371話_side_Marguerite_わずかに前_某所
・そいやっさ!
~"騎士の卵"マルグリット~
だいじょうぶいけるいける。
マルグリットはやれば出来る子。
大したことじゃない。ちょっと手を伸ばせばいいだけなのだ。何気なくいけ。意識する必要なんてないし、意識しちゃだめだ。
狙うは、ルークの手だ。
手を、握るのだ。
つまりそう、あれだ。所謂、あれだ。
て、ててて、手を、繋ぐのである……!
「…………っ!」
手を繋ごう。その一言が言えない。
てか無理だ。言えるわけない恥ずかし過ぎる。
だったらまだしも、勢いで行動しちゃったほうがいけそう。とりあえず握ってしまえば、あとは成り行きでどうとでもなるに違いない。そうに違いない。
隣を歩くルークはなにも察していない。
このあたしの挙動不審極まりない視線に気付け、いや気付くな。という相反する想い暴走中。
よし、半歩下がろう。
あたしはルークの片手に狙いを定めつつ、ほんの少しだけ歩くペースを緩めて意図的に遅れる。小賢しくも、ルークの死角に潜り込んで不意打ち気味に手を握る作戦である。
いや一回、手を拭っておこう。
あれだから、手汗とかやばかったらやばいから。
「……すぅ……はぁ」
息とかも整えておこう。
あれだから、鼻息やばかったらやばいから。
よし、万全だ。
マルグリットは今一番整っている。
あとは手を伸ばして、彼の手を握るだけだ。
いざ、尋常に勝負――――!
と思ったらルークがいきなりこちらに振り向いた。
「そいやぁさ、」
「そいやっさ!?」
あたしは思わずホールドアップして二歩下がる。
そしてルークはそんなあたしの反応にビビって二歩下がる。
「な、なんだよいきなりデカい声出して」
「る、るるるルークがいきなり話し掛けて驚かせたからだろっ!?」
「俺が悪いのか……?」
ていうかなんだあたし『そいやっさ』って。
驚くにしてももうちょっとなんかあったでしょ。ほら、こう、可愛げのある感じでさぁ。
やっぱこういうのって本性が出るよね。本性が可愛くないあたしは咄嗟の悲鳴も可愛くないし、本性が可愛い人は咄嗟の悲鳴で『ひゃんっ』とか言っちゃうのだ。なんとかローズさんのことではないけど。
気付いてしまった残酷な事実に、色々な意味で自己嫌悪なあたしはずーんと項垂れる。
「お、おいリタ? マジでどうかしたのか」
「慈悲があるならば触れてくれるなっ……!」
むしろ忘れて欲しい。そいやっさのことは。
「はぁ……で、なに?」
「あ、ああ。大した話じゃねーんだけどさ。昨日ギルドで珍しいもんを見て」
「珍しいもの?」
ちなみに本日もあたし達学生組はクランから別途指示があるまでは活動待機中である。待機っていうのはつまり、黒い森には入っちゃダメってことね。だからまあ、降って湧いた余暇を使ってこうしてルークと出掛けたりしてるわけだけど。
なお待機を指示されているのはあくまでも体験活動中の学生だけだ。一般のクランメンバーは普通に活動してる。生活のために稼がなければならないので当たり前と言えば当たり前だ。その点、ルークは別にあたし達に付き合って待機せずとも普通に活動していてもいいと思うのだけど、今はルーク自身があたし達同様の扱いを己に課しているようだ。
というわけで待機中のルークが何をしにギルドに赴いたのかは知らないが、その道中で珍しいものとやらを目撃したらしい。
「教会の武装司祭が歩いててさ」
成程、それは確かに珍しいかもしれない。教会の関係者と言えば、あのパーソナルカラーの『白』『青』『金』の装いをしていることが多いので、大抵は見ればわかる。そして組織の規模が規模なので関係者を見掛けること自体はさして珍しくもないのだが、それが武装司祭となれば話は別だ。
武装司祭とは何かと言えば、つまり『黎明機関』のことだ。
あたし達にとって印象深い人物をあげれば、要するにあのシスターレイチェルがまさにそれである。
「どんな人だったの?」
「なんか温厚そうな兄ちゃんだったぜ。遠目から見ただけだけど、人当たりも良さそうだったな」
「へー。若いんだ?」
「二十代だろうな。あんま腕っぷしがあるようには見えなかったけど、つってもレイチェルの同僚だしなぁ。もしかしたらメチャクチャ強かったりして」
