359話_side_Rex_ちょっと前_黒い森
~"主人公の幼馴染"レックス~
一般的に、魔法という技法には九つの属性があるとされる。
炎風光、地水闇の基礎六属性。それに足すことの雷氷樹の特殊三属性。
この世界の原作である『夜明けのレガリア』においては以上の九属性を下位属性と定義し、その上に更なる特化属性、即ち『上位属性』が存在するとしているようだが、それはここではさて置いて。
九つの属性は大きな区別でしかなく、その属性内でも系統がわかれているのは周知の事実である。例えば、なにかと例に挙げられがちな炎属性で言えば、火力に特化した攻撃型の魔法使いも居れば、バフに特化した支援型の魔法使いも居る、といった風に。
俺は地属性の魔法使いなのだが、地属性の特化傾向は三種類に分けられる。絶対数が多い順に説明すると、まず俺を含む大多数の地属性は『地隆操作』を得意とするタイプ。物体の形状変化や強化に秀でており、先の『砂牢壁』のような即席の構造物を造り出したり、あるいは応用で自身の肉体や装備を強固化して防御力を上げたりも出来る。そこから少しだけ発展形にいるのが『人形術』を得意とするタイプ。これは岩や木などのオブジェクトを用いてゴーレムと呼ばれる人形を創り出し、意のままに操る魔法だ。学院前期に発生したゴーレム騒動のアレがまさにこれで、それ以外にもゴーレムの仕様を規格化することで『ゴーレム兵装』と総称される兵器として王宮騎士団などが運用していたりもする。
そして最後に、尤も数が少ないのが『錬精術』と呼ばれる魔法を得意とするタイプ。これはまあ、転生者の俺がイメージするところの所謂錬金術と似たようなものだが、厳密には似て非なるなにかだ。
端的に説明すれば、物質の組成を変化させて、とある物質ないし複数の物質から別の物質を生み出す技法である。
ただし、化学反応ではなく、魔化学反応であるが。
要するに、上位層である術理界は物理法則を無視するので、当然化学式も無視する。とある物質をミクロレベルで部分的に術理化して、上位層における魔化学反応を以て強引に別の物質に作り替えてしまおうという冒涜的な技法こそが『錬精術』であるのだ。まあ、厳密に言えばあらゆる魔法が広義で同じことをしていると言えるのだし、『錬精術』も一個の技術体系である以上は出鱈目なりの規則法則が存在していて意外と使い勝手がよろしくないらしいが。
それはともかく、何故このような説明を並べ始めたのかと言うと、つまりこの『錬精術』の遣い手というのが俺達のパーティーリーダーであるロイド氏に他ならないからである。
黒い森の森林地帯を抜け、岩肌地帯にまでサラマンデル種を誘引したところで、ロイド氏が動いた。
彼がその『錬精術』を以てして創り出したのは、所謂『熱硬化性樹脂』……のようなナニカであった。熱硬化性樹脂とはなんぞやという人のために説明すると、特殊なプラスチックの一種とでも思ってもらえればいい。その名の通り、熱に反応して硬化する性質を有するものを言うが、これが面白くて、常温で固体の樹脂材料に熱を加えると、最初は普通に溶融するのだ。そして更に熱を加え続けると一定の温度を超えたところで今度は硬化して固体に戻るのである。無論これは極めて簡素化した説明でしかないが、今回はこれだけ覚えておけば大丈夫だ。
重ねて言っておくが『のようなナニカ』である。俺が知っている熱硬化性樹脂の特性に近しい現象を見せているので俺が勝手にそう称しただけで、魔法協会の定義では『魔素重合体』と定義されている謎物質の一つであるとされる。まあ『謎樹脂』だな。
というわけで、ロイド氏は錬精した謎樹脂をサラマンデル種にぶちまけたのだ。
