336話_side_Militear_少し前_討伐者街
~"もう一人の転生者"ミリティア~
リヒティナリア貴族たるもの、順うべき大事な思想が一つある。
「それは――――プライドは、金より重いということよ!!」
具体的にはその服ぅ!
そんなお肌見えまくりライン出まくりの服を着て往来を歩くくらいなら、私は身銭を切ってでも布の多い服を選ぶ。
黒い森が暑い?ならば衣服に体温調節機能を付与すればいいのよ!
魔物に対する防御力?ならば布いっぱいのバトルドレスを仕立てればいいのよ!
「ええいティア、往生際が悪いよ!」
「なんとでもいいなさいミアベル。私には貴族としての矜持があるのよ!」
「お嬢の口から初めて聞いたわ。そんな言葉」
「お黙リゼル!」
シビルさんが見立てた軽装の衣服に素直に着替えたミアベルが、同じくシビルさんが私のために見立てた同じような衣服を手ににじり寄ってくる。
その後ろでは同じく着替えたリタが呆れた視線を向けてきていた。
「なにがそんな嫌なのさ。周りも皆おんなじような格好してるってのに」
「心境の問題よ!」
そう、別にそういう服装そのものを否定する気はないし、着ている人もまた然りだ。誰でも着たければ着ればいいと思うが、ただ自分自身が着ることを許容出来ないのだ。
そしてやはり素直に着替えたノエルと、元凶であるシビルさんは苦笑気味に傍観の構えだ。ちなみにミニ丈のトップスを着ているのは全員同じだが、ボトムスはミアベルが健康的なショートパンツ、リタがスポーティなレギンス、ノエルは大人しめなガウチョとそれぞれの雰囲気にあったものをシビルさんが選んでいた。
とここで、シビルさんが新たに一着の衣服を持ち出した。
「ほい。じゃあリゼルはこれね」
「お~。リゼルのぶんもあるのかぁ」
ぼんやりとした顔でそれを受け取ったリゼルが身体の前で広げて見せると、
「ほぼ下着じゃないのっ!?」
「いやいや、普通だって」
「なわけないっ」
「お嬢、お嬢、これ着てもいい?」
「少しは躊躇しなさい!」
リゼルを守るように掻き抱いて威嚇する私に、他の面々は顔を見合わせる。
代表してシビルさんが問うてくる。
「あの、別に自前で用意するんならそれは全然構わないんだけど、そんな嫌?私の選んだやつ」
「それが必要であることは理解します。シビルさんが真剣に選んでくれていることもわかっています。でも――」
言葉を濁す私の態度になにかを察したのか、シビルさんはこちらに歩み寄ってくると、私の肩を押して少し離れた場所に来ると、顔を寄せて声を潜める。
「もしかしてなんか、友達に言い辛い理由でもあんの?もしそうならごめんね、私、」
「あ、いえほんとに、シビルさんはなにも悪くなくて、ただ」
ほんの少しだけ躊躇して、それから私は思い切って言う。
「ただ、ミアベルやリタと並びたくないんです」
「え?」
シビルさんは意外そうに目を丸くした。
言うまでもないが、私は友人達が大切だし大好きだ。だから彼女等と一緒に居たくないという意味ではなくて、文字通り、彼女達が今着ているような装いをして、彼女等と並び立つのが憚られるのだ。
「だって、ミアベルはすっごいスタイル良くて、肌も綺麗だし。リタは鍛えててお腹とかも引き締まってるからかっこいいし、」
つまり、そんな彼女等と見比べてしまうのが耐え難いのである。
私が俯きがちに言うと、シビルさんは慎重に言葉を選ぶような雰囲気で言う。
「私に言わせれば、ミリティアも細身で綺麗だと思うんだけど。肌になにか問題が……?」
「いえ」
別に肌を晒せない理由があるわけではない。えっと、倫理観以外には。
