338話_side_Miabel_少し前_職人街
~"主人公"ミアベル~
「へぇ~じゃあエクスちゃん達は普段は討伐者やってるんだ」
「はいぃ。最近はお隣さんも大人しいので、なんかこっちが本業みたいになっちゃってます」
えへへ、とはにかむ可愛いこの子は、ヴェルちゃんの連れのエクスプロードなる少女だ。若干過激なお名前は本名であると同時にコードネーム的な意味合いもあるようで、平時は愛称の『エクス』と名乗っているそうな。ちなみに彼女の名前は爆発の意であり、ついでに言うとヴェルちゃんの本名であるヴェルメリオは赤色の意味らしい。
ヴェルちゃんがアシュタルテさんの子飼いのわんこであることは知っていたが、わたしと同い年の学生であるアシュタルテさんに子飼いの勢力が居るとはそもそもどういうことなのかというと、学生としての彼女ではなく侯爵令嬢としての彼女の配下ということだ。具体的にはアシュタルテ侯爵家が担う国家防衛に従事する兵隊であるということになる。
エクスちゃんの言う『お隣さん』とはリヒティナリア王国の隣国である帝政ディ・エンテのことで、アシュタルテ侯爵家のお役目とはこの帝国からの侵略の魔の手を排撃したり、逆に帝国に魔の手を伸ばして嫌がらせしたりすること。要するに北の国境線を維持することなのだ。
「ところでそれって、人に言ってもいいものなの?」
「だめです。なので、内緒にしてくださいね」
ほんわかと笑うエクスちゃんに癒されるが、いやダメなんかい。
アシュタルテさんの配下の特殊部隊と、討伐者として活動している彼女達は表向き無関係ということらしい。ゴーレム騒動の際にわたし達はヴェルちゃんのことを知ってしまっているので、あくまでも既に知っていることだから説明してくれただけなのだろう。そもそものゴーレム騒動の際にノエルにその辺の事情を説明してくれたのはヴェルちゃんの上司であるハイメロートさんという人らしく、その人はアシュタルテさんの子飼いの纏め役になる。要するにエクスちゃんにとっての上位者であるハイメロートさんが開示した事柄までならば説明しても構わないだろうという判断なのだ。
「ちなみに、もし吹聴したりすると……?」
「プリムちゃんが怒りますぅ」
「…………」
ちょっと怒られたいと思ってしまったわたしはわりと末期かもしれない。
まあ、この場合の『怒る』がわたしの想像のそれではなく、制裁的な意味合いであるのは理解しているけども。
「でもなんで東部に?」
彼女等の活動拠点は言うまでもなくアシュタルテ侯爵領であろうし、侯爵領の近隣に黒い森や討伐者ギルドがないわけでもない。近場で活動せずに、遠く離れたブラッドフォード伯爵領まで赴いているのは何故なのか。
「儲かるからですー」
「アッハイ」
「繁忙期に備えて活動資金を貯めておかなくてはいけませんので~。この期にがっぽりうふふですよぉ」
「……なんか、意外と世知辛いんだね」
「はいぃ」
侯爵家の私兵なのだから予算も潤沢なのだろうと、一般ピーポーのわたしは勝手にイメージしてしまうのだが、ところがどっこいエクスちゃん達は活動資金を自分達で稼がねばならないようだ。勿論それはアシュタルテさんがそのような方針を定めているからなのだろうけど、察するに、たぶん彼女等は侯爵家の私兵ではなくアシュタルテさんの私兵という立ち位置なのだろう。
「ということは、今日もこれから黒い森に?」
「いえ。実は私達もここに来たばかりで、まだ森に出たことはないんです」
「あ、そうなんだ。じゃあ一緒だね」
「ですね~。今はリーダーさんとかが色々と活動の準備をしてくれてるので、私達はその間にプリムちゃんのお土産でも買おうかなと」
成程、と頷いて見遣るのはわたし達の少し前方でちょこまかと走り回っているヴェルちゃんの姿である。先程結果的にエクスちゃんがお買い上げとなった謎のお面は今もエクスちゃんの片手に握られているが、これはエクスちゃんの渾身の説得の結果アシュタルテさんのお土産になることは免れた。というわけでヴェルちゃんはめげずに現在新たなお土産候補を物色しているのだが、そもそもお土産を探すのに何故この場所なのだろうかと疑問に思わなくもない。
そんなヴェルちゃんに半ば振り回されつつも面倒見よくぱたぱたと付き従っているのは我らがノエルさんである。お面の一件で色々な意味でダメージが大きかったらしいエクスちゃんのために、ヴェルちゃんのお買い物アドバイザー(という名の制止役)を買って出たのだ。ノエルに任せておけば大丈夫だという安心半分、流石のノエルも苦労してそうだなという同情半分であった。というか、なんでヴェルちゃんは行く先々で最も微妙そうな物品にピンポイントで興味を示すのだろうか。もしかしてそういう物を選んだほうがアシュタルテさんのお気に召すのであろうか。彼女くらいの大貴族になると望んだものは大抵手に入るし高級品も見慣れてるだろうから、案外変な物を貰ったほうが楽しめるのかもしれない。
「ヴェルちゃーん。そろそろ戻らないとヴァイオラちゃんが心配しちゃうよぉ」
そう言ってエクスちゃんが前方へと呼び掛ける。
たぶん、彼女等の連れというか保護者的な人だろう。名前から察するに女性かな?
