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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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補完[絆]

・ここで(マジで)唐突なクラリスの掘り下げ回。




 とある昼下がり。

 王国東部のバッヘル男爵領の一角に一組の親子連れの姿があった。

 父親と思しき男性と、幼い二人の娘の三人組で、彼等は討伐者ギルドに程近い商店街のストリートを抜け、郊外の方面へと一路歩みを進めていた。尤も、田舎であるバッヘル男爵領においては領地の大部分が都市部ではない郊外に値するのだが。



「パパぁー! ぱぁーぱぁー! 遅いわよもうっ」



 二人の娘の内の片方、赤髪の活発そうな少女が一行の前に出て父親を呼ぶ。

 年の頃はローティーンであろうか、外側にぴんぴんと跳ねたショートカットの上には狐をデフォルメしたようなデザインの帽子を被り、服に着られているような若干ダボついた上着と、飛んだり跳ねたりするたびにあわや下着が見えそうなミニスカートの装いである。



「アカネが早いんだよ。大丈夫だよパパ。僕と一緒にゆっくり行こうね」



 呼び声に応じるのは二人の娘のもう片方。父親の隣に付き添って甲斐甲斐しく腕を引いている大人しそうな緑髪の少女だ。

 アカネと呼ばれた赤髪の少女とは双子なのか、外見からは年齢の差異が伺えない。内向きに緩くカールしたショートカットの上には狸をデフォルメしたような帽子を被っており、モチーフこそ異なるもののアカネとお揃いのデザインである。こちらはアカネとは対照的に、見た目の年齢よりも大人びたロングスカートにカーディガンという落ち着いた装いであった。



「ふぅ。ふぅ。ごめんよアカネ、ミドリ。運動不足のせいだなぁ」



 そして娘達に父親が応じる。

 額に汗を光らせつつ息を切らせるその男は、とにかく恰幅の良さが目立つ。ロマンスグレーの頭髪と几帳面に整えられた口髭は紳士然としており、実際タキシードなどに身を包めば一端の紳士に見えるであろう程度には小綺麗な風体をしているが、草臥れた旅装姿で歩く現在の姿は端的に言ってただの『太ったおじさん』であった。

 樽のような腹を揺らして闊歩する巨体は横幅は勿論、単純な上背だけでも相当大きい。娘二人がどちらかというと小柄な部類に入るので、対比で余計に際立って見えるという事情もある。



「運動不足っていうより、肥満のせいでしょお。お肉とアルコールばっか摂取するからよ!」


「面目ないなぁ。ふぅ、でも美味しいんだ。お酒もお肉も」


「いいんだよパパ、なんでも好きなものを食べて。僕がなんでも用意してあげるからね」


「てかミドリ! そもそもアンタがパパを甘やかすからいつまで経ってもパパがおデブちんのままなんだからねっ!」


「だったらアカネがご飯の用意すればいいじゃない。できるのなら、だけど」


「こらこら、ふぅ、喧嘩してはいけないよ」



 結局駆け足で戻って来てミドリとは逆の手を引き始めるアカネに、娘二人に細やかな力で引っ張られた父親はほんの少しだけ坂道を登る速度を上げた。彼等の進行方向は勾配がついた上り坂になっているのだが、傾斜も然ることながら足元が碌に整備されていないのが歩行者の脚に細やかなダメージを蓄積する。そしてそのほんの些細なダメージが肥満体には容赦なく牙を剥くのであった。

 少々だらしのない父親と、元気でしっかり者の娘達という心温まる親子の風景に見えるが、実は彼等は本当の親子ではない。

 それどころか、呼び合っている名前も本名ではなかった。


 アカネと呼ばれた赤髪の少女は、本名を『レッドフォックス』


 ミドリと呼ばれた緑髪の少女は、本名を『グリーンラクーン』


 そしてパパと呼ばれた肥満体の男は、本名を『ブラックピッグ』


 彼等はアシュタルテ侯爵令嬢が擁する特務部隊『ヴァイスヤークト』に所属する、諜報部門のエージェントである。









 ひいこら言いながら坂道を登り終え、郊外の景色を望む高台に辿り着くと、そこでは一人の女性が彼等を待っていた。

 二十代も半ばほどに見える妙齢の美女であった。

 腰まで届く見事なブロンドを風にあそばせ、高台の粗末な柵に背を預けてなにやら不思議なビジュアルのドリンクを口にしていた。みだりに肌を見せるような装いは討伐者に特徴的なものであり、惜しげもなく晒された太腿や胸元の白い肌色と、首に巻かれた真紅のスカーフの鮮烈さが目を惹く。

