337話_side_Miabel_少し前_職人街
・謎のアイテムに深い意味はありません。
~"主人公"ミアベル~
「シビル先生。わたしちょっとその辺を見てきてもいいですか?」
ティアの護符選びは暫く時間が掛かりそうだと思い、わたしは先生に訊いてみる。
「いいけど、遠くには行かないでね」
「はーい」
「なにかあったら私を呼ぶか、逃げること。おーけー?」
「おーけー!」
流石に昨日の今日でまたトラブルに巻き込まれるのは勘弁なので、そのあたりは言われずともそうするつもりだ。などと、自分から騒動に首を突っ込む性質であるわたしが言ったところでどれ程の信憑性があるのかは不明だ。
だからというわけではないのかもしれないが、
「じゃあ、私も一緒に行こうかな」
と言い出したのはノエルだ。
彼女もわたしと同じく手持無沙汰の様子だったので、わたしの行動に便乗ということだろう。
ティアとリゼルちゃんはシビル先生の監督の元、護符職人と意見を交わしながら吟味を続けているし、リタは既に離脱して隣の工房の刀剣類を眺めるのに忙しいようだ。
予めシビル先生がある程度あたりをつけて選んでくれたわたし達の衣服とは異なり、ティアの護符は一からの選定になるので、組み合わせの効率なんかを考えると時間が掛かるのは当然だろう。だって命を預けるものなのだから、真剣に選ぶに決まっているし、どれだけ時間を掛けても無駄ではない。わたしの魔法資質からくる感覚が選定の手伝いになるかもしれないが、今のところは職人さんとの遣り取りで足りているのかお呼びが掛かることもない。
というわけで、わたしはノエルと二人で近くの工房や店舗の軒先を冷かして回ることにした。
今わたし達が居るのは討伐者ギルド内の『職人街』と呼ばれる場所で、商業区画である討伐者街の一部である。その名の通り魔法具や武器などを手掛ける職人が個人や工房単位で出店しているようで、城塞の通路を思わせる石造りの広い回廊の左右に所狭しと並んでいる。
「なんか、ノエルがそういう格好してるの新鮮かも」
具体的にはへそ出しルック。
「そかな?」
「うん。だってノエル私服でも絶対そんなの着ないじゃん」
「それを言い出したらミアベルだって私服でお腹出したりしないでしょ」
そう言われたらその通りなんだけども、これはイメージの問題である。
わたしはお腹こそ出さないけど、私服でもミニスカート履くし、短パンみたいな脚を見せる格好も嫌いじゃない。対するノエルは大抵長ズボンかロングスカートである。肌を見せるのなんてそれこそ学院の制服とか運動着の時くらいなイメージがあるのだ。
なおリタについては言及しない。あの子はお腹どころか下乳放り出してるような子なので。そういう趣味というわけじゃなくて、運動着の時とかに、顏の汗を拭くために横着して服の裾で拭ったりして、たくし上げてあわや丸出しみたいに不用意なことを素でやるのだ。
「でも私、家とか寮の部屋だと、結構ずぼらな格好してるよ?」
「うそだぁ。今まで一回もそんなことなかった!」
「そりゃあ、お友達呼ぶときはちゃんとするもの。そうじゃなくて、独りの時とか、オフの時とか」
正直全然想像出来ないが、わたしが疑っているとノエルは苦笑気味に今度相部屋の子に訊いてみればいいと言った。学院の平民寮は相部屋なので、ノエルと相部屋になっている子に訊けば、すぐに真実がわかるだろうと。
ちなみにどんな感じにずぼらなのかこの場で訊いてみると、
「シャワーの後とか、寝間着着るのめんどくさくて半裸で本読んでることはしょっちゅうかなぁ」
「…………なんか、一気にノエルらしいって思っちゃったよ」
読みかけの本の続きが気になって身の回りのこともそこそこに開いてしまい、一度読み始めると他のことなどどうでもよくなってしまうあたりが非常にノエル味がある。その癖、趣味に没頭する際は時と場合を弁えて、外面はちゃんと完璧に繕うあたりもノエル味がある。
「ところでノエル。これなんだと思う?」
そう言ってわたしが指差したのは、とある店舗の店頭に陳列されていた謎のアイテムだ。
おそらく顔面に装着するタイプの仮面というか、お面みたいな魔法具だと思うのだが、あまりにもデザインが不可思議で、思わず足を止めてしまった。
「うーん……おさる、かなぁ?」
「わたしはたぬきに見えるよ」
ノエルと一緒になって首を傾げる。成程そう言われたら猿に見えないこともない気がしないでもない。でもわたしはパッと見で狸さんだと思ったし、だけどもどの辺が狸ですか?と訊かれたならば返答に窮するだろう。
つまりそのくらい不可思議な造形をしているのだ。
恐ろしさを感じる程には威圧的でないし、かといって笑えるほどシュールなわけでもない。可愛いと言えるほどデフォルメが効いているわけでもなければ、かといってリアルと表現出来るほど現実味があるわけでもなし。
「さるとたぬきを足してコンマ五で割ったような何か、だ!」
「いやミアベル、増えてる増えてる」
だってそのくらい主張が激しいんだもの。
どうやら商品は手に取って確認してもいいようなので、わたしは謎のお面を手に取ってまじまじと観察してみる。
見れば見るほど『なんだこれ?』しか出てこないのが恐ろしい。見る人によって別の動物に見える騙し絵のようなデザインはむしろ凄いのかも?
