する懐疑心を持っている限り、クロス達は『招かれざる客』であり続ける。

 しかし人の認識や感情は移ろいやすい。揺らぎやすい。

 先程までのダイとの交渉における狙いとは、彼にほんの少しでも胸襟を開かせることにあった。ラクサーシャが丁寧に情報を開示したのは、まさしく誠意の現れである。誠意を見せることで警戒を解かせるとまではいかずとも、少なくともクロス達の提案に一考の余地があると思わせることこそが狙いであった。

 もし、ダイがラクサーシャの申し出を受け取り、仲間と相談するために持ち帰るという決断をしたならば、そこに結界の綻びを見出すことが可能であったはずだ。何故ならば、その瞬間にクロス達は『協力者になり得る相手』に変わるからだ。

 尤も、クロス達のその目論見は外れ、ダイはこちらの提案を考慮することなく拒否して立ち去ったわけであるが。



「寺院を守る論理結界に力押しは通用しません」



 強引な手段を行使した瞬間に、『招かれざる客』ではなくなる可能性が消えるからだ。敵対関係が決定的になった瞬間に、クロス達が寺院に辿り着ける可能性もまた消えてなくなる。



「いやはや、保険を掛けておいて正解でしたね」



 クロスは呟き、カップに残ったコーヒーを飲み干して席を立つ。

 そうして彼が見遣るのは、パンケーキに夢中になるあまり、口の周りをクリームだらけにしたシスタードルチェの姿だ。今の今まで一切会話に加わらず蚊帳の外に居たドルチェであるが、結果的には彼女が一番の功労者となりそうだ。

 ラクサーシャに小言を言われつつ口の周りを拭かれているドルチェに、クロスは微笑んで語りかけた。



「さてシスタードルチェ。少々おつかいをお願いします」


「う?」



 首を傾げたドルチェに、クロスは「なに、簡単ですよ」と笑みを深める。

 取扱(・・)に難のあるドルチェを敢えて連れてきたのは、本当に保険程度の意味合いでしかなかったのだが。

 クロスにとっての僥倖は一つ。


 ダイという男が子供好きな性質であったということだ。





 ◇◇◇





 ぽかんと口を開けたまま、まんまるな瞳を右往左往させる様は絵に描いたような『おのぼりさん』である。

 それも一人ではなく、二人だ。

 二人の動作があまりにもシンクロしていて、イザベルは思わず笑ってしまった。



「なあセラ……口あいてんぞ」


「ランディーもね……」



 心ここにあらずな会話を交わす二人に、イザベルの隣を歩くマクダレーナが呆れ顔で「どちらも立派な間抜け顔、でしてよ」とツッコミを入れる。

 視線を前方へと戻したイザベルは、一行を先導して歩きつつ『無理もないか』と内心で独り言ちる。

 バッヘル領での一件を経て、新たにクランの仲間になったセラフィーナとランディーを連れてロイエンタールに戻ってきたイザベルとマクダレーナであったが、セラフィーナ達はこの道中の殆どずっとこんな調子であった。正確には、最初から少なからずこんな調子であったが、徐々に悪化してここで極まったと言うべきであろうか。

 長閑な田舎町という風情のバッヘル男爵領で生まれ育ったセラフィーナ達は、そもそも領の外に出ることが初体験なのだ。当然駅馬車を利用するのも初めて。馬車鉄道も以下同文。ありとあらゆる初めてを怒涛の勢いで経験し、遂には開いた口が塞がらないくらいには思考回路が混雑しているらしい。



「まあ、バッヘル領に比べたらブラッドフォードは異世界みたいなものかもね」



 イザベルが言うと、ランディーが反応した。



「マジでそんな気分だぜ。てか人多過ぎだし、道広過ぎだし、うるさすぎだろここ」


「ていうかそこかしこで煙みたいなのが上がってるんだけど……なにあれ火事? じゃないよね……?」



 それはそう、と頷いたのはマクダレーナだ。

 彼女は片手に愛用の旅行鞄をごろごろしながら、もう片方の手で人差し指を教鞭みたくピンと立てる。



「このブラッドフォード伯爵領は王国内でも有数の場所でしてよ。四大貴族ならぬ四大伯爵領の一つに数えられるのですから」


「んだそりゃ。すげーのか?」


「すげーに決まっていますわ。四大伯爵領とは、わたくし達も利用した馬車鉄道の路線が集結する中継拠点でしてよ。フォンテ、エルンスト、ローゼンハイン、そしてブラッドフォード。これら四つは王国の物流の要と言っても過言ではないのです」



 意気揚々と講義をするマクダレーナの(唯一の)得意科目は王国史とのことなので、滅多にない知識を披露出来る機会が嬉しいのだろう、とイザベルは微笑ましく聴衆に徹することにする。

