339話_side_Miabel_少し前_職人街
~"主人公"ミアベル~
ヴァイオラさんを一行に加えた『ヴェルちゃんお土産旅』は最終的に一つのお店の前に辿り着いた。
店舗というよりは、出店とか露店と表現したほうが的確だろうか。道端の空いているスペースに敷物を広げて、その上に商品を陳列している形態だ。特段珍しい光景ではなく、これまでにもそれなりに見られたものではあるのだが、そこはとある点が他とは一風変わっていた。
「いらっしゃいませ。ゆっくり見ていってね」
柔らかに微笑む店主が、若い女性であるという点だ。
落ち着いた装いの、眼鏡が良く似合う優しいお姉さんといった雰囲気。ブラウンの頭髪を緩く結って肩に流している。ここでお店を出している以上は職人さんなのだと思うが、荒くれ者も多い討伐者を相手に商売をする以上は職人の側も自然とそういう気風を帯びていくのが珍しくない場において、若干浮いているくらいに穏やかな空気を纏っていた。
珍しいと思うのは、そんな女性が職人街の路上で独り、露店を営んでいるということだ。先のストレガちゃん達の一件ではないが、女性に対して乱暴狼藉を働く手合いも決して少なくないだろうに、些か無防備が過ぎるような気がして心配になってしまう。
目を輝かせて商品を眺めるヴェルちゃんと、それに付き添うノエルに追い付いたわたし達は、しゃがむ彼女等の後ろに立って同じように商品を見てみる。どうやらここも護符を専門に扱っているお店みたいで、眼鏡のお姉さんは護符職人らしい。
護符と一口に言ってもその形態は多岐に渡り、多くは装飾品の形を取っているようだが例外もある。そこを行くとこのお店の護符はオーソドックスなペンダントタイプで、本体となる鉱石部に飾り紐をあしらっただけのシンプルな構成だ。
「わぁ……可愛いデザインですね」
思わず声が零れると、お姉さんは嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。
紋章術が刻み込まれた球形の鉱石は保護用の半透明な樹脂でコーティングされていて、そこまではよく見る構造だが、ここの護符はその樹脂に更に彫刻を施している。そのデザインというのが可愛らしくて、笑顔をデフォルメしたマーク、所謂『にこちゃんマーク』が刻まれているのだ。
たくさんのにこちゃん護符が並べられている光景には、なんだか自然と頬が緩んでしまうような微笑ましさを覚えずには居られない。
ただ、まあ値札を見るにわたしが買うには少々厳しい価格帯のようだ。精緻な細工による完成度の高さを見れば納得どころか安いくらいの設定だとは思うのだけど、ミアベルさんは歴戦の貧乏なのである。
「これって、持ってるだけで効果があるんですか?」
ヴェルちゃんが品定めをしている間は手持無沙汰なので、わたしはお姉さんに質問してみる。
素人丸出しのわたしの問いに、お姉さんは丁寧に応じてくれた。
「それは効果による、かな。例えば耐環境用の護符なんかは使用者の意思で発動状態を切り替えられたほうが使い勝手がいいし、魔物からの不意打ちや呪詛に対抗する類のものは自動で発動してくれないと意味がないでしょう?持続性も物によりけりで、繰り返し使用できる物もあれば、一回こっきりの物もあるんだ」
「ほぇー、魔法使いの人じゃなくても任意で発動できるんです?」
「細工次第、かな。紋章術の性質上、紋様を敢えて未完成状態にすれば発動しなくなるわけだから、例えばこの――」
ひょいとお姉さんが手に取った護符は上下二段の構造になっていて、どうやらそこで捻ることが出来るみたいだ。
「こっちに回すと紋様が完成して効果が発動する。逆に回せば紋様が崩れて効果が失われる。みたいな。まあ魔法使いさんなら思考だけでできちゃうことなんだけど、護符を必要とする人の大部分は非魔法使いの人だから」
なるほど。ちゃんと考えられてるんだな。
使用者のことを考えるというのは当たり前と言えば当たり前のことなんだけど、さっきティアの護符選びで職人さんの説明を横から聞いていた限りでは、その辺りが疎かになっている品も決して珍しくないらしいのだ。職人さんの腕とか気質が云々という問題以前に、そもそも効果と利便性を両立するのが普通に難しいとか。そりゃあ、紋章術というのはつまり魔法モデルの模倣であるのだから、そう簡単に崩したりなんだりって出来るものではないのだ。ただ単に決められた紋様を描けば魔法になるというのであれば、魔法使いは特権階級になどなっていないし、世の中にももっともっと魔法の産物が氾濫していて然るべきだ。
