370話_side_Rex_わずかに前_パーチ
~"主人公の幼馴染"レックス~
というわけでダリオである。
「――というわけで坊ちゃん、三人のうちの一人から情報が取れたぞ」
「はやっ!?」
明けて翌日、の更に翌日のことである。
再びリッカを迎えたパーチのダイニングにて、ダリオがしれっと報告してくれた。たった二日で成果を上げてきたダリオの手腕にリッカは目を丸くして驚いていたが、俺はというと相変わらずの手の早さに呆れるのみである。
「え、え、どうやったのー?」
「愛の力で篭絡した」
リッカの手前ダリオなりに気を遣った表現をしてくれているが、要するに酔わせて口説いて愛撫して情報を引き出したのだろう。
ピロートーク的な意味で。
「相手もそれなりに周辺には警戒していただろうに、よくそんなに首尾良く進んだな?」
勿論ダリオの下半身に期待して任せてみた俺なのだが、流石にこの早さで攻略してくるとは思っていなかった。理由は今言った通り、如何にダリオの手腕と外見が優れていようが、相手だって後ろ暗いところがある以上はそうそう簡単に赤の他人に心を許す筈はないと思うのだ。
するとダリオは無意味に前髪を掻き上げつつ答えた。
「確かに、少し前までの俺ならば難しかっただろう。だが! この半年間、坊ちゃんの共として学院に赴き、歴戦のメイドさん達との熱い駆け引きを経て、一皮むけた俺は最早以前の俺ではないっ!!」
「クラリスさんに惨敗してシモンに泣きついてたイメージしかないがな」
「ふっ、敢えて否定はしないさ坊ちゃん。あの敗北の記憶もまた、俺を強くする一助となったのだから!!」
敢えてもなにもただの事実だろうに。
まあ成長の方向性としては甚だおかしいとしても、学院での生活がダリオの糧となったのは素直に喜ばしいことではある。
いつも通りのダリオワールドが展開しているのだが、慣れ親しんだ俺はともかくとして、リッカは理解不能な生物でも見るような顔で唖然としている。一頻り自分に酔いしれて満足した様子のダリオは、すんっ……と表情をフラットに戻す。
「いや実際のところ、然程難しい仕事ではなかったんですよ」
「そうなのか?」
「ああ、というか難しくなさそうな相手を選んだと言うべきですがね」
一番落としやすそうな相手を選んで攻勢を仕掛けるというのは当然の判断だし驚きもないが、しかし俺やダリオが相手について知り得ていた情報はリッカから提供された調査報告の内容に限られる。つまり俺もダリオと同等の情報を得ていたのだが、その俺の所感としては三人組の誰を狙っても大差はないという印象であった。
そもそも、対象の三人は揃いも揃って男性蔑視の思想が強いはずだ。その時点でハニートラップを仕掛けるには若干分が悪いような気がしてならなかった。無論、だとしてもダリオの手腕ならばなんとか光明を見出してくれるだろう、と考えてはいたが、ところがとうのダリオは最初からある程度の勝算を抱いていたようだ。
「一口に男嫌いと言っても、色々あるんだ。大別すると外向きか、内向きかだな」
「むき?」
リッカが興味深そうに首を傾げる。
それに対してダリオは非常に紳士的に応じて丁寧に説明を続ける。なおダリオがリッカに対してこんな態度を取っているのは、十中八九俺とリッカの仲を勝手に勘繰って勝手に忖度しているだけだろう。
要するに、『坊ちゃんのガールフレンドに失礼があってはならないィ!』っていう。俺にとってもリッカにとっても不都合はないから勝手に勘違いさせておくけども。
「そうです。つまり、男を遠ざける理由が男の側にあるかどうかです」
「えっとー?」
「外向きの男嫌い。これは男が生理的に無理だとか、男の暴力性が嫌いだとか、あるいは過去の経験から男性を忌避しているだとか、そういうものです。このパターンであれば、流石の俺でも篭絡するのは難しいでしょう。そもそも相手が戦場に立ってくれない可能性が高いのです」
「うんうんー」
「対する内向きの男嫌い。これは言ってしまえばただのポーズです」
「ぽーず?」
「そうです。要するに、自分は男が嫌いなんだと自分で決めているのです。なんでそんなことになってしまうのかというと、大抵は劣等感が原因ですね」
ああ成程、と俺も納得する。
簡単に言えば『私がモテないのはどう考えても男が悪い』というヤツだろう。コンプレックスを拗らせて攻撃性に転化してしまった悲しい人達である。他人事ではなく誰しもが陥る可能性のあることだし、事実としてそういう人種は男女問わず決して少なくない。
そうであるが故に、普段から口では『男なんて』と貶しつつも、いざ自分が異性から言い寄られると免疫の無さが露呈して、そこをダリオにまんまとつけ込まれてしまったということなのだ。
「ということは、例の三人組の中にそのパターンの女性が居たのか?」
「というか、全員が少なからずそうだった」