まあね、シスターレイチェルも外見だけなら綺麗で華奢な女性だし、人当たりも良くて非情に優しげな人物だ。
実際はアレだったわけだけども。
ルークはあっけらかんとしているが、あたしにとってはシスターレイチェルに対する思いというのは中々に複雑だ。言うまでもなく、フォートロード討伐戦の際の暴走が記憶に強く残っているから。
突如として凶刃を振り翳し、アンジュ様の片腕を切り落とした光景は一生忘れないだろう。あたし程ではないにしても、あれ以来シスターに対して隔意を抱いている学生戦力は少なくないと思う。切られたアンジュ様があたし達にとっては少なからず友好的な存在であったというのもあるし、そうでなくてもあの時のシスターの行動は普通に信用を失わせるに十分だった。
そして、あのような凶行に及んでおきながら、結局咎めらしい咎めもなくシスターが外部指導員として続投しているという事実もまた、すんなりとは受け入れ難いことであった。
とはいえ、あたしがむっつりと不信感を抱く程度で済んでいるのは、偏にアンジュ様が無事であると知っているからだ。アンジュ様は表向きはあの日以来消息不明ということになっていて、生死すらも定かではない。事実として、あの日以来彼女は一度として表に出てきていないのだ。だけど、一部の人間は彼女の無事を知っている。一部というのはギリアム新部長を始めとした執行部上位陣と、それからルーク、そしてあたしである。ギリアム部長達が知っているのは立場故かもしれないが、ルークの場合は学院長先生に直接確認を取ったとかで、英雄伯家の彼らしい人脈の為せる業だ。あたしはルークから教えられたのと、同時に姉からも聞いているので知っている。
姉曰く『直接会ってお話ししたけど、全く以て元気だった』らしい。ずるい。何故あたしをその場に呼んでくれなかったのか。
「でも、なんで『黎明機関』がギルドをうろついてんのよ?」
「知らん。今のゴタゴタと関係あるのかもな」
うちの実家は代々教会の信徒である。あたしは熱心なほうではないけれど、そういう都合上これまでは教会に対しては漠然と『正しいものだ』という認識でいた。だけど、アンジュ様とシスターの一件以来、そこはかとない不信感が拭えない。
こうして武装司祭がうろついていたと教えられても、以前のあたしなら『お勤めごくろーさまです』としか思わなかっただろうけど、今のあたしはなんとなく不穏なものを感じてしまっている。
これは、リンさんには伝えておいたほうがいいかもしれない。
思い返すのは、この街に来る道中で知り合った東方人の一行のことだ。
リンさんとダイさんの兄妹に、リュウさんとケイさんの四人。先日ギルドでリンさん達に会った際にはルークも一緒に居た。
あたしの危惧とは、黎明機関の人間にケイさんが見咎められる可能性である。彼女は過去に魔物から受けた強力な呪詛のせいで、その外見の一部が魔物化してしまっている。勿論、彼女は歴とした人間だし、呪詛に苦しめられている被害者だ。魔物被害から人々を救済することを第一義とする教会にとっては、最も優先的に保護して然るべき対象であると言えよう。
だが、黎明機関はどうだろう。
あのシスターレイチェルの凶行を見た後では、黎明機関の人間がケイさんに対して慈悲深い対応をしてくれるとはどうしても思えなかった。むしろ、外見だけで魔物に与する者だと決め付けて排斥しようとするかもしれない。
あたしの想像は、たぶんそんなに間違っていない。
何故って、長く苦しい旅を続けているリンさん達に、教会を頼るという発想がなさそうだからだ。
きっと、教会を積極的に避けるようにならざるを得ない、そんな経験を過去にしたのではないだろうか。これもまた、以前のあたしであれば『まさかそんな』と笑ったかもしれない。でも今は、それもあり得ると思ってしまう。
「ねえルーク、ちょっと行きたい場所できた」
先日ギルドで会った際にリンさん達のここでの滞在先を教えてもらっている。一応あたしは彼女等の協力者になることを約束している身なので、リンさんからも『なにかあれば訪ねてくれ』と言われている。
「いいけど、どこだ?」
「リンさんのとこ」
「ああ、東方人のおねーちゃんか」
幸い、ここからそう遠くはない。知らない街なので少し不安はあるが、とりあえず行ってみよう。




