344話_side_Rex_ちょっと前_クランハウス
~"主人公の幼馴染"レックス~
「――――よし。これでペアリング作業は完了だ」
そう言うとロイド氏はタブレット型の魔法具から光を消してポケットに突っ込んだ。俺に貸し与えられたマギアドライブ式の大剣と、今まさに身に着けているインナーハーネスを魔法的に関連付けしたことは理解出来る。イメージ的にはマギアドライブを司るAI――自律思考による統合制御なのだろう。俺という使用者を含めた一種の術理システム構造というわけだ。
「運用上の諸注意だ。当然だがマギアドライブには使用制限が掛かっている。そのマギアドライブを起動および管制可能な人間は、現時点ではユーザーであるお前、マイスターである俺、そして俺の上位者であるシリウスとクレメンスの四者だけだ。アトリーのほうも同様。セキュリティ上の問題で、使用時以外は必ずこの部屋で保管してもらう」
つまり間違ってもパーチに持ち帰ったりその辺に置いてきたりするなということだ。まあ当然だな。使用する場合は毎回ここにきて、ここで装備をして、活動後はここに戻ってきて仕舞って帰れということだ。
俺としても『家が建つ』ような高級品を持ち歩きたくはないので、多少面倒だろうとまったく異論はない。
「それから、気付いているだろうがお前達の剣には『剣の誓い』のロゴが彫ってある。少々ダサいのは否めないが、これはクランの所有物であることを示すために必要な処置だ。盗難対策とでも思っておけ」
なお『剣の誓い』のロゴマークというのは今風の洒落たレタリングで書かれたクラン名と、英雄伯家の家紋をアレンジした模様を組み合わせた中々にスタイリッシュなデザインをしている。ロイド氏の趣味には合わないのかもしれないが、わりと普通にカッコイイと思うのだが。マギアドライブ武器の目立つ部分に堂々と存在を主張しているので、トライアル機の企業ロゴ的な趣があって個人的にも悪くないと思う。
クランロゴが必要な理由はロイド氏が言った通り、犯罪対策的な意味での牽制であろう。こんな見るからな高級装備を俺やミアベルのような新米討伐者がこれ見よがしに使ってみろ、十中八九よからぬ輩が寄ってくるのは想像に難くない。つまりそういう輩に対して、クランロゴを示すことで『手ぇ出すと英雄伯がブチ切れます』と宣言しているわけである。
「ああそれと、インナーハーネスの上に衣服を着用する際だが、肌に密着する類のものは避けろ。術理化したハーネスが物理化した際に座標が重複するとコンフリクトして吹っ飛ぶ可能性がある」
「密着というと、どの程度?」
「ハーネスの術理的規模は高が知れているから占有する空間は見た目通りの域を出ないだろう。つまり大抵の衣服は大丈夫なはずだ。避けるべきは物理的にどこにも逃げ場がないような状態――要するにボディコンだな」
「なるほど。となると女性のミアベルは特に注意したほうがいいかもしれませんね」
「アトリーにはお前から諸々説明しておいてくれ。…………二度手間が嫌なだけで、他意はないからな」
だから何も言ってませんって。
だったら最初から俺とミアベルが揃ってから説明すればよかったのに、とかいう誰でもわかる事実を指摘してはいけない。
というか、
「ミアベルはやけに遅いですね。全然戻って来ない」
「む……そういえば、そうだな」
この部屋と続きになっている隣の部屋でノエルさんの補助の元、インナーハーネスを装着しているはずであるが。こちらが装備のペアリングを終えて諸注意まで済ませても尚、女性陣が姿を見せない。ここも隣も用途上、防音処置が施されている部屋である。扉を閉じてしまうとすぐ隣の部屋でも声も聞こえないため、本当に何が起こっているのかわからない。
流石に様子を見たほうが良さそうだ。と俺が行動に移そうとすると、丁度そのタイミングで扉が開いてノエルさんが顔を覗かせた。
「あのぉ」
どうかしたか、とロイド氏が問い掛けるとノエルさんは一度奥の部屋の様子を窺ってから、こちらに視線を戻して申し訳なさそうに言う。
「ハーネスの繋ぎ方がよくわからなくて……」
それは無理もない話であった。俺はロイド氏が全部やってくれたのを見ていただけだが、接続の仕様がてんでバラバラなので初見であれを全て理解しろというのは無理だ。前世のようにコネクタが規格化されているわけではないのである。
ただ、それはそれとして少々腑に落ちない点がないでもない。
「無理もない、がそれならそうと早く言え」
「ご、ごめんなさい」
ロイド氏も若干怪訝そうな顔をしながらも、それ以上は言うことなくノエルさんのほうへと向かって歩き出す。俺の時と同じく自分の手でハーネスを繋ぐつもりだろう。ただ、自分から助けを求めてきたはずのノエルさんは、どことなく落ち着かないというか、困ったような雰囲気だ。
