340話_side_Marguerite_ちょっと前_某所
・若干時間軸が進んだので、タイトルが『少し前』から『ちょっと前』になりました。
~"騎士の卵"マルグリット~
あたし達がブラッドフォードで活動し始めて一週間が経過した。一応、今のところは皆それなりに上手くやれているみたいで、最初にクレメンスさんが振り分けた組のままそれぞれのグループで頑張っている。ミアベルとミリティアはシリウスさんの元で、レックスとノエルはロイドさんの元で、そしてあたしとルークはグレンさんの元で。
あたし達はこの活動の間だけ借りた家屋で共同生活をしてるわけだけど、基本的には殆ど寝に帰るだけの場所みたいな状態になっている。友人達にとっては初めての討伐者活動であり魔物との戦いであるため、慣れない暮らしに疲労が溜まっているというのもあるのだろう。そしてなにより学生生活と討伐者生活ではリズムが真逆を向いている。昼に休んで夜に活動する生活に慣れるには、まだ暫くかかりそうだ。
その点、そもそも現役の討伐者であるルークは元より、学生戦力として半年間活動していたあたしもそれなりに耐性が出来ているので、友人達に比べればすんなりとこの生活に順応した感はある。
今日は活動開始後の初めての休日である。
クレメンスさん始め『剣の誓い』の面々も、学生諸君の疲労がそろそろ無視出来なくなってくる頃だとよくわかっていたみたいで、このタイミングで全員に一日の休みをくれた。英気を養うなり惰眠を貪るなりして活力を充填し、今後の活動に向けて討伐者サイクルの身体を作れということだ。
折角のお休みなので、昨夜の活動を終えたあたしは昼前まで睡眠をとり、午後いっぱいは自由に過ごそうと思っていた。友人達と街を観光するのも悪くないかもしれないと楽しみにしていたりもしたのだが、案の定と言うべきか昼になって起きてきたのはルークだけだった。
「これは全滅かなー」
机に突っ伏したあたしがぶー垂れると、近くに座っていたルークがからからと笑う。
「まあ、最初はこうなるって」
「そーね」
「寝過ぎてもしんどくなるから、どっかで起こしてやったほうがいいとは思うけどな」
まあその辺は出来た従者であるトビアスさんやクリスティンさんが動くだろう。
あたし達の共同生活の場であるこの家は、とりあえず便宜上の呼称として『パーチ』と呼ぶことになったのだが、このパーチを管理しているのは先に挙げた従者の人達だ。パーチの維持管理をほぼ全て取り仕切っているのがミリティアの執事であるトビアスさん、女性ならではの役回りや炊事を担当しているのがレックスのメイドであるクリスティンさん、そんな彼女に雑用を押し付けられて顎で使われているのが同ボーイであるダリオさんだ。もう一人、ミリティアのメイドであるリゼルが居るが、彼女はどちらかというと世話をされる側に回っていることが多い。
「レックスもダウン?体力は一番あると思ったけど」
男同士ということで同室で寝起きしているルークに訊いてみると、彼はあっけらかんと答える。
「いや、普通に起きてたぜ。ただ、今日は贅沢な時間の使い方をするとかなんとか言って二度寝したけどな」
「贅沢かぁ?休みに寝て過ごすって、逆に勿体なくない?」
「人によるんじゃね?」
そういうもんだろうか。あたしは起きて活動しないと損だって思っちゃうけどな。
尤も、レックスといえばあたしとは比較にならないくらい頭が切れるし、常から色々と思考を巡らせて生きているヤツだから、そんな彼にとってすれば睡眠時間というのはあたしのそれと意味合いが異なるのかも。わかんないけど、ほら、頭を休めるてきな。
「女子連中は?」
逆に問うてきたルークに、あたしは無言で首を振った。
こっちは起きる気配すらほぼ無かったと言える。ミアベルは暢気な顔で布団を蹴っ飛ばして爆睡してるし、ミリティアは死んだみたいな静けさで爆睡してるし、ノエルは一回起きようとした痕跡があったが秒で力尽きたように中途半端な姿勢で爆睡してる。
「むぅ~」
「むくれてもしゃあないだろ」
