355話_side_Miabel_ちょっと前_黒い森
~"主人公"ミアベル~
本日、わたしの属しているシリウスさんパーティーの受注依頼は『フォリドス種』のスケマティック回収だ。
この魔物種はちょっと口で説明するのが難しい外見をしているのだが、特徴だけを述べるならば鱗に覆われた四足獣、であろうか。全身を覆う鱗は強靭であり、同時に鋭利さを有する。鎧にして刃なのだ。体躯のスケールは普通の馬や牛なんかと同程度なのだが、全長に比して脚の長さが極端に短いため、シルエットは非常に胴長に見える。また、最大の特徴としてその全長の半分以上を占める長大な尻尾を有し、つまりは馬や牛と同程度の体躯に、その倍以上の長さの巨大な尻尾を想像して欲しいのだが、完全に異形であるということだ。
この尻尾が実に厄介で、まずなんと言ってもリーチが尋常ではない。しかもフレキシブルに可動する。その上、全身を覆っている強靭・鋭利な鱗は当然尻尾の全部を覆っているので、硬くて重たく、触れれば斬れる凶器となっている。尻尾だけを警戒すればいいのかというとそうでもなく、ここの魔物の多くと同じく、このフォリドス種も当たり前のように炎属性魔法を行使してくる。
以上の特徴から単体の討伐難度はそれなりに高い。幸いにして大規模な群れを作る種ではないので、大抵は多くても五体程度の小さな群れで行動しているようだ。なので討伐依頼のランクは『Dランク』帯に留まり、一応は討伐者の平均値と言えるランク帯ではあるのだが、一口にDランクといえどもピンキリなわけで、少なくともEランクから昇格したばかりのパーティーなんかが太刀打ち出来る相手ではない。そういう場合の対応のため同ランク内でも依頼ごとに受注条件が設けられるのが普通で、この『フォリドス種討伐依頼』の場合は、まずソロでの受注は不可能で、かつ受注パーティーはフルメンバー(六名)でなければならない。それからアベレージで決まるパーティーランクがD以上であることは当たり前として、その中に一人以上の『レベル3以上』討伐者が含まれていなければならず、更に同魔物種の討伐実績を有する討伐者が二人以上含まれていなければならない――と細部に渡って厳密に決められているのだ。なお討伐実績はライセンスカードに紐づけである。
わたしの属するシリウスさんパーティーの話をすると、まずパーティーのランクはDランク。これはライセンスを取得したばかりのわたしとティアが『レベル1』なのでアベレージを大きく下げてしまっているからだ。リーダーのシリウスさんは『レベル4』で、他のメンバーは『レベル3』の人が二人と『レベル2』の人が一人、即ちレベルのアベレージは大体2.3くらい。ランク換算でDランクということだ。受注条件であるレベル3以上の人数は満たしているし、わたしとティア以外は全員フォリドス種の討伐実績があるのでこれも問題ない。パーティーの構成人数はフルの六名というか、なんならティアの護衛のリゼルちゃんが同行しているのでオーバーすらしている。上限は六名とルールで決まっているので、あくまでもおまけのリゼルちゃんは付いてきているだけの人という扱いではあるが。
フォリドス種のテリトリーに赴いたわたし達は、そこで何度かの戦闘をこなした。依頼達成に必要なスケマティック数は十五。フォリドス種は一体から一個のスケマティックが得られるので、必要数がそのまま必要討伐数である。流石にシリウスさん達は手慣れたもので、然程苦戦することもなく捜索撃滅を繰り返し、順調に目標数を達成することが出来た。
わたしとティアは最初は基本的に後方支援をしていた。ティアは得物が弓なので普通に援護射撃を、わたしは慣れないなりに射撃魔法なんかで。初心者のわたし達が相対するにはフォリドス種は少々厄介だという判断による方針だが、わたしは本来前衛なので途中からは徐々に前に立たせてもらったりもした。
「さてと、ラスイチなわけだが」
