376話_side_Daisuke_わずかに前_討伐者ギルド
~"気は優しくて力持ち"大祐~
今日の分の依頼をこなし、ギルドで報告を済ませて報酬を受け取る。俺とリンの二人だけではこなせる依頼の程度も知れていて、決して高額の報酬ではないが、贅沢を言っていられる立場ではない。この王国では根無し草の異邦人でしかない俺達はそもそも働ける場所が限られていて、王国社会の常識や通念に疎い以上、ともすれば足元を見られることにもなるだろう。その点では討伐者ギルドというのはある意味で公正だ。そしてわかりやすい。実力で以て魔物を討伐すれば応じた報酬が得られるのだから。
「あとどのくらいだ?」
報酬を管理しているリンへと問うと、彼女は今日の分を手帳に記しつつ答える。
「この調子だと、目標まであと半月は掛からないわ」
「そうか……」
半月か。これまでの旅路を思えば、長い時間とは言えない。
だが、今の俺達にとっては永遠のようにも感じられる。
おそらく、危惧していることは皆同じだろう。
「なあリン、多少の無茶を通してでも、やはりすぐに王都に向かうべきなんじゃないか?」
「気持ちはわかるけど、その話は前にもしただろう兄さん」
「むぅ……だけどな」
俺達の危惧とは、果たしてケイの身体があとどれだけ呪詛に抗えるのか、ということだ。
呪詛の進行は既に末期とも言うべきフェーズに突入しているようで、彼女の外見にも著しい影響が出始めている。今では、俺はおろか恋愛関係にあるリュウにすら、ケイは素顔を見せたがらなくなった。不測の事態に備えてケイの生活を補助しているリンだけは、共に入浴もするので素顔を目にしているのだろうが、本当はケイはリンにも見せたくないのだろう。
「いいか兄さん。これでも当初の想定より状況は好転しているんだ。ここでマルグリットに出会えたことは間違いなく僥倖なのよ。本来であれば、私達はこの異邦の地でたった一人の人間に会うために手段を模索せねばならないところだったのだから」
リン曰く、ケイの呪詛を解呪出来る可能性がある、現状知り得る唯一の存在。それがこの王国に居るのだという。
四大貴族と称されるアシュタルテ侯爵家の令嬢、プリムローズという少女。なるほど名前と出自がわかっているのだから、北の端のアシュタルテ侯爵領に赴いて侯爵家を訪ねることは出来るだろう。だがそこに令嬢が居るとは限らないし、そもそも会わせてもらえるはずもない。というか彼女が実家に居た場合は十中八九無理だろうというのがリンの見立てだった。そこでリンは、件の少女が学生として通っている王都の学院を訪ねることを画策したのだ。そちらのほうがまだ可能性があると踏んだのだろう。
そこで現れたのがマルグリットという少女である。彼女との出会いは偶然以外の何者でもなかったが、俺達にはまさに天の助けにすら思えた。なにせマルグリットは件のプリムローズと同じ学院に通う同級生で、しかも知己ですらあるという。家格がまるで違うので気安い関係にはなり得ないようだが、話を通すことくらいは出来ると請け負ってくれた。
これによって俺達の当面の困難は二つにまで減った。
一つは王都への路銀を工面せねばならないということ。
もう一つはマルグリットのおかげでプリムローズとの面会が叶ったところで、侯爵令嬢の協力を得るための対価を用意せねばならないということだ。
前者は今まさに俺とリンで討伐者として稼いでいるところであり、後者はリンに考えがあるらしい。
「今、学院は休暇中なのよ? 私達が急いで向かったところで、目的の人が帰省してたら意味ないでしょう」
「だが、学院に居なくとも王都に滞在している可能性もあるとマルグリットも言っていたじゃないか」
「だとしても、会おうと思えばマルグリットの協力を仰ぐしかない。面通しを担ってくれるマルグリットにまで私達の強行軍に付き合わせるのか? ただでさえ頭が上がらないのに、厚顔無恥にも程がある」
おそらくだが、俺達が頼めばマルグリットは了承してくれるだろう。あるいはダンクーガ小伯爵も協力してくれるかもしれない。そういう気持ちの良い気風の少年少女であるように思えた。
俺としては、かけがえのない友人の命の危機なのだから、ここは無理でも無茶でもなんでもすべきだと思う。マルグリット達に頭が上がらないならば、ケイを救うことが出来たあとで、一生かけてでも全員で恩義に報いればいいじゃないか。無論、プリムローズという少女にも。
俺はそう思うし、リュウも同意見だ。実のところ、リンだって内心ではそう思っているに違いない。だが俺達のこの不毛な議論が行き付く先はいつも同じ結論だった。
