349話_side_Militear_ちょっと前_パーチ
~"もう一人の転生者"ミリティア~
「魔公の目的は『魔王の再誕』であるとされていたわ」
「再誕?復活とは違うのか?」
「意味合いは一緒かもしれない。でも作者がわざわざ違う単語を使った以上、違うものであると考えるほうが妥当だと思う」
これはレガリアSSにおいて魔公フェンリスが語ったことである。ただ、信憑性は怪しい。物語の構成的にも序盤で語られたこの目的は見せ札である可能性は否定出来ない。
「魔王という存在をもう一度君臨させるという意味だと思うんだけど、それが『宵の魔王』の再復活を表しているのか、それとも全く新しい魔王を誕生させるつもりなのか、はたまた魔公の誰かが次なる魔王になるつもりなのか……わからないわ」
「原作無印で『宵の魔王』は復活し、主人公に滅ぼされたんだよな?」
「ええ。もう復活することはないと言われていたから、本当に滅びたんだと思う」
その魔王が現世に遺した力を利用して四人の魔公が復活したわけであるが、魔王は自身の消滅が不可避であるから全ての余力を魔公に遺したのか、あるいは魔公に全ての余力を与えたからこそ自身は消滅してしまったのか、そこは魔王と原作者のみぞ知るところなのだろう。
「では、魔公はそのためにどんな活動をしていたんだ?」
「それも具体的には不明なんだけど」
レックスの質問に、私は答えを返しつつも脳裏で一度考えを纏める。
「レガリアSSではね、主人公と仲間達は国内の色々な場所に赴くの。これは無印の最後でエンディミオン魔法学院の隣の黒い森が魔王と共に消滅してしまったから」
「なんだって?」
「厳密には森そのものは残っているけど、魔界とのゲートが閉じて真実ただの森になってしまったのよ」
全ての黒い森が魔王の道連れになったわけでは勿論なくて、魔王と主人公の最終決戦の場となったエンディミオンの森だけの話である。なお最終決戦の場は森そのものではなく魔法学院なのだけど、それは追々語るとして。
三百年前に魔王が一度勇者一行に討伐されて以降も世界中の黒い森は絶賛営業中であったように、魔王が死んだからとて魔界の活動が止まるわけではない。当然、原作無印の二年後の世界であるSSにおいても黒い森は絶賛営業中だ。
「学院の隣の実地訓練場が消滅しちゃったから、他所の森に遠征して実地講義を行わざるを得なくなったわけね」
「そうなると、今の学生戦力は?」
「学生戦力は『部活』と名を変えて存続してるわ。言うなれば『討伐部』ね。他所の森に遠征して魔物を討伐する討伐者のような活動を学生に認めたのよ。主人公もまた、とある部活に参加することになる」
「それでカリキュラムが成立するのか、俄かには想像し難い話だな」
「今の常識で言えばそうでしょうね。でも続編の時代だと魔法技術ももっと発達していて、交通網も整備されていた気がするわ」
それこそ、ちょっと他所行って魔物のしてくるくらいのノリで遠征出来る程度には。
続編は現在から考えれば三年後。たかが三年、されど三年だ。既に魔獣による馬車鉄道という下地があって実際に運用されている以上、それだけの時間があれば更なる拡充と整備には充分だ。
「マギアドライブ式の騎馬とかもあるのよ?」
私が言うと、レックスは流石に想像もつかないのか目を丸くした。
「個人の移動手段として馬があるでしょ。それを魔法具化しようと誰かが考えた。確か技研の研究者だったと思うけど。動力には普及が進んでいた『魔法原動機』、制御系には軽量化に成功したマギアドライブ。最初は馬型のゴーレムを魔力で動かすという至極真っ当なアプローチから始まったんだけど、途中で誰かが『脚要らんくね?』って気付いてしまったのね。制御も複雑化するし、移動だけが目的ならば車輪でいい。前後の脚を取っ払ってそれぞれに車輪を配したわ。そうすると馬型である意味もないから首も要らない。取っ払って搭乗者保護用のフロントカウルを取り付けたわ」
「先が読めたぞ。手綱では使い勝手が悪いから代わりにハンドルを付けました、だろう」
「いぐざくとり。そして最終的に魔力で動く自動二輪が誕生しましたとさ」
ちなみにその辺の技術系の説明を私にしてはよく覚えていたのは、単に続編主人公の趣味がそれだったからだ。魔導バイク弄り、てきな。
「たった三年後にはバイクが走る時代が来るのか?マジで?」
