357話_side_Militear_ちょっと前_黒い森
~"もう一人の転生者"ミリティア~
久し振りにこの台詞を使う時が来たみたいね。
主人公なめてた!
我らがミアベルさんがいつの間にか強くなり過ぎてて草も生えない。
いやまあ、今日までの討伐者活動でそれなりに実力の片鱗は見せ始めていたのよ。だからこそシリウスさんも最後の『フォリドス種』の討伐をミアベルに任せてみたのだろうし。
それに対して、引き受けたミアベルがなんだか自信ありげだったから、私は『おや?』と思ったのだ。
例のミアベルの『二秒宣言』が出たあたりで、嫌な予感すらし始めた。
シリウスさんを始めとしたパーティーの面々は、ミアベルの大言壮語に対して若干の微笑ましさと微量の不安と大部分の好奇心を綯交ぜにしたような雰囲気で見守っていたように思う。察するに『お手並み拝見』という気持ちだったのだろう。
私はちょっと違う。
なんかやらかすぞこの子、とそんな気がしていた。
まずミアベルは、クランから試験運用を任されているマギアドライブ式の片手剣を抜刀して歩み出た。それからもう一方の手に徐に握ったのは、先日ギルドの職人街で購入してきた魔法具のダガーである。購入の際には私も同行して一緒に選んだ物だ。購入の際の基準として、彼女は何故かやたらと『頑丈さ』と『投げやすさ』を重視していたので、おそらく投擲して使うために用意したのだと思うが、今日までの活動で彼女があのダガーを投げる機会は来なかった。
満を持して日の目を見る時が来たダガーを、ミアベルはいきなり素っ頓狂な場所に投げ放ったのだ。
方向的にはちゃんと魔物を向いてはいたが、狙いがだいぶ上のほうに逸れてしまっていて、普通に魔物の上空を通り過ぎるコースだ。綺麗な投擲姿勢からもわかるように、ミアベルにはインナーハーネスによる補助が付いており、そしてハーネスを統合制御しているマギアドライブには『剣の誓い』に属している本物のプロの投擲モーションが教示されているのだ。つまり未熟故に狙いを外したわけではなかった。明らかに、敢えてそうしたのだ。
で、次の瞬間ミアベルが一歩を踏み出し、そして消えた。
「は?」
と私が思わず声を零した時には魔物は真っ二つになっていて、ミアベルは剣を収めていた。
なにがなんだかわからないので、見たままを説明しよう。
消えたように見えたミアベルは、尋常ではない加速でフォリドス種の尻尾を掻い潜って、そのまま根元から斬り飛ばして駆け抜けた。それにしっかりと反応して、振り向きざまに火焔を吐いた魔物も然る者ながら、しかしその時にはミアベルは既に魔物の頭上に居た。
そして放たれる巨大な斬撃。
上から圧し潰すような無慈悲な剣閃が、地面ごと割り砕きながら魔物を胴体の中心から真っ二つに切り裂いたのである。
擬音で表現するならば、
ヒュガッ!ザンッ!終わり!……である。
本当に二秒で終わらせよったよこの子。
「シリおじ、鼻水でてるぞ~?」
失礼なリゼルに指摘されてハッと我に返ったシリウスさんが、鼻水を啜りながら目を擦る。
しかし残念ながら目の前の光景は揺るがない。魔力に還って消えゆく魔物と、ダガーを回収するためにぽてぽてと走っていくミアベルが居るだけである。
「…………なあミリティアさんや」
「はい」
「あのお嬢ちゃん、もしかして来週くらいには俺より強くなってんじゃねえか?」
流石にそれはない……とも言い切れないのが恐ろしいところである。
なんてったって主人公。成長速度が違う。
真面目に考察するのであれば、『加速』と『進化』を司る時間使いであるミアベルは、学べば学ぶだけ身に着けるし、しかもその習熟速度が常人の比ではないくらいに早過ぎるという成長チートである。あくまでも『定められた方向性に従って進める』という能力ではあるので、例えば闇雲に剣を振ったところでなんか知らんけど強くなった、という風にはならない。制限とも言えないような制限だけど、要は成長チートが発揮されるためにはミアベル自身が明確な方向性を認識している必要があるみたいだ。逆に言えば、方向さえ決まってしまえばミアベルの躍進を止めるものは何もない。
