346話_side_Miabel_ちょっと前_討伐者ギルド
~"主人公"ミアベル~
「おかしくなってる?女帝さんが?」
わたしが驚いて訊き返すと、ストレガちゃんは首を横に振った。
「女帝はんが、ちゅーよりかRPAそのものがっちゅう感じやな」
RPAとは『赤原同盟』の略称である。
クランそのものがおかしくなっているとはどういうことだろう。
「なんや、RPAの中でも派閥争いっちゅうわけやないけど……なんて説明すればええんや?」
言葉を探して顔を顰めていたストレガちゃんは、しかし上手い表現が思いつかなかったようで傍らのシトロンちゃんに話を振った。シトロンちゃんは「はひ」としゃっくりみたいな声を零しはしたものの、一息置いて整然と喋り出す。
「RPA内部でも分断が起こっていて、ですね」
「女の人しか居ないのに?」
「なので、性別ではなく思想の分断なんです。言うなれば過激派と穏健派の対立、です」
ちなみにウチ等はどっち派でもないで、とストレガちゃんが口を挟む。
シトロンちゃんは一つ頷いて、
「女帝アウグスタ様を頂点に置く過激派、これは男性蔑視とか排斥論を唱える人達の集まりで、最近問題を起こしているのがこの人達です。それに対抗して、女帝の孫娘であるフレデリカ様を頂点に置いて穏健派が作られました。これはどちらかというと過激派に対するカウンター的な意味合いが強くて、積極的に外部に働きかけるというよりは過激派の抑止を目的としています……今のところは、ですけども」
「ということは、女帝さんの派閥と、お孫さんの派閥と、それ以外の中立派の三つに分かれちゃってる、ってことかな?」
「そうです……あの、すいませんなんか、偉そうに説明しちゃって」
「なんでそこで卑屈になんねん」
ストレガちゃんが呆れたようにツッコミを入れるが、わたしも同感だ。これはもうシトロンちゃんの個性と思ったほうがいいかもしれない。
「でもなんか、腑に落ちないかなぁ」
「なにがや?」
あのね、とわたしはたった一度の女帝のとの邂逅を思い出す。
「だって、つまり今の『赤原同盟』の人達の行き過ぎた行動っていうのは、女帝さんも容認してるってことでしょ?あの人が配下の手綱を握れていないとはとても思えないもん」
少なくとも、あの日の女帝にはそれだけの求心力と、配下への確固たる統率があった。
だからこそ腑に落ちないのだ。女帝本人が我を失っていて、つまりおかしくなってしまっているならばまだしも、ストレガちゃん達の言葉を聞く限りではどうもそんなことはないみたいだし。
「ゆうても、ウチ等なんて末端のザコやからな。上層部のことなんてようわからん。女帝はんのことも、周りの奴等が話しとるの又聞きしとるだけや」
「お孫さんの、フレデリカさんだっけ?その人は?」
「女帝はんに比べればまだウチ等に近い人やけど、まあようわからんっちゅうのは似たようなもんやな」
「どんな人?女帝さんみたいな人かな?」
「いや、どっちかっちゅうと正反対の人間やんな。おっとりしとって、ぽやぽや系やで」
それはまた意外な話だ。あの女帝の血筋にそんな性質の人間が現れることも意外なら、そんな人が女帝の対抗勢力の旗頭を張っているというのも意外である。
するとそんなわたしへの補足なのか、シトロンちゃんが伏し目がちにぼそぼそと言う。
「フレデリカ様は振舞いこそアウグスタ様と正反対と言われますけど、根っこの部分は驚くほどそっくり、とも言われるので……」
「根っこの部分って?」
「せやなぁ、差し詰め情に篤くて頑固なところかいな」
おっとりぽやぽやしてるのに人情家で頑固者って全然イメージ湧かない。なのでわたしの身近な人達の中に似たような人が居ないかなと考えてみると、わりとぴったり当て嵌まる人が居た。