醜い傷があるとか、皮膚に病気があるとか、ちょっとアレな刺青が入ってるとか、そんなことは全然ない。
私ってこれでも体型維持には相当気を遣ってるつもりだから、その甲斐あって肥満ではないし、お腹ぽっこりでもないし、痩せぎすというわけでもない。
「そうよね。てか貴族のお嬢様なんだから、ドレスとか着慣れてるでしょ?」
露出度はいい勝負じゃないの?とシビルさんは言うけど、こと私に限ってはそれは当て嵌まらない。
「私、ドレスを仕立てるときも極力肌を出さないようにしてます」
「そうなんだ。ええっと、ごめん、そしたら本当に理由がわからない」
本気で困惑しているシビルさんには申し訳ないが、私はこの事情を説明出来ないのだ。
これは、一言で言えば強迫観念だ。それも前世由来の。
私は前世では心臓病を患っていて、長いこと入院生活をしていた。勿論、碌な運動も出来なかったし、健やかな成長という言葉には終ぞ縁がなかった。末期の頃の私の風体は、それはもう酷く惨めな有様だったことだろう。不自然に痩せ細り、血色も悪く、艶もない。病人染みた、という形容があるように、まさにその通りの外見をしていた。
だから、耐えられなかったのだ。
同年代の、健やかな少女と比較することが。他者の目線ではない。誰かに比較されることが耐えられないのではなくて、私自身が比較してしまうことが耐えられないのである。
ミリティアとして生まれ変わった私は健康だし、前世とは比較にならない美少女だ。自分で言うのもなんだけど、『夜明けのレガリア』の大ファンであった私は客観的にミリティア・リリア・ハートアートの容姿の美しさを知っている。
故に理性でなく、本能が忌避を訴えるのだ。
前世の亡霊を。末期の幻影を。想起させてくれるなと叫ぶ。
私と『私』の差異が際立つ程に。
私を『私』に戻さないでくれ、と。
「…………」
シビルさんは暫し考えるように黙り込むと、徐に、
「なぁんだ!」
ばっしーん!と私の背中を叩いた。
「いっ!?」
「そういうことなら先に言ってくれればいいのに!ごめんねお姉さん空気読めなくて!そら友達の前じゃ言い辛いよねー!」
あっはっは、と明るく笑いながらシビルさんはミアベル達のほうへと戻って行く。心配そうな面持ちでこちらの様子を伺ってた友人達にシビルさんが冗談めかして詫びると、その態度から深刻な事態ではないと察したのか、彼女等の表情が和らぐ。
私はなにも告げていないから、シビルさんは何も知らない。だけれど彼女は道化を演じて誤魔化してくれたのだ。私が露出を避ける事情というのは、大したことじゃないけど友達には言い辛いこと、という風に印象を操作してくれた。
私も彼女に続いて友人達の元に戻るも、皆苦笑気味で誰も事情を訊いては来なかった。たぶん、リヒティナリア貴族にありがちな見栄的な事情があるのだと納得してくれたのだろう。
つまり空気を読んでくれたのだ。ウチの駄メイド以外は。
「お嬢、もしかして……」
こうしてリゼルが神妙な顔をするときは、大抵どうでもいいことを言い出す時だ。
私は彼女の発言を聞く前に既に片手を振り被っていた。
「実はめっちゃ毛深いとかア痛っ」
「これが毛深いように見えるかしらリゼルくぅん?」
叩いた腕をそのまま彼女の眼前に突き付ける。どうだツルツルやろがいっ。
「脱毛した……?」
「天然よ!」
なんでそんなに私を毛むくじゃらにしたいんだこの駄メイドは。
リゼルのアホな発言のおかげで完全に空気が入れ替わってうやむやになったのは有難いと言えなくもなかったが、代償に友人達が私を見る目に微妙に嬉しくない気遣いが加わった気がしてならない。
違うから!影で入念に脱毛処理してるわけじゃないから!