なので、単に技量に限って言えばミアベルが来週にもシリウスさんに比肩したとしてもおかしくはないのだが、しかしながらそんなミアベルにもどうしようもないことがあるのだ。
ズバリ、経験である。
いくらなんでも無から経験が湧いてきたりはしないので、その点でミアベルがシリウスさんに比肩するためには同じだけの経験値を積むしかないのだ。尤も、一つの経験から自身に還元される経験値量という意味では、やっぱりチートくさい成長速度を見せるのかもしれないが。
「たぶん、あと半年くらいは大丈夫ですよ」
「やけに具体的なのがおじさん怖い」
むしろ、ミアベルはあと半年以内にシリウスさんを超えなくてはならないのだ。勿論シリウスさんと戦うわけではないが、少なくともシリウスさんが『宵の魔王』より強いということはないはずだから、その魔王を打倒するためには、ということである。
「てかミリティア、お前さんあんま驚いてないな」
「そんなことないですよ」
「いーやあるね!俺なんて鼻水ふくほどびっくらこいたのに」
「それはシリおじの鼻が緩いだけでは? リゼルは訝しんだー」
鼻水が出やすいことを鼻が緩いとは言わんでしょうに。いや言うのか?いやどうでもいいわ。
お黙リゼルの戯言はさておいて、私の心境は冒頭に語った通りなので、勿論驚いている。ただし、驚きのベクトルはシリウスさんとは若干異なっていることも確かだろうが。
私は、ミアベルが出来ることには驚かない。今出来ることに驚いたのだ。
ミアベルがフォリドス種を二秒で仕留めるために使った魔法。実は私は知っている。
何故なら原作に出てくる魔法だから、と言いたいところだけど、ところがどっこいあの魔法は原作には一切出てこない。
『凛として音は剣と唱う』
私の知る限りでは、ミアベル・アトリーという魔法使いの集大成にして最強魔法だ。
現状では未完成だろうから、私が知る魔法の姿とはだいぶ異なっているけれど、言うなれば最強魔法の原型みたいなものだろう。なお正式名称は無駄に長いので、ファンの間では専ら『凛音』とか『剣唱』とかって略されることが多い。ちなみに読み方は『凛音』と『剣唱』ね。これ間違うとファンが怒るから注意してほんとに。
原作に登場しない最強魔法とはこれ如何に、って感じだけど、なんのことはない。これって劇場版で追加された新魔法なのだ。即ち原作漫画由来ではないが、ちゃんと公式設定で、良い表現をすれば原作の再解釈や再構成の結果。悪い表現をすれば後付け改変である。いや、原作者が考えた以上は後付けでもなんでも正史なんだけどさ。
その辺の話してもいいかな?いいよね。
時系列で劇場版がどこに位置するのかっていうと、劇中の時系列的な意味では原作漫画と同じ時期。つまりミアベルの入学から『宵の魔王』戦までを描く。リアルの時系列的な意味では原作漫画が完結して、アニメも完結して、続編の連載開始直前に放映されたのが『劇場版:夜明けのレガリア』である。
レガリアワールドという作品群の特徴として、最初は少女漫画テイストから始まったのに、徐々にバトル漫画が侵食してきてその比重が大きくなっていくっていうのがある。これはリアルの時系列でも言えることで、後発の作品であるほどにバトル描写が強くなる傾向がある。スピンオフ作品とかでたまに『先祖返りか何か?』みたいなゴリゴリの少女漫画やり始めたヤツもあったけど、残念ながらウケなかったので、まあそういうことだ。少女漫画が悪いわけではなくて、レガリアのファン層の好みの問題であるのは言うまでもない。
話を戻して、つまり劇場版のレガリアはほぼほぼ完全なバトル物である。
というか二時間ちょっとの尺で全部のストーリーを追うのは土台無理な話なので、ファンが一番見たいところだけをクローズアップして映画にした、というのが正しい。
どこかわかる?
当然、ゲスロリとの最終決戦である!
