補完[小夜啼鳥-2]
~"主人公"ミアベル~
シトロンちゃんの命を救うため、名誉の戦死を遂げたダガーさんの後継を買いに来ました。
決して安い買い物ではなかった魔法具のダガーさんを、まさか初めて実戦投入したその日に失うことになるとは、このミアベルさんを以てしても読めなかった。奇しくもダガーさんがお亡くなりになるほどの活躍をされたという事実こそが、わたしの発想した戦術の有用性を証明してくれたことになるので、差し当たりはこの方向性で行ってみようと思うなり。
「どうせなら五本くらい買っとく?」
などと恐ろしいことを平然と宣うのは、本日の道連れこと頼れる友人のティアである。勿論、護衛のリゼルちゃんも一緒だ。
同じグループで活動しているので自然と余暇の時間も一緒に行動するようになり、その延長線上で今日の買い物にも付き合ってもらっている。学院で生活していた時はクラス分けの都合でリタと一緒にいることが多かったわたしなので、ティアと一緒なのは新鮮味があって楽しいし、嬉しい。
ただ、まあ、なんというかこうして彼女と一緒に過ごしてみて思うのは、やっぱりティアって本物のお嬢様だったんだなぁっていう世界の違い感と、失礼ながらリタのほうは貴族といえども庶民派のお家だったんだなぁっていう親近感である。
今日はダガーを調達しに来たわたしだけど、亡くなったダガーさんと同程度の性能の品を買おうとは最初から考えていなかった。何故って、それはもう経済的な都合で。耐久性に特化していたダガーさんは地味だけど立派な魔法具だったわけで、お値段もそれなりに立派であった。今のわたしの懐に、同じ物をもう一度購入する余裕があるだろうか。いや、ない。
なのでここは妥協して、今の手持ちで買える物を探そうかと考えていたのだけど、そこにティアさんである。
「いいわよ。私が払うから」
「いやいや、それは流石に悪いよ」
言いたいことはわかるよ。わかってますけど。
経済力が違うもんね。わたしにとっては高い買い物でも、ティアにとってはもしかして普段使いしてるアクセサリーよりも安いくらいかもしれない。だからティアにとっては痛くも痒くもない出費なのだろうけど、わたしは非常に痛いのである。主に心が。
価値観の違いを感じる。流石に。なんかこう、カーマイン君を少し思い出す。王太子の彼に比べればティアはだいぶ親しみやすい位置に立ってくれているけれど。
目的の工房に向かってギルドの職人街を歩きつつ、ティアはわたしの鼻先に指を突き付けた。
「いいことミアベル?」
「はい」
「貴女は一人の命を救ったの。間接的には、もっとたくさんの命を救ったかもしれない」
「ええっと、シトロンちゃんの件もサラマンデルの件も、わたしだけじゃなくてロイとかリゼルちゃんとかが頑張った結果であって、」
ごにょごにょとわたしが呟くと、ティアは鼻を鳴らす。
「だから貴女の貢献を否定することにはならないでしょうに」
「でも、だったらリゼルちゃんにも同じように」
報いるものがなくてはおかしい、とわたしは言おうとしたが、その言葉はとうのリゼルちゃんに遮られた。
「リゼルはこれが仕事。お給料もらってるから」
「そうね。お仕事頑張ったリゼルは後で頭なでなでしてあげるわ」
「わぁ~~~~~~~~い」
主従漫才を挟みつつ、ティアは「だからね」と繰り返す。
「貴女は褒められて然るべきことをした。私は貴方の友人としてそれに報いることをしたい。その手段が貴族的なのは仕方ないと思ってちょうだい。ただ、想いはそれだけよ」
「ティア……」
「あとレックスのことは気にしないでよろしいわ。なんかRPAの美人さんとよろしくやってて楽しそうだし?」
照れ隠しなのか早口でそんなことを言うティアであるが、ロイは先日の件以降RPAこと『赤原同盟』のフレデリカさんと交流が続いているみたいだ。幼馴染のわたしとしては、これを機にロイが『外見年齢が十二歳より上の女性』に興味を抱いてくれることを祈るばかりだ。恋愛的な意味で。
尤も、自他共に認めるニブチンのわたしなので、実際のところロイとフレデリカさんがどうなのかは全然察せられないが、たぶんそういう甘酸っぱい話ではないように思う。それどころではない、とも言えるかもしれない。
「というわけなのでお金は私が出します」
「うぅ、ありがとうティアぁ」
「ええ。どうせだから転移で手元に戻ってくるみたいなのにしましょう。一々投げたの回収するのも手間でしょう」
「へ?」
「五本は言い過ぎにしても、投擲用に二本、予備で一本くらいは最低でも欲しいわよね」
「ひゅい!?」
「となるとホルダーも新調しないと。てかあれか、ホルダーにダガーの回収機能を持たせればいいのよ。投げたダガーは勝手にホルダー内に戻ってくる……うん、便利そうじゃん」
「ひぇ」
「ああでも、オーダーメイドになると相場がわからないからぼられるかも。シビルさんあたりに付いてきてもらえばよかったかしら」
な、なんか恐ろしいことばっか言ってるぅ……!