「ほんじゃま、ミリティアの服はそのまま行くとして、足りない機能は護符で補おうか」
「はい。そうします」
今の装いでも普通に運動する分には問題ない格好を選んで来ているのだから、後はここの黒い森特有の環境的な問題に対処出来る機能を外付けすればいいのだ。具体的には暑さを緩和する魔法具とか、耐火性の護符とかで。
「あたし達のこの服は、服自体に魔法的な防御力があるんだよな?」
上着の袖を結んで腰に巻いたリタが、それをマントのように翻して呟く。ちなみにリタは普通に腹筋が割れている系女子だ。
そうだね、と頷いたノエルに、リタは「じゃあさ」と続ける。
「この服着て護符も持てばもっと万全なんじゃないの?」
「うーん。それは可能だけど、正直あんまりお薦めしないかなぁ」
「なんで?」
不思議そうなリタに、博識なノエルが説明をしてくれた。
「服に籠められた魔法と護符に籠められた魔法が喧嘩しちゃうからだよ。必ずしもってわけじゃないけれど、魔法同士の認識圏が交錯すれば少なからず効果は減衰するんじゃないかな?」
「なるほどなぁ」
感心するリタの横で、シビルさんが小さく拍手をする。
「その通りでございますお嬢様。要は、まったく別種の魔法を服と護符で分業させる分にはあんまり問題じゃない。ただ、防御魔法と防御魔法で相乗効果で最強や!とはならないのよね。元からセットで使うこと前提で作られた物ならともかく、服と護符を別々に調達してきて一緒に使ってみようってのは、結構な博打になるからやめといたほうがいい」
「ちなみに、どうしてもやりたければミアベルに選ばせることね」
私も少しは知的に貢献しようと思って口を挟むと、全員から疑問の視線を受けた。シビルさんや、とうのミアベルも疑問顔だが、せめて当人は察して欲しいところだ。
「ミアベルくらいの魔法資質があれば魔法が感覚で捉えられるから、認識圏同士の干渉を回避できる組み合わせを判断できるはずよ。って私がミアベルに説明するのもおかしな話だけど」
「あそっか」
「え?まじでわかんのミアベル」
「たぶんわかると思う」
まあ、ミアベルの場合は才能でごり押しだが、魔法具に造詣が深い人間であれば理論的に組み合わせを考えられるのだろう。例えばロイドさんとか。
ともかく、そういう理由なので魔法が付与された衣服を着たならば、下手に他の護符などは持たないほうがいいのだ。
「うし、ミリティアの護符を買いに行きまーす。職人街のほうがいいかな?」
先導して歩き出すシビルさんに続く友人達の背を見詰め、私は暫し立ち尽くす。
護衛のリゼルはそんな私になにを言うでもなく隣に佇んでぼーっとしていた。
「…………」
私は、学院に入学した当初の私とは違う。
大好きだった原作に憧れて、その舞台や登場人物に目を輝かせていただけの時期は終わったのだ。
私は私の意思で、戦うことを決めたのだ。原作と世界に異を唱えるプリムローズに、異を唱えることを決めたのだ。
ミアベルを勝たせるのだ。
そのために私は傍観者であるという意識を捨て、当事者であることを自身に課した。
自らの身一つでプリムローズに対峙したのはその決意表明であった。
私はかつての私より、きっと確かにこの世界に生きている。
原作を夢見て現実が見えていなかった頃の私よりも、遥かに。
しかし、私の意思が確固たるものになるほどに、思うのだ。
「お嬢~?」
ぼんやりと呼び掛けるリゼルの手を握る。
柔らかくて、小さな手だ。
彼女は確かにここに居る。
彼女の手を握る私は、確かにここに居るのだろうか?
明日、朝、目が覚めた時、私が私である保証なんてないのだ。
何故なら私はそれを疑うに足る経験をしてしまっているから。
今の私が、『私』の見ている末期の夢ではないのだと、誰も保証してはくれないのだ。




