356話_side_Miabel_ちょっと前_黒い森
~"主人公"ミアベル~
さぁ今から戦いますってこの時に、まず一番大切なことはなにかわかるだろうか。
装備を確かめること?――――否だ。
覚悟を決めること?――――否なのだ。
敵情を調べること?――――否なのである!
それらは確かに大事だ。とっても大事。それはわかっているし、軽視するつもりはない。
だけどしかし、一番ではないのだ。
一番大切なこととはズバリ――
――カッコつけることである。
先に言っておくけど大真面目である。ミアベルさんは狂ってなどいない。
言い方があれならば『見得を切ること』でも『ハッタリをかますこと』でもなんでもいいけど、とにかくそれが一番大切だ。
よってわたしは今ここに宣言する。
「そこ行く魔物なフォリドス種!わたしはあなたを二秒で倒すっ!!」
どーんッ。
ポイントはとにかく自信満々な表情を意識することである。
惜しむらくは、今回の相手である『フォリドス種』さんは言語を解さないので、わたしの宣言にこれといって反応を示してくれないことだ。
「え?ミアベル貴女、もしかして知能下がった?」
「言ってる間に二秒経ってる件」
見学のハートアート主従からの暖かな声援が聞こえる。
でもリゼルちゃん安心して欲しい。二秒はあくまでもわたし基準で二秒だから。わたしが『よーいどん』って言ってから二秒だから!
この宣言って所謂自己暗示の一種なんだけど、魔法使いのパフォーマンスにおいてこれが意外と馬鹿に出来ない効果を発揮することは実証されているし、なんなら学院の講義でも推奨されることだ。いや、手段は別に『格好つけること』に限定されているわけじゃないけど、要は魔法を行使するときには肉体的なコンディション以上に精神的なコンディションの影響が支配的に働いてくるから、なんであれ自分自身が最もノれる精神状態を作り出すことが大事なんだってさ。
例を挙げれば、たぶんイオさんなんかは精神統一を力に変えるタイプだと思う。凪の状態が一番強いってこと。わたしが戦闘のお手本にしようと思ったジークリンデ先輩なんかは激情を力に変えるタイプだろうから、つまり怒りで強くなる。思うにカーマイン君もこのタイプで、逆にクゼ君はイオさんと同じタイプかな。こればっかりは個人の資質の問題だから、わたしはわたしに合った方法論を用いなくてはならない。
それはなにか。
考えるまでもない。
真似っこである。
アシュタルテさんリスペクトである。
これが一番楽しい、しかも幸せ、そして強い。
アシュタルテさんあれだもんね、戦闘中でも平時でもすぐ格好つけるもんね。魔法使う時も一々ポーズ決めるし、指パッチンとか大好きだもんね。あれかな鏡の前で練習とかしてるのかなそれでクラリスさんとフォノンさんが傍で『素晴らしいですお嬢様!』とか言って満面の笑みで拍手とかしてたらわたし得っていうかなにそれ見たい混ざりたい!
……ということである。
問題があるとすれば、師匠にならって大口を叩いた結果、わたしは間抜けになり下がらないために眼前の魔物を二秒で討伐しなければならない状況に自分を追い込んでしまったことだ。
ただ、ちょっとこれ、傲慢かもしれないけど。
実際、たぶん二秒も要らないんじゃないかな、って気はしてる。
「さ、やるよ相棒」
物言わぬマギアドライブに声を掛けて、わたしは片手剣を構えて腰を落とす。フォリドス種はこちらを威嚇するように尻尾を揺らしながら、徐々に距離を詰めてきている。
これも先に言っておこうと思うけど、ジークリンデ先輩をお手本にして戦闘理論を確立しようと思い立ったわたしであるが、現状大したことが出来るわけではない。そりゃあそうである。そもそも先輩の戦闘を目にしてから一月程度しか経っていないのだし、時間魔法の恩恵で普通の人よりかは贅沢に時間を費やせる身とはいえ、限界はある。
わたしが現時点で先輩から(勝手に)受け取っているのは、その目指すべき方向性の指針だけだ。
だから優先順位で言えば、今の自分が出来ることから伸ばすべきだ。
戦闘に使えそうな魔法で、わたしが最も得意とするものはなんだろうかと考えた時、それは攻撃でも防御でもなく、加速魔法なのだ。