そりゃあそんな便利な魔法具があれば戦術の幅も凄く広くなるだろうけど、あんまり高価なやつだったりすると使うの気が引けちゃいそう。わたしが胃の痛い思いをしながら歩いていると、夢が広がっていたティアがふと思い出したみたいに言う。
「そういえばミアベル。私もちょっと買いたい物があるんだけど、付き合ってもらっていいかしら」
「え? あうん、もちろん」
何買うの? と問い掛けるとティアは「護符よ」と答えた。
「初日にシビルさんと一緒にいくつか見繕ったのだけど、勝手がわからなかったから汎用性重視で選んだのよね。今はもう少し自分の方向性もわかってきたから、新調しようかなって」
「なるほどね。じゃあティアのほうから先に行こっか」
「ええ。悪いわね」
「なんのなんの。どこで探そうか? この前買ったところかな?」
「あそこはどちらかというとビギナー向けって感じだったから、もう少し上の護符を扱ってる工房を探したいところね」
そうは言えども土地勘などないわたし達なので、これは職人街を練り歩いてみるしかないかと覚悟を決めていると、唐突にわたしの脳裏に閃くことがあった。
あ。そういえばわたし、護符のお店知ってるなぁ。
工房ではなくて、眼鏡のお姉さんがやっている露店のことなのだが。
わたしの素人目にはお姉さんが売っていた『にこちゃん』の護符がティアの望むグレードの物かは判断出来ないのだけど、まあどうせあてもないことだし、職人街に行けば近くを通ることになるのだし、覗いてみても損はしないはずだ。
個人的にあのお姉さんを応援してあげたい気持ちもある。
「――――っていうわけなんだけど、どうかな?」
簡単に経緯を説明してティアに提案すると、彼女は二つ返事で了承してくれた。
なのでわたしはティアとリゼルちゃんを案内して歩き出した。
先日お姉さんがお店を開いていた場所にやってくると、同じ場所にやっぱり彼女は居た。露店という形態上、もしかしたら別の場所で営業してることがあるかもと心配していたので、とりあえず一安心である。
お店には先客の姿があって、どうやらしゃがみ込んで護符を吟味している風だった。職人のお姉さんは座ったまま道行く人を眺めているので、熱心なお客さんの邪魔にならないように気を遣っているんだろうなとわたしはあたりをつけた。
近付いてみてわかったのだが、先客はわたし達と同年代くらいの女の子だ。ちょっと珍しい東方風の衣装を纏った黒髪の少女だった。
わたしの存在に気付いたお姉さんは、先日のことを覚えていてくれたようで、少しだけ砕けた表情で小さく手を振ってくれた。わたしはそれに会釈を返しつつ、先客さんの邪魔をしないようにその隣に静かに並んでみる。護符を買いに来たのはティアなのだから彼女に場所を譲るべきなのはわかっているけれど、なんだかとっても熱心に護符を眺めている先客さんの様子が、気になってしまった。
だって、こうしてわたしが隣に来ても気付かないくらいの集中力だ。
すると、彼女の口が小さく動く。
「えがお……」
たぶん、無意識っぽい呟きであった。
どうやら先客さんの心を射止めたのは、お姉さんこだわりの『にこちゃん』デザインに他ならないようだ。
「可愛いですよね。これ」
同好の士を見付けた気分でわたしが言うと、彼女はびっくりと肩を揺らした。
集中しているところにいきなり話し掛けたのが良くなかったみたいで、慌ててわたしのほうを見た彼女のリアクションは、まんま奇襲を受けた時のそれである。
そんな状況とは裏腹に、わたしはゆっくりとこんな感想を抱いていた。
――不思議な子だ
集中して護符を眺めていた時の表情は大人びて見えたが、こうして驚きに目を丸くした表情は一転して幼く見える。
イオさんみたいな艶やかな黒い長髪に、カーマイン君みたいな赤い瞳の女の子。
服装も含めて確かに珍しいと言える外見ではあったけど、わたしが強く心を惹かれたのは彼女の雰囲気だった。
一言で表現するならば。
――幽か
間違いなくわたしの目の前に、手を伸ばせば触れられる距離に居るのに。
彼女はまるで実体がないみたいに朧気に感じられるのだ。