たぶん、イオさんタイプの人だ。
そう考えると、女帝の対抗派閥を率いているのもすんなりと納得出来る。周囲に担ぎ上げられたわけではなくて、きっと見過ごせなかったのだろうと思う。
「なんやこのまま、取り返しつかんとこまでいかんとええけどな」
「私達にできることなんてないです……」
「わぁっとるわ!でも気になるやろ。せめて何が起こっとるんかくらい、知りたいやんか」
ストレガちゃんの言うことも、シトロンちゃんの言うことも、どちらも正しいし理解出来る。わたし達が顔を付き合わせて話したところで何が出来るでもないが、しかし知ることに意味はある。
何故ならば、既に状況はいつ自らが、あるいは近しい人達が当事者になってもおかしくないからだ。わたしの大切な友達であるロイやルーク君、それにルーク君と婚約しているリタも、運悪く目を付けられたらその瞬間に巻き込まれる。
危機を回避するためには、危機の実態を知らなければ話にならない。
「シリウスさん達はどうするんだろ。放っておくわけはないと思うんだけど……」
「無論ですな」
「「「はい?」」」
すっごい近くから声が聞こえて、わたし達は驚きと共に視線を向ける。
四人掛けのテーブル席の最後の空いた席に、いつの間にやら小さな黒い影が座っているではないか。
「ノアちゃん!」
「ふふふ、驚きましたかなアトリー殿。某の面目躍如ですな」
「びっくりするよそりゃ!」
本当に全然気付かなかった。というわけでさっき振りのノアちゃん再登場である。もしかしなくても、わたしが無意識で隠形を見破ってしまった件を根に持っておられたようでなんかすいませんでした。
誰やコイツ、と訝しげな視線を向けるストレガちゃんに、わたしはノアちゃんを紹介しておく。なんて説明して良いのかわからなかったので、とりあえず『剣の誓い』の先輩ですとだけ。
「ノアちゃんなに飲む?」
「ではカフェオレを。御馳走になりますぞ御三方」
「なんで奢らなあかんねん!……と言いたいとこやけど今回だけやで。そのかわり、キリキリ喋りや」
なにか言いたいことがあって割り込んできたんだろう、と胡乱な視線を向けるストレガちゃんもなんのその、ノアちゃんは至ってマイペースだ。注文したカフェオレが届くまでの間、雑談混じりに適当なことを喋り続ける。どんどん険しくなるストレガちゃんの視線に、傍らのシトロンちゃんが流れ弾で泣きそうになっているので、そろそろ勘弁してあげて欲しいとわたしは思った。
結局、出てきたカフェオレが半分ほど減った頃になってようやくノアちゃんは本題を切り出すのだった。
「さて、最近の女帝周辺の動向についてでしたな」
「せや。これで下らんことぬかしよったら流石にキレるで」
「おお怖い。某のような幼気な少女に向かって大人げないとは思いませぬか」
そこでわたしに同意を求められても。
わたしはというとノアちゃんがなにを思ってこんな真似をしているのかなんとなくだけど察しているので、わざとらしくない程度に表情で諫めておくにとどめる。
「ふむ。実は英雄伯シリウス殿も最近の女帝の方針には疑問を抱いている様子。某は『剣の誓い』の諜報員であるからして、その意を受けてここ最近は『赤原同盟』の上層部に狙いを絞って調査を行っているのです」
「はぁ?自分それウチ等に言ってええんか?」
「何程のこともありますまい。どこのクランもやっておることです」
ノアちゃんが肩を竦めるとストレガちゃんは「そういうもんかいな」とあっさり納得し、シトロンちゃんは何かを考えるように目を細めた。
「んで、調べてどうやったん?」
「某の調べたところ、どうやら女帝を唆している者がおるようですな」
「なんやて!?」
何でもないように言うけど、それって結構シャレにならない情報なのでは。
