表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

415/946

350話_side_Heimeroth_ちょっと前_黒い森



 ~"魔剣"ハイメロート~



 ブラッドフォード領の黒い森は国内最大の規模を誇る。森の内部に山岳地帯を丸々内包していて、その大部分は鉱山であり火山だ。黒い森と銘打ちつつも、表面積の半分以上は木々でなく赤茶けた岩肌で占められている。当然、平坦な地形のほうが少なく、高低差があって見通しも悪ければ、魔界の法則に侵食された噴火口が常に高温の灰煙を吐き出し続けているせいで非常に気温が高い。

 出現する魔物の傾向も、炎属性の強力な魔物が多いようだ。

 あらゆる意味で過酷な環境であり、攻略難度は規模に恥じない国内最高峰であると言えよう。


 そんな黒い森が今回の俺達の仕事場である。隠れ蓑の討伐者としての活動もそうだし、本業の特務部隊としての活動においても同じく。

 目的は『宵の霊薬(ノクタル)』と俗に呼ばれている薬品の製法の確保。可能ならば実物の確保および供給経路の特定である。件の薬品は聞くところによると魔物の能力を強化する効果があるらしく、その存在が噂され始めた背景にはここ最近、各地の討伐者が黒い森で妙に強い(・・・・)魔物に遭遇する事例が散見されたことがある。

 討伐者活動を本業の隠れ蓑にしている俺達にも決して無関係の話ではないが、だからとて積極的に究明に乗り出す理由もなかった。

 逆に言えば、その究明がローズからの命令になった以上は、背景も事情も関係なく実行し遂行するのが俺達である。


 この街に滞在して調査を開始して半月程が経過したわけだが、正直に言って経過は芳しくない。

 それなりの成果は出ている。だが既知の情報以上のものは得られていない。無論一筋縄でいくとは毛頭考えていなかったが、その想定以上に現状はよろしくない。

 何が問題か、というとこのブラッドフォード支部の環境である。ちょうど俺達が調査を開始した頃から、どうやら討伐者の男女間での対立が激化しているらしい。この支部に展開している『ヴァイスヤークト』の人員は二つの班に分かれていて、一つは俺が率いる戦闘班の五人で、もう一つは『ブラックピッグ』と名乗る男が率いる諜報班の六人だ。決して人員が潤沢とは言えない中から十一人もの人員を割いているのは、それだけここのギルド支部の規模が大きく、ローズも重要視をしているということに他ならない。なおローズ自身が出向いているバッヘル支部も含めて、他の支部に派遣されている部隊員は基本的にツーないしスリーマンセルである。

 ここに展開している諜報班は現在、ブラックピッグ当人含む三名が事情により別行動を取っているが、それ以外の三名は既にギルドを中心にした調査活動を開始している。

 要は、そちらの三名からの愚痴と悲鳴交じりの報告が絶えないのだ。


 曰く『調査どころではない状況』『むしろこの状況事態が調査に値する』などと。


 まあ奴等もプロなので仕事はこなすだろうが、そのプロが警鐘を鳴らす程度にはここの状況は普通ではないということだ。無論この件はローズへの報告書に記載し、明日にでもここから出立する予定の『おつかいわんこ』に持たせている。

 俺達のような戦闘屋が下手に首を突っ込んでも火傷するだけなので、諜報畑のことは諜報屋に任せるのが基本方針ではある。ギルドを取り巻く異様な状況への調査を含め本格的な行動はブラックピッグの到着を待ってからのことになるだろうが、ローズの指示次第では俺達も方針を改める必要が出てくるかもしれない。


 差し当たり、今日のところは今まで通りの活動だ。

 戦闘屋の俺達の役割とは単純明快で、実際に黒い森に繰り出して件の『妙に強い魔物』の痕跡を調査することだ。本来であればギルドを通じて魔物の目撃情報などは討伐者間で広く共有されるシステムが出来ているはずなのだが、男女間の対立の弊害がここでも起きていて、一部の女性討伐者が憲兵染みた活動を始めているのも相俟って、誰もが面倒ごとを避け他者との交流を控える空気が流れ始めた結果、情報の共有が滞っているのだ。

