347話_side_Militear_ちょっと前_パーチ
~"もう一人の転生者"ミリティア~
おかしい。おかし過ぎる。
一体この支部で何が起きているというのか。
男性討伐者と女性討伐者の溝は加速度的に深まりつつある。もうこれは溝というか、亀裂だ。すぐにでも断裂に至るであろう深い深い裂目なのである。衝突が起こること自体は別におかしくないのだ。これって水面下で長い時間を掛けて醸成された不満や恨み辛み怒りの感情が噴出した形だろうから、きっとどこかでは爆発していたに違いないわけで。
だけれど、逆に言えばそのこと以外はすべておかしい。
第一に状況の悪化があまりにも速過ぎる。私達がここを訪れてから何日経過した?一月も経っていないのだ。
そしていくらなんでも一方的過ぎる。ここ最近行き過ぎた活動を起こしているのは決まって女性討伐者――というか『赤原同盟』の人間だ。元々、立場的に弱かった女性討伐者が、男性討伐者に対する反抗として声を上げたという経緯があるだろうから、女性側が積極的行動に出るのは理解出来る話ではあるが、だからといって考えなし過ぎるだろう。揃いも揃っていきなり知性にデバフでも掛けられたのかと疑いたくなる暴走ぶりだ。『パンドラ』を始めとした男性討伐者の側はそんな女性達に対して反撃するどころか困惑している始末である。
だがそんなことよりもおかし過ぎるのは、
私は、この状況にとってもよく似た展開を既に知っているということだ。
いやむしろ、それを知っている私だからこそ何もかもがおかしく思えてしまうだけかもしれない。というか周囲の大人達の反応を見る限りは十中八九そうなのだろうと思うけれど、それってつまり、この危機感を理解しているのは現状私しか居ないということではないか。
これはまずいぞ。とってもまずい。
もし、私が想像している通りの危機が迫っているとしたら、本当にまずい。
しかし。だがしかしである。
知っているからこそ私は同時に思うのだ。
そんなことは絶対にあり得ない、と。
全ての状況は一つの事実を示唆しているというのに、私が指針とする知識がそれを否定するのだ。
討伐者活動で肉体的に疲労困憊の状況に追い込まれている私にその上、思考に精神的負荷まで上乗せされてはもう堪らない。
こういう時は、そう――
「会議よ…………会議が必要だわ!」
「急にどうしたお嬢」
今こそレクティア会議(出張版)を開催する時!
横でリゼルがなんか言ってるけどそんなのはどうでもいいのだ。
会議を。一心不乱のレクティア会議を開くのだ!
というわけで翌日。
私はパーチの食堂でもそもそ食事をしながら、斜向かいで食事をしているレックスに視線でメッセージを送っていた。
伝われこの思い。察しろ。
「なあミリティアさん。俺はなにか気に障ることをしただろうか」
「してないわ。今のところは」
このまま私のメッセージを察しなければ怒るかもしれないけど。
「ロイのことだから、どうせまたティアを揶揄って遊んでたんでしょ」
「人を常習犯のように言うな」
「常習犯ってか、そもそもミリティアをおちょくるのなんてレックスしか居ないじゃんさ」
「私はちょっとわかるなぁ。ティアさんって反応が可愛いから、ついつい構いたくなるんだよね」
くそぅ、ミアベルもリタも好き放題言ってくれちゃって。どうせポンコツですよーだ。
ノエルは許す。可愛いって言ってくれてありがとう。
「レックス、こういう時はとりあえず謝っとけって親父も言ってたぜ」
「夫人に平謝りする光景がいとも容易く目に浮かぶのはシリウスさんの人徳だろうな」
わけがわからないながらもルークの助言を聞き入れたのか、私に詫びようとするレックスを押しとどめる。
当然である。私は別に怒っているわけではないし、レックスが悪いわけでもない。
単なる誤算だったのだ。
パーチという共同住宅で一緒に寝起きしている友人達に悟られずに、レックスへと秘密裏に相談することが出来ないのである。日中、というか夜間は討伐者としての活動があるから私とレックスは別行動だし、パーチに戻る時間もバラバラならば、なんなら私はいつも疲れてすぐにバタンキューで会議どころではない。
ちなみに私達は先程起床したところであり、今は昼食の時間なので、この後はまたそれぞれの組に分かれて討伐者としての活動がある。パーチに居ては友人達の耳目を逃れられないとなれば、もう外に希望を見出すしかない。それぞれが組ごとに別行動ということは、示し合わせることが出来ればレックスと秘密裏に会うのだってここよりは簡単なはずだ。
即ち私がレックスに送っている熱視線の正体とは、その辺の事情を察してなんか上手いこと気を利かせろという近年稀に見る無茶振りなのである。
大丈夫、レックスなら出来る。具体的にはそのよく回る口で。
「むむむ……」
なおも睨み続ける私と困惑を深めるレックスの対比を、食堂の隅から見ていたトビアスがひっそりと溜息を吐いた。
勿論状況が好転することもなく、その日の活動を終えて帰るなりバタンキューした私が翌日の昼過ぎに目覚めると、パーチには殆ど人が居なかった。
ミアベルとリタとノエルは不在。ルークも不在。なんならクリスティンとダリオも不在。
「え?てことは残ってるのレックスだけ?」
「そうなりますね」
寝坊したので独り寂しく昼食を食べる私を見かねたのか、お茶を片手に向かいの席に座ったトビアスが頷く。なおリゼルはまだ寝てる。
不自然なくらいに私に都合のいい状況が昨日の今日で出来上がって、流石のポンコツミリティアさんも察する。
「トビー、なんかした?」