ちなみにわたし達がここで立ち止まって会話し始めたあたりから、滅茶苦茶視線を感じている。どこからかというと、この妙なアイテムを販売している店舗――工房形態のそれの内部からである。
なんか奥のほうの柱の影からこちらを伺っている人が居る。
「見てるね」
「うん」
ノエルと小声で囁き合う。
普通に考えてこの工房に所属している職人さんなのだと思うが、わたしは一目見た瞬間に『あ、このお面作ったのあの人だな』と察した。複合属性魔法みたいに奇抜な色に染められた頭髪といい、レンズがどうなっちゃってるのか全然わからない(てか前見えてる?)前衛的過ぎるデザインの眼鏡といい、てぃくびの部分に星マークが描かれたちょっとセンシティブなTシャツといい、芸術という言葉をなんか勘違いしちゃった雰囲気がひしひしと伝わってくる。
ああまさしく、あのセンスからこのお面は生まれたのだろう、と納得である。
なお職人さんは若いお兄さんで、体格も面立ちも悪くなく、格好さえ真面ならそこそこイイ男なのではなかろうか。だのに彼は一体どんな凄惨な経験をしてあの境地に辿り着いてしまったのか、とミアベルさんは世の無常を嘆かずには居られない。
「「…………」」
わたしとノエルは無言で顔を見合わせると、無言でそっとお面を元の場所に戻した。
柱の影で崩れ落ちて拳で床を叩く職人さんには気付かなかったことにして、次の店舗を冷やかしに行くのであった。
雑談しながらいくつかの店を見て回り、さてそろそろ戻ろうかとノエルと二人で来た道を戻る。
その途中の店舗の前で陳列された魔法具を見てなにやら話している二人組が目に留まった。わたし達自身も含めて、周囲にそんな人達はいくらでも居るが、敢えてその二人に目が行ったのには理由が二つある。一つ目はその店舗というのが先程のお面の工房であったということ。二つ目はそれが一目見てわかるくらいに幼い少女達だったからだ。
一人はパーカー姿の女の子で、なんだか若干の既視感がある気がしないでもない燃え盛る炎のような見事な色合いの長髪が印象的だ。
そしてもう一人は新緑色の長髪のこれまた幼い女の子で、このロイエンタールという街の風土を思えばある種異様なまでの厚着をしている。なんせ真冬仕様のウールコートに、揃いの帽子に手袋、イヤーマフまで完備である。寒がりとかを通り越して、ちょっとどういう趣向なのかわからない感じだ。
そして、炎髪の子が店先のとある商品を手に取って、声を上げた。
「これっ!あるじさまにあげる!」
まさか、と思ったらそのまさかであった。
そう。『さるとたぬきを足してコンマ五で割ったような何か』のお面である。
その謎のアイテムを嬉々として掲げ持つ炎髪の子に対して、連れの緑髪の子は若干引き気味に見える。
「そ、それは流石のプリムちゃんも困っちゃうんじゃないかなぁ……?」
「う?でもあるじさま、べるがあげると何でもよろこぶ」
「あ、うん。ヴェルちゃんがくれる物なら何でも嬉しいんだと思うけど、問題はその後というか、だからこそ困っちゃうというかなんというか……」
もごもごと言葉を濁す緑髪の子が言いたいことを察するならば、たぶん贈り物自体は嬉しいし受け取ってくれるのは間違いないけど、だからこそ受け取った後に使い道に困るような物を贈ってあげるな、ということだろう。なお言葉を濁しまくっているのは工房の関係者――言うまでもなく先程の職人のお兄さんが店内から店先の遣り取りをガン見しているからである。例の柱の影から。もしかして作った本人かもしれない……というかどう見ても作った本人が聞いているのだから、いかに微妙極まるアイテムであろうと口に出してはっきりとくさすわけにはいかないのだろう。