依頼達成の必要個数は集め終えたが、余剰が一体出た。あと二個で達成というところで三体の群れに出会ったので、そういうことになる。必要個数以上の分を持ち帰った場合にどういう処理になるのかは依頼によって異なるのだけど、どれだけあっても困らないような品であれば基本的には依頼主があるだけ買い取ってくれるし、必要数以上は必要ないと依頼主が言えば余剰分はギルドが買い取ってくれる。その場合は若干値が安くなるのが普通だ。勿論、余った分は自分達で活用したり、自分達の伝手で売ることだってある。
フォリドス種のスケマティックが何に使われるのかというと、最も一般的な利用方法は高級防具の素材である。今回の依頼もそのために支部内の工房から発注されたものだったはずだ。用途的に考えればスケマティックの余剰分が一個二個程度であれば同じ値段で買い取ってくれそうだ。そういうのは受注時の契約で決まっているはずなので、依頼を受けたシリウスさんは知っていると思うがわたし達には知らされていない。
依頼は既に達成したので残った一体のフォリドス種は無視して帰還するという選択肢もある。フォリドス種は移動が遅いので撒くのは容易だ。
逆に、余裕があるなら倒さない理由も特に無いので、まあシリウスさんのことだから討伐を選ぶだろうとは思う。
「ミアベル、お前さん、サシでやってみるか?」
少し離れた場所でこちらを威嚇しているフォリドス種を指差して、シリウスさんが言う。
わたしは一瞬きょとんとして、そして思わず声を上げた。
「いいんですかっ?」
「おう。危なくなれば俺達が助けるし、ロイドのヤツにも『ドライブのデータ取りをさせろ』ってしつこく言われてるからな」
「やるやる!やりまっす!」
なんとわたし一人で戦わせてくれるらしい。願ってもないことだ。
クランからわたしに貸し出されて試験運用をしているマギアドライブは片手剣に搭載されているので、データを蓄積するためには魔物と斬り合わなければ仕方がないというのが理由の大部分なのだろうけど、それでもゴーサインを出せる程度にはわたしの実力が認められているということだ。
これが張り切らないわけがない。
「ミリティアは見学な。わりぃけど」
「自分の実力はよくわかってますから、いいです」
シリウスさんはわたしとティアで扱いに差が出ることを申し訳なく思ってる風だけど、むしろティアは若干安堵していた。というか戦えと言われたほうが困るということだろう。別にティアが臆病とかやる気がないとかそういう話ではなくて、それが極めて普通の反応だとわたしは思う。ちょっとばかり戦闘狂の気があるシリウスさんの感性のほうが特殊なのだ。
一応言っておくと、わたしも本当ならティアに同意するところである。進んで魔物と戦いたいわけではないし、しかも一対一でやってみろなんて言われて平然としていられる程豪胆でもない。
だけどわたしには、それを押してでも叶えたい目標がある。
あの日、わたしが血の誓約書に誓った目標だ。
わたしは、アシュタルテさんの願いを叶える。
だからそのために、わたしはわたしを必死に磨き上げなくてはならない。あの少女とわたしの間にはそれだけの実力差があるし、そうするに足るだけの恩義があると思うから。
こんなところで魔物相手に萎縮しているようでは、きっと一生掛かっても彼女の足元にも及ばないだろう。
故にわたしは、わたしに降り掛かるあらゆる試練に、望む所だと臨むことにしているのだ。
「ミアベル、頑張ってね」
応援してくれるティアに、わたしは「ありがと」とだけ答えて前に出る。
既に武器は抜刀していて、マギアドライブも稼働中である。
対するフォリドス種のほうにも退くという概念はないようで、近付いてきたわたしに狙いを絞って威嚇するように尻尾の先端を揺らす。
わたし達はこの活動を始めるにあたって、自分の戦闘スタイルを確立する必要に迫られた。本来、学院のカリキュラム通りに進めば実際に魔物と戦うのは三年生になってから。つまり二年近くも先の話なのである。そこまでのカリキュラムで時間を掛けて自身のスタイルを確立していくのが学院の意義であり、あるべき姿だと言えよう。