「そうなのか。だが一体、どうやってそれを見分けたんだお前は、俺にはさっぱりわからない気しかしないが」
普段から付き合いがあれば態度やなんかで察することは出来るかもしれないが、言うまでもなく件の三人組と俺達は面識すらない。
興味本位での質問に、ダリオはしたり顔で口を開く。
「うむ。如何に俺でも書面の情報だけでは判断できません。だからまずは、対象になった三人の姿を遠目から観察したんだ」
「ああ。それで?」
「それだけです」
「「はい?」」
俺とリッカの声が重なる。
「だからそれだけですよ。見ていればわかる」
「ええとー、百戦錬磨の軟派さんだからってことかなー?」
まあそうだな。下半身の申し子であるダリオはそもそも相対してきた女性の数が桁違いなのだから、常人よりも遥かに目が肥えているということなのだろう。考えてみればそれほど不思議な話ではない。そのくらいは出来なければとっくのとうに痴情の縺れで刺されて死んでるだろうからな、コイツ。
となれば件の三人組がクランの新人を騙して男に売っていたという行為も、男受けの良い新人――有り体に言って顔や身体つきが秀でている者を狙って行われていたようだが、それは偏にそういう人物のほうが異性からの需要があるという理由以外にも、だからこそ彼女等自身の僻みの感情も多分に影響していたのだろう。
「ん? 三人ともが少なからずそうであったなら、最終的に一人にターゲットを絞った理由は別にあるのか?」
「ああ、それは簡単です。一番不細工な者を狙いました」
あまりにも平然とダリオがそういうので、無慈悲さを感じて俺とリッカは思わず無言になる。
そんな俺達の反応に、ダリオは両手を上げてこちらを制しつつ言葉を続けた。
「言っておきますが、俺は容姿の美醜だけで他人を不細工と貶めたりはしませんよ。だが逆に、心根が醜い者はどれだけ見目が良かろうとも醜悪だと考えている。それを不細工と評することを憚るつもりはない」
「いや、責める意図なんてないさ」
俺が短く詫びるとダリオはむしろ恐縮したようだった。
それを言うならば、そもそもダリオにハニートラップを仕掛けろと指示を出した俺こそが最も醜悪な人間であろう、と理解している。俺はそのことに対して罪悪感もなければ、なんの引け目も覚えてはいなかった。これは対象となった三人組が明確な悪人だから、というのもあるにはあるが、それ以前に、まあ俺という人間がそういう性質なのだろうと思う。
俺は自身がそれなりに有情な人間であると考えているが、同時に、情を向ける相手は明確に区別する自覚もある。誰にでも優しくは在れない。
ついでにこれは余談だが、ミアベルも実のところ俺と似たようなスタンスなのではないかと思う。愛と勇気の原作主人公なのだから誰にでも分け隔てなく優しさをふりまく存在だと思われがちだし、実際ミアベルは一見してそういう人間に見えるのだが、たぶん、彼女は根っこの部分ではわりと冷酷というかシビアな精神性を有している気がする。ともすれば俺以上に、だ。
そんなミアベルと全く逆の印象なのがミリティアさんである。彼女は一見して冷酷そうだが、その実、誰に対しても非情にはなれないのだろう。それは彼女の美徳であり、弱点だ。
「さて、そしたら肝心の調査結果を聞こうか」
俺が少々強引に話を進めると、リッカも思い出したように表情を改めた。
二人分の視線を向けられたダリオは、打って変わって申し訳なさそうに肩を落とした。
「済まない坊ちゃん、成果が無いとは言わないが、望みには沿えないだろう」
「いいや、どんな情報でも進展には違いない。教えてくれ」
「三人組に指示を出している上位者が存在することは言質を得たんだ」
だが、とダリオは両手を挙げた。
「名前まではわからない。そこまで俺が詮索するのは流石に不自然だったからな」
「成程。賢明な判断だ」
たった二日で成果を上げてきたことがまず驚きなのだ。本来はもっと時間を掛けるつもりで居たのだから想定内どころかダリオは充分に良くやってくれている。
「もう少し時間をくれれば、聞き出すのは可能だと思う」
「頼む。が、無理だけはするなよ」
「任せてくれ、坊ちゃん。あと、これは俺の所感ですがね」
とダリオは思案するように告げた。
「その上位者とやら、おそらくは文字通りに上位の人間だと思う。それも相当な」
「どうしてそう思うんだ?」
「俺が今回接触した女の口振りでは、どうやら彼女等は女帝の怒りを恐れていないようだからです」
「ふむ……女帝の怒りの矛先が外に向いているから――――というよりは、外に向いているという保証があるから、か」
どういうことかな、とリッカが訊くので、俺は自分の考えを纏めながら口に出す。
