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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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372話_side_Marguerite_わずかに前_某所



 ~"騎士の卵"マルグリット~



 火山を含む山岳地帯に寄り添うようにして造られたロイエンタールの街はそれなりに起伏の多い街だ。リンさん達の滞在先を目指して歩いたあたしとルークが辿り着いたのは、ある意味でそんなロイエンタールの街らしい山肌の傾斜に建てられた一つの施設であった。立地そのものは珍しくもないが、施設の雰囲気は少々特殊な趣である。



「東方風ってやつなのかな?」


「わからん」



 ルークと揃って首を捻るも、そもそもあたし達はそういう異文化に詳しくないのだ。

 静謐、という程ではないが街の喧騒からは隔離された場所にひっそりと佇んでいる。木材を縦横に組み合わせた建築様式は、鉄骨と石造りが主となるロイエンタールの流儀とは明確に異なる。窓が多いというよりは壁が少ないと言ったほうが正しいような、風通しの良さそうな外観をしている。視線避けなのか壁代わりなのかわからないが、至る所に吊るされた色鮮やかな簾が揺れて、軽く涼しげな音を奏でていた。

 なにより特徴的なのはその屋根。リヒティナリアではまずもってお目に掛かることはないと思っていた瓦屋根である。あたしも実物は初めて見た。そして建築の装飾的に随所に描かれた独特な文様は異国情緒が感じられる……ような気がする。エキゾチックな雰囲気に流されて錯覚しているだけかもしれない。

 要するに、あたし達の見識などその程度ということだ。ただ、その独特の紋様にはなんだか既視感があるような。ないような。

 集合住宅とか宿屋という風情ではどう見てもあり得ないが、本当にここにリンさん達が滞在しているのだろうか。一応玄関口らしき場所は開放されているようなので、あたしとルークは眺めていても埒が明かないとおっかなびっくり内部に入ってみることにした。


 すると、やはり異国風の内装が特徴的なエントランスには、丁度奥の通路から見覚えのある人達が出てきたところだった。

 一人は若い男性の東方人で、少し伸ばされた黒髪を緩く結って肩口に流している。整った面立ちで、背が高く、良く鍛えられた筋肉質な体格をしている。腰に得物の刀を佩いた彼は、リンさんの幼馴染であるらしいリュウさんに相違ない。

 そしてそのリュウさんと連れ立って現れたのは、外套で頭まですっぽりと覆って一切の外見特徴が露出していない小柄な人物。まあ背格好から女性であるのはわかるのだが、リュウさんと連れ立って現れたということは彼の恋人であるらしいケイさんであろう。

 ちなみにあたしが以前会った時とは違う外套になっているので、見た目だけでは本当に判断出来なかったのだ。



「リュウさんと、ケイさん?」



 あたしが名を呼ぶと、リュウさんは気さくに片手を挙げて応じてくれた。

 傍らのケイさんは外套のフードの下から視線を寄越すと、腰を折ってぺこりとお辞儀をする。

 そして、



「お久し振りです。マルグリットさん。お連れはダンクーガ小伯爵ですね。お噂はかねがね」



 囁くような声音で紡がれる言葉に、あたしは内心で『あれ?』と思う。



「先程、寺院の窓から貴女方が歩いて来られるのが目に留まりまして。お迎えに上がった次第なのですが、生憎とリンちゃん達は外出しています」


「あ、そうなんだ。わざわざありがとう?」


「いえ。リンちゃんにご用件でしたか?」



 内心の疑問はさて置いて、あたしはとりあえずケイさんの問いに対して考える。

 黎明機関がうろついている件に関して彼女等に注意喚起くらいはしておこうと思って訪ねてきたわけだが、窓口の役割をしているリンさんに話を通すのが妥当かなと思っただけで、リンさんでなければいけないということはない。むしろ狙われる可能性があるのはケイさんなのだから、彼女に伝えておくのが一番適当ですらある。

 そのようなことをあたしが伝えると、ケイさんは一度リュウさんと視線を交わしてから、楚々とした所作であたし達を誘った。



「どうぞ。奥へ」









 そうしてあたし達が通されたのは施設の中庭らしき場所だった。施設そのものが傾斜の上に建てられているので、中庭といっても平坦部は少ない。それなりの広さのそこには休憩用のベンチがいくつかと、景観作りのための植物が見られるくらいの素朴な場所であった。



