343話_side_Rex_ちょっと前_クランハウス
~"主人公の幼馴染"レックス~
「これでも四割の軽量化には成功しているんだ」
「四割減ってこれですか」
ということは最初はどれだけ重かったことやら。
とても持ち続けていられないので俺とミアベルは武器を作業台の上に戻し、腕や肩を入念に解す。
「重量が増す原因は魔法モデルに無駄が多いからだ。魔物から得られるスケマティックのパッチワークみたいなものだからな。無駄も多い……というか、大部分は無駄なんだが」
「無駄を省くことはできないんですか?」
「勿論可能だ。現にそうやって軽量化を為してきたのだしな。だが、それはつまりスケマティックを加工するということであり、それ自体が一種の職人技だ。マギアドライブに用いられている魔法モデルの数は膨大だから一つ一つ加工していたら時間がいくらあっても足りない」
要するに、時間とコスト、そして物理的な制約を鑑みた結果、例え大部分が無駄でありそのせいで劇的な重量増に見舞われるとしても、魔物から得られるスケマティックをそのまま組み合わせるのが現状最高率なのだろう。無駄が多いのにコンパクトに仕上がるというのは一見して矛盾しているようにも思えるが、魔法モデルは当たり前に物理法則を無視するので、大きさと重量に相関性はない。高度なスケマティックほど重くなるということは、目には見えない情報量そのものが重量を持つのだと考えれば少しはイメージしやすいかもしれない。
「言うまでもないが、このままでは使い物にならない。しかし現状でマギアドライブのほうにこれ以上のテコ入れは難しい。よって解決手段は外部から調達するしかない」
そこでこれだ、とロイド氏が取り出したのはなにやらよくわからない紐のような物の束である。
カーボンブラックとよく似た色彩で、しかしそれとは異なる不思議な光沢を有している材質だった。
「姿勢制御・動作補助用のインナーハーネスだ。外付けの筋肉だと思えば大差ない」
まあ、発想としては順当だな。
所謂強化外骨格の一種だ。前世の世界でも福祉の分野なんかで研究が進んでいた記憶がある。ロイド氏からそれぞれに手渡されたインナーハーネスとやらを俺とミアベルはしげしげと眺める。興味深そうに引っ張ったりしているミアベルがロイド氏に問う。
「これ、どうやって使うんです?」
「その名の通り、衣服の下にインナーとして着用するものだ。見ればわかると思うが四肢の各関節を補助するサポーターと、それを結ぶフェムトファイバー製のハーネスから成る。フェムトファイバーというのは『アラクネ種』のスケマティックから生成される特殊繊維で、魔力浸透率が高く、またその魔力に反応して繊維方向に収縮する性質を有する。フェムトという名の由来はその物性値であり、断面積当たりの出力を人間の筋線維と比較するとその性能差は――」
滔々と流れる講釈に、始めはふむふむと興味深く聞いていたミアベルの頭上にはてなマークが量産されていくのが見える。かくいう俺も殆ど理解が及んでいない。ノエルさんはあまり興味が無い分野なのか、基礎的な情報以外は穏やかな笑顔で聞き流していた。
学生組が完全に置いてけぼりになっていることに気付いたのか、ロイド氏はまずそうな顔で口を閉じ、それから気を取り直して言う。
「細かいことは覚えなくていいが、つまり身体強化魔法と同じような使い方ができて、尚且つ効率はその比ではないとだけ理解しておけ」
「わかりました。これもこの場で着用してみるべきですか?」
俺が訊くとロイド氏は頷いた。
「ああ。できればこの場でハーネスとドライブのペアリングを済ませたい」
「ペアリング?」
「思想としてはマギアドライブの自律思考でインナーハーネスを制御させることで、使用者は普通の武器を扱うのと同じ感覚でドライブ武器を振るうことが可能となる。重量物を扱う際にお前達が一々意識して自身を強化せずとも、手に持った武器のほうが勝手に動作をサポートしてくれるというわけだ」
「なんか、逆に剣に使われてるみたい」
「俺はそれが悪いことだとは思わないし、最終的にはそこの区別をなくすための研究だ。人と剣が相互に補完し連携すればいい」
自身の得物を相棒と考えれば、それほど抵抗のある考えでもない。唯一無二の相棒と互いに助け合って戦う。結構なことだ。遠くない未来には本当の意味で刀剣を相棒と呼べる日が来るかもしれないという意味では、なんとも夢も実もある研究だ。