 苦労して息を整えたブラックピッグは、その女性のほうへと歩み寄って穏やかに声を掛けた。



「こんにちはお嬢さん。景色は良いですか?」



 すると女性――スレイ・ハイゼンは肩を竦めるような動作を添えて答えた。



「悪くはない。が、雪がないのが残念だ」



 王国最北端の領地でもあるまいし、こんな季節に雪景色があるわけがない。

 つまりこの遣り取りは単なる符丁である。

 スレイは手に持っていた『変な豆のようなものが入ったドリンク』の残りを飲み干すと、容器を持った手の中に紅蓮の炎を燈して一息にゴミを焼却した。相変わらず息をするように魔法を使う人だと、ブラックピッグは呆れ半分に思う。



「遅い到着だったな、ブラピ。アカネとミドリもご苦労」



 スレイからの労わりにアカネとミドリは揃って礼儀正しく頭を下げ、その横でブラックピッグは太い指で頬をかく。



「いやぁ。そう思うのなら次回からは高所を集合場所にするのは勘弁して欲しいですなぁ」


「そんなことを言っているから一向に痩せんのだぞ貴様」


「お嬢様の言う通りよ! パパはもっと運動しなきゃダメよ!」


「いやぁ、いざとなったら魔法で動けるし……」


「うんうん。パパは体質的に痩せにくいんだよ。無理して身体を壊したらよくないからね」



 只管に父親を甘やかすミドリと、それに反発するアカネ。ついでに言うと結局楽なほうに流れてしまうブラックピッグといういつも通りの三者の姿にスレイは苦笑を禁じ得ない。

 彼等はまったく同時期にスレイことアシュタルテ侯爵令嬢プリムローズの麾下に加わった人員であり、その当時から偽りの親子関係を演じてスリーマンセルで行動している。血縁関係こそないはずだが、過酷な環境を三人で乗り切ってきただけあって、その絆の強さはそんじょそこらの親子のそれを軽く凌駕することだろう。



「クラリス達はどうしていた?」



 まず最初にスレイが問うたのは、彼女の専属メイドのことであった。

 彼女が学生として学院生活を送っていた際、専属のメイドとして同行していたクラリスとフォノンの二名。その二名を安全に彼女等の実家があるアシュタルテ侯爵領まで送り届けるというのがブラックピッグ達に課せられた使命であった。メイド二名が主人と共に帰省するのならば問題はなかったのだが、スレイは学院が休暇に入ると同時に王都から直接このバッヘル領に向かってしまったので、アシュタルテ侯爵領に戻るメイド二人には別途信頼出来る護衛を付けたということである。

 単なるメイドの道中護衛役に諜報部のエージェント三名を付けるというのは明らかに過保護というか過剰戦力であるわけだが、ブラックピッグはスレイという人物にとって件のメイドが――特にクラリスの存在がどれほど重要であるかを理解しているので、護衛の必要性には否やなかった。

 というわけでブラックピッグ達は王都からアシュタルテ侯爵領までメイド達を護送し、それから取って返して今回の仕事場であるブラッドフォード伯爵領への移動中、立ち寄れる場所に主人であるスレイが滞在していたので挨拶に参じたのであった。



「クラリス嬢はオルテンシア孤児院に、フォノン嬢はご実家に、それぞれご無事に送り届けました。休暇中はそれぞれ家業を手伝って過ごすとのことですな」


「そうか。ならよい」



 ちなみにクラリスは元々孤児であり、オルテンシア孤児院とは彼女が生まれ育った孤児院の名称である。今でも彼女は給金の一部を孤児院に入れており、親族を知らない彼女にとっては実家と言って相違ない場所だろう。



「ただ、一つお嬢様のお耳に入れたい事態がありまして」


「なんだ?」



 ブラックピッグの報告を聞いて安堵の息を吐いたスレイが、続く報告に表情を引き締める。ブラックピッグとスレイが話し始めた際に、二人娘は散策する体で少し離れた場所に移動していた。傍目には年相応に無邪気に遊んでいるようにしか見えないが、言うまでもなく演技であり、父親と主人の情報交換を邪魔するものが現れないように目を光らせているのだ。



「孤児院に『中佐』が訪ねてきましてな」


「中佐? ロスヴァイセか?」


「ええ。その人です」



 スレイの瑠璃色の瞳が訝しげな色を帯びる。

 ロスヴァイセ・ブラックシング中佐は帝政ディ・エンテの軍人であり、国境を挟んだアシュタルテ侯爵領の向かい側の帝国領に駐屯しながら、まさに王国侵略の尖兵を率いている人物の一人である。