ロイド氏はここに来るまでの道中で黒い森の木々や、サラマンデル種が量産し続けている溶岩などを材料にして『錬精術』を使い、この謎樹脂を作り出した。細かな断片状に形成されたそれを術理圧縮して押し固め、拳大の砲弾をいくつも作り上げて戦闘の参加者に少しずつ行き渡らせたのだ。また耳慣れない専門用語が出てきたと思ったかもしれないが、術理圧縮というのはつまり物理的な制約を無視した圧縮工程のことで、言い換えれば見た目よりも多くのものを空間に収めるという、魔法使いにとっては珍しくもなんともない技能である。一つ例を挙げるならば、以前の夜会でミアベルが食らった水風船爆弾。俺は実物を見てはいないが風船の体積以上の薬液が飛散したとされるあれが、まさしく術理圧縮の産物である。優秀な者ならば学生でも出来る程度の技能ですよ、ということだ。
完成した砲弾を魔物に投擲するのは攻撃班の者達だ。相手の魔物の規模が大きいので、一つや二つの砲弾を散発的に投げつけても期待した効果は得られない、ということで全員が同じタイミングで一斉に投擲するのが望ましい。サラマンデル種が大暴れしているせいで号令役の姿も見えず声も聞こえず、事前の打ち合わせもなしに息を合わせることなど至難の業、かと思いきやこれが非常に簡単なのだ。
何故ならば俺達には連繋魔法の恩恵があるから。意識下の連携を可となさしめる魔法に掛かれば、息を合わせることなど造作もない――かどうかは連繋魔法を構築する術者の技量と適性に大きく左右されるのだが、その点、ロイド氏の適性は相当に優れていると言えよう。司令塔であるロイド氏が『いまだ!』と思えば連繋魔法で繋がった全員がその『いまだ!』を共有するので、パーティーメンバーである俺達は感覚が伝えるところを疑わずに行動すればいい。そしてロイド氏の連繋下にない他のパーティーの人間は、誰でもいいから俺達のいずれかの動作に連動すればいいのだ。
投擲でも良いし、矢じりに括りつけて飛ばしてもいい。なんなら武器をバットにしてかっ飛ばしてくれてもいい。大事なのは結果を出すことである。
囮役であるフレデリカ嬢がサラマンデル種を誘導し、絶好の場所で俺とガイウス氏が例の『陥穽戦法』で一瞬だけ魔物の進行を阻害する。
「いまだ!」
とロイド氏が発した声は聞こえずとも、彼の意識下の号令に従って、魔物の四方に布陣していた面々が上空に砲弾を放つ。
一斉に飛来した砲弾は、魔物の上空で熱域に引っ掛かり、高熱により一気に融解して術理圧縮が崩壊、爆発的に体積を増して断片状の樹脂が噴霧の如くサラマンデル種に降り注ぐ。
そこからの光景は中々に凄絶であった。
高温により溶融した樹脂は粘性の液体となってサラマンデル種の体表をコーティングし、そして第二の性質が発揮される。
俺はこの樹脂を『熱硬化性樹脂のようなナニカ』と表現したが、一つだけ俺が知るそれとは大いに異なる性質を一つ有しているところがある。それは吸熱性だ。それも尋常ではない程の。要するにこの樹脂は、溶融後に一定温度を超えて再度硬化する際に、周囲の熱を奪うのである。本来、熱硬化性樹脂はその性質ゆえに複雑な形状の成型が可能という利点があるのだが、同時に固化に時間が掛かるという欠点もあった。ロイド氏が魔化学で生み出したこの樹脂はその問題点をセルフで解決していた。
それこそ水冷でもしたかのように瞬く間にカッチコチに固まるのだ。
魔物の絶叫が響き、のた打ち回る衝撃が地を揺らす。
サラマンデル種は温度変化に極端に弱い。体表を覆う鱗越しとはいえ、全身を満遍なく冷やされるのは耐え難い苦痛だろう。勿論ヤツには『熱域操作』があるので、吸熱の効果は一瞬のことで、すぐに元通りの温度に戻ってしまうだろうが。
ただここでもう一つ、熱硬化性樹脂の性質がある。
それは一度再固化した樹脂は、更にどれだけ熱を加えても溶融しないということだ。つまり、サラマンデル種の体表をコーティングして固化した樹脂はその形状を保とうとする。そんなことはお構いなしに、憤怒に塗れたサラマンデル種が動こうと試みたために、異音が響き渡る。
再度、魔物の絶叫が響く。