苦笑気味なルークに諫められずとも、そんなことはわかっている。
友人達が泥のように眠っているのは、休息が必要だからだ。無理をして怪我をしたり身体を壊したりしないように、明日からまた元気に活動するために必要なことなのだ。あたしだって最初はそうだったし、誰しもが通る道だ。
わかっていても、少し面白くないのは、要するにあたしが勝手に仲間外れ感を覚えて拗ねているだけなのである。
「ねえルーク、コレ、付き合ってよ」
あたしは剣を振るジェスチャーをして見せる。
悩める時は身体を動かすのが一番だ。悩んでなくても動かしてるじゃんは言いっこなしで。
「お!いいぜ!」
ルークはルークで運動が大好きな人種なので、あたしの誘いに即答で乗ってくる。というわけであたし達は運動着に着替えて外に出ることにした。討伐者活動の際にはシビルさんが選んでくれた装備を着ているので、元々あたしが黒い森に着ていくつもりだった服は休日の運動着へと降格したのである。ちなみにルークの服装はいつもの野戦服だ。
それぞれの得物を片手にパーチの玄関へと向かって廊下を歩いていると、前方からやって来たクリスティンさんとすれ違った。洗濯物を満載した籠を抱えてえっちらおっちらと歩いてきた彼女はあたしとルークの姿を目に留めると、その瞳を弓形に細めた。
つまりニヤニヤしてるってことだけども。
「デートですかいお若いの。いやーアオハルですなぁ」
佳き哉佳き哉、とか言いながら去って行くクリスティンさんは、噂通りの独特な人であった。
それを二人して無言で見送って、それから微妙な顔で自身の大剣を眺めたルークが呟く。
「デートか?これ」
「あたしに訊くな」
たぶん違うと思われ。
折角の休日だというのに、あたし達が訪れたのは今日も今日とて討伐者ギルドである。
単純に、思いっきり鍛錬をするために都合の良い場所がここしかないのだ。あたし達はライセンスを持っているので、支部近隣の鍛錬場を無料で気兼ねなく使うことが出来る。尤も、黒い森との『境界域』を確保するために拓かれた土地の一部を、せめて活用しようとして便宜上鍛錬場と呼んで討伐者向けに開放しているだけなのだが。要するにただの広場である。
ギルド内の施設に用はないのでロビーをそのまま横切って進もうとすると、あたしはその途中で見知った顔を見付ける。
「あれ?リンさん?」
「ん?」
あたしの声に反応して振り向いたのは、ここに来る前にハイムゼートの森で同道した東方人の女性――リン・シシドであった。
この街で過ごしていると黒髪の人間と出会うのもそれほど珍しくはないが、だけどやっぱり本場の黒髪は輝きが違う。あの黒曜石みたいな色艶はあたしの知る限りではイオかリンさんくらいのものだ。
というかイオもそうだけど後ろ姿が綺麗過ぎるのはなんなのだろうか。姿勢が良いというだけでは説明がつかない、背中に感じる色気のようなものは黒髪の人に特有だとあたしは思う。
「やあ、マルグリットじゃないか。また会ったね」
涼やかに瞳を細めたリンさんは、嬉しそうにあたしの名を呼んだ。
後ろ姿だけで美人なのに、振り向いたら更に美人なのだから、なんかズルいとすら思う。そんな彼女は一人ではなく、傍らには彼女の実兄であるダイさんの姿もあった。温厚そうな面立ちの禿頭の巨漢であり、失礼ながらリンさんとは微塵も似ていない。彼は王国語が話せないので口を開くことなく会釈をするにとどめたようだ。
彼等は道中と同じく旅外套に身を包んでいたが、流石にこの街では暑いのか、前を開けた外套の下には異国風の軽装が覗いていた。なおリンさんは得物の弓を、ダイさんは長槍を背に担いでいる。
「道中で一緒したって人か?」
ルークを含む友人達にはあたしがここに来るまでの道中を説明してあるので、ルークも一目でリンさんの正体に思い至ったようだ。
「そう。リン・シシドさん。隣がそのお兄さんでダイさん」
「話には聞いてたけど、マジで似てないな!」