 言うなれば、討伐者界隈で疑心暗鬼と排他主義が蔓延し始めている。

 討伐者ギルドはこういった事態に対しては非干渉が鉄則だ。ことが魔物絡みならばともかく、討伐者同士の抗争には介入しない。討伐者が自己責任の世界であると言われる理由の一つでもある。かと言って事態が悪化した結果ギルドの運営にも支障が出るようでは笑い話にもなりやしないので、実際にはそれなりに対処に動いているのだろうが。

 ただ、結局そのギルド自体もどれだけ信用出来るのか、という話でもある。


 というわけで、口を開けて待っていても有益な情報は降ってこないので、俺達は自ら黒い森に繰り出して調査する。

 更にもう一つ無視出来ない事情を説明しておくと、俺達が討伐者として活動することの最も大きな意義とは、本業のための資金調達であるという点が否めない。ローズの方針により俺達は侯爵家本体からの資金援助の一切を受けていないので、必要な分の資金は自分達で稼がねばならない。これは俺達の立場があくまでもローズの私兵であるからだ。アシュタルテ侯爵家の担う国防の役目を課せられているのはローズ本人のみであり、俺達はそのローズが役目を果たすために用意した手段でしかないのだ。

 裏社会に身をやつしていても、世知辛さからは逃れられない。俺達は食っていくために今日も今日とて黒い森に繰り出し、魔物を討伐するついでに調査を行うのである。




 今、黒い森の一角の小高い丘の上に俺達は布陣していた。

 例によってパーティーメンバーは五人だ。

 俺の率いるパーティーには元々ローズことスレイ・ハイゼンという幽霊が所属しているので基本的にフルメンバーが揃うことはないのだが、それに加えて面子の一人である犬は伝令のためにしょっちゅう離脱するため、大抵は四人での活動が多い。その場合の内訳は俺とヴァイオラ、エクスプロードにカデンツァとなるのだが、今日はたまたまヴェルメリオが居るので彼女が参加している。

 この場に居るのは俺とエクスプロード、カデンツァの三人で、犬とヴァイオラは斥候に出ている。犬はともかくとしてヴァイオラは斥候向きの適性ではないわけだが、今回は少しばかり事情があっての人選だ。まあヤツの赤コートは見ているだけも暑苦しいので、視界に入らない場所に居てくれたほうが精神的によろしいとは専らカデンツァの言である。なお、そんな彼女の眼前には今まさに防寒具完全装備のエクスプロードという変人が存在しているのだが、カデンツァ的には彼女はオーケーらしい。所作が暑苦しくないからだろうか。



「さて、わんちゃんからの諸元が来ましたね」



 そう言って手元の情報伝達用魔法に視線を落とすのはそのカデンツァである。彼女は基本的に肌を晒す装いをしない女であったが、その実、特といって露出に忌避感があるわけでもないようで、現在は環境に合わせて薄着の装備を身に纏っている。殆ど水着のような布面積の上下に、パレオ風のロングスカートを合わせた、どこの南国だと言いたくなる格好であるが、生憎とこの場では珍しくもない。

 体格の良さと発育の良さに定評のあるカデンツァがそういう装いをすると、肉の破壊力が凄まじい。蒼月色の長髪に良く映える小麦色の肌が、薄らと滲む汗でしっとりと輝いて非常に艶然とした光景であると言えよう。

 ちなみに、どうでもいいことだが存在の比重が大幅に魔剣に寄っている俺も人間部分は暑さを感じる。かつてローズと出会った極寒の牢獄でも平気だったように、どれだけ悪環境でも魔剣が俺を生かす限り死にはしないが、暑いものは暑い。

 危機感ではなく、単純な不快感であり、ローズのおかげで取り戻すことが出来た細やかな人間味の発露でもある。

 歓迎すべき不快感を存分に忌避すべく、俺も常の装備である軍装のサーコートは宿に置いてきている。特務部隊である『ヴァイスヤークト』には制服としての軍装が存在するのだが、実際に着ているのは今となっては俺とローズくらいのものなので、服装から所属が露見する心配もなく俺は普段着として活用しているのだ。なおデザインはローズの趣味である。