「ケイが望まない」
結局はそれなのだ。命の危機にあり、呪詛に蝕まれて誰よりも苦しい思いをしているであろうケイ自身がそれを望まない。路銀の調達にしたって、魔物をせこせこ討伐して堅実に稼がずとも、イリーガルな手段を頼ればもっと迅速に調達出来るだろう。だがケイはそれを望まないのだ。彼女自身が生き残るために、周囲の人間に無理を強いることをあの子は酷く嫌うのだ。それは、俺達やリュウに対しても例外ではない。
「私達は、どんな手を使ってでもケイに生きていて欲しい。だけれど兄さん、だからこそ手段を選んでくれないと困るよ。形振り構わず無茶をして、ケイが助かれば私達は満足かもしれないが、だがケイ自身は一生それを気に病むだろう。重い十字架を背負って生きるくらいならば、いっそ死んでいたほうが良かったとすら、あの子は考えるだろうね」
「…………」
死んでしまえば、悔いることすら出来ない。例え手段を悔いることになろうとも、悔いることが出来るだけマシではないかと俺などは思ってしまうのだが、ケイが違うということはよくわかっている。
かつて、緑后の傍仕えに選ばれた時、ケイは自分がそれを拒否することで周囲の人間に累が及ぶことを厭うて、忌避も憤懣も悲嘆も、殆ど全部の感情を押し殺して痛々しい作り物の笑顔を張り付けて、たった独りで都に向かったような少女なのだ。
あの子は、無限に自分を責めてしまう。それは呪詛に侵された人生と然程も変わらない無間地獄ではないか。
「大丈夫だよ兄さん。ケイは強い子だ。呪詛に負けたりなんかしないわ。それにリュウだってついてる。大丈夫。資金を工面できれば王都への馬車鉄道が使える。多少調達に時間が掛かったとしても、最終的な到着はずっと早くなるはずだ」
俺達の中で最も腕が立つのは間違いなくリュウだ。アイツは武芸の腕も一流だし、その上で魔法まで使えるのだから。悔しいが俺とリンが二人掛かりで挑んだとしても一蹴される程度には実力に差がある。だというのにリュウが資金調達役に加わらないのは、アイツにはもっと大事な役割があるからだ。俺達の旅路がケイのためのものである以上、ケイの身辺警護に最強の戦力を充てるのは当然だし、それ以上にケイと恋仲であるアイツが傍らに居ることは、ケイの精神を支える強い力となることだろう。
だから、リュウの分まで俺が発奮して稼げばいいだけのことだ。
「そうだな……ごめんなリン、不安なのは皆同じなのに」
「構わないよ。兄さんが気にしぃなのは今に始まったことじゃない。何年あなたの妹をしていると思っているのかしら?」
飄々と肩を竦めるリンの言葉に、俺は少し救われた気分になる。本当に俺はダメな兄で、リンは出来た妹だ。
内心で自分を卑下した俺を見透かしたように、リンがぴんと指を突き付けてくる。
「くだらないことを考えているようだから言っておくけど、私達もちゃんと兄さんに助けられているんだからね」
「そうかな……?」
「そうとも。まあ精神的にどうのこうのとか言っても兄さんのナイーブには通用しないだろうから即物的な話をするけど、そもそも兄さんが居なければ陸刀会の協力を得ることはできなかったし、そうなれば道中の旅費ももっと嵩んでいたはずだし、もしかしたらまだ王国に到着していなかったかもしれない」
旅慣れているわけでもない俺達四人の長旅が頓挫しなかったのは、陸刀会という巨大組織のバックアップを受けることが出来ていたからだ。それは旅先でのほんの些細なサポートに過ぎなかったが、あるとないでは雲泥の差があった。まさか王国にまで陸刀会の寺院があるとは思わなかったが、お陰様で現在進行形で寝床には困らずに済んでいる。
いかに陸刀会の一員である刺青を入れていたとしても、一般の信徒にそこまで便宜を図ってくれたりはしない。俺達が組織のサポートを受けられた最大の理由は、俺が正式に受戒した陸刀会の僧侶であるからだ。友人達の中で俺だけが、旅中のコウラン滞在時に関係の寺院での修行を経て僧侶となった。本当に名前だけの、格で言えば一番下っ端の僧ではあるが、それでも一般信徒とは明確に待遇が違う。
ちなみに俺が頭を丸めたのはその時のことで、ついでに俺の刺青は他の三人のそれとは異なっていて魔法的な意味のある紋章術の類である。これは陸刀会の門外不出の技術の賜物でおいそれと偽装が出来ないので、逆に言えば見る人が見れば俺が正式な僧侶であるとちゃんと理解出来るものなのだ。
「だけど、それって消去法でたまたま俺だっただけで」