「いやいや、なにも女帝が第三者に意のままに操られているという意味ではありませんぞ」
「?じゃあどういう意味やねん」
「そうですなぁ、操っているというよりかは選択肢を奪っていると表現したほうが近しい。その者は女帝の気風を良く知っておるのでしょうな」
ノアちゃんの説明にわたしとストレガちゃんはピンと来なくて首を傾げることしか出来ないが、シトロンちゃんはハッとしたように目を瞠った。
「アウグスタ様じゃなくて、周囲の人間を扇動している……?」
「まさしく」
女帝は情に篤く苛烈な人間性で知られる人だ。そうであるが故に、同胞に頼られれば無碍にはしないし、同胞を害する者には報復に出ることを厭わない。その扇動する何者かは、そうして周囲を焚き付けて女帝に働きかけるように仕向けているのだろう。
「仲間意識が強いのは女帝の美点でしょうが、同時に欠点でもありますな」
「なんでや?」
「彼女は身内を疑わんのです。暗愚ではありませんが、少々同胞を信じ過ぎる」
つまり、クランの人間を扇動している何者かは、とりわけ女帝が信頼を置いているような有力な人間である可能性が高い。そもそも、クラン内でそれなりの立場に居なければそんな真似は出来ないのだから、考えてみれば当然の話だ。
そして女帝は自身の美徳故にそれに気付かないのだ……と、ノアちゃんは予測している。
「結局どこのどいつやねん。そのなんや、扇動者?っちゅうんは」
焦れたようなストレガちゃんの当然の疑問に、ノアちゃんは再び肩を竦めた。
「わかりませぬ」
「なんでやねん!いっちゃん大事なとこやろがいっ」
「無論、候補はそれなりに絞っておりますぞ。だからそれをこれから調査するのです。現状は未だ、傍証から推測を立てている段階に過ぎませんので」
肩透かしを喰らってストレガちゃんは脱力し、シトロンちゃんはなんにせよ少しホッとしたようだった。扇動者が誰であったとしても、彼女等にとっては同じクランの人間だし知己である可能性もある。真実はどうあれ知る覚悟がまだ伴っていないのだろう。
尤も、だからこそノアちゃんは『知ってるのに言わなかった』という可能性もあるのだが。
その後、カフェオレを飲み終えたノアちゃんは邪魔したことを詫びると去って行き、わたし達は三人でもうしばらくお茶を楽しんだ後で解散した。彼女等もわたしも、この後はクランとしての活動があるのだ。
カフェを後にしたわたしが支部内の道を一人歩いていると、前触れもなく現れたノアちゃんが横に並んで歩き始める。
「御友人との歓談に水を差す真似、陳謝致す」
「ううん。必要なことだったんでしょ?」
「いかにも」
たぶん、ノアちゃんはストレガちゃん達に用事があったわけではない。
状況を利用するためにあの場に現れたのだと思う。
「威力偵察、ってとこかな」
「ですな。某が件の扇動者の存在を探っているのは紛れもない事実。しかし敵も然る者、中々尻尾を掴めぬのです」
「だからといって、自分を餌にするような真似はどうかと思うな」
客の多いカフェで、あのように明け透けに自身の動向を語るだろうか。影の者を自称するノアちゃんがである。
答えは否だ。
つまり彼女は敢えて聞かせていたのだ。居るかもしれない誰かに。
私はお前の正体に迫っているぞ。不都合ならば消しに来い、と。
「もし、ストレガちゃんとシトロンちゃんが独自に調査をし始めて、その誰かに消されたりしたらどうするのかな?」
「そのような浅慮な相手ならば苦労はしませんが……もしそうなれば某にとっては願ってもないことですな」
「黒いなぁ……」
わたしの呟きに、ノアちゃんはフードの鍔を引き下ろして、口元だけでニヤリと笑った。
「某の名は、伊達でも酔狂でもありませんぞ?」