紋章術によって描かれる魔法モデルには、物理的な形状以外にも意味的な要素が重要になる。それは時に『経緯』や『記憶』といった無形の情報で表現されることがある。即ち、右から左に線を引いて描かれた紋様と、左から右に線を引いて描かれた紋様は、例え筆跡が寸分違わず一致したとしても魔法的には完全に別物だ。と言えば、お姉さんが何気なく捻った護符の構造や、酒場の騒動で男性討伐者が取り出した魔法銃のロック機構が如何に高度なものであるのかがなんとなく理解出来るだろうか。
畢竟、それを製作出来る職人にも相応に高度な技量と厳然たる適性が求められる。
ついでに言っておくと、いつかに活躍したフォノンさんのぱんつ。アシュタルテさんが転移魔法のマーカーに利用したあれであるが、実はあれもかなり高度な魔法具であると言わざるを得ない。製作者であるアシュタルテさん自身は『素人の手慰みだ』とか言っていたけど、そもそも薄手の下着にて紋章術を成立させるというのは本職の職人でも難しいことに相違ないのだ。じゃなければ学院の制服があんなに高価になったりしないのである。少なくとも、わたしを含めた普通の学生は講義で紋章術のことを習ったからとて『よっしゃ自分も作ってみっか!』とはならない。無理だし。
「お嬢さん一人で店やってんのか?中々に剛毅だな」
そう言ったのはヴァイオラさんだ。彼もわたしと同じく若い女性が単身で露店を営んでいる状況に不用意さを感じたのだろう。その言葉には感心するような響きと共に、少しばかりの嗜めるような気配があった。
するとお姉さんは苦笑気味に眉尻を下げる。
「仕方なく、かな。私みたいに伝手のない職人だと、店舗を借りるのは難しいから。こうやって、商売させてもらえるだけでも有難いんだ」
「だがよ、女一人じゃあ色々と難儀するんじゃねえかい?」
「そうでもない、かな。討伐者の界隈は自己責任論が強いけど、職人の界隈は結構義理人情が強いから。変な人が湧くと周りで商売してる人達が追い払ったりしてくれるんだ」
そうなのか。でも昔気質な職人さんってそういうイメージあるかも。
「実際、どこかの工房に置いてもらうっていう手はあるよ。そのほうが生活も安定するんだとわかってはいるんだけど……」
お姉さんは力の抜けた良い表情で、自身の作品である護符を手に取って眺めた。
「そうするとやっぱり、自分の本当に創りたいものは、できなくなっちゃうから」
そう呟き、それからハッとしたように顔を上げる。
「あ、ああ。ごめんね!私ってばお客さんに何喋ってるのかな」
「いや。いいと思うぜそういうの。野暮なこと言って悪かったな」
ヴァイオラさんがにっかりと笑うと、お姉さんは恥じ入ったように頬を染めた。
それからヴァイオラさんはヴェルちゃんの頭上から声を掛けた。
「ヘイヴェル公、そろそろ行くぜ。目ぼしいものがあるなら早く決めな」
「う~」
「ずっと居座ってるとお姉ちゃんの迷惑になっちゃいますぅ」
「う~!」
中々決められないのか、ヴァイオラさんとエクスちゃんに口々に促されてもヴェルちゃんは煮え切らない声を漏らすのみだ。
わかるよヴェルちゃん。どれも素敵だもんね。
ただ、職人のお姉さんが苦笑気味なのはそんなヴェルちゃんを微笑ましく思っているのが半分、もう半分はヴェルちゃん達が正しい意味でのお客さんではないからだろう。だって、護符を選ぶのに機能は二の次で物色するヴェルちゃんのそれは、つまり単なるアクセサリーを選ぶときの買い方に相違ない。先程の話から察するに、お姉さんはほんわかした見た目とは裏腹に職人さんとしての矜持をしっかりと持っている人だ。そんな人にしてみれば自分の護符を単なるアクセ扱いされるのは面白くないのではないかと思うのだが、お姉さんは少しも嫌な顔はしていなくて、ヴェルちゃんが興味を持ってくれたことそのものが嬉しいのだという雰囲気だ。
「てかヴェル公、お前そもそも金あるのか?」
「う?」
そういえば、とでも言うようなヴァイオラさんの言葉にヴェルちゃんはきょとんと顔を上げると徐に背中のリュックを下ろして手を突っ込む。取り出したるはなんだか可愛らしいデザインの、所謂『こどものおさいふ』であった。
ヴェルちゃんがそれを開いてひっくり返すと、中からは数枚の硬貨がころりんと落ちてきた。
ヴェルちゃんはそれを手にして無言でお姉さんを見遣る。
お姉さんはささっと目を逸らした。
「さ、流石にむり、かな」
「きゅぅ~ん……」
然もありなん。ここでわたしが「じゃあ買ってあげるよ」と言えれば格好いいし、言ってあげたいのは山々であるが、お察しの通りわたしの所持金もヴェルちゃんと然程も変わらないのである。
「というかヴェルちゃんさんって働いてるんじゃ……?」