わたしが司る時間属性は順方向に時間を進めることに特化している。即ち、時間の流れを加速させるのが得意なので、わたしという存在は本質的に加速という概念に対する相性がよろしい。
そして大抵の場合、往々にして速さとはイコール強さである。
極論、大仰な必殺技なんてなくてもいいのだ。
ただ知覚不能な速度で肉薄してぶっ叩く。これが出来れば即ち必殺である。
それを実際に体現していたのがジークリンデ先輩だった。わたしがシュヴァルツさんを庇って先輩と相対した時の光景は、今でも脳裏に焼き付いている。瞬きする間に間合いをゼロにして肉薄した先輩が、わたしに向かって炎の剣を振り下ろす。時間魔法が無ければ絶対に反応なんて出来なかったし、そうなれば初手一撃で決着がついていたことだろう。
あれが強さだ。
あれでいいのだ。
剣を構えたのと逆の手で、取り出したるは武骨なダガー。
今回の活動に際して、わたしは色々な面でクランに資金援助をしてもらっているので、実は自前の予算には若干余裕があった。というわけで調達したのがこのダガーさん。ちなみになんの変哲もないダガーと見せかけて、強化魔法が施された立派な魔法具である。
ただし、攻撃力即ち切れ味を強化する方向性ではなく、ダガーそのものの頑強さを上げる方向性だ。
つまるところが、とにかく頑丈なだけのただのダガーである。
わたしはそれを、片手剣を懸架しているのとは逆の腰に備えたダガーシースに収めて持ち歩いていた。
投擲の姿勢で狙いをつけるのは、だいぶ近くまで来ている魔物のちょっと上のほう。
よし、これを投げてから二秒を数えよう。
自分ルールである。その二秒内に相手を倒せれば公約達成ということで一つ。
「ふっ!」
っと軽くダガーを投げ放つ。
ちなみに刀剣の投擲って結構難しくて、ちゃんと刃が立つようにそれなりの速度で狙いを外さずに投げるってのは、普通に熟練の技量を要求されるくらいには難しいのだ。
だけれどわたしは大丈夫。だってマギアドライブが制御しているインナーハーネスが、意図せずとも自然に最適な投擲姿勢を補助してくれちゃうから。快適過ぎてこわい。わたしマギアドライブなしでは生きられない身体になるんじゃなかろうか。
「――――」
などと文字通りの高速で流れる思考とは裏腹に、わたしの視界は既に遅延を起こしている。あるいはだからこそ、というべきか。わたしの思考が高速化すればするほどに、世界は速度をなくしていくのだ。
二秒を数えるつもりで口を開いた、最初の音すら出ていない。
踏み出し、疾駆する。
わたしはこの戦闘で、たった一つの魔法しか使うつもりがなかった。
速さとは強さである、という戦闘理論に依って立つとき、恣意的に時間を加速するわたしの魔法はそれだけで完結してしまう。時間を加速させて移動すれば、それ即ち加速魔法だ。時間を加速させて攻撃すれば、それ即ち攻撃魔法である。
故にわたしは、わたしの時間魔法を練り上げることにした。
これが最高率ならば、それを伸ばすのが高みへ至る最短の道であると信じて。
わたしだけの魔法。
加速魔法でもなく、攻撃魔法でもなく、しかしそれらすべてを内包した魔法。
わたしは剣を取ることにした。
ならばそのわたしのための魔法に、敢えて分類をつけるならば――
――剣戟魔法。
最速で疾駆したわたしの主観的には瞬く間に、相手の魔物にしてみれば真実瞬く間に、彼我の距離はゼロになる。
わたしは、やろうとおもえばこの瞬く間を本当の意味でゼロに近付けることが出来る。だけれど今回は敢えてそれをしなかった。アシュタルテさんやわたしが時間魔法を使って異時間の中を移動する時、それが周囲からどのように捉えられるのかは時間を停滞ないし加速する割合に依存する。
認識不能なほどに時間の差が生じてしまえば、わたし達の肉体は消えたような挙動を取る。瞬間移動だ。これは物理法則のほうが上位法則に忖度して『移動した』ということにしてくれるかららしい。では時間の停滞ないし加速の割合を緩やかにしていくと、周囲から認識可能であるという閾値を割ったところから、わたし達の姿は認識されるようになる。勿論、それでも他者からはとんでもない速度で動いているように見えることだろう。