「なんかとは。……本日の各々方の動向を軽く説明しますと、まずアトリー様は『剣の誓い』のクランハウスにて装備品の調整を行っています。クリスティンとクライエイン様は補助として同行しました」
おそらくはミアベルがクランから借り受けているマギアドライブ装備関連の話だろう。統括しているロイドさんは男性であり、女性の助手役が居なかったので、今回ミアベル用の調整を行うにあたってクリスティンが暫定的な助手として駆り出されているのは私達も知るところだ。
なおトビアスは他人事の体で喋っているが、十中八九彼がクリスティンに働き掛けて今日のこの時間に調整を行うように仕向けたのだろう。
「ダンクーガ様とベリエ様はお二人で出掛けられたので、まあデートかと」
うん。それは良いことだ。もっとやれ。なお最近の討伐者ギルド支部は男女がデートする場所には致命的に向いていないので、今日は近場の商店街に繰り出してショッピングと洒落込むようだ。そもそもデートに剣担いでギルドに行くのがおかしいって?私もそう思う。
なおトビアスは他人事の体で喋っているが、十中八九彼がルークに働き掛けて今日のこの時間にリタをデートに誘うように仕向けたのだろう。
「最後にダリオは『坊ちゃんの健闘を祈る』という旨の怪文書を残して姿を消しました」
相変わらず意味不明ねあの従者は。他評によるとあれはあれでレックスへの忠誠心は本物らしいから、異次元の思考回路でそれがレックスの益になる行動だと結論して発作的に失踪(すぐ帰ってくる)したのだろう。
なおトビアスは他人事の体で喋っているが、ダリオに関しては本当になんら関知していないのだろう。
「私がレックスと話したがってるって、誰にも言ってないのだけど、よくわかったわね」
感心した私が言うと、何故かトビアスは深い溜息を吐く。
「良いですかお嬢、少しばかり衝撃的なことを言いますので心して聞いてください」
「え?ええ、なにかしら」
「お嬢が上手く隠し通せていると思っている大抵の事柄は、わりと周囲に筒抜けです」
「なん……ですって……?」
またまたトビアスさんご冗談を。
トビアスは私の専属執事で、もう十年来の付き合いなのだから、私の考えることが以心伝心でわかってしまったとしてもなんら不思議ではないのだ。そんなトビアスだからこそわかったのだと、どうかそう言って欲しい。
という私の内心はちゃんと伝わったようで、トビアスは呆れ顔から一転して胡散臭いくらいに爽やかな笑みを見せた。
「僕はお嬢の専属ですからね!お嬢の望みを叶えるために、そのお考えを察するのは当然のことですよ!ははは」
「やめてやめて私が悪かったから」
「本心ですが」
「顏が嘘なのよ」
そりゃあ発言自体は本心でしょうよ。私が否定して欲しい部分にはまったく触れてないけどね!
「さて。というわけでコーリッジ様は現在自室におられます。用件があるならば訪ねるとよいでしょう」
「ええ。助かるわ、ありがとう」
持つべきものは出来た従者である。主人が起きてなお惰眠を貪っているどこかのメイド擬きにも見倣って欲しいものである。
食事を終えた私が早速行動に移そうと席を立つと、食器を下げていたトビアスが思い出したように告げる。
「ああそれと、今暫くの猶予はあるかと思いますが、御友人方はいつ帰ってきてもおかしくはありません。事に及ぶならばその点を念頭においてください」
「?ええ、わかったわ」
レクティア会議を開催するならば無駄なく本題に入って素早く終わらせろという意味よね。
勿論そのつもりであるが、
「念のため言っておきますが、しっぽりやってしまったなら隠そうとせずにちゃんと教えてくださいよ。後始末もありますし、なにより閣下と奥様にご報告差し上げねばなりませんので」
「いやいやいや違う違う!そういうんじゃないから!!」
なにを言うかと思えば、何を言い出すんだこの眼鏡は!?
もしかしてそのつもりで状況をセッティングしたのか。部屋に居るらしいレックスに変な根回ししてないだろな。とみっともないくらいに動揺する私を尻目に、トビアスはしれっと「冗談です」と宣う。
「そういうんじゃないのはお嬢の様子を見ていればわかります。と言いますか異性と二人きりの状況を望みながらあまりにも意識が薄いので、むしろコーリッジ様が気の毒まであるのですがね私は」
「へぃあ!?」
「それ以前に、そもそもなのですが――」
重ねた食器を持って厨房へと向かおうとしていたトビアスは、その前に立ち止まって私に疑問符満載の視線を寄越す。
「事実はさておき、そういう関係だということにしておけば、密会するのにこうまで悩む必要もなかったのでは?お互い決まった相手も居ないことですし」
「!!」
ああ!その手があったか!知ってたのに思いつかなかった。知ってたのに!(強調)
青天の霹靂である。
コペルニクス的転回とはこのことか。
二人きりで会うことを隠すのではなく、会う理由を隠せばいいだけだったのだ。
ぽんと手を打った私はトビアスを指差して言う。
「トビー貴方、やっぱりあたまいいわね!」
私の心からの賛辞に、しかしトビアスは形容し難い変な顔になった。
奇妙とか訝しいとかを通り越して、まるで『地面の奥深くから出土した製作意図の全く以て理解出来ない珍妙不可思議な形状の土偶を御神体として崇める新興宗教の信者』でも見るかのような顔だった。そのくらい可哀そうなものを見る目をしている。
そんなわたし達の遣り取りを聞いていたのは、ちょうど起きてきて食堂に顔を出したメイド擬きことリゼルである。
「お嬢、もしかして昔よりばかになった?」
欠伸混じりの呟きに反論出来ない私であった。