 人が集まるところには金が集まる。倍々ゲームで加速度的に発展を続けてきたのが所謂四大伯爵家であり、その中でも特に著しい成長を遂げているのがブラッドフォード伯爵領だ。



「何故ならば、ここには国内最大規模の黒い森があります」


「黒い森がデカいと、なんで街が発展するんだよ。逆じゃねえのか?」


「いいところに気が付きましたわね! それは、イザベルが説明します!」


「いやこっちに振るんかーい」



 まあこの辺りがマクダレーナたる所以である。

 小さくぼやいたイザベルも、呆れたようなランディーも、苦笑気味のセラフィーナも、全員が次の瞬間には『しょうがないか』みたいな顔になっている辺りに、マクダレーナという少女への篤い信頼感が窺える。



「森が大きいっていうのはね、つまり森を大きくとどめておく利点があるからってこと」


「利点、ですか?」


「そ。バッヘルの森しか知らないキミ達にはちょっと想像が難しいかもしれないけど、魔界資源がざっくざくなんだよね。ここは元々鉱山街だった場所だから、黒い森からは魔鉱石や魔宝石が産出する。特に魔宝石は国内でも殆どここでしか採れない」



 そういった貴重な資源を確保するために、黒い森の規模を意図的に保っているという背景があるのだ。無論、それを表立って認める者など居ない。人類の絶対的敵性存在である魔物の勢力圏を減退させるのは人類そのものの悲願であるとすら言えるのだから、儲けるために手を抜いていますなんて表明したら国内外からバッシングを受けることだろう。

 例えそれが、ちょっと考えれば子供でもわかるような、所謂『暗黙の了解』でしかなかったとしても、だ。



「街が発展するってのは、人が集まって、経済活動が活発だってことだからね。要はここの黒い森が国内で一番儲かるから、自然と人が集まって街が大きくなるってことだよ」


「へー。んじゃあ、セラが言ってたあの煙はなんだ?」


「半分は、そんな魔界資源を加工する工房なんかの炉の煙だね。もう半分は温泉の湯気」



 温泉は知ってる?とイザベルが問うと、ランディーとセラフィーナは異口同音に「「言葉だけは」」と返した。

 そもそも貧しい孤児院出身の平民階級である彼等は、風呂に入るという習慣がない。自宅に浴室を持っているようなのは貴族や裕福な平民くらいなので、一般的な平民階級の人々は大抵は共同の浴場を利用するのが普通だ。セラフィーナ達はそういう類のものも殆ど利用したことがなくて、専ら濡れた布で身体を拭って清潔を保つのが常だったようだ。



「ウチが借りてるクランハウスにはちゃんと大浴場があるから、これからは毎日お風呂に入れるよ」



 イザベルがそう言うと、ランディーはわりと面倒くさそうな顔をして見せ、対照的にセラフィーナは嬉しそうに表情を綻ばせた。やはりその辺は女子のほうがこだわりが強いらしい。イザベルの息子であるルークもどちらかというと入浴を面倒くさがる性質である。昔は業を煮やしたイザベルがルークをひっ捕まえて無理矢理一緒に入浴することも少なくなかったのだが、今はルークも年頃だし、流石にそういうわけにもいかなくなったのがイザベルの細やかな悩みであった。そういう時の父親であるはずだが、生憎と父親であるシリウスはルークの同類というか、むしろシリウスの性質を受け継いだ結果のルークであると言えよう。



「ロイエンタールは起伏の多い街なんだけどね、上のほうに行けば温泉街があるから、行ってみるといい。二人で温泉デビューしてきなよ」



 それか、歓迎会を兼ねて家族で繰り出すのもいいかもしれないとイザベルは思う。

 イザベルのダンクーガ伯爵家に養子入りすることが決まっているセラフィーナは名実ともに家族だし、そのセラフィーナのパートナーであるランディーも実質家族だ。勿論イザベルは二人とも実の子供のように想っている。そこに実子のルークと伴侶のシリウスを加えてぷち家族旅行なんて出来たら最高じゃないか。

 いっそのことクランごと巻き込んで慰安旅行と洒落込もうか。



「ま。なにはともあれ」



 まずは、今のごたごたを片付けてからだろう。

 そしてそれは自分達、大人の仕事だ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 役者が集まってきましたね ちょっと前にも書いた気がする
[一言] 「柔らかい情報処理」 確かこんな謳い文句だったかな? 昔、ファジー理論を応用した家電が流行った時期がありましてな。 ファジー炊飯器とかファジー洗濯機。 ユーザーの好みに応じた仕上がりになると…
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