今後のために誰か一人は受戒しておこうと決めたのは四人の総意だった。となるとケイは論外として、頭脳のリン、武力のリュウと比べて最も役割に乏しかった俺が、となったのは当然の帰結というものだ。
するとリンはちょっと背伸びして、俺の禿頭をぺちんと叩いてきた。
「ばかもの。消去法ではなく適任と言え。というか、陸刀会の受戒はそれなりに厳しいだろう。兄さんは何でもないような顔をしているが、実際あの短期間で認められたのは結構すごいことだと思うわよ?」
「そうかなぁ……?」
「そうなのっ」
全然実感は湧かないが、まあリンが言うならそうなのだろう。この子の言うことは大抵よくわからなくても正しいので。
「もう…………ところで兄さん、まだ時間があるけど、もう一つくらい依頼をこなそうか」
「ああ。そうだな」
タイムリミットは森が閉じるまで、即ち夜明けまでなので、近場でこなせる依頼であればもう一つくらいは片付けられるだろう。報酬も高が知れているだろうが、やらない理由はない。依頼は一度に一つしか受けられないので、達成したら余力があっても一度ギルドに戻って報告せねばならないのが辛いところだ。依頼の独占を防ぎ回転率を上げるためにそうしているのだろうが、無制限とは言わずともせめて二つの依頼を同時に受注出来れば効率は全然に違うのにと思わざるを得ない。依頼を受けずに魔物を倒してスコアを稼ぐことでも報酬が得られるが、どうせ魔物を討伐するならば面倒でも都度ギルドに戻って依頼を受けたほうが最終的な実入りは良いのだ。少なくとも、ペアで活動する限りは。
というわけで依頼を受けにクエストカウンターへと向かおうとしたリンが、少し立ち止まって眩暈を堪えるような所作を見せた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫、問題ないよ。少し寝不足なだけだと思う」
無理もない。ただでさえリンには負荷が集中している。兄としては情けない限りだが、リンが居なければ俺達だけではこの異国で真面に立ち回ることなど出来ないのだ。
俺は少し考え、今日のところはリンを先に帰すことにする。その旨を告げると、リンも不調のまま動いても碌なことにならないと自覚があったのか、素直に頷いてくれた。
「でも、疲れているのは兄さんもでしょ。今日のところは一緒に帰ろ?」
「俺はまだまだ元気だぞ。なんのためにこんなうすらデカい図体をしていると思ってるんだ。依頼の受注くらいなら俺でもできるから、任せてくれ」
強がりではなく、実際に俺にはまだ余力がある。というか、妹と同程度の負荷で音を上げていては流石に情けなさ過ぎるだろう。憂慮があるとすれば俺が王国語を話せないということだが、聞くだけならそれなりに出来るし、頑張れば喋るほうも無理ではない。基礎的な語彙は有るので、問題は発音が全然ダメなせいで会話となるとネイティブに通じないということなのだ。なので、会話に拘らずに単語ごとに気を付けて口に出せば、一応意味が通じはする、と思う。
不調のリンを一人で滞在先の寺院まで帰らせるのもそれはそれで心配だが、自衛が出来ないような状態ではないし、魔物が跋扈する黒い森よりも危険な帰路ということはないだろう。それにリンは俺などより余程頭が切れるので、大抵の困難は自力でなんとかしてしまう子だ。
リンを先に帰らせた俺は、愛槍を担ぎ直して改めてクエストカウンターへと向かう。
「いっちょやるかぁ」
ここでちゃんと稼いで、少しでも兄の威厳を見せねばなるまい。
とまあ、決意したはいいものの、結局受けられる依頼が大したものではなかったので、軽くこなして小銭を稼ぐだけの結果と相成った。それでもソロだと夜明け前まで掛かってしまったので、下手に難しい依頼を受けるよりはよかったのかもしれない。
成果を報告して報酬を受け取った俺は、朝まだきの少しだけ明るいギルドロビーを歩く。寺院に戻ったら寝るだけだが、その前に少々腹ごしらえをしようかなどと考えながら出口を目指していると、横手から声を掛けられる。
「――――もし、そこのかた」
細い女性の声であったが、俺はそれが俺に対する呼びかけであると瞬時に理解出来た。何故って、その一言が明らかに王国語ではなく俺の母国語である大峰言葉であったからだ。
そして声のほうに振り向いた俺は、思わず顔を顰めそうになった。
そこに居たのは三人組の男女であり、いずれも知った顔ではなかったが、だが何者であるかはわかる。彼等が一様に身に纏った装束の特徴的な色彩は、この王国近傍の地域で幅を利かせている巨大宗教組織である『教会』のものであったからだ。