 早い話がアシュタルテ侯爵家の喧嘩相手であり、なんの因果かはわからないが、中でも令嬢プリムローズ麾下の『ヴァイスヤークト』と衝突することが矢鱈と多い相手であった。



「わからんな。帝国軍の中佐が堂々とアシュタルテ侯爵領のど真ん中に現れるのも国境警備はどうなっているのだと言いたいところだし、なんだってその目的地が変哲の無い孤児院なんだ」



 目的はなんだ、と言外に問い掛けるスレイに、ブラックピッグは神妙な顔で告げる。



「彼女はクラリス嬢に会いに来たのです」


「……何故」


「どうやら、およそ二十年ほど前にオルテンシア孤児院の門前にクラリス嬢を置いて行ったのがまさに、かの中佐であったらしく」


「なんだと? というかちょっと待て。二十年前って、今あの女一体いくつだ?」



 目を丸くするスレイの疑問にブラックピッグは「さぁ?」と惚ける。如何に諜報畑とはいえど、知らないものは知らない。無論、任務として調べろと言われれば否応なしにかの中佐の実年齢を調査しに行くわけだが。

 ちなみにロスヴァイセの外見年齢は眼前のスレイと同じか、少し年嵩くらいのようにブラックピッグには見えた。上に見積もっても精々が三十そこそこだろうという予想には是正が必要なようだ。



「中佐がクラリス嬢を置いて行ったということには、驚かれていないようで」


「ん? いや驚くには驚いたが、それよりも納得が強いな」



 少々意外に思ったことをブラックピッグが言葉にすると、スレイは苦笑気味に応じる。



「クラリスの出自については、まあ私にとっては今更気にすることでもないし、本人にとってもどうでもいいことだろう。それよりもあの女の意味深というか意味不明な行動の数々の謎が解けた気分だよ」


「と、言いますと?」


「帝国の連中はアシュタルテのことを姥捨て山か何かと思っているものだとばかり考えていたが、さてはロスヴァイセめ敢えて(・・・)だな?」



 ブラックピッグへの返答というよりは独り言ちるように述べられた言葉に、しかし彼は意味するところを察した。彼や二人娘にも少なからず関わることであるが、つまりは『ヴァイスヤークト』という特務部隊の成り立ちに関することだ。

 部隊の構成員はその殆どが帝国軍からの降兵や保護された人員である。それはブラックピッグ達や、『おつかいわんこ』ことヴェルメリオ、最近ではカデンツァなどもその類だ。というより、ブラックピッグが知る限りでは最初の一人であるハイメロート以外は現存する全員がそうなのではなかろうかと思うのだが、ブラックピッグよりも前に所属していた人間で出自が不明瞭なヴァイオラという男もいるので一概には言えない。

 そして『ヴァイスヤークト』の人間は誰もが非常に優秀である。専門的に特化した一芸を持っているのは勿論のこと、総合力でも並以上の才覚を発揮するような人員ばかりが集まっている。過酷な任務に従事する特務部隊なのだから参加者を選りすぐるのは当たり前といえば当たり前だが、そうなると疑問になるのは、どこからそんな優秀な人材ばかりを発掘してくるのか、である。

 その答えが帝国軍からの鹵獲であるということなのだが、すると次の疑問は、何故帝国軍はそんな優秀な人材を次から次へと使い捨てにしているのかだ。



「使い物にならないモノを遺棄しているだけと考えれば、使い捨てという表現は妥当ではないかもしれませんな」


「最初の最初はそうだっただろうよ。単にしゃぶりつくしたモルモットを嫌がらせの自爆兵器として前線に捨てただけのつもりだったろう。だが事実として奴等は回復してこの私の尖兵となり帝国に牙を剥いている。帝国が――というかあの女がそれを把握していないはずがない」



 そこが長らくの疑問であったのだ。

 自分達にとっての利用価値がなくなった人材を兵器として有効活用するという発想はわからなくはない。人道的にどうなのかはさて置き、いつ爆発するかわからない爆弾をどこかに破棄しなければならないとしたら、コストを掛けて自国内で安全に気を遣って処理するくらいなら、そもそも爆発上等で敵国内に捨ててしまえばいいのだ。

 しかし、そうやって捨てたはずの人材を、敵側の人間がどういうわけかちゃんと修理して再利用しているとしたら。普通に考えてそれは敵に態々人的資源を提供している行為になってしまうわけで、改めない道理がないのだ。

 だと言うのに、そうして遺棄される人材を次々に吸収して『ヴァイスヤークト』の戦力が潤っていくのが、度々相対していたロスヴァイセにわからないはずがないというのに、彼女は方針を変えてこなかった。