体表の強固な鱗の隙間に溶け込んで固化した樹脂によって、サラマンデル種が動くたびに樹脂が鱗ごと剥がれ落ちるのだ。普通ならば鱗自体はびくともせずに樹脂だけが剥がされるのがオチだが、今のサラマンデル種の体表は吸熱によって極度に脆弱化している。温度が元に戻るまでじっとしておけばいいものを、怒りのままに動くものだから、その強靭な力で自らの身体を引き裂いてしまうのだ。
そうして体表に刻み込まれた大小無数の傷口から、ぞわりぞわりと膨れ上がるように無数の『炎精』が剥離する。
これまで襲い掛かってきていた炎精の規模が可愛く見えるほどの、空を埋め尽くさんばかりの数であった。
こんなものが一斉に押し寄せて来たら、さながら火砕流である。俺達など骨も残らないだろう。
だが、最初から『来る』とわかっていればいくらでも対処のしようはある。
まるで山火事でも消化するように、無数の炎精の更に上空からささめくような雫のベールが降りる。投擲に参加せずにこの時のために備えていたノエルさん達、水属性部隊が範囲魔法を唱えたのだ。
熱域に阻まれて即座に蒸発する程度の水の粒は、サラマンデル種には何の効果も及ぼさない。しかし、数こそ多いものの個々の力は殆どない炎精を消火するには充分である。
そうして雨が過ぎ去った後に残ったのは、最初の威容からは見る影もない程に無残に全身が罅割れたサラマンデル種である。
間違いなく甚大なダメージを与えてはいる。が、即座にヘイト管理を再開したフレデリカ嬢に憤然と襲い掛かる様を見るに、まだまだ元気そうである。おそらく、あと二度か、三度くらいは同じことを繰り返す必要がありそうだ。
体表が傷だらけのサラマンデル種には最早当初の防御力はなく、個々で攻撃を試みてもダメージを通せるようになっているのだろうが、それよりも息を合わせて全員で謎樹脂を投げつけたほうが早く終わりそうだ。
――と、思っていたのだが。
「何故だ……?」
どう考えてもおかしいぞ、とブツブツ呟くのはロイド氏だ。
既にあれから三度目の謎樹脂爆撃を敢行した。サラマンデル種は間違いなく弱ってきているのに、しかし一向に倒れる気配がない。俺も流石に奇妙さを感じて、とある方針転換を提言するためにロイド氏の元へとやって来ていた。
「もう弾がないぞ」
ロイド氏がしこたま拵えた謎樹脂砲弾もついに弾切れである。もう一度錬精しようと思えば材料となる樹木が必要なので、再度森まで戻らねばならない。どうするのかと問おうとした俺の疑問が連繋魔法越しに伝わったのか、ロイド氏は首を横に振る。
「材料があっても俺の魔力が足りない」
「では攻勢を仕掛けるしかないですね。相手もだいぶ弱っていますから、」
いける、と思うが不安が拭えないのも事実。
何故ならば、そのいけるという感覚を信じるのであれば、既に魔物は倒れていなければおかしいのだ。
グローブに包まれた指をガジガジしながらロイド氏が呟く。
「なんにせよ、フレデリカの限界が近い。方針の転換は必要だろう」
魔物の動きも精彩を欠いてはいるが、それ以上に深刻なのがフレデリカ嬢の疲労である。開戦からこちら、最も過酷な役回りをぶっ通しで続けているのだから無理もない。
そして俺がロイド氏に提言しに来た方針転換というのがまさにそれだ。
厄介なことに、いかに弱っていようとも魔物の巨躯は健在だ。無軌道に暴れられたら手が付けられないので、タンク役は必要なのである。フレデリカ嬢の役割を引き継ぐならばおそらく俺が最も適任だろう。弱った相手の攻撃であれば俺でも受け切れるかもしれない。どこまでやれるかはわからないが、このままフレデリカ嬢に消耗を強いるよりは余程いい。
と、俺が前線に駈け出そうとしたその時、ロイド氏の背後にのっそりと見知った人影が現れた。
「やあ。苦戦しているようだね」
「!? あ、ああなんだドノヴァンか……」
「なんだとはご挨拶だな。キミが助けを呼んでるから来てあげたのに」
失礼ながら、草臥れた中年という表現がしっくりくるこの男性は、『剣の誓い』のメンバーにして、現在はシリウス氏のパーティーに属してミアベル達の面倒を見てくれているドノヴァン氏である。
