369話_side_Rex_わずかに前_パーチ
・少し前→ちょっと前→わずかに前(今ここ)→現在
~"主人公の幼馴染"レックス~
今日は休日。討伐者活動は休みだ。
夜型の生活リズムにも慣れてきて、最初期のように休日は泥のように眠るということもなくなり、俺達はそれぞれに羽を伸ばすことにした。というわけで現在、共同住居であるパーチに残っている学生は俺一人で、他は全員外に出払っている。
俺だけが残っている理由は簡単で、俺への客が来ているからだった。
「うぅー、つかれたよー」
と、間延びした弱音を垂れ流しつつダイニングのテーブル上にだらしなく伸びているのはリッカである。
女帝の孫である女傑フレデリカ嬢の貴重な脱力シーンをご覧ください。
……たれデリカである。
「やはり一筋縄ではいかないか」
「予想はしてたけどねー」
テーブルの上に黄昏色の長髪を広げて、そのまま溶けていきそうなくらいの脱力感である。
実のところ俺はリッカが何故唐突に訪ねてきたのかさっぱりわかっていないのだが、愚痴でも言いに来たのだろうか。勿論俺がリッカを招待したわけでもなければ、そもそもパーチの場所も教えていなければ今日が休日だと告げても居ない。
尤も、ここのところ彼女は『剣の誓い』のクランハウスに度々顔を出していたので、それなりに会ってはいたのだが。一応言っておくと俺に会いに来てくれていたわけではなく、あくまでも最近の討伐者ギルド支部を取り巻くゴタゴタ解決のための協力要請としてシリウス氏を始めとした上層部に会いに来ていたということだ。
対外的な認識としては、過激派である女帝の行動を抑止するために、穏健派であるリッカが精力的に活動しているというのは何もおかしなことではないし、同程度の権勢を誇り尚且つ中立的な位置に居る『剣の誓い』を頼るのも妥当な判断だ。
「ここのことは、シトロンさん達に訊いたのか?」
「うんー。訊いたというか、勝手についてきたというかー」
今日のリッカは単身で現れたわけでなく、シトロンさんとストレガさんと連れ立って三人で現れた。となるとおそらく、ミアベルを訪ねてきた彼女等に便乗してきたということなのだろう。
なお、そのシトロンさん達やミアベルがこの場に居ないのは女性陣を引き連れて出掛けて行ったからだ。皆でショッピングしてお茶でもしてくるのだろう。メンバーはミアベルの他にノエルさんとミリティアさんにリゼルさん――――と、女性ではないがおまけのトビアスさんである。ミリティアさんの専属執事である彼の本日の役割とは、平たく言えば少女達の荷物持ち兼財布兼異性避けである。本物の荒事には本物の護衛であるリゼルさんが対応するだろうが、魔法使いでないトビアスさんも一般人基準でいえば充分に精強なので、その辺の悪漢程度なら問題なく制圧出来るのだとか。
それでもって、女子学生組の中で唯一名前が挙がっていないマルグリット嬢はどこにいってしまったのかというと、同じくルークの名前が挙がっていないことからお察しである。気恥ずかしいのかマルグリット嬢はルークの背を押してこっそり出掛けていったようだが、勿論そんな行動は他の全員に筒抜けで、俺達は努めて気付いていないフリをしながら存分にニヨニヨしたものである。
……まあ、それを言うならば残りの面子全員でぞろぞろと連れ立って、しかもトビアスさんまで連れて出掛けて行ったウチの女性陣は、俺とリッカに対して同様のお節介を焼いてくれている気がしてならないわけだが。
「お茶をどうぞ、お嬢様」
キッチンから出てきたクリスティンが茶器をテーブルに置いて、リッカは慌てて身を起こして背筋を伸ばす。ちなみに従者組はこちらでは基本的に制服ではなく私服で活動しているわけだが、例外的にクリスティンはパーチの中でのみ、リゼルさんは黒い森に出向く時のみメイド服を装備している。たぶんそれぞれ、仕事に臨むために必要な装いなのだろう。リゼルさんはよくわからないが、少なくともクリスティンは学生達と敢えて線を引くためにメイド服を着ている節がある。
「わ! メイドさんだー」
「コーリッジ男爵家が従者のクリスティンにございます。お見知りおきを」
余所行きの顔で優雅に腰を折ったクリスティンに、あわあわしながら名乗り返すリッカの姿が失礼ながら非常に微笑ましい。俺が笑っていることに気付いたのか、リッカはむっとして頬を膨らませた。
「なんだよー。慣れてないんだからしょーがないでしょー」
「いや済まない。可愛らしい面もあるものだと思っただけなんだ」
「どこから目線なのさキミー。年下の癖に生意気だぞー」
「おそれながらお嬢様、当家のお坊ちゃんは昔からこんなでございます」
というか昔のほうが酷かったと思うがな。外見と中身の乖離的な意味で。
客人の前ではちゃんとメイドの仮面を被り通したクリスティンが奥へと下がるのをぼんやりと目で追って、すっかり騙された様子のリッカが嘆息気味に呟く。
「しかしそうかー、ロイは貴族のお坊ちゃまだったんだよね」
「なんだ。信じてなかったのか?」
「今でも七割くらい嘘だと思ってるよ。だってキミ、変なことしか言わないもの」
「理解があるようで嬉しいよ」
まあ、コーリッジは笠に着る程の権力もない末端の貴族なので、貴族だからどうのという話でもない。貴族の生態を知りたければミリティアさんに話を聞いたほうが余程有意義ではあるだろう。
「それで? 見たところ芳しくなさそうだな」
「そうなんだよー」