もう一つ、わたし達は時間を停滞ないし加速した状態で他者の認識圏に干渉することが出来ない――とアシュタルテさんは教えてくれたが、これは厳密には例外がある。例外というか、程度と言ったほうが正しいか。
ほぼ停滞した時間の中で他者の認識圏に干渉出来ないのは、そうであるが故に認識圏が変容を拒むからだ。例えるならば、それは氷を融かそうとすることに似ている。手で触れて体温で氷を融かそうとしても、時間が止まっていれば融けるわけがない。
理論的な話をすれば実際はもう少し複雑みたいだけど、それは今はどうでもいいので、わかりやすく必要なことだけ纏めると、つまり時間を停滞ないし加速すればするほどに、影響下の認識圏は強固になる。
そこで、今わたしがしているように、敢えて時間の停滞ないし加速を緩やかにするという方法がある。
その分認識圏の強固化もマイルドで、つまりは魔物にも攻撃が通るようになる――――ということが言いたいのではない。実は。
魔物を攻撃する時はどうせ時間を動かすのだから一緒のことである。
そうでなく、属する時間の流れが異なることによる相対的な影響は、例え術理の産物であっても逃れ得ず。
わたし自身が唱えた魔法であっても、わたしから離れた瞬間にそれが適応されるということだ。
恐ろしくスローになった視界の中を、しかしフォリドス種は迎撃してきた。
自慢の尻尾を鋭く伸ばして、先端の最も鋭く、最も堅牢な鱗の切っ先を以て、相対速度でわたしの身体を刺し貫きにきたのだ。術理ゴーストと化したわたしの視界には、その動きは鮮明に捉えられている。わたしの主観からすれば欠伸が出るような速度なのだから当然だ。本来であればこの術理空間の中ではわたしも制約を受ける。自由には動けないという意味で。相手が遅くなって見えようとも、わたし自身が同じ速度域でしか動けなければ有利も半減してしまう。
だけど、今のわたしにはインナーハーネスの補助がある。
魔力を通したハーネスは術理化し、術理的なオブジェクトと化している。それは即ち術理ゴーストと化した状態でも補助として機能するということだ。
わたしの心臓を狙って突き進んでくる尻尾の先端を、わたしは左に掻い潜るように躱す。そしてそのまま前進し、マギアドライブを搭載した片手剣で、フォリドス種の尻尾の根本付近を横薙ぎに斬り付ける。
ただでさえ堅牢な鱗の防御は、時間の加速に応じた認識圏の強固化によって更に防御力を上げていて、わたしの斬撃は微塵も通らず表面を撫でるだけに終わった。刀身に乗せた魔力は術理の斬撃となって軌跡を描くが、それもまたわたしの手から離れた時点で時間加速の影響下を離れて虚空にゆっくりと留まるだけのものと化す。
ここだ、とわたしは下肢に力を籠めて制動を掛ける。
返す刃で振り被り、狙いを定めるのは先の一撃で狙い撃った寸分違わず同じ場所。
の、手前で遅くなっている自前の斬撃である。
これがただの物理的な斬撃であればこうはいかない。
でもこれは術理斬撃だから、ある程度物理法則を無視してしまえる斬撃だからこそ、こんな奇妙なことが起きる。
たぶん、この世でわたしとアシュタルテさんにしか出来ない戦法だと思うけど。
つまり、わたしは自分で放った斬撃が役目を終える前に、返す刃で次の斬撃を放つことが出来てしまうのだ。
だからなんだと思うかもしれない。
だけれど、魔法にはこういう特性があるのだ。
同時に唱えた同等の魔法は効果を重畳する、という。
これは魔法モデルというシステムの性質上そうなるのだけど、それ自体はこなれた魔法使いならば普通にやっていることだ。初歩の射撃魔法を複数同時に唱えて威力を上げるだとか。わたしもジークリンデ先輩との戦いでは初歩の防御魔法で同じことをやった。
ただし、これが出来るのは基本的に魔法モデルが簡素な、所謂初歩系の魔法に限られる。何故ならば魔法モデルが複雑になればなるほどに、当たり前だけど同時に構築する難度が上がっていくから。そして難度がある一定を超えると、同時構築は物理的に不可能にすらなる。
物理的に――つまり時間的な制約である。厳密には同時でなくても、唱えた魔法が物理に威力を発揮する前に同じ魔法を重ねれば重畳するわけで、高度な魔法ではそれが許されないという意味だ。
わたし達にはそれが出来る。
これは魔法というシステムそのものをハックしているに等しい。