「ええまあ、たぶんレックスが想像してるよりはだいぶもっさい光景だけどね。SSの世界観はよくスチームパンクライクだって言われてたから。あれ系の世界観の、蒸気機関が魔力機関に置き換わったのを想像すればわりと近いかもね」
「いやぁ……スチームパンク作品でもバイクがあるのは少数派ではないかな」
そうなると、とレックスは少し眉根を寄せた。
「もしかして、三年後には魔法使いは既に特権階級ではなくなっているのか?」
「今よりはね。でもマナエンジンにしろマギアドライブにしろ、三年後の時点ではまだ制御性に難を抱えていて、安全に運用できるのは結局魔法使いだけだってなってたから、まだ全ての人が魔法を手にしたとは言えないわ」
「時間の問題という気がするが」
そりゃあね。でもそういうものでしょ、技術の発展って。知らんけど。
「っと、話が逸れていっちゃうわね。戻しましょう」
「あ、ああ。そうだな」
「そういう移動手段を使って、主人公の属する部活も遠征に赴いて、とある黒い森で活動をするのよね。ちょっと地名までは覚えてないんだけども」
学院の制度についても非常に曖昧な記憶である。確か、部活動として魔物の討伐を行って、スコアに応じた評価が成績に反映されるとかそんなノリだったとは思うんだけど。
「で、たまたまその森で暗躍していた魔公フェンリスの一行に遭遇して、それをきっかけに大きな陰謀に巻き込まれていくっていうストーリーなのよ」
「一行というのは?」
「フェンリスはお供の人型魔物を二人連れているの。メイドなんだけど」
何故メイドなのかはわからない。フェンリスの趣味なのか、作者の趣味なのか。
蠍メイドのスコールと、鳥メイドのハーティだ。スコールは冷淡な美人系の容姿で、結構ばっさばっさと人間を殺害する魔物らしいキャラだった。相方のハーティはちょっと抜けた可愛い系の容姿で、どちらかというとギャグ要員。ちなみにハーティは前作も含めたその時点での登場人物中でぶっちぎりにおっぱいがデカい。
「なんか漫画だとわりと憎めないキャラみたいな描かれ方してたけど、あのメイド達って実質大型種なはずだから、つまり大型種二体を引き連れた魔公っていう巨大戦力よ」
「それぞれが眷属の小型種を率いていると考えれば、オンスロートも目じゃない脅威だな」
当たり前だが、物語の序盤も序盤の主人公一行が勝てる相手じゃない。
「フェンリスどころかハーティ一人に手も足も出ずに全滅させられるところだったんだけど、そこに間一髪でマリア様が割って入って」
「作中最強キャラ」
「そう。大学部生のマリア様もなんか目的があって行動してたみたいで、色んな場所で主人公と遭遇して助けてくれるんだけど、結局マリア様の目的もわからないままだったなぁ」
なおそこでマリア様VSフェンリスの次元違いの戦闘が勃発して、主人公達は命からがら逃げのびるって感じ。色んな意味で印象的なシーンであった。
主人公視点ではそれ以後のことはわからないので、結局フェンリス達がなんのためにそこに居たのかはわからない。ただし漫画としては敵側サイドとか、マリア様視点の描写もないではないので、それなりに匂わせるシーンはあったはずだ。
「それで、フェンリスは魔王再誕っていう目的成就のために、なにかを探してる様子だった」
「なにか……」
「ごめんなさい。全然覚えてないの。作中で言及されてたかどうかも」
原作知識を持っているということは私の一番大きなアドバンテージのはずなのに、そこで役に立てないことが口惜しくて俯くしかない。なにもわからないよりはマシかもしれないけれど。
「まあわからないものは仕方がない。建設的にいこう」
レックスは慰めるように言うと、仕切り直しとばかりに言葉を続ける。
「ということは、目的を同じくするベルフェルテも、この支部でなにかを探しているということになるのか」
これが魔公の仕業だとすればの話だが、とレックスは注釈をつける。
私も思考を切り替えて彼の疑問に対する答えを考える。
「ううん。私は違うと思う。最終的な目的は同じでも、フェンリスとベルフェルテは協力してる風じゃなかったの」
「協力関係にない?」
「ええ。確か、四公にも序列があってフェンリスは一番下。ベルフェルテはその上。わかりやすい三下ムーブのベルフェルテは格上に媚びるから、逆に格下のことは見下しているの。むしろ、フェンリスのやり方を馬鹿にしてる風だった気がする」
「なるほど?」
そんなベルフェルテの目的は、ずばり格上に媚びることであったと思われる。
「うん?どういうことだ」