「ええと、服の下に着けるんですよね」
確認するように呟いたミアベルは、ハーネスを作業台に置くとその場でいきなり上着を脱いだ。耐火装備である厚手の上着の下から現れたのは、女性討伐者御用達の軽装スタイルである。
あまりも無造作な脱衣に、ロイド氏がギョッとして後退り、そしてその姿が視界から消えた。
「っ――どぅおあ!?」
どんがらがっしゃーん!とお手本みたいな騒音を立てて、ロイド氏は背中からずっこけたのである。
彼にとっては刺激が強過ぎる光景から無意識に逃走を図り、足元が疎かな状態で後退したせいで案の定躓いて、その辺の道具やなにやらを巻き込んで地面に転がったというだけの話であった。
恐ろしいことに上着どころかその下のシャツまで脱ごうとしていたミアベルが、いきなり派手にこけたロイド氏に対して目を丸くしている。
これにはノエルさんも大慌てだ。どちらかというと、こけたロイド氏ではなく脱いだミアベルに、であるが。
「ちょ!ミアベルなにいきなり脱いでるのっ!?」
「ふぇ?だって服の下に」
「じゃなくて、男の人の前なのにっ」
「そうだけど、でもロイドさんに見てもらわないとしょうがないじゃん」
ミアベルが不思議そうに言うと、倒れ伏したロイド氏がびくりと痙攣し、その拍子に作業台の脚に脛を強打して悶絶していた。
一応言っておくとミアベルの言は、ロイド氏が用意した装備の調整を行うのだから、彼に見てもらわなくては意味がないということだろう。ミアベルに人並みの羞恥心があるかどうかは置いておくとしても、人並みの倫理観はあるはずだ。だというのにロイド氏の前で服を脱ぐことにここまで抵抗感がないのは、例えるならば診察のために医者の前で服を脱ぐことに抵抗を覚えない心理に近しいのだと思われる。
要は、ミアベルはロイド氏を微塵も異性として意識していないということだ。医者は男性である前に医者であり、ロイド氏は男性である前に技術者なのだ。ロイド氏が色々な意味で可哀そうなので弁護しておくと、ミアベルは誰が相手でも同じである。というか、それを言えばそもそも技術者でもない俺の存在がナチュラルに無視されているわけで。
このままだとロイド氏が死にかねないので、俺は助け舟を出すことにした。
「動作確認をするだけなのだから、それを装備したらその上にまた衣服を着ればいいと思うぞ。ついでに言えば俺やロイドさんの目の前で装備する必要はないと思うぞ」
「そうそう、そうだよミアベル。あっちに続きの部屋があるから、そこで着替えようね?」
「はーい?」
言い含められて素直に従うものの、未だに話の流れが掴めていなさそうなミアベルである。
ぐいぐいと背中を押していくノエルさんに後を任せて、俺はロイド氏のほうを気に掛けることにした。
「大丈夫ですか。色々と」
ロイド氏はよろめきながらもなんとか立ち上がると、ローブに付いた埃を手で払いながらぼやく。
「心臓が止まるかと思ったぞ……」
文句なのか自己暗示なのかわからないが、なにやら小声でぶつぶつ言いながら、ロイド氏は改めて俺にハーネスを差し出してくる。俺は上着とズボンを脱いでインナー姿になると、とりあえず装着方法がわかりやすいサポーター部分を身に着けていく。足首を補助するアンクルサポーター、膝関節を補助するニーサポーター、肘関節を補助するエルボーサポーター、それから指貫形状のグローブに腰と両肩のベルト、と粗方を身に着け終える。
「これをハーネスで繋ぐんですか?」
「そうだ。現状はプロトタイプだから手動で接続する必要があるが、最終的には身に着けたサポーター同士を自動でハーネス接続するようになる……予定だ」
言いつつ、ロイド氏は手際よく次々にハーネスを取り付けていく。サポーターには予めハーネスを接続するための端子らしきものが設けられているのだが、プロトタイプ故かその形態にも試行錯誤が窺えて、仕様が一定しない。まずは手を出さずにロイド氏のやり方を見て覚えるのが賢いだろう。今後もこの装備を試験運用していくならば、次からは自分で出来るようにならねばなるまい。
そしてロイド氏が全てのハーネスを繋ぎ終わって一歩退いたので、俺は身体を動かそうと試みた。
「……凄まじい抵抗感があります」
「だろうな」