いや魔王じゃないんかーい!と思ったアナタ、さてはレガリアにわかですね。ファンはそんなの求めてないんです。ただただ劇場のスクリーンで繰り広げられる大迫力のゲスロリ戦が見たかったんです。
というわけで、劇場版の尺のおよそ三分の一はゲスロリ戦。そのための映画だったと言っても過言ではない。
まあその是非はさて置いて、基本はアニメ版の戦闘シーンを下地に、原作者の監修のもと、その当時から進化した分の映像技術を盛り込み、ブラッシュアップして再構築されたゲスロリ戦には、いくつかの新魔法が登場するのだ。
ミアベルが切り札として使った『剣唱』もその一つ。
原作漫画においては、シスターレイチェルの魔法である『万難を排する無窮の剣』がミアベルの最終決戦装備であるといつかに説明した覚えがあるけど、それは劇場版でも変わらない。ただしシスターは尺の都合で存在ごとカットされた。ミアベルが彼女の魔法を使っていた以上は世界観的にはちゃんと存在していたのだろうけど、出番はない。南無三。
ミアベルの最強魔法である『剣唱』はそれらの魔法を織り込んで統合的な剣戟戦闘を構築するものなのである。となれば当然相対するプリムローズのほうにも新魔法が追加されていたわけで、現実のミアベルが『剣唱』を使ったってことは、もしかするとプリムローズもあの魔法を使うのかもしれない。てか現実のプリムローズは転生者で、知ってるんだから使ってこないわけがないか。
余談だが、ミリティアは劇場版にもちゃんと出てたよ!台詞もあった。四つくらいね。
「てかミアベルどこ行った?」
「ダガーを回収しに行ったみたいですけど……リゼル、ちょっと見てきてくれる?」
「りょかーい」
ミアベルの代わりに魔物の火焔を受けたダガーはどうやら相当遠くに吹っ飛ばされてしまったようだ。頑丈さが仇になって火焔を弾いてしまったものだから、反発力で余計に吹っ飛んだ可能性が否めない。
リゼルに様子を見てくるようお願いすると、彼女は間延びした返事を残して駆けていった。なお未だにリゼルが護衛として役に立つような事態にはなっていないが、彼女はあれで護衛の仕事は真面目にこなすつもりのようで、パーチ以外の場所では基本的に私の傍を離れない。例外はシリウスさんが居る今みたいに、私の安全が確保されていると判断出来る時だけだ。
「投げたダガーと位置交換して転移戦術の真似事たぁ、中々クレイジーでイカれてるな。一体どこでそんな無茶覚えたんだアイツ」
「さぁ。わかりません。私も初めて見ましたから」
並の魔法使いが同じことをやっていたら、無茶をするのはやめろと制止してやるのが本人のためなのだろうが、ミアベルは明らかに並ではないのでシリウスさんも対応を決めかねているようだ。どう見てもミアベルは疑似転移を戦法の一つとして使いこなしていたし、そもそも彼女の魔法資質が史上最強レベルであることはクランにも予め伝えていることだ。
ところで、私がシリウスさんにした返答は本心である。
『剣唱』は私も知っているミアベルの魔法であるが、私が覚えている限りではその中に疑似転移戦法などというものは含まれていない。可能性の話をすれば、実際には含まれていて、劇場版の限られた尺の中では見せる機会がなかったというだけかもしれない。ただ、そもそもの話をすればミアベルが現時点で『剣唱』を使っているのがまずおかしいわけで、となれば必然的に、私が知るそれとは似て非なる何かであると考えるべきだ。
ミアベルが自ずから発想した魔法なので、同じ名前の似通った魔法になるというだけだ。いや実際にミアベルがあの魔法を『剣唱』と名付けているのかは知らないけど、まあそうなるだろうとは思う。
原作(劇場版もひっくるめて)よりもかなり早い時期にミアベルがあの魔法を習得したということは、つまり誰かが原作展開を捻じ曲げたわけで、深く考えるまでもなく誰かとは私のことだ。私がこの討伐者活動を企画したのでこうなったと考えるのが妥当。ただし、私の影響でミアベルの魔法の中身が変わったとは考え難いので、もしかするとそこは別の転生者の影響があるのかもしれない。例えば白い子とか。
すぐにミアベル達も戻って来て、少しの休憩を挟んでから私達はギルドに帰還することになった。
受けた依頼は達成したし、今日はどうも『竜の巣』方面が騒がしいということで、万が一にも棲み処をはぐれた『サラマンデル種』などと遭遇したら学生達(というかほぼ私)の命が危ないということで、無理せず堅実に引き上げることにしたのだ。まあ、その方針を下したシリウスさんはだいぶ残念そうだったけど。たぶん私が居なければ嬉々としてはぐれサラマンデルを探しに行ったんだろうなぁ。
残念そうなシリウスさんには申し訳ないと思わなくもないけれど、正直私は地響きが聞こえるたびに気が気でないので、早く帰ろうに一票なのだ。
「お。ドノヴァンが戻ってきたな」
そう言ってシリウスさんが視線を向けた先には、パーティーの一員であるドノヴァンさんの姿が。
ドノヴァンさんは中年男性の討伐者であり、まあベテランの類だ。特徴はなんだか草臥れていることで、失礼ながら人生に疲れたおっさん味がある。常の動作もなんだかのったりしていて機敏に動く姿が想像し難いビジュアルをしているのだけど、その適性は斥候向けの討伐者であり、クランではクレメンスさんのグループ(斥候部隊)に属している人だ。
そんなドノヴァンさんは本パーティーの斥候役なので、一人早めに休憩を切り上げて出発前のルート策定と偵察のための斥候に出ていたというわけだ。ドノヴァンさんが戻ったということは、特に問題が無ければ私達も行動開始を意味するが……、
「その顏は、なんかあったみたいだな」
「はぁ……シリウス。報告が二つある」
のったりとした走りで近付いてきたドノヴァンさんは、溜息を一つ吐いてからシリウスさんに報告をし始める。
「良い報せか?それとも」
「どうだろうな。少なくとも片方は『お待ちかね』というヤツかもしれん」
あ、もう嫌な予感してきた。
逆に良い予感がしてきたらしいシリウスさんは目を輝かせて「勿体ぶらずに早く教えろ」とドノヴァンさんを急かすが、対するドノヴァンさんは来た方向を指差してこう言う。
「こっちだ。見たほうが早い」
そうして連れられて移動した私達は、程なくして切り立った崖の上に出る。眼下には黒い森の木々が夜の海のように広がっているのだが、ここの特有の環境である溶岩流地帯が所々で赤々とした輝きを放っており、そこから舞い上がった魔界の火の粉が広く飛散しているのもあって、夜なのに意外なくらいに明るいのが特徴的だ。
そんな森の中にあからさまに異常なものが見えていた。
最初、私はそれこそ溶岩流が森の中を走っているのかと思った。そのくらいに巨大な赤い炎が、私達の眼下の森を横一文字に割りながら進行しているのだ。
あれって、もしかして、
「サラマンデルじゃねえか!」
「遠目だけど、それなりの個体だね」
やっぱり……?