「いえ、おじさんですぅ」
「アッハイ」
「ヴァイオラちゃんが窓口で手続きをしている隙に、黙ってすっと抜け出して来ちゃったので、今頃血眼で探していると思います~」
「笑顔で言うことじゃないっ!?」
エクスちゃんの物言いもどうかと思うが、ヴェルちゃんはヴェルちゃんで全然気にしてないし、なんだろう、そのヴァイオラさんとやらは嫌われているのだろうか。
「ちなみにどんな人?」
「ナンパさんですぅ。冗談みたいな真っ赤なコート着てるので、きっとすぐにわかりますよぉ」
「その人も、冗談みたいな厚着してる子には言われたくないと思うけどなぁ」
ていうか、どう見てもその特徴に合致する人が猛然とこっちに走ってきているのですがそれは。とエクスちゃんに仕草で示してみると、彼女はそちらを見てきょとんとする。
「あ、ほんとだ。意外と早かったですぅ」
などと言っている間にその男性は目の前までやって来て、
「早かったですぅ、じゃねえ!!いや俺言ったよな!?待ってろって言ったよな!?すぐ戻るからその場を動くなって言ったよな!?二回言ったよな!?なんなら念押しも含めれば三回言ったよな!?」
だいぶ焦燥した様子でそう叫ぶのは、冗談みたいに真っ赤な外套を身に纏った長身の男性だ。エクスちゃんは『おじさん』と評したが、確かに若いと形容するには少々渋さがあり過ぎるように思えるが、さりとて中年と言えるほどに老けているわけでもない。
一言で評するならば年齢不詳の色男、といった風情だ。
無造作に伸ばされたプラチナブロンドの頭髪に、おそらくコードネームの由来であろう綺麗な菫色の瞳をしている。本人の容姿があまりにも整っていて鮮烈なので、冗談みたいな真っ赤な外套が冗談みたいに似合ってしまっているという、まるで舞台の俳優がそのまま俗世に出てきてしまったかのような印象だ。尤も、わたしは本格的な歌劇の類なんて見たこともないので、完全にイメージだけの印象であるが。
エクスちゃん達を探してだいぶ方々走り回ったようで、乱れて汗だくの姿では折角の色男も台無しなのが哀愁を誘う。
言い募るヴァイオラさんの剣幕に対して、エクスちゃんはというと不思議そうな顔をしている。
「はい。あの、えっと、『動くなよ?絶対動くなよ!?』って仰ったので…………動けってことかと」
「フリじゃねえよ!?空気じゃなくて文字を読んでくれ」
「ご、ごめんなさい」
エクスちゃんが素直に謝ったのでとりあえず留飲を下げたのか、あるいは最初から怒ってはいなかったのか、ヴァイオラさんは深々と溜息を吐いて「頼むぜまったく……」とぼやいた。
その姿にエクスちゃんはむしろ困惑した様子を見せる。
「あの……もしかして何かあったんですかぁ?」
「いや、何かがあったわけじゃあねえが。どうも最近ここの支部の雰囲気がよろしくないと聞くもんでな、お前等が変なのに絡まれていやしねえかと俺は気が気でなかったわけだ」
彼の言葉にわたしは思い当たる節しかない。考えるまでもなく、シリウスさんが話していた件だろう。このブラッドフォード支部では最近急速に男女間の対立構造が深刻化しているというやつだ。有り体に言ってしまえば、つまるところ治安が悪化しているということに他ならない。そんな状況でこんなに可愛らしい女の子二人が勝手に行動して居なくなってしまったとなれば、保護者役のヴァイオラさんが必死で探すのも当然だな、とわたしはうんうん頷くのであった。
「私はともかく、ヴェルちゃんはとっても強いので大丈夫ですよぅ」
「おっとそいつは盲点だった。だが生憎と俺はな、わんこが勢い余って絡んできた相手を逆にぶっ殺すんじゃねえかと心配してたんだよ」
ああ(察し)。
ヴェルちゃん超強かったもんなぁ。
わたしはゴーレム騒動の際にヴェルちゃんがぶちかましていた規格外の砲撃魔法を思い出す。当時はあの凄さが今一わかっていなかったけど、最近になって自分でも戦いに臨む意識を持ち始めて、改めてあの時のヴェルちゃんの魔法の凄まじさがわかるってもんだ。
だって、地形が変わる威力だったし。
「あと、さらっと棚上げしてるが、エクスお前も大概だぜ?」
「えぇ……?」
「本気で困惑するなよ……自覚してくれマジで。――――さて」
と、居住まいを正したヴァイオラさんが唐突にわたしを見たので、思わず背筋が伸びる。