彼がこの場に現れたということは、
「シリウスが来るのか?」
「うん。僕だけ先行したから置いてきちゃったけど、まあすぐに到着するだろう」
常通りに溜息交じりのドノヴァン氏の言葉に、ロイド氏は目に見えて安堵の表情を見せた。正直、俺も同じ気持ちである。今、俺達が一番欲している『攻撃力』が向こうからやって来てくれたのだ。嬉しくないはずはない。
「ところで、ありゃなんだい?」
「なに、とは?」
徐にドノヴァン氏が指差したのは、フレデリカ嬢に翻弄されて暴れているサラマンデル種の姿だ。度重なる謎樹脂爆撃によって体表をずたぼろにされた魔物に、かつての面影は殆どない。
「僕もサラマンデルとは数えるほどしか戦ったことないけど、あんなのは初めて見るよ」
「む。ああ、予てよりサラマンデルに試してみようと思っていた新兵器を投入してな。見ての通り効果は覿面だった」
ロイド氏が若干得意げに説明する新兵器とは、考えるまでもなく魔素重合体の謎樹脂のことであろう。サラマンデル種対策に開発したはいいものの、試す機会もなかったそれをロイド氏は今回嬉々として実戦投入したわけだ。贅沢を言っていられる状況ではなかったが、まさかのぶっつけ本番だったという事実に、俺の背に冷や汗が伝う。
上手くいったからよかったものの……!
だが、そんな俺達の反応を片手で遮って、ドノヴァン氏は「いや違うよ」と告げた。
「ロイド君の新兵器の話は帰ったら詳しく聞くとして、僕が言っているのは『炎精』のことさ」
「炎精がどうし――――いや待て、確かにおかしい」
怪訝な顔をしていたロイド氏がハッとする。
俺はというと話についていけていないので、首を傾げるしかない。
今もサラマンデル種は全身の傷から景気よく炎精を剥離させている。あれがスケマティックの断片であるならば、傷付いた分だけ発生するのはなにもおかしい話ではないと思うのだが。
「いいかいレックス君、炎精はあくまでも魔物を構成するスケマティックの欠片なんだ。ダメージに応じて新たに生み出されているわけではなくて、元あるものが少しずつ放出されているんだよ」
「つまり、炎精が発生した分だけサラマンデル種のスケマティックは減衰しているはずなんだが、俺達が相手にしているヤツが垂れ流した炎精の量は、明らかに致死量を超えている」
鉋で木材を削って行けば削りかすが溜まっていく。だが無限に削り続けることは出来ない。削られる木材と、発生した削りかすの総和は常に一定であるはずなのだ。
ということは、あのサラマンデル種は自身を構成する絶対量以上の炎精を放出しているとでも言うのだろうか。
ロイド氏は思案気に目を細めて、不機嫌顔でブツブツと呟く。
「いいや絶対量で言えばまだまだ余力はあるだろう。なんせサラマンデル種のそもそもの規模が大き過ぎるからな。だが当然構成セクタの過半数を失ったスケマティックが正しく機能するはずもない。現状は既にその状態だ。つまり本来は、あそこまでの炎精が発生する以前に、サラマンデル種というスケマティック集積体そのものが崩壊していなければおかしい」
そして話がそこに戻ってくる。
倒れる気配がないのがおかしいのだ。
とうに力尽きているはずの状態で、何故かあの魔物は動き続けている。
不気味なものを感じた気がして、俺は大剣を握る手に力を籠めて自身を鼓舞する。
もし、ここから何か予想外のアクションが起きてくるとすれば、最も危険な場所に居るのは間違いなくフレデリカ嬢だ。彼女は俺などが案じるのも烏滸がましいレベルの実力者だが、ここまで蓄積した疲労は如何ともし難いはずだった。
俺はフレデリカ嬢と役割を交代する旨を半ば強引にロイド氏に了承させると、全速力で彼女の元へと駆け出す。
「なんと言ったかな。例の――」
その背に、ドノヴァン氏の呟きが微かに届いた。
「『宵の霊薬』とやらかもしれないね」