オチをつけるとすれば、結局今のわたしに使える魔法は大したものがないので、重畳させたところで高が知れているのだが。
しかしである。アシュタルテさんほどの魔法使いがそのアドバンテージを得ればどうなってしまうのかというのは、知っての通りだ。
わたしがフォリドス種の尻尾を狙った魔力斬撃は、それ単体では鱗の表面を撫でる程度の威力しかない。
だけれど、自分が放った斬撃が消える前に、次の斬撃を重ねることで威力を重畳することが出来る。
「――――ッ」
三撃を重ね、わたしは魔物の背後へと駆け抜けつつ、耐えきれなくなって息を吐く。
その途端に時間魔法が一瞬だけ、ほんの半秒だけ緩み、動き出した時間のままに爆裂した多重斬撃がフォリドス種の尻尾を根元から薙ぎ飛ばした。
「イチぃ」
ここまで一秒。
あと半分。
大丈夫。もう、勝ってる。
耳を劈くような怒号を上げて転回し、わたしを睨む魔物の咆哮が途中でぷつりと途切れる。わたしが再び時間を加速させて音を置き去りにしたからだ。劇的に遅くなる視界の中で、フォリドス種は口から火焔を吐いてきた。
主武装である尻尾を失った今になって繰り出してくる、最後の切り札にして、頼みの綱であろう。
だけど。残念だ。
わたしは既にそこには居ない。
「――――」
口元を引き絞ったわたしの眼下には、明後日の方向に火焔を吐くフォリドス種の無防備な背中が見えていた。
わたしはフォリドス種の直上に滞空しているのだ。
そして魔物の火焔の只中には、きらりと光る刃の影が見える。
最初に投げ放った、頑丈さが取り柄のダガーさんである。
つまり、投げていたダガーが魔物の頭上に到達した瞬間に、わたし自身と位置交換をしたのだ。これはまるっきりジークリンデ先輩の魔法のパクリである。位置交換系の魔法って難度はそんなに高くない。簡単な魔法ではないけど、高難度魔法の中では手が出しやすいほうっていう意味ね。イオさん達も得物を手元に呼び寄せるのに使ってるし、わりと手軽で便利な魔法だ。
戦闘に応用して疑似転移として用いれば、誰でも転移戦術の真似事が出来てしまう。転移戦術の有用性は論ずるまでもないのだから、では何故誰もが位置交換による疑似転移戦法を採用しないのか。
自分でやってみて答えがわかった。
耐えられないからだ。
一瞬にして自身の座標どころか、場合によっては平衡感覚や加速度までが切り替わるというのは、思った以上に肉体に掛かる負担が大きい。位置交換は本場の転移魔法とは違って、転移対象を手厚く保護などしてくれないから、こういうことが起きる。人体に使えば、感覚の落差で咄嗟には動けなくなってしまうので戦闘どころではないし、平時だとしても普通に危険だ。
先輩はその点をアヴァターの能力値によるゴリ押しで解決していたのだ。負荷に耐えられないならば耐えられる身体で使えばいいという脳筋理論である。
勿論わたしには同じことは出来ないけど、ことわたしにとってはそもそも負荷を考慮する必要すらないのだ。
何故って、不可逆的な変化でさえなければ、本来回復にどれだけ時間が掛かろうともわたしにとっては即時なのだから。
わたしと位置を交換したばかりに魔物の火焔に呑まれてしまったダガーさんには、あとでちゃんと謝っておこう。でもたぶん今後もこういう使い方するから、そこはわたしなどに買われた不幸を呪って欲しい。
ダガーさんの更なる躍進を祈りつつ、眼下の魔物に繰り出すのは馬鹿の一つ覚えの多重斬撃。
……多重斬撃なんて表現するとなんだか連撃みたいにも聞こえるから、ちょっと考えた。
わたしはこれを『過斬撃』と呼ぶことにした。
良い響きである。わたしが考えたにしては中々に外連味があるのではなかろうか。
名付けって結構重要だ。ネーミングセンスが無かろうが、出来が悪かろうが、自らが生み出したものには真剣に名付けるのが責任というものだ。
わたしはこの戦闘でたった一つの魔法しか使わなかった。
ここまで全てが一つの魔法である。
過斬撃を繰り操る、わたしだけの剣戟魔法。
その名を――
『凛として音は剣と唱う』
「――二秒。討伐完了」
真っ二つになって消えゆく魔物を背に、わたしは剣を鞘に収めた。
……ヘタクソなせいか、カッコイイ音は鳴らなかったけど。