俺はその様子から事情を察する。きっとノエルさんはギリギリまで、なんとかして自分の手で事を進めようとしたのだろう。ロイド氏に頼るべきでないと考えたのだ。しかし内容が専門的過ぎて流石に手に負えないと判断せざるを得なくなり、こうして助けを求めた。
何故ロイド氏を頼れないのかって、そりゃあ……
「ミアベルが下着姿だからだろうなぁ」
どんがらがっしゃーん!(二回目)
ああしまった。俺が聞こえるように言ってしまったばかりにロイド氏が床ダイブを敢行してしまったぞ。この人滅茶苦茶綺麗にコケるけど、なんだろう芸人体質なのだろうか。それでいてちゃんと受け身を取っているのだから面白い。これは現役討伐者の条件反射だろうか。
「ちょ、ロ、ロイドさん大丈夫ですかっ!?」
慌てるノエルさんを片手で制しつつ、ロイド氏は立ち上がる。白衣のローブに付いた埃を手で払いつつ、口を開く。
「ダ(↑)イジョウブダ。問題ナイ」
「声裏返ってますよ」
「キ(↑)ノセイダ!」
ああこれはダメっぽいな。
強がりを言って歩き出すロイド氏の右手と右足が同時に前に出ているのは見るに堪えないというか、普通に心配だ。
「おーい!ミアベルー!」
隣の部屋に向けて声を上げて呼び掛けると、ノエルさんが開け放したままになっていた扉からすぐに「なぁにー?」と返って来た。突然の大声にびくりと脚を止めたロイド氏に構わず、俺は言葉を続ける。
「俺でよければ手伝うぞー!」
そう言うと、やはりすぐに「おねがーい」と返事があった。
「というわけで、俺がちょっと見てきますんで」
「あ、ああ」
先程ロイド氏がやるのを見ていたので、まあなんとかなるだろうと気楽に考えて、俺は隣の部屋へと向かった。一声だけ掛けて扉を潜ると、奥の机の前で立ち尽くしているミアベルの姿が目に入る。
年頃らしく可愛らしい桃色の下着姿で、威風堂々と仁王立ちをしている背中がシュールだ。ミアベルは肩越しに俺を振り向いて、困り切った表情で口を開く。
「助けてロイ~。ぜんぜんわかんないよ~」
「はいはい」
ミアベルも俺と同じく、関節部のサポーターは身に着けられたようだ。まあこれに関しては見た通りの装着方法なので考えることもあるまい。そしてノエルさんの試行錯誤の結果なのかはわからないが、どうやら足首と膝を繋ぐハーネスはなんとか接続することが出来たようだ。逆に言うと、そこだけ繋げてしまったばっかりにミアベルはハーネスに縛られて両脚を動かすことが出来なくなってしまったのだ。好きで仁王立ちしているわけではないのである。なおハーネスに魔力を流せば自在に動かすことが可能になるのだが、そのためにはまず全てのハーネスを繋がなければならない。その辺の不便さは試作品故の弊害だろうな。
「ほら貸して。真っすぐ立つ!」
「はいっ」
俺はミアベルが持っていたハーネスを受け取ると、その中から膝と腰を接続するものを探す。ミアベルの二ーサポーターと腰のベルトの双方の接続端子の形状と合致するものを探せばいいので、実際に繋ぐ光景を一度見ている俺にとってはそれほど難しくはない。
ミアベルはというと手持無沙汰なのか、前を向いて立ったまま俺に雑談を振ってくる。
「ロイのほうはロイドさんにやってもらったの?」
「ああ。それである程度は覚えてきたぞ」
「さっすがぁ。てゆーかロイとロイドさんって紛らわしいね」
「そうだな。これを機に俺に対する呼び方を改めてもいいんじゃないか」
「あはは。ムリ無理。ロイはロイだもん」
俺をロイと呼ぶのは家族と一部の使用人くらいである。そもそもこれは幼少期の渾名なので、必然的に呼ぶのは俺の幼少期を知る者だけなのだ。本来は公の場とか人前で呼ぶようなものでもないわけで、ミアベルもいい歳なのだしそろそろ改めるべきかと思わなくもないのだが。
ただ、しょうのないことに俺も俺で、今更ミアベルにこれ以外の呼称をされても違和感しかない気がするので、結局のところ『まあいいか』で落ち着いてしまうのである。
「うーん。どうしたものか……」
「どうしたの?」
「いや、合うハーネスは見つかったんだが、少しばかり接続に難がある」
思案する俺は、前を向いて仁王立ちするミアベルの背後にしゃがみ込んで作業を行っている。
つまり俺の眼の前にあるのは、桃色のショーツに包まれたミアベルのヒップである。
「ロイドさんが設計したものだろうからある程度は仕方ないのかもしれないが、どうもこれはどちらかというと男の体格を基準に作られているようでな」
「あーと、つまりどういうこと?」