「だからね、ベルフェルテにとっての格上は残りの二人の魔公でしょう?彼女はおそらくその二人をこちらに招こうとしていたのよ」
「……そもそも、フェンリスやベルフェルテは黒い森の外で、つまり人間界側で活動していたのか?」
レックスの疑問に私は頷く。
「といっても、黒い森から出て来て人社会に混じって好き勝手に動き回ってるってわけじゃあない。人型の魔公はその気になれば人間に擬態することができるけれど、彼等の身体は人間界の空気に適応できていないもの」
具体的には魔力の密度だ。魔物にとっては大気中に存在する魔力こそが、人間で言うところの酸素である。即ち、魔界や黒い森に比べれば大気中の魔力密度が極端に薄い人間界は、魔物にとっては高山地帯や、あるいは水中で活動しているようなものなのだ。
短時間活動することは出来る。しかしどうしても本領は発揮出来ないし、徐々に弱る。
だからこそ、魔物は人間界を侵略するために黒い森の規模を広げようとするのだ。
「たぶん、魔公達は出てきても黒い森までだと思うわ。それだって何処へでも行けるわけじゃないの」
「術理的規模の問題だな」
「リヒティナリアで最も大きな森であるブラッドフォードでやっと、ベルフェルテが通って来られるくらい。だから更に強力な残りの二人は、現状この王国に侵攻する手立てがないことになる」
「逆に言えば、残りの魔公が侵攻の足掛かりにするには、ここの森を拡大するのが最も効率的ということだな」
「そういうこと」
ベルフェルテが自発的に行ったのか、残りの魔公に命じられてやったのかは定かではない。ベルフェルテの性格的にはどちらも半々であると思う。
となればベルフェルテが扇動した男女間の対立はあくまでも準備段階だ。ここの支部の主力を担う巨大クラン二つを衝突させ、人間側の自縄自縛を作り出したその時、本命の一手を打ってくる。
「おそらくは、オンスロート」
本当に途中までしか読めなかったのが悔やまれる。確証には至らないが、最悪を考えるならば討伐者による迎撃網が麻痺した瞬間を狙い澄まして魔物勢力の一大侵攻があるはずだ。魔物は同族であっても攻撃し食らう性質があるが、フェンリスが魔物メイドを率いているように、種族として上位の存在による統率には従うのだ。魔王という概念が成立しているのだから当たり前ではあるが。
そしてきっと、不和を抱えたままの討伐者達は、これを防ぎ切れない。
そこまで予測が立ったとしても、なにも出来ない。
何故ならば私は私の予測を立証出来ないから。
これは魔公の策略だと吹かしたところで頭がおかしいと思われるだけだし、それ以前に私の思い過ごしで黒幕なんて居ない可能性だって厳然と存在している。
私の思考は行き詰った。けれど何かをせずには居られない。もしこれが思い過ごしでなければ、最悪、魔王の復活を待たずして王国が滅びる可能性すら否定は出来ない。だから申し訳ないと思いつつも、今回もレックスを頼ったのである。
「できることを考えよう」
深刻な顔で考え込んでいたレックスは、眉間を揉み解すと一度、大きく息を吐いて言った。
「どうせ俺達がどれだけ気張ったところでオンスロートは止められない。だったら起こさせないことに注力するしかない」
「そうね」
「具体的にはベルフェルテの暗躍を阻止する方向でいく。原作ではベルフェルテはどうやって対立を煽っていたんだ?」
思い過ごしならばそれでいい。だからそれは考えないで、魔公が糸を引いている前提で対策を練る。
「ベルフェルテの二つ名である『狂艶』は、狂わし、魅了するという意味よ。彼女が最も得意とする手管は魅了」
「魅力で人間を操っているということか」
「そうよ。魅了は呪詛の一種だけど、ベルフェルテの魅了に侵された人間は、その思考の根底に強制力を植え付けられる。これはヘルガーの『ソウルジャック』にもよく似ていて、要するにプライオリティの上書き」
ヘルガーの例を出されて、レックスは以前に私が説明した『ソウルジャック』の概要を反芻したようだった。
そしてハッとする。
「まさか、自覚できないのか?」
「それが一番厄介なところ。ベルフェルテに魅了された人間はあらゆる行動がベルフェルテに利するように偏向されてしまうけれど、本人はそれに気付かない。あくまでも自分の意思で行動しているとしか思えないし、実際そうなのよ」
現状がベルフェルテの仕業だとすれば、たぶん『赤原同盟』のメンバーのおそらくは上位陣の誰かが魅了されている。もしかしたら『パンドラ』側やギルド職員にも居るかも。