「ここって寺院なんだ? さっきそんなこと言ってたよね?」



 ベンチに並んで座ったケイさんに訊くと、彼女はフードの下で頷いた。



陸刀会(りくとうかい)の寺院です」


「リクトーカイ?」


「はい。東方圏ではそれなりに広く知られている宗教組織……のようなものです」


「へー。王国にも寺院があるって、結構すごいんじゃないの?」


「正確には分派ですけど。過去にこの国に流れ着いた陸刀会の僧侶が、独自に布教し始めたのが発端と聞いています」



 あたしにわかりやすい例で言い換えれば、つまり教会の宣教師がなんかの事故で遠い異国に飛ばされてしまって、その国で自らの信じる教えを広めた結果、なんら交流の無かったはずの遠い異国に教会の分派が生まれて根付きましたよってことか。



「ケイさん達もそのリクトーカイの人間なの?」


「元々は違いましたが、故郷を追われた私達が近隣国を旅するには陸刀会のサポートがどうしても必要だったので」



 仕方なしに所属したということか。実際、こうして関連の寺院を滞在先として提供してもらえているわけだし、リクトーカイに所属していれば勢力圏内の方々でそういったサポートを受けることが出来るというメリットがあるのだろう。

 そこでケイさんがすっと片腕を上げて前方を指差す。やはり肌を見せないようにグローブで覆われた小さな手が示すのは、少し離れた場所でルークと組手を行っているリュウさんの姿だ。



「リュウ君の首筋。それにリンちゃんの頬、ダイちゃんの頭」



 ケイさんがぽつぽつと羅列した言葉の共通点はすぐにわかった。



「刺青の位置?」



 彼等は皆一様に朱色の刺青を肌に刻んでいる。同じ朱色でも『赤原同盟』のパーソナルカラーのそれよりは淡い色味で、遠目からだと肌に溶け込んでわからないくらいだ。あたしが一番近くで見たことがあるのはリンさんのそれなので、脳裏に彼女の顔を思い出してみると、そう言えばと思い至る。

 この寺院の装飾に用いられている紋様にどこか見覚えがあると思ったら、刺青のデザインと同じなのだ。



「あ。あれリクトーカイの刺青なんだ」


「ですよ。信徒であることを示すためには、顔に近い位置にあれを入れる必要があるのです」


「てことはケイさんも? その、」



 彼女の場合は顔を隠さなくてはならないので、信徒である証明のために刺青を見せることが出来ないのでは。そう思ってあたしが言葉を濁らせると、ケイさんはフードで顔を隠したまま、徐に外套の首元を引っ張って鎖骨のあたりを露にする。



「あ、そこに」


「ちょっと恥ずかしいですけどね」



 顔を見せずに済ませるための苦肉の策ということか。

 同性とはいえなんとなく気恥ずかしくてあたしが視線を逸らすと、その先では丁度ルークがリュウさんに足を掬われて転がされたところだった。二人が何故組手稽古などをしているのかというと、簡単に言えば討伐活動自粛中で元気が有り余っているルークが、リュウさんの強者感に興味を抱いて喧嘩を売ったのがきっかけだ。

 ルークは現時点でも相当な実力者であるわけだけど、肉体的にはまだまだ発展途上の少年である。畢竟、現時点での彼の戦闘力において多くの比率を占めているのは『蒼雷』と評される類稀な魔法技能だ。裏を返せば、魔法に依らない純肉体的な戦闘技能においてはまだまだ未完成ということだ。

 対するリュウさんは肉体的にも今がまさに全盛期と言っていい年代であり、彼もまた魔法使いには違いないのだが、ケイさん曰く彼は魔法を使わない武技においても滅法強いのだとか。そしてそれが事実であることは、とはいえ魔法なしでも決して弱くはないはずのルークが一方的にあしらわれている光景から嫌でも理解出来る。

 まあ、ルークもリュウさんも楽しそうだからいいけど。きっと根本的に似たような二人なのだろう。



「それで、本題なんだけど」



 あたしがここを訪れたそもそもの理由である黎明機関の武装司祭のことを話すと、ケイさんは思案気に俯いた。



「たぶんその人、知っている人です」


「え?」


「伝聞だけなので確かではないですけど、私達がこの国に入る少し前くらいから、度々その人の気配を感じていました」



 気配、というのは文字通りの意味ではなく、要するに旅路にあったケイさん達の行く先々や、あるいは後にした場所で、ニアミス気味に件の武装司祭の目撃情報などがあったということだった。