まさしく全身を雁字搦めに縛られているような状態だ。殆ど動けないと言っていい。
これはどうすれば、とロイド氏に視線を向ける。
「ハーネスに自分の魔力を流せ」
「わかりまし――おお?」
答えつつ魔力を繰ると、全身を縛っていた抵抗感がすんなりと消え失せて、思わずバランスを崩し掛ける。
なるほど、高い魔力浸透率を誇る素材だと言うだけあって、魔力の通りは呆れるほどにスムーズだ。しかも魔力を流した瞬間にハーネスは透明化して、それどころか物理的な感触まで消えた。
「フェムトファイバーは魔力を伝導する際に術理化する。今、お前の全身を結んでいたハーネスは術理的なオブジェクトと化しているわけだな」
「これは、殆ど俺の認識圏の一部となっている、ということですか」
「察しが良いな。その通りだ」
試しに魔力の供給を止めてみるとじんわりと元通りの抵抗感が戻って来た。
それから、とロイド氏は彼自身の片手を俺の前に翳す。そこには俺が今着用している物と同じようなグローブが確認出来る。彼は手首を返すとその甲の部分を俺に示す。
「お前が着けているものと全く同一の装備だ。手の甲に模様が見えるな?」
「ええ」
巴紋によく似た、三つの円環が組み合わさった紋様が見える。グローブ以外のサポーターの各所にも同様の紋様があったので、なにか意味のあるものだとは思っていたが、さて。
「これは兵装懸下用のハードポイントだ。このように使う」
ロイド氏がそのグローブの片手で作業台の上のミアベル用の剣に掌を翳す。するとハードポイントの紋様が輝き、吸い寄せられるように重量物の片手剣が浮き上がった。
「おお」
「これも予めペアリングを施しておく必要があるが、登録した対象であれば魔力を用いて懸下することができる。これと同じハードポイントがお前の手の甲、肘、肩甲骨にもある。つまり――」
「こうですね」
俺は作業台の上の大剣――俺用のドライブ武器に手を翳すと、グローブのハードポイントを起動する。すると大剣は手に吸い寄せられるように浮き上がり、しかし俺は柄を握ることなく魔力をそのまま手首から肘へと流していく。手綱を引かれるようにしてスムーズに浮遊した大剣は、俺の肘の外側を通って肩まで行くと、そのまま後背へと回り込んで肩甲骨のハードポイントの位置で浮遊しまま静止した。
物理的に触れることなく、大剣を背に負っている状態である。触れていないのだから重さもないが、剣を背負っているという感覚だけは魔力越しに伝わってくる。
「これはファンタジーですね」
「その感想はよくわからんが、使い方は教えるまでもないようだな。ちなみにその剣の場合はマギアドライブが姿勢制御を行っているから一連の動作でお前自身に刃が向くことはないが、普通の刀剣でそれをやると、慣れないうちは自分自身を斬りかねないから注意しろ」
「了解です」
ちなみにこの状態で俺が魔力の供給を断つと大剣がハードポイントから落下して危険な気がするが、そのためのマギアドライブである。使用者が意識せずともマギアドライブの自律思考が勝手に魔力供給を維持してくれるのだ。
これは便利だぞ、と俺は思う。とても汎用性の高そうな技術だし、文明開化の音がしたと言っても過言ではないかもしれない。などと考えつつも、俺は脱いであったズボンを拾って身に着ける。インナーハーネスは文字通りにインナーなのだから、その上に衣服を纏うのが正しい作法だろう。ロイド氏とミアベルだけならばともかく、ノエルさんに見苦しいものを見せるわけにはいかないから、いつまでもパンツ一丁で居るわけにはいかないのだ。
俺がズボンを履いたところでロイド氏が問うてくる。
「どうだ。違和感はあるか?」
「いやまったく。素晴らしいですね」
術理化したハーネスは物理的な干渉を起こさないので、そもそも装備していることを忘れそうになるくらいの違和感のなさである。勿論衣服越しでもハードポイントは問題なく機能しているし、消費魔力もどうやら自然回復量と釣り合う程度でしかないらしく、ただ立っているだけならば消耗もしない。
……とまあ、良いことばかりを言ってきたが、そんな技術が広く普及していないということには当然理由があるわけで、
「でも、お高いんでしょう?」
俺が問い掛けると、ロイド氏は待ってましたとばかりにニヤリと笑って見せた。
そして、一言だけ。
「家が建つぞ」