立派な社会人なのになんでそんなにお金ないの、と迂遠に疑問を呈したノエルに対し、落ち込むヴェルちゃんに代わってエクスちゃんが答える。
「ヴェルちゃんはよくわからない高いものにすぐお金使っちゃうんですぅ」
「「ああ……」」
わたしとノエルの深い納得が唱和する。揃って視線を向けるのは晴れてヴァイオラさんへと譲渡された例のアレ、である。
そりゃああんな調子で散財してたらすぐに素寒貧になるわ。いや、今回に限っては散財したのはエクスちゃんなんだけども。
「それでプリムちゃんに『めっ!』って怒られて、それ以来ヴェルちゃんのお給金はハイメロート隊長の管理になってしまって」
「ローズもなんだかんだでわんこにダダ甘だからなぁ。その点、魔剣ニキなら絶対にわんこを甘やかさないから安心だわな」
丸めた尻尾と垂れた犬耳が幻視出来そうなくらいにきゅーんと落ち込んでしまったヴェルちゃんの姿は憐れみを誘う。だけれどそういう事情であればここで甘やかすのは違うと思う。故にヴァイオラさんもエクスちゃんも買ってあげようとは言い出さないのだ。エクスちゃんは例のアレのせいでお金がないだけかもだけど。
こうなると一番気まずいのは職人のお姉さんなのだが、彼女は思案気に唇を尖らせると、ふと思い立った様子で裏に置いてあった自身の鞄を漁り出す。
「あ、これこれ」
そう言って取り出したのは、陳列されている物と同じような護符に見える。まあるく磨かれた鉱石に、飾り紐のストラップをあしらい、樹脂のコーティングの上に『にこちゃん』を刻んだ逸品である。
お姉さんは落ち込むヴェルちゃんの眼前に、それをちょんと差し出した。
「これ、貰ってくれないかな?」
「う?」
きょとんと顔を上げたヴェルちゃんの手を取って、お姉さんは優しく護符を握らせる。
無償で譲ってくれるつもりなのだ、と察してわたしは思わず口を挟む。
「いいんですか?」
「構わない、かな。それ、ちょっと失敗しちゃってるヤツだから、どの道売り物にはできないんだ」
「そうなんです?」
落ち込みムードからあっという間に復活して瞳をきらっきらで感激するヴェルちゃんが掲げ持った護符に目を向けてみるも、素人のわたしには全く瑕疵のない綺麗な芸術品にしか見えない。
同じように護符を観察していたヴァイオラさんも同じ感想を抱いたようで、
「失敗してるようには見えねえがなぁ」
「うん。見た目は完璧に仕上げたつもり、かな。でも、中の紋章術を失敗してるのに後から気付いたんだ」
「ははぁ、なるほど」
「てことは、魔法具としては使えない?」
わたしが訊くとお姉さんは「ううん」と首を振る。
「内部干渉系に抵抗するための魔法がちゃんと備わってる。効果のほうには問題がないんだけど、副作用が出ちゃって」
副作用、とは穏やかではない。もし危ないものだったら残念ながらヴェルちゃんにあげるわけにはいかないのでは。
緊迫した雰囲気になるわたし達(ヴェルちゃんを除く)に対し、お姉さんは神妙に告げた。
「発動すると、熱を持つんだ」
「どのくらい?」
「素手で触ると『あちち』ってなるくらい、かな。火傷するような温度じゃないし、危険はないと思う」
なぁんだ。思ったよりも細やかな副作用で安心した。
まあ、作り手の意図しない挙動をしてしまう時点で売り物には出来ないのは理解出来る。ただ破棄するほどに深刻な問題を抱えているわけでもないから、お姉さんもどうしようか迷っていたところだったらしい。
「あ、でも。本当に強力な呪詛とかに曝されたらどうなるかは試してないから、そうなるともしかしてもっと熱くなるかも」
とお姉さんは申し訳なさそうに補足してくれたが、たぶんその場合は護符が熱くなることよりも呪詛そのもののほうが脅威だから、そんなこと言ってる場合じゃないと思う。というか、そんな強力な呪詛を小規模な火傷程度の代償で防いでくれるなら上等なのでは、とミアベルさんは思った。
「本当に貰っちまっていいのか?」
「うん。どうせなら、喜んでくれる人に貰って欲しい、かな」
きゃっほう、と歓声をあげて喜ぶヴェルちゃんの姿を満面の笑みで見詰めるお姉さんに、ヴァイオラさんもこれ以上は野暮だと思ったのか、軽く頭を下げて「すまねえな」とだけ言った。
それからヴェルちゃんの首根っこをひっ捕まえて、
「ヘイヴェル公、お前もちゃんとお礼を言いな」
「ん!あいがとうごじゃます!」
あまりにも微笑ましい舌足らずなお礼の言葉に、お姉さんは「どういたしまして」と優しく応じたのだった。
余談。
「まあ、たぶんローズにポイっとやっちまうんだろうけどな」
「ですぅ」
「え”ぇ……?」