 それが意味するところは、



「ケイさん達を、追っている?」


「可能性はあります。たぶん、目的は私でしょう。いくら顔を隠していても限界はありますし、人の口に戸は立てられません」



 あたしがそうであったように、たまたまケイさんの顔を見てしまった誰かが教会の信徒で、意図はともかくとして教会に報告したか調査なりなんなりを依頼したとかだろう。その結果として黎明機関が派遣されたということだ。



「教えてくださってありがとうございます。ギルドでとなると、リンちゃん達が鉢合わせないか心配ですね」


「そうね……てか、その武装司祭がリクトーカイのこと知ってたら、ここに来るんじゃないの?」



 なにせこの寺院は見るからに特殊な施設だ。同じような場所が他にいくつもあるとも思えないから、件の武装司祭が本当にケイさんを追っているのであれば、ギルドで闇雲に探すよりも寺院を訪ねたほうが余程建設的な気がする。

 あたしの危惧に対し、ケイさんは「いえ」と首を振ったようだった。



「ここはむしろ安全なはずです。教会の司祭が陸刀会の寺院には入れないと思うので」


「そういうもんなの?」


「そういうものです」



 まあ、ケイさんがそう言うならあたしは『そっかー』と納得しておくことしか出来ないけど。

 とりあえず一番のトピックは無事に伝えられたので、肩の荷が下りた気分のあたしはここでようやく、最初から気になっていたことに言及してみる。



「そういえばケイさん。王国語話せるようになったんだね」



 以前会った時にもカタコトながら話せてはいたので、あれから勉強したということだろう。それにしてはメチャクチャ流暢で、あたしが以前の彼女を知らなければ普通にネイティブだと思うレベルである。正直、ぺらぺらだったリンさんよりも今のケイさんは自然だ。



「そう思いますか?」


「へ?」



 しかし、ケイさんからは意味深な言葉が返って来た。

 そう思うかもなにも、その言葉が既に流暢な王国語である。



「私に限らず、リュウ君もダイちゃんも、あれから少しずつ言葉の練習はしていますが、まだリンちゃんのようには話せません」


「でも、今、」


「ですので、今の私は母国語で喋っています。王国語ではありません」



 いよいよわけがわからない。

 あたしは混乱するしかない。だって、どう聞いてもケイさんの言葉は王国語である、っていうかそうでなければあたしが理解出来ているのがおかしいではないか。



「マルグリットさんは、人型の魔物を見たことがありますか?」



 唐突な話題転換に、あたしは瞬きながらも首を横に振った。

 ケイさんはフードの鍔を強く握りしめ、殊更に顔を隠しながらに言う。



「私は見たことも、言葉を交わしたこともあります」


「もしかして、それがその、」


「はい。私に呪詛を掛けた相手です」



 驚くあたしに、ケイさんがいきなり身を寄せてきた。一つのベンチに隣り合って座っていたあたし達は元々肩が触れそうな距離感ではあったが、ケイさんがこちらに乗り出してきたので、今あたしの殆ど目と鼻の先に彼女の顔がある。

 これだけ近ければ、フードの下の彼女の素顔が良く見える。



「わかりますか、マルグリットさん」



 囁くように告げるケイさんの両眼は、既にそのどちらもが人間の色をしていない。

 あれから更に呪詛が進行し、顔面の右半分にも魔物化の影響が及び始めているのだ。



「マルグリットさん。人型の魔物というのは非常に流暢に言葉を操ります。でも彼等は人間の語学に精通しているわけではないのですよ。彼らは術理に属する生物です。彼等は上位の言語を操ります。いうなれば『魔界語』ですね」


「魔界、語」


「術理法則下で意思として伝達される彼等の言語が、物理法則下では受け取る側の都合に合わせて顕在化しているだけなんですよ。同じ魔物の言葉でも、私と貴女では聞こえ方が違うんです。違う言葉を話しているように聞こえるのに、同じように意味が理解できるんです」



 二の句が継げないあたしの顔を覗き込むケイさんの双眸は、黒々とした闇の中に、まるで月のように白い瞳が浮かんでいた。

 あまりにも非人間的で、まるきり魔物そのものな眼光であった。



「わかりますか、マルグリットさん」



 その双眸をくしゃくしゃに歪めて、泣きそうな声で彼女が言う。



「貴女に言葉が伝わってしまうほどに…………それほどまでに、私は既に魔物なのです」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のセリフにゾクっとしました。 昼間に読むんやった…。 [一言] 女性の鎖骨ライン。 善いよね。 印を確認する側は役得だぁ〜。
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