「妥当な予測として、人材再利用の方法論をこちらから学ぼうとしているのだと、一応は結論付けましたが」


「まあその意図もないではないだろう。どれだけ探ろうと無意味だがな」



 帝国によって自爆兵器として投入される者達は、例外なく二つのパターンに分けられる。

 再起が不可能な程に消耗しているか、あるいは理由はどうあれその時点で余命が限られているか、である。

 つまるところがそもそも再利用の余地などないと判断されたからこその遺棄なので、どちらかといえばおかしいのは帝国の判断ではなく、不可能をしれっと可能に変えてしまっているスレイのほうだ。

 故にロスヴァイセは、スレイがどうやって人材を再利用しているのかを探るために方針を変えずにいるものだと考えるしかなかったのだが、ここにきて新たな可能性が浮上した。



「どうやら、ヤツは私の元にクラリスが居ることを知っていて、クラリスのために行動していたらしい」


「お嬢様の勢力を増強することが、クラリス嬢の益に繋がると判断した、と」



 ブラックピッグは豊かな顎肉を揺らして唸る。

 スレイの予測が真実を捉えているとしたならば、当然気になるのは先程スレイが少しだけ言及した『クラリスの出自』である。先日ロスヴァイセが孤児院を訪ねてきた際に居合わせたブラックピッグは、そこで彼女とクラリスが言葉を交わすのを実際に目にしていた。ロスヴァイセがクラリスを孤児院に預けていった張本人であるというのもその時に耳にした情報であるが、だからと言って流石にロスヴァイセがクラリスの母親やそれに近しい血縁であるとは思えない。ロスヴァイセは年齢不詳なのであり得ないとは言い切れないが、それ以前に普通に顔が似ていない。

 血縁の情が理由でないとすれば、帝国軍人であるロスヴァイセがそこまでの便宜を図る理由として考えられるのは――、



「お嬢様。クラリス嬢はもしや帝国の、」



 言い掛けた言葉を、スレイが片手で制した。



「クラリスはな、私の愛するメイドだよ。それ以上でも、それ以下でもなく、それ以外の何者でもない」



 暗に『詮索するな』と告げられ、ブラックピッグは「了解です」と応じた。

 そして少しだけ頬を緩める。



「? なんだ」


「いや、失礼」



 思わず感心してしまっただけで、他意はないのだとブラックピッグは短く詫びる。

 思い出すのは、ロスヴァイセと相対した際のクラリスの言葉である。


 ――私は、敬愛するプリムローズ様のメイドです。それ以上でも以下でもなく、それ以外の何者でもありません。






「クラリス嬢も、一言一句同じことを仰られていたもので」



 ブラックピッグがそう言うと、スレイは意外そうにするでもなく、当然とばかりに微笑むだけであった。



「さてブラピ。ブラッドフォードの連中からの報告は読んだか?」



 クラリスの話はここまでということなのだろう、話題を切り替えたスレイの問いに、ブラックピッグは首を横に振る。



「生憎と旅の空だったもので」


「そうか」



 スレイがパチンと指を鳴らすと、その片手にはいつの間にか紙束が握られていた。

 彼女が虚空から物を取り出そうとも今更驚きもしないブラックピッグは、差し出されたそれを受け取る。



「私の元に届けられた報告を纏めたものだ。くれてやるから道中で目を通すといい」


「これは有難い」


「どうやら中々一筋縄ではいかない事態になっているようでな。あちらさんも貴様を歓迎する準備は万端といったところだ。よかったな」



 まあつまり、苦労して来いという意味である。

 乾いた笑いが出るブラックピッグを他所に、スレイは思案気に言う。



「ある程度は想定の上でハイメロートを派遣したわけだから、戦力的には不足はないはずだ。ただ、諜報部隊の奴等は流石に貴様等を欠いた態勢では辛かろう。これは私の誤算だな」


「つまり?」


「悪いが、なるだけ急いでブラッドフォード入りしてくれ」



 まあつまり、全速力で行けという意味である。

 今更人使いの粗さを嘆くつもりもないが、溜息の一つくらいは出ようというものだ。



「図らずも、ちょうどいいダイエットができそうですな」



 ブラックピッグは呟き、早速出発するために娘達を呼ぶ。

 尤も、どれだけ過酷な労働が続こうとも、ブラックピッグがそれで痩せた試しがないのだが。



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― 新着の感想 ―
疑似親子と主従二つの絆かー
[一言] 出番がないから掘り下げました 帝国から戦力供給受けている構図は見方によっては敵と通じているということになるので家や国へのケアも気を使ってるんだろうな
[良い点] スレイ姉さん、お久しぶりです。 変わらずクラリス愛が美しく輝いてます! [一言] カップ麺シリーズのコードネームはやっぱりプリム隊長? 人物紹介でも項目あるし。 黒○豚カレーうどんが好き…
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