ちょっと聞いてよ、とリッカが語るのは先日の黒い森でのヒューゴの暴挙の引き金となった一件のことだ。『赤原同盟』の内部で暗躍している裏切者達に関する調査の進捗が芳しくないらしい。
「彼が言ってたクルエラさん麾下の三人組はもう絞り込んだの。殆ど間違いないところまで調べもついてる。向こうも多少は警戒してるみたいで、ここのところはお利口に真っ当なお仕事してるみたいだけどねー」
調べがついているならば捕らえるなり訴えるなりすればいいじゃないかと言いたいところだが、ことはそう簡単ではない。
「つまり、その三人組が活動を自粛しているので、それ以上の調査が行き詰っている?」
「そんなとこー。横の繋がりはそれなりに判明してきてるんだけど、肝心の『縦』がねー」
「彼女等に指示を出している上位者が居るのは確実なのか?」
俺が問うとリッカは重々しい溜息を吐いた。
「直接的に指示を出している元締めが居るかはわからないけど、裏で糸を引いている人が居るのは間違いないよ。少なくともRPAの人事を把握してある程度口出しできる立場の人が絡んでなければ、末端の彼女等の悪事がまったく露見せずにいるのが不自然だもの」
「そこから容疑者を絞り込めないのか?」
「むりだよー。それだけの条件じゃあ、該当者が多過ぎるもん。人事に口出しって言っても、主な被害者になってる新人ちゃん達の配属先とかその程度だったら現場のリーダークラスの裁量だもん。そこから調べてたらキリがないよー。誰が味方かわからないから慎重にならざるを得ないしー、下手したらこっちが難癖付けられて封じ込められちゃうかもしれない」
下の人間が割れているならば、その者達を捕らえて上位者を吐かせればいい、という発想は当然の意見ではあるが安易に実行すべきでない。
何故ならば、その者達はそもそも上位者を知らない可能性があるからだ。
実際に動いている者達の目的は単なる小遣い稼ぎとか、クラン内の競争相手を排除するためだとか、そういうわかりやすい理由なのかもしれない。元締めである上位者が同じ動機で行動しているならばまだ話は単純だった。
「裏で糸を引いている人が居るとして、なんでそんなことをしてるのかわからないのが不気味なんだよ。なにか目的があって行動しているんだろうけど、だとすれば末端の兵隊をどれだけ排除したところで意味がない」
「病巣を断つには。この状況は、逆に好機か」
ヒューゴの一件は、ただでさえ攻撃的になっている女帝を刺激しないために当事者間だけで話が収められている。『赤原同盟』で知っているのはリッカのパーティーメンバーだけであり、それは全員が信用出来る人物だ。外部に関してもシリウス氏や黒竜卿を始めとしたごく一部の人間しか知らない。つまり、情報的なアドバンテージを得ているのだ。
リッカが知っているということを、相手は知らない。この状況を最大限に利用して、なんとかして裏に居る存在の尻尾を掴みたいのだ。故に件の三人組を始めとして、既に判明している末端の人間達を敢えて放置している。その者達の行動を観察することで、糸を引いている存在を炙り出そうとしているのである。
「せめて目的がわかればなー。取れる手段も変わってくるのにー」
そう言ってリッカは再びテーブルに突っ伏してたれデリカと化してしまった。
見えない相手と戦うのは精神的に辛いことであろうし、黒幕を引き摺り出すために仕方がないとはいえ、見えている悪事を敢えて見逃さなくてはならないのもストレスだろう。
さて、俺はどうするべきだろうか。
リッカがこの話を俺にしたのは、おそらく愚痴以外の意味はないのだろう。そういう事情があるので愚痴を言う相手にも気を遣わなくてはならないわけで迂闊にクランハウスでナタリー女史辺りと喋ることすら出来ない。その点俺の存在はうってつけだろう。事情を知っているし、パーチならば外部の目や耳はない。そして喜ばしいことに、俺はリッカやナタリー女史にそれなり以上に信頼されているということだ。
だとすれば、信頼に応えるべく少しでも力になってやりたいものだが。
「とりあえず、判明している人間が直接上位者からの指示を受けているかどうかだけでも明らかにしたいところだな」
それ次第によってはスピード解決を望める可能性もあるのだ。
俺の言葉にたれデリカはじとっとした視線を下から寄越す。
「それができないからくろうしてるんだよー」
成程、ごもっとも。
「つまり、こちらが調査をしていることを黒幕に悟られない手段を選べばいいんだろう?」
「簡単に言うけどねー」
例えば俺が直接動くという手段はある。俺とリッカの交流を知らなければ俺の行動をリッカと結び付けることはないだろう。
ただ、それはそれで問題があって、まったく無関係の貴族の坊ちゃんである俺がいきなり首を突っ込めば普通に不自然極まりないということだ。疑われたら調査される。調査されれば背後関係に辿り着かれる。
逆に言えば、怪しまれない立場の人間が、怪しまれない行動を取った結果の調査活動であれば、つまり疑われることなどない。
それが出来れば苦労などしないというリッカの言は尤もだが、
「ものは試しだ。こちらでも少し調べさせて貰ってもいいか?」
「ダメとは言わないけどー」
下手を踏まれては困る、と言いたげなリッカに、俺は自信ありげな笑みを返す。
「差し当たり、判明している三人組の情報をくれ」
「どうするつもり?」
貴族のお坊ちゃんである俺は、お坊ちゃんらしくやらせてもらう。
つまり、
「俺が持っている最強のカードを使う時が来たようだ」