「これなら……一撃、かな?」



 同じ諸元を見ながら疑問気に呟いているのはエクスプロードだ。

 こちらは全く以て常通りの防寒着姿だ。それでいて汗一つかいていないのは、これも常通りに魔法で体温を調節しているからだろう。服を脱げば済む話に魔力を注ぐのはリソースの無駄にも思えるが、彼女の場合は着込まねばならない理由が(程度以外は)理解出来るので、致し方ないところではある。

 そして彼女等が見ている諸元を送ってきたヴェルメリオは現在この高台から見下ろせる遠い木立の中で斥候を行っているはずだった。犬が送ってきたのは魔物の分布状況であり、その種類や俺達との相対位置、周辺環境諸々を含めた情報を諸元として纏めたものであった。



「隊長さん。いいかしら?」



 カデンツァが端的に許可を求めてきたので、俺は頷く。

 許可を得た彼女が徐に近くの小岩に手を翳すと、スパークする魔力が蛇のように迸り、ふわりと小岩を宙に浮かせた。

 そのまま彼女の魔力が岩の組成を変容させ、物質的に別物へと作り替えていく。徐々に体積を小さくする岩に金属光沢が混ざり始め、最終的に小岩は元の十分の一程度の大きさにまで圧縮され、鈍色に輝く金属球と化した。

 と、そこへエクスプロードが、



「たっち」



 ぽむ、と両手で触れる。

 カデンツァの手の先の宙に浮いたままの金属球に、両手の手袋を外した素手の状態でほんの撫でるように。エクスプロードは手袋を着け直しながらいそいそとカデンツァから離れて俺のほうに後退し、反対にカデンツァは金属球を片手で掴んで高台の切り立った端まで歩み出る。

 片手に金属球を持った彼女が、もう片方の手に創り出したのは魔力製の戦鎚(ウォーハンマー)だ。どちらかというと重量ではなく遠心力で威力を発揮するタイプの、長柄の武器であった。

 カデンツァは徐に、ぽいと金属球を宙に放る。



「――――ッ!」



 ゆっくりと放物線を描く金属球を見据え、眼光を鋭く尖らせたカデンツァが戦鎚を両手で振り被る。肉感的な肢体を躍動させ、腰を入れたフルスイングの構えである。彼女の頭髪と同じ涼やかな色彩の魔力が溢れ、戦鎚に集束するように渦を巻く。

 キィン――と甲高く鳴る調べは、魔力の出力が一定値を超過したことを表す高調遷移。カデンツァの周囲の空間が球形に歪み、地面が椀型に陥没する。打撃力強化のための加重魔法が、過剰出力により空間を歪めているのだ。

 その中心で虚空に銀の残影を引いて振り抜かれた戦鎚が、寸分違わず金属球の真芯を捉える。



「るォラッッ!!」



 裂帛の咆哮と共に重低の轟音が響く。

 カデンツァのフルスイングに打ち抜かれた金属球は錐状の衝撃波で周囲を砕きながら視界より消える。視認不可能なほどの速度で打ち出された金属球は殆どライナーに近い射角で飛翔し、空気抵抗により瞬く間に速度を減じながらも、数キロほども飛んだように思う。

 銀色の魔力の尾が、その軌跡を微かに伝える。

 そして最後にはこの高台から見下ろす木立の、遥か遠くの只中に落ちて見えなくなった。



「ちっ……ちっ……ちっ……」



 衝撃波から身を守るために俺が展開した結界の中で、エクスプロードが拍を数えていた。

 ほんの小さな声は時計の針の音を思わせる。

 目を閉じながらいくつかを数えたエクスプロードが静かに目を開くのは、金属球がちょうど木立の中に消えたのと同時だった。

 目を開いた彼女の、小さな唇が動く。



「ぼん」



 瞬間、視界が白く染まる。

 ほんの刹那の間だけ世界を染め上げたのは、金属球の着弾地点から噴き上がった尋常ではない爆炎である。木々を貫通し、天にも届こうかという規模の大爆発であった。

 まず光が訪れ、次に轟音が席巻し、そして熱風が押し寄せる。数キロも離れたこの場でこれなのだから、爆心地付近がどうなっているかは想像に余りある。いわんや、そこに存在していたであろう魔物の群れがどうなったかなど論ずるに能わず。