「女帝や黒竜卿が魅了されている可能性は?」
「ほぼない。何故なら魔法資質が高い人間には魅了が効き難いから」
「跳ね除けられるという意味か?」
「いいえ。ベルフェルテはゲスロリの下位互換なんて言われてたけど、歴とした魔公の一角で、最強格の魔物の一人よ。その呪詛だって生半可なものじゃない。魔法資質が高ければというのは、魅了に侵されたことに気付けるだけという意味よ」
そのものを跳ね除けることまでは出来ない。例えミアベルでも無理だろう。ただ、それ以前に女帝や黒竜卿ほどの実力者であればそもそも易々と呪詛を受けたりはしないだろうが。
「呪詛を自覚さえすれば自身の認識圏が対抗しようとする。すると衝突の結果が見た目でわかる」
「具体的には?」
「原作でもそういう例が描かれていたけど、ベルフェルテの魅了は対象を無意識に操ることができなければ、次は強制力を強めてくる。対象の肉体を侵食し、物理的に傀儡に仕立て上げようとするのよ。操れない思考ならば邪魔だから消してしまえっていうことね」
「そうなると、どうなる?」
「物理的に変容するということだから、対象は徐々に人間ではなくなる。最終的には――」
「魔物に堕ちる、か」
魔公の傀儡、即ち下僕になるということは、つまりそういうことだ。
現時点で女帝や黒竜卿に外見的な変容が確認されていないということは、少なくとも彼等は魅了を食らっていない。ベルフェルテもわざわざリスクを取って実力者を狙うよりかは、その周囲の人間で手頃な、かつ実権を握っている者をターゲットにするだろう。
「しかし、それはどうやって見分ければいいんだ?」
困り切った様子のレックスが呟くが、私は両手を上げるしかない。
正しく魅了された人間は見た目でわからないし、本人にも自覚がないのだから判別しようがない。
「微かでも可能性があるとすれば、まずミアベル。あの子の魔法資質であれば呪詛の気配そのものに気付けるかも」
「だが、そのためにはミアベルが対象に接触する必要があるな」
「ええ。それか、もしこの場にヘルガーが居ればもっと確実だったかも。たぶん彼女の『ソウルジャック』なら一発でわかる」
ないものねだりをしても仕方がないのだが。
彼女の死霊術亜種はユニークスキルだから、ヘルガー以外に使える人は居ないのだ。お客様の中で『ソウルジャック』を使える方は居ませんかぁ、などとその辺で訊いても意味がない。というか仮にヘルガーが居たとしても誰彼構わずジャックしまくってもらうわけにはいかない以上無理がある。
「では見付けたとして、魅了を解く手段は?」
私は首を横に振った。
「基本的には解呪する手段はない。作中ではベルフェルテ本人が『魅了されたら二度と元には戻らない』と言っていたもの。自己申告だから大袈裟に吹かしているだけかもしれないけど」
「シュヴァルツ伯爵令嬢の『ソウルジャック』ならば?」
「魂を観測して魅了の影響を見付けることと、それを取り除くことは別問題だと思うわ。結局魂に巣食ったベルフェルテの呪詛とヘルガーの解呪の強度勝負になるだろうから、おそらく……」
「なんてこった。八方塞がりか……うたわれるものと相対するということを、甘く見ていたと痛感するな」
敵は魔公なのだ。枕詞に『伝説の』と付くような存在。
前世の記憶や原作知識があるからといって、私達みたいな所詮学生がなんとか出来る相手ではない。
それでも、どこかに一欠片でも希望が落ちていないかと必死に前世の記憶を漁った私は、ふと思い出す。
「そういえば、一つだけ希望があるかもしれない」
「ん?」
これは作中でも確証のない予測として語られただけだったと思うが、ベルフェルテの呪詛の影響を消す手段が一つだけ。
「ミアベルよ」
「……時間魔法か?」
「そう。私達の友達のミアベルではなくて、魔王を打倒し新たなる勇者となったミアベル。完全なる時間魔法を掌握した彼女であれば、ベルフェルテに魅了される前の状態まで対象を恣意的に遡行させることが可能だと言われていた……と思う」
つまり、呪詛の影響だけを逆回しして、なかったことに出来るのだ。
しかし現在、魔王は復活していない。ここに居るミアベルは私達の友達のミアベルだけだ。
彼女が司る時間魔法は『加速』と『進化』。
では現状、対を為す『遡行』と『停滞』を司っているのは――
「プリムローズなら、ベルフェルテに対抗できる」