青と白を基調に、金色の装飾をあしらった、清貧さと荘厳さという相反する概念が不思議と調和した色彩である。
三人組の真ん中に立っているリーダー格と思しき人物は金髪の若い男で、修道士だろう。
その左右を固めるのは二人の修道女で、俺を呼び止めたほうは黒髪の東方人と思しき容姿だが、淡い黄緑掛かった瞳の色を鑑みるに、俺達の故郷よりかは西側の国の人種だろう。そしてもう一人の修道女は童女としか思えない体格で、癖っ毛な真っ白い頭髪を見るに、王国でも北方の人種か、もしかしたら帝国圏の出身かもしれないとあたりを付ける。
殆ど単一の人種しか居なかった母国に比べると、このあたりは本当に多種多様の人種が入り乱れていて、しかもそれが時にトラブルの種にもなるというので、大まかなところは旅をするうちに自然と詳しくもなった。
「なにか用ですか」
俺はぶっきら棒に最低限の言葉を返す。
ついに出会ってしまったか、というのが俺の内心であった。というのも、二人の修道女はともかくとして、リーダー格の修道士に関してはこれまでの道中でも度々影が見え隠れしていた存在であるからだ。俺達の行く先々に痕跡を残していく様子から、もしかしなくても俺達を追跡しているのだろうとあたりは付けていたが、この街には比較的長く滞在しているので彼等に捕捉される猶予が出来てしまったのだろう。
「少々、お話しをさせていただけないでしょうか」
そう告げるのは黒髪の修道女だ。リーダーの修道士が微笑んだままで発言しないのは、単にタイホウの言語を身に着けていないからだろう。要するに黒髪の修道女が通訳というわけだ。
往来で立ち止まって会話するわけにもいかないと考えているのか、修道女はロビーの隅で営業しているカフェテラスを示した。開放的な造りになっていて、ロビーからも内部の様子がよく見えるし、討伐者にとっては仕事終わりなこの時間帯、立ち寄って軽食で小腹を満たしている客も少なくはない。
存分に人目がある以上、下手な真似は出来ないだろう。俺も、彼等も。
「話?」
「主に誓って、貴方にも、貴方の御友人方にも害意はございません。貴方も聖職にあれば、私どもの言葉の重みを理解していただけるものと存じます」
俺は聖職者と呼ばれるほど大層なものではないが、僧侶の端くれには違いない。
そして、教会の人間である彼女が信仰対象である『主』の名に誓いを立てた以上、そこに嘘偽りはないと主張しているのだ。
俺は少し悩んだが、話を聞いてみることにした。確かに彼等はこそこそと俺達を追跡しているようで胡散臭かったが、結局のところ一度も接触していないので真意はわからない。無論、後ろめたいことがないならば伝言を残すなりなんなりして意図を伝えられる機会はいくらでもあったはずなので、それをしないということが俺達の警戒を誘っていたわけであるが、今のところは黒に見えるグレー、でしかないのだ。
どの道、こうなった以上はこの場を強引に振り切ったところですぐに再度接触されるのは目に見えている。あと半月足らずはここで活動する予定なのだから。
「応じましょう」
「感謝を。私の名はラクサーシャ。どうぞシスターラクスとお呼びください。こちらは上司の修道士クロスと、同僚のシスタードルチェです。彼等はタイホウの言葉を話せませんので、私が仲立つことをお許しください」
「……ダイ・シシドです」
なんとも読めない連中だな、と俺は唸る。
シスターラクスは絵に描いたような低姿勢で丁寧な物腰だが、一切表情が変わらないのが無機質な印象を抱かせる。幼い容姿のシスタードルチェは先程から必死に欠伸をかみ殺しているのが見て取れる。しょぼつく目を片手で擦っているあたり、時間帯的に単純に眠いのだろう。容姿と相俟ってなんとも微笑ましい光景である。これが演技だとしたら大したものだと言わざるを得ない。
そしてリーダーの修道士クロスだが、この男はこの男で、柔和な笑みを浮かべたまま一切動じない。不気味というほどではないが、少しばかり不自然ではある。
ただ、三人ともに共通しているのは、シスターラクスが説明した通り、俺への害意や敵意のようなものは感じられないということだ。これまでの旅路で外から向けられるそういう気配には敏感にならざるを得なかったので、俺は自分のこの感覚をそれなりには信用していた。
「なんの話をするつもりですか?」
先にこれだけは訊いておきたい、と俺が問い掛けると、カフェに先導しようと足を動かし掛けていたシスターラクスは、丁寧にこちらに向き直って答えた。
「勿論、魔物の呪詛に侵された彼女について、です」