そんな反応に苦笑気味のヴァイオラさんだが、正面から向き合うと相当破壊力高いなこの人。イケメンには違いないのだけど、カッコイイというよりかは男の色気的なものが凄い。
「ウチのガキどもが迷惑をかけて悪かったな。素敵なお嬢さん、お名前を伺っても?」
「いえそんな。わたし、ミアベル・アトリーといいます。あっちは友人のノエル・クライエイン」
ヴァイオラさんが現れたことに気付いていながらも無視してお土産探しを続行しているヴェルちゃん達のほうを示して言うと、ノエルはぺこりと頭を下げながらヴェルちゃんに引っ張られていった。
「ミアベルに、ノエルだな。迷惑をかけたお詫びがしたい。それにここで出会ったのも何かの縁だ。どうだい一緒にお茶でも」
奢っちゃうぜ、と慣れた所作でウィンクを飛ばしてくる色男に対して、わたしが返事をするよりも早く傍らのエクスちゃんが笑顔で口を挟む。
「ちなみにミアベルちゃん達はプリムちゃんの同級生でお友達みたいですよ~」
「すまないこの話は無かったことにしてくれ。俺達には縁がなかったみたいだ」
「はぁ……?」
「そしてこれはお願いだが、俺の命が惜しければくれぐれもローズに『お前んとこの色男にナンパされたんだけど』とか言っちゃあいけない。リトルレディの怒りで俺の危険が危ない」
「はぁ……?」
「ナンパしてきたのは色男じゃなくて変なおじさんだから言っても大丈夫ですね~」
「ヘイエクス、二重の意味で俺を殺そうとするのはやめろくださいお願いします」
仲のいい遣り取りから察するに、所謂いつものノリというものなのだろう。
というかいいなぁアシュタルテさんの愛称。プリムって言うと愛らしい響きだし、ローズって言うと対照的に妖艶な響きになる。そしてそのどちらでも違和感がないのがあの少女の凄いところだと思う。
わたしもいつかはそんな風に彼女を呼べる日が来るのだろうか。
「ところでエクス、お前それ何持ってんだ?」
「あ、これはですね――」
例のお面について説明しようとしたエクスちゃんは、しかし何かを思案するように手に持ったお面を見詰めた。
そして、それを徐に差し出す。
「ヴァイオラちゃんに似合うと思って。プレゼントですぅ」
「ははーん、成程?まあ俺くらいの色男になるとどんなものでも似合っちまうのが…………ヘイエクス、コイツはなんだ?」
女性に贈り物をされるのに慣れていそうなヴァイオラさんは笑顔でそれを受け取り、調子のいい言葉を並べつつ視線を落とし、そして流石に困惑の表情を隠せなくなる。
「なんだこの、なんだ…………ヘビ、か?」
色々な角度からお面を眺め眇めつするヴァイオラさんにはどうやら蛇に見えたらしい。
エクスちゃんは答えることなくにこにこしている。だってわたし達も何かわかってないからね。答えようがないね。
「ヘイミアベル。これ何だ?」
「『さるとたぬきととらとへびを足してコンマ二五で割ったような何か』です!」
「俺はそれをもらってどうすりゃいいんだ?」
「いやですよぅヴァイオラちゃん。お面の使い方なんて一つしかないですぅ」
笑顔で退路を塞ぐエクスちゃん、恐ろしい子……!
ヴァイオラさんは数瞬、苦渋の表情で手の中のお面を見下ろしていたが、最終的にはその場でバッと身を翻した。そして素早くお面を顔に装備して、わたし達のほうへとバッと振り返る。
「どうだ!?」
「「…………」」
わたしとエクスちゃんは無言になった。
というのも、
「似合わなくはない、よね?エクスちゃん」
「はいぃ。似合うと言えなくもない、ですぅ」
そう。あまりにも奇抜な謎のお面であるが、幸か不幸かヴァイオラさんの装いもまた普通ではなかった。具体的には冗談みたいな赤コートである。
彼の類稀な容姿があって初めて着こなせるのであろう外連味たっぷりな外套が、そうであるが故に謎のお面と奇妙な調和を発揮してしまっているのだ。普通の格好をした人物が被ればもれなく浮いてしまうであろうお面のインパクトに、鮮烈かつ強烈な赤コートが対抗してしまった結果、なんというかわりとしっくりきてしまったのである。
それこそ、歌劇に登場するような悪役味が出ていて、お面のデザインが正体不明であることも合わさって、罷り間違って『あれ、もしかしてかっこいいぞ?』と錯覚すらしそうになる。
「つまり?」
「「ちょっと似合う」」
「一番リアクションに困るんだが……」
せめて笑ってくれ!とヴァイオラさんは謎のお面越しに叫んだ。