腰を捻って肩越しに俺を見下ろすミアベルに対し、俺は目の前のそれを指差してこれ見よがしに溜息を吐く。
「つまり、この立派なお尻をもう少し引っ込められないか、ということだ」
「無茶言うな!てゆーかロイ、ちょっとおじさんくさいぞ」
「とっつぁん坊やの逆を目指してるんでな」
「またロイが意味不明なこと言ってるぅ……」
アホなことを言いつつも、俺は四苦八苦してなんとかハーネスを繋ぐことに成功する。いかにミアベルが気にしないとしても、流石に俺が彼女の臀部を鷲掴みにして押し退けるわけにはいかないので、サポーターを斜めにしたりハーネスを捻ったり試行錯誤しながら、だいぶ苦労してなんとか触れずにでっち上げたような状態だ。
「よし、次は上半身だな」
「うす!」
立ち上がった俺は残りのハーネスを手にミアベルの姿を観察するが、多少は進展が見られた下肢とは違って、上半身のそれは殆ど手付かずに等しい。ミアベルはグローブとエルボーサポーターのみを身に着けた状態で、肩のベルトすら留めていない。
「両腕のハーネスを支えるためにはまず肩のベルトを装着しないといけないんだが……」
「それはわかるんだけど、ブラと干渉するんだよぅ」
「…………」
まあ、そうなるわな。
こういう装備品に関して、理想は性別や体格に関係なく誰でも装備出来ることなのは言うまでもないが、それでユーザビリティが損なわれていては意味がないので、せめて男性用は男性用、女性用は女性用と性別くらいは分けるべきだな。
少なくともミアベル用のハーネスは彼女に合わせた改修を施さなければ、これでは試験運用以前の問題である。とはいうものの、その辺の改修をロイド氏に依頼するのは色々な意味で無理があるので、クレメンス氏も言っていたことだが、ロイド氏はやはり弟子なり助手なり後進を育成すべきだ。可能ならば男女両方から人材を見付けて。
差し当たり、ミアベル用の改修は急務なので、早速明日からでもクリスティンを派遣してロイド氏の助手をさせよう。ミアベルと互いに知った仲だし、適任だろう。それにロイド氏よりも年上でしかも子持ちの既婚者なので、彼への精神的負担も比較的少なかろう。というかロイド氏はもう少し女性慣れしたほうがいい。わりと切実に。
「で、どうする?」
「どうするもこうするも、こうするしかないじゃん」
ぶつくさ言いながらミアベルはあっさりとブラジャーを外すと、それを傍らの机に置いて背筋を伸ばす。
彼女が自分からそうしたのならば俺としては特に言うことはないので、淡々とミアベルの上半身にベルトとハーネスを取り付けていく。そんな俺達の様子を、いつの間にか戻ってきていたノエルさんがなんとも言えない表情で眺めていた。
「ミアベルが無頓着過ぎるのか、レックスさんが豪胆過ぎるのか、私にはわからなくなってきました……」
「「ん?」」
ノエルさんの呟きに反応して、俺とミアベルは同時に振り向く。
「いやいや、ん?じゃなくて。もしかしてレックスさんって性欲ないんですか?」
「あると思うぞ。人並みには」
「人並みに性欲があったら、この状況で平然としてないと思うの……」
そう言われてもなぁ。
再三言うようだが俺にとってミアベルは自分の娘よりも年下の少女という認識だ。今世の関係性においても妹分以上の存在ではない。要するに身内判定である。
俺は無防備なミアベルの、ふるんと揺れる一部分を見遣る。
「やだえっちー」
「興奮するより先にイラっとした自分に安堵してるよ」
一応言っておくが俺にだって性欲はあるし、ミアベルに対して性的興奮を覚えること自体は可能だろう。
だがしかし、畜生ではないのだから、それ以上の理性で制すれば済むというだけの話なのである。中身はいい歳こいたおっさんなのだから、周囲に居る同級生の男子諸君よりも強い自制心を持っていなければ嘘だろう。
枯れているとも言うが、枯れ切ってはいない。はず。
「というか、俺はむしろミアベルが心配なんだが。この調子で大丈夫なのか。恥じらいはどこに忘れてきたんだ」
「ロイに見せる恥じらいはありませーん」
乳を放り出したままあっけらかんと笑うミアベルであるが、結局はそういうことなのだろう。俺がミアベルに対して家族の親愛しか抱いていないように彼女にとっての俺もそういう存在なのだ。年頃の男子としては悲しむべきかもしれないが、俺個人としては喜ばしいことだ。
なお、こうは言ったがミアベルにはちゃんと恥じらいという心の働きが備わっている。前期の夜会などでは、慣れないドレス姿を披露して周囲からの視線にちゃんと頬を染めていたのを覚えているのだ。
「ほら、馬鹿言ってないで続きだ続き。ノエルさんも手伝ってくれ」
「「はーい」」