 もうもうとキノコ雲が立ち昇る爆心地を眺めて、戦鎚を肩に担いだカデンツァが艶めいた息を吐く。



「ふぅ…………悪くないですね」


「あぅぅ、ヴェルちゃん大丈夫かなぁ」



 諸元を転送するために俺達よりもずっと爆心地に近い場所に居たはずのヴェルメリオを案じて、エクスプロードが眉尻を下げる。

 しかし、あの犬ならば心配は無用だろう。強力な炎属性のアヴァターを常時展開しているヴェルメリオは、そもそも同属性のダメージを殆ど受けないのだ。爆心地に居れば衝撃だけで木っ端微塵になるのは免れないだろうが、逆にそれさえ避ければ余波の爆風などアレにとってはそよ風同然だ。そして言うまでもなく、味方の攻撃で直撃を貰うような間抜けは『ヴァイスヤークト』には居ない。

 ちなみにヴァイオラが斥候役をしているのも同じ理由で、ヤツは殺しても死なないことに定評があるのでちょっとくらい余波で燃えても平気だろうという判断の元、ヴァイオラ本人以外の全員の賛成を以て斥候役に抜擢された。なおヤツはサボっているわけではなく犬とは別方面で魔物を探しているところだ。たまたま犬のほうが先に魔物に遭遇したのでそちらが爆撃されただけのことであった。

 斥候役の退避を待つ必要がないので、魔物を逃がさず即座に一網打尽に出来るというわけだ。

 無事を証明するように、すぐに犬から今の攻撃の戦果が伝えられる。犬が持っているライセンスカードが記録した討伐スコアの転送だけだが、諸元で伝えられていた魔物種のスコアと照らし合わせると、一撃で三十体近くを討伐したことになる。

 成程、カデンツァの言う通り、悪くない効率だ。



「犬が居るときしか使えない戦法だが、雑に稼ぐには良さそうだな」


「ですね」



 斥候がヴァイオラ一人では流石に待機時間の無駄が出るだろうから、効率は大幅に下がるだろう。

 強いて問題点を挙げるとすれば俺がなにもしていないように見えることなのだが、一応カデンツァの打撃の衝撃波からエクスプロードを守るという地味ながら重要な仕事をしていると言っておこう。楽をしている感は否めないが。

 件の薬品の影響下にありそうな不自然に強力な魔物を捜索する傍ら、それ以外の魔物も見付けた以上は放置するのも勿体ないので、雑に討伐する手段を模索した結果誕生したのがこの戦法だ。

 あまりにもシンプルなその内容は、犬とヴァイオラが観測した敵座標等の情報を元に、エクスプロードが爆弾を生み出し、カデンツァが叩き込む。それだけである。



「いや、戦法などと言えるほど上等なものではないな……」



 言うなれば個々の優れた能力のゴリ押しである。

 ヴェルメリオが感覚でなんとなく調べて、エクスプロードが感覚でなんとなく爆弾の威力を決め、カデンツァが感覚でなんとなくの位置に飛ばす。適当の三重奏であるにも関わらず、完璧な戦果を叩き出してしまっているので文句も言えない。ただ、文句ではないが強いて言うならば、



「あら、もう次の諸元が……今度は色男さんのほうね」


「すぐ爆破ですぅ」


「そうね。逃げられる前に爆破しましょうか」



 あわよくば赤コートを諸共に爆破しようするのはやめてやれ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。初めて読ませていただきましたが、とても面白いです。 設定がきちんと練られていることと、それぞれの視点がきちんと描かれているのが良いですね。個人的にはプリムローズ様がお気に入りで…
[一言] 射程と火力は裏切らない 名前の通りの人でした 攻撃が届かない場所から、いや気づきさえしない場所から一方的に殲滅する。理想的ィ。 フレンドリィファイアしても問題ない斥候も大概インチキですね。…
[一言] 業務効率化の行き着く果ては危険予知(KY)逸脱だった! この爆撃を凌いだヤツだけが調査に値する、そんな空気が伝わってきます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