だけれどわたし達はそれを勝手に前倒ししてしまっている。ティアがなにを思ってこのタイミングで討伐者活動を望んだのかはわからないけれど、これ幸いと乗っかったのはわたし自身だから文句もない。しかし現実的にわたしには戦闘に関する下地すら形成されておらず、下地もないところに戦闘スタイルを無理矢理ぶち立てるというのは言葉で言う以上に無謀なことだと思う。
なんの足掛かりもなしには難しい。
なのでわたしは、手本となる理想形を外に求めることにした。
わたしの理想とは当然、あらゆる意味で目標にして憧れであるアシュタルテさん――
――ではないのだ。実は。
彼女の真似っこをしたいのは山々なのだが、わたしの最終目標はその彼女の願いを叶えてあげることなのである。
アシュタルテさんが自力で実現出来るようなことをわたしに望むはずもないから、必然的にわたしは彼女が実現出来ないことをこの手で実現しなければならない。そう思ったら、彼女の後ろだけを追い掛けているようでは話にならないのだ。それでは永遠に彼女に追い付くことなど出来ないし、アシュタルテさんの模倣をするしか能がない粗悪なコピーに成り下がるのが目に見えている。
不遜ながら、つまりわたしは彼女を超えたいのだ。少なくとも、彼女を超えることの出来る一芸を身に着けたいのである。
わたしは、アシュタルテさんの苦手を探すことにした。
彼女が苦手とすることがわかれば、わたしはそれをこそ磨くのだ。例えそれが彼女の願いを叶えるという目標とは関係なくとも、もし彼女が困っている時にわたしが手を差し伸べてあげられるようになれたなら、大きな恩義のほんの欠片でも返せる気がして。
そしてわたしは、労せず一つの方針を見出した。
フィジカルなのである。
アシュタルテさんの姿を想像した時に、最初に来る印象というのはきっと誰もが同じだろう。
それは彼女の身体がとっても可愛らしいということだ。
容姿ではなく、いや容姿もだけど、とにかく彼女の身体はちっちゃいのだ。
アシュタルテさんの弱点はフィジカル面だ。つまり彼女は物理的な力技が苦手なのだ。思えば彼女の戦闘スタイルにもそれは如実に表れていて、得意とする得物が鞭であることも、射砲撃戦に秀でているのも、裏を返せばフィジカル的に近接戦闘を避けるべきであるからに他ならない。
生憎とわたしも特別体格に恵まれているというわけではないが、少なくとも同年代女子の平均的な体格ではあるし、体力や筋力的にはむしろ秀でているほうだとは思う。魔法使いには身体強化という裏技があるのだが、これは基となるパラメータの影響が非常に大きいので、身体強化魔法を考慮に入れた場合、わたしとアシュタルテさんの単純な肉体的性能の差は相当大きいはずだ。
光明が見えた。
わたしは剣を取ることにした。
そして幸運なことに、わたしのその方針において、わたしは既に殆ど理想形と言える存在を見知っていた。
いや、胸を張ってそう言えるほどに知っているとは言い難いかもしれないけど、少なくとも自身の目指す方向性を決める指標としては充分なくらいに。目指す先がわかっていることの重要性と、それが結果と過程に齎す劇的な差異というのは、アシュタルテさんに出会って時間魔法を知り、蒙を啓かれたわたしは誰よりもそれを知っているのだと自負してもいいくらいだった。
そもそも、特異な素質を持って生まれたわたしだが、育ちは普通の平民である。身近に戦闘を生業とする人なんて居なかったし、なんなら先生以外の魔法使いに師事したこともない。
だからわたしが参考に出来る戦闘者なんて存在は、ほぼほぼエンディミオンに入学してからの縁であり、それとて数えるほどしか居ないのだ。
前期のゴーレム事件の際に助けてくれたクゼ君。練術場でゴーレムを殲滅していた執行部の先輩達。外部講師の人達によるアリーナでのレクリエーション。そして最近、花告祭の最中に起きたあの事件――、
理想とする彼女は、あの日。
剣を取り、火を操り、そしてアシュタルテさんに真っ向から対抗して見せたのだ。
わたしもこの身を以てその力を味わい、そこに自らの目指すべき理想の片鱗を見た。
つまり、そう。
わたしは、ジークリンデ・ベルン・リヒトベルガー公爵令嬢を目指すことにしたのである。