全く悪意なく朗らかにそう言ったルークに、リンさんは『慣れたよその反応』とでも言わんばかりに肩を竦める。王国語を話せなくても理解は出来るダイさんはやはり少しだけ申し訳なさそうにしていた。別に彼はなにも悪くはないのだけど、彼の立場にしてみれば色々と思うところはあるのだろうな、とあたしは勝手に察する。
「リンさん、こっちはあたしのこ、もだちのルーク・トレーゼ・ダンクーガ」
「よろしくな!……リタ今『こもだち』って言った?」
婚約者って言おうとして怖気付いて途中で無理やり軌道修正したのは内緒だ。
それはさておきリンさん達は異国人なのでもしかしたらルークの家名を知らないかもと思ったが、その予想に反してリンさんははっきりと反応らしい反応を見せた。
切れ長の瞳を丸く見開いたのだ。
「貴方がダンクーガ小伯爵か。なるほど……確かに」
「確かに?」
「いやこっちの話だ。気にしないで」
リンさんはルークの名を聞いてなにやら納得を得たようだが、事前になんらかの情報を仕入れていたのだろうか。まあ、彼女の目的はアシュタルテ侯爵令嬢ことプリムローズさんに会うことなのだから、リヒティナリアの有力な貴族の情報を事前に仕入れておくのは然程不思議な話ではないのかもしれない。
ちなみに彼女が言った『小伯爵』というのは伯爵の後継を指す言葉だ。ダンクーガ小伯爵と言えば、つまりは次のダンクーガ伯爵ということである。コーリッジ小男爵ならばレックスのことだし、ヴァンシュタイン小公爵であればアルヴィンのことだ。ただし、そういう意味の言葉は確かに存在するが、基本的には文書などで使われる称号に過ぎず、口で呼ぶことは殆どないらしい。あくまでもこの国では、だが。
「ここに居るってことは、リンさん達も討伐者なの?」
「そうだよ」
リンさんはポーチからライセンスカードを取り出して見せてくれた。異国のギルドで作られたらしいライセンスカードは、あたしには読めない言語で情報が記載されていた。等級の表記だけは共通なので、彼女が平均値の『レベル2』の討伐者であるとわかる。ついでだから言っておくとあたしはライセンスを作ったばかりだから当然レベル1、活動歴が長い実力者のルークはレベル3だ。
「路銀を稼ぐには都合がいいんだ。なんせ黒い森はどこにでもある」
彼女の言葉通り黒い森は世界中のどこにでも存在する。それは魔物という勢力が国家の枠組みの区別なく、全人類に平等に侵略行為を仕掛けているからである。対する討伐者ギルドというのは流石に世界中どこでもとはいかない。魔法協会とか教会とかもそうだけど、これらの国際組織の勢力圏はリヒティナリア王国近傍の国家群にとどまる。その勢力圏の外側、例えばリンさん達の故郷である東方の国々には、それはそれで同じような役割を果たす組織が当然存在しているのだろうが。
「じゃあ、ここでお金貯めて、それで王都を目指すんだ?」
「そういうことになる」
王都?とルークが首を傾げるので、あたしはリンさんに許可をもらって少しだけ事情を説明する。
「エンディミオンに、会いたい人が居るんだってさ。どうせ今休暇中だから、休み明けに学院であたしを訪ねてくれれば、その人に取り次ぐくらいの協力はするよって約束してるんだ」
てか、あたし如きの身分ではプリムローズさんに取り次ぐだけで精一杯というのが実際のところだ。
たったそれだけの口約束で、なんだかリンさんには大袈裟なくらいに恩に着られてしまったのだが、どうもあたしと彼女では少しばかり認識の齟齬があるような気がしてならない。
具体的には、プリムローズさんに対するイメージだ。
リンさんはそれこそ会うだけで命懸けの大博打みたいな気配を言葉の節々に滲ませているけど、あたし的にはプリムローズさんのことだからなんだかんだで無碍にはしないんじゃないかなと勝手に思っている。だから安請け合いしちゃってるわけだけど。
まあでも、しょうがないのかな。
人づての人物評だけを参考に人間性を推し量ったのであれば、プリムローズさんに恐れを抱くのは至って自然なことだ。
だって彼女は、外道で知られるアシュタルテ侯爵家なのだから。