「女帝が――リッカのお婆さんが身内を庇う性質で、その怒りが外部に向きがちだというのは確かにその通りなのだろう。だがだからと言って、いやだからこそ、身内を騙して売るような真似をしていると万が一露見でもすれば、その苛烈な怒りが下手人に向くことは避けられまい」
「そりゃあね。おばあちゃんだって、犯人がわかってるのに『男のせいだ!』とは言わないよー」
「だが、下手人の彼女等は女帝の怒りを恐れていない。怒りを買うことがないと判断しているんだ」
「あ……その上位者が、庇ってくれると思ってるから?」
「そういうことだ。逆説的に、上位者は女帝を取り成せるほどのポジションにいる人物となる」
思い至ったリッカは渋い顔をする。
「もしそうなら容疑者は相当絞られるけどー……誰がそうだったとしても嫌な結果になりそうだよー」
どう考えても面倒くさい事態になりそうで、心中察するにあまりある。
クラン内で権力を有し、女帝に程近い位置にいるということは、それだけ女帝からの信頼が篤いということに他ならないはずだ。だからこそ、そんな位置に裏切者が居て堪るかというのがリッカの心境であろうし、逆にそんな位置に居ながらこんな事態を扇動する者が存在するとすれば、その動機は絶対に碌なものではない。
いや、どんな動機でも碌でもないには違いないだろうが、厄介さという意味でだ。
報告を終えたダリオを労って下がらせると、図ったタイミングで入れ替わりにクリスティンが現れて茶を淹れてくれた。
俺とリッカはなんとも言えない面持ちで、とりあえず一服する。
なおダリオは所謂『朝帰り』というやつなので、この後は部屋に戻って休息を取るのだろう。ダリオへのあたりが強いことに定評があるクリスティンも、今ばかりは彼に対する小言を引っ込めていた。
「そういえば、私が言えたことでもないけど、ロイは今日もお休みなんだねー」
「そうだな」
俺のみならず学生組の全員が休日だし、俺以外の面々の行動も二日前と全く一緒である。マルグリット嬢とルークはデートだろうし、ミアベル他の女性陣はストレガさんシトロンさんと一緒に外に繰り出している。
たった二日前にも休日を貰っていたはずの俺達がまたもや休みを貰ったということであり、同時にそれは、またもや連れ立ってパーチを訪ねてきたリッカ達にも言えることであった。
「RPAもそうなんだろうが、『剣の誓い』でも上層部が慌ただしくてな。学生に構っている暇がなさそうだ」
「そうだよねー。うちのおばあちゃんも出ずっぱりだよー」
何があったのかまでは俺達には知らされていないが、何かがあったことだけは確かだ。シリウス氏を筆頭にクランの上層部がどこで何をしているのかというと、ギルドからの招集を受けて緊急会議に臨んでいるのだ。となれば当然、同ランクの有力クランである『赤原同盟』や『パンドラ』の上層部も同じ状況だということだ。
俺達学生組は、追ってクランから連絡があるまではとりあえず待機と言い渡されている。詳細はシリウス氏の息子であるルークすらも知らされてはいないようだったので、俺達に出来ることは大人しく言うとおりにしておくことだけだ。
「リッカは何か聞いているか?」
「少しだけならー」
「お?」
何気ない問い掛けに思いもよらない手掛かりが得られそうで、俺は身を乗り出す。
するとリッカは「ほんとに少しだよー?」と前置きを挟んで、
「なんかねー、他所の支部で事件があったみたいで」
「事件?」
「うんー。バッヘル男爵領、って知ってる?」
俺は頷く。訪れたことこそないが、名前と場所は知っている。
記憶が確かならばフレンネル辺境伯が複数持っている領地の一つであったはずだ。特筆することがあるとすれば領内に小規模な黒い森を擁しているということくらいで、それ以外には何もないと言っては失礼だが、要するに長閑な田舎である。
ここからだと、そんなに遠くない場所だ。
「そのバッヘルの黒い森で、特殊な魔物が現れたとかで、死者も出てるみたいだねー」
討伐者に人死にが出るのは珍しくないが、俺は『特殊な魔物』という表現が気になった。
このタイミング、状況でその報せは、どうにも嫌なシンクロを感じずにはいられない。
つまり、
「もしかして、人型の魔物が出たとか」
「うーん。そこまではちょっとわからないかなー。でも、もしそうならこの大慌てっぷりも納得だよね」
むしろ、ギルドが有力クランの上層部をわざわざ招集して緊急会議を開いているという事実が、事態の重大さを示している気がする。
もし、バッヘルに現れた特殊な魔物というのが、俺の想像した通りに魔公の関係者だとすれば――
「……?」
「どうしたの?」
俺は少し、奇妙な違和感を覚えて首を傾げる。
その様子にリッカも不思議そうな目を向けてくるが、俺はこの感覚を言語化出来なかった。
なにかがおかしい気がしたのだが。
「いや、なんでもない」
とりあえずリッカに答えてそう言うと、彼女は僅かに訝しそうにしながらも「ならいいけど」と呟いた。