はぐれになるということは『竜の巣』での縄張り争いに敗れた個体であるということに他ならないはずだが、森を一直線に引き裂いて進む業火の塊は、少しも弱っているようには見えない。
ここからでは森の木々との対比から規模を推測するしかないけど、めちゃくちゃデカくないですかあれ。
「で、あれがどうしたってんだ?」
訝しげなシリウスさんがドノヴァンさんに問い掛ける。
まあそうなのだ。だからどうしたって話なのだ。だってシリウスさんは事前に方針を伝えていたのだから、例えサラマンデル種を見付けたとしてもドノヴァンさんはそれをあの場で報告すればいいだけであったはずだ。あのサラマンデル種が私達の帰り道にかち合うならば話は別だが、ここから進行方向を見る限りはその可能性もない。そもそもこの崖上に居れば安全だろう。
だというのに、ドノヴァンさんはわざわざシリウスさんをここまで連れてきたのだ。
「ああうん……」
ドノヴァンさんは少し困ったように言い淀んでから、
「やっこさん、元気に爆走してるだろう?」
「ああ。あれぁ獲物を追っかけてる時の速さだな」
「はぁー……それね、ロイド君なんだ」
はい?
「正確にはロイド君が率いてるパーティー。救援信号を受け取ったから間違いない。どうしてそうなったのかは……わからないけどね」
「ええ!? てことはロイとノエルもあそこに!?」
ミアベルが思わずといった風で声を上げるが、つまりそういうことになってしまう。
こんなところでのんびり見てる場合じゃない緊急事態じゃないか。要するにドノヴァンさんが最初に告げた『報告が二つ』とは、『はぐれサラマンデルを確認した』と『何故かロイドさんパーティーが追い掛けられている』のことだったのである。
焦る私達を一瞥してから、ドノヴァンさんは思案気に言葉を続ける。
「でもね、ロイド君達と一緒に『パンドラ』や『赤原同盟』のパーティーも居るみたいなんだ。戦力的には充分揃っているはずだよ。ロイド君だってそれなりにやるんだし、わざわざ助けを求める状況ではないと僕は考える」
「だが、現実にロイドは救援を求めてるんだろ」
「だねぇ。はぁ……それに今のご時世的に『パンドラ』と『赤原同盟』が共同戦線張ってるっていうのも、ちょっと不穏だよ」
どうする、と問われたシリウスさんは即座に決断を下した。
「救援に向かう」
その判断に異を唱える者は誰も居ないし、私だってこの期に及んで臆病風に吹かれるつもりはない。
『剣の誓い』に仲間を見捨てるという選択肢がないように、私にだって友達の窮地を見過ごすという選択肢はないのだから。
「緊急事態だ、編成を変える。ドノヴァン、リンクを抜けて先行しろ」
「了解。先行してロイド君と接触を図るよ」
「頼む。んでリゼル、ドノヴァンの代わりに俺のリンク下に入れ」
「はぁ~い」
パーティーリーダーであるシリウスさんが展開・維持している連繋魔法からドノヴァンさんが離脱し、代わりに一時的にリゼルがパーティーに参加する。
「久し振りの大捕り物だな。嬢ちゃん達、遅れずついて来いよ?」
シリウスさんの発破に威勢のいい返事をして、私達は夜の森に身を躍らせた。