それはともかくとして、わたしは少女達の会話の中に非常に聞き覚えのある名前が出てきていることが気になって仕方がなかった。
「ヴェルちゃん、とな?」
わたしの呟きに反応してノエルが同じほうを見遣り、そして瞳を丸くした。
「あれ、ほんとだ。ヴェルちゃんさんだね」
「え!?あやっぱりほんとにヴェルちゃんなんだアレ」
既視感があるわけだ。学院前期のゴーレム騒動の際に出会った子犬のヴェルちゃんの毛並みと、あそこの少女の頭髪の色彩がまったく同じなのだ。単に同じといってもあれだけ見事な色合いなので、おそらく唯一無二と言ってもいいくらいだろうと思う。
なおあの事件の顛末として、ヴェルちゃんの正体がアシュタルテさんの子飼いのわんこであることくらいは聞き及んでいる。わたしはあの時色々な意味でそれどころではない事態になっていたのだけど、途中で脚を怪我したフォノンさんと一緒にノエルはヴェルちゃんの背に乗って避難していたので、その際にヴェルちゃんの来歴等々を知ったのだとか。わたしはそれを後日ノエル経由で教えられた形だ。
つまり、わたしはヴェルちゃんが転神の遣い手で、犬の姿はアヴァターであったのだと情報では知っているが、実際に非アヴァター状態の彼女を見たことがあるわけではなかったのだ。対するノエルは一目だけとはいえその姿を見たことがあったので、こうして一目でわかったというわけだ。
わたし達の会話が聞こえていたのか、ヴェルちゃんらしき炎髪の少女はこちらへと振り返り、そして表情を輝かせた。
「みゃーべる!」
「ヴェルちゃ、わっとっと」
すごい勢いでわたしのほうに駆けてきた彼女がそのまま抱き着いてくるので、わたしはひっくり返りそうになりつつもなんとか受け止め切ることに成功する。
「こんにちはヴェルちゃん。わたしのこと覚えててくれたんだ」
「ん~♪みゃーべるは好き。あるじさまと同じにおい」
「え。なにそれ嬉し過ぎるんだが」
ヴェルちゃんの主と言ったらそれはもうアシュタルテさんである。彼女とわたしは同じ匂いがする、なんて言われたら向こう一か月くらいは思い出してニヤニヤ出来るよわたしは!
ところでヴェルちゃんが持っていた『さるとたぬきを足してコンマ五で割ったような何か』のお面はどうしたのかというと、彼女が駆け出す瞬間にぽいっと捨てられていた。売り物を乱暴に扱ってはいけません、とか注意する暇すらない早業であった。連れの緑髪の子はなんとかお面が地面に落ちる前にキャッチしようと手を伸ばしていたが、残念ながら間に合わず、微妙極まる謎のアイテムは硬質な音を立てて石畳に落下した。ちょっとくらい欠けててもおかしくないくらいには小気味よい音が響いた。
工房の中から飛んでくる鋭い眼光(with謎眼鏡)に、緑髪の子は泣きそうな顔でぽっけの財布を取り出す。
「買いまーす……」
「まいどあり」
ガッツポーズを隠そうともしない職人お兄さんは『さるとたぬきを足してコンマ五で割ったような何か』のお面が売れたことが経緯はどうあれ嬉しくて仕方がないようだ。
余談だが普通に良い声だった。だのに何故以下略。
あえなくお買い上げとなった緑髪の子は、筆舌に尽くし難い微妙な顔でお面を眺めると、
「…………とら、かな?」
まさかの第三勢力到来であった。




