335話_side_Miabel_少し前_討伐者ギルド_ブラッドフォード支部
~"主人公"ミアベル~
一夜明けて翌日、わたし達は再び討伐者ギルドを訪れていた。
午前中は自分達の新生活のための準備なんかを全員でして、後をクリスお姉ちゃん達に任せて午後からは討伐者活動だ。昨日と同じく多くの人でごった返しているギルドのロビーであるが、実際のところ討伐者としての活動が本格化するのは日が暮れて黒い森が開いてからなので、この時間帯の人出はまだピークには程遠いらしい。
「田舎の小さな支部とかだと、夜以外は閑散としてるのも珍しくないのよね」
そう説明してくれるのはシビル先生だ。
今日、わたし達学生組を引率してくれるのは彼女ともう一人、ロイとノエルが配属されたグループのリーダーであるロイドさんという男性だ。ちなみに学生組はわたし達六人+ティアのメイドのリゼルちゃんである。
シビル先生の説明に続いてロイドさんも口を開く。
「ブラッドフォード支部は内部に多数の商業施設を備える複合施設だからな。討伐者を相手に商売をする者達の活動時間は、討伐者が森に繰り出すピークタイムの前後がむしろ最も活発だな」
彼等の説明に耳を傾けつつ、わたし達はロビーを横断して討伐者街(商業区画)の入り口付近で立ち止まる。
「そしたら、今日の予定を再確認ね」
そう言ったシビル先生は振り返ってわたし達全員と向き合うように立つ。ロイドさんは説明をシビル先生に任せるつもりなのか、明後日の方向を見ながら耳だけ傾けているようだった。
「まず、ルーク以外の皆の討伐者資格を取ります。これがないと話が始まらないからね。これは基本的にはお金払って手続きするだけだから身構える必要はないけど、申請から発行まで即時とはいかないから、今から申請して運が良ければ夜には受け取れるかな」
ライセンスの件は昨日の時点でクレメンスさんから説明を受けていたので、わたし達はそれを思い出しつつ揃って頷く。
運が良ければというのは他に申請している人達の順番待ちがなければという意味だろう。
わたしとリタの実家は経済力に乏しいので、高額な登録料を支払う余裕がない。だからわたし達の分はティアに建て替えてもらって、将来的に返済しようと思っていたわけだが、有難いことに『剣の誓い』が費用を出してくれるらしいのだ。しかも経費なので返済の必要はないとか。そんな美味い話があっていいのかとわたしは思った。だってわたしは将来的に討伐者になるつもりは今のところないのだ。将来的に『剣の誓い』に参加する可能性がわりと高いリタに投資するのは全然わかるけど、わたしにお金を掛ける理由はないのではなかろうか。
とまあ、そんなことを考えたのだが、そんなのはわたしが世間知らずの学生故の発想でしかないようだ。ロイ曰く、一組織である『剣の誓い』と個人であるわたしでは費用に対するスケール感が違うのだ。わたしにとっては高額でも、組織にとってはまさしくはした金だ。無論、だからといって無駄なことに使えるわけではないのはクレメンスさんも言っていたことだが、例えば将来的にわたしが何かの事情で討伐者となる決断をしたとして、そうなれば今回の活動を縁故にして『剣の誓い』に参加する可能性は低くないだろう。登録料を建て替える程度の出費で唾をつけられるなら儲けものということらしい。というか、そもそも『剣の誓い』がわたし達を受け入れた理由が新規開拓のためということなので、今回の活動はわたし達への勧誘活動も兼ねているのだ。
人を採るというのはそういうものだ、とロイは訳知り顔で語っていたし、期待されていると前向きに思っておけ、とも言っていた。
「んで、ライセンス発行を待っている間に、皆の装備を整えます。まずは衣服と防具。女の子達は私が見るから、ロイド君とルークはレックス君を見てあげてね」
名指しされたロイドさんは明後日の方向を見たままぶっきら棒に「ああ」とだけ答えた。
特に不機嫌とかってわけではなくて、基本的に誰にでもこういう態度の人なのだそうな。一方的に親しげなシビル先生はロイドさんとは同い年の同期らしくて、付き合いだけは長いのだと教えてくれた。
「つってもこっち一人だし、野郎の服選びなんて秒で終わると思うぜ。てか女子のほうはともかく、レックスが新調する理由はあるのか?」
「じゃあこっちが終わるまでは野郎三人でお茶でもしてて」
身も蓋もないルーク君の言葉に適当極まる返答をしつつ、シビル先生は話を進める。
「服が済んだら皆の武器を選びます。一番大事なのはここかな。ロイド君よろしくね」
ロイドさんはやはり「ああ」とだけ答える。
今回の人選の理由がこれで、『剣の誓い』において一つのグループの長を務めているロイドさん(多忙)がわたし達の準備などにわざわざ付き合ってくれてるのは、彼がクランにおいて技術系のサポートを一手に引き受けているからだ。つまり魔法具を始めとした装備品への造詣が最も深いのが彼なのである。
「現時点で自前の得物を持ってるのはリタだけかな?他の皆は新調するってことでいいよね?」
リタは元々実家の領地の黒い森で魔物と戦った経験があるし、現在進行形で学生戦力として活動している子なので、当然魔物相手に通用する武器を既に持っている。手に馴染んだ得物を敢えて変える理由もないので、ここで武器を新調することはない。あとは騎士系のお家のロイも自前の剣を持ってはいるけど、魔物に通用するものではないので別途に新調するようだ。わたしとノエルとティアは言わずもがな自前の武器なんて持っているわけがなかったが、学院の講義で基礎的なことはやっているので、選ぶ武器種はある程度固まっている。
なお、己が命を預ける武器なのだから習熟期間は長いに越したことはない。だけれど活動開始直前に現地で武器を調達することにしたのは、ここが『鉄と火の街』であるブラッドフォード領ロイエンタールだからである。要は、手に入る武器の種類・質・価格のどれをとっても他所で探すよりも良いものが見つかる可能性が高いのだ。
「恵まれたことに学生達は全員が魔法使いだから、得物なんて究極その辺の鉄の筒でもいいんだがな。それで戦っている前例も居ることだし」
「いやいや、あれはイザベルさんが頭おかしいだけだって」
などという彼等の会話を聞く限り、どうやらルーク君のお母さんは鉄パイプで魔物をのしてしまう猛者らしい。なんだろう全然意外じゃないや。
一応、ロイドさんの言は誇張表現というやつであり、本当にルーク君のお母さんが鉄パイプファイターであるわけではない。あくまでも武器自体に魔法的な細工が施されていないもので戦っているという意味だ。ただ、魔法具でない剣に魔法的な威力を付与して戦うことが出来るということは、それが剣でなく鉄パイプに替わったとしても同じように出来るということなのだが。
「魔法使いの武器選択には大きく四パターンある。一つはシリウスやグレンのように自身の魔力で武器を編み出す方法。これは適性が必要だから誰にでもできることじゃあないし難度も高い。一つはルークやシビルのように魔法具製の武器を用いること。まあ大部分の討伐者はこれだな。勿論その中でも色々と選択肢はあるが。一つは今言ったイザベルのように武器は自身の魔法の媒介と割り切ってしまうこと。これは得物を選ばない利点があるが、当然難度は高いから変態以外にはお勧めしない。一つはそもそも武器を手に取らず砲台に徹すること。言わずもがなこれも適性が必要だ」
指折り数えて列挙するロイドさんは、こういう専門的な話題になると饒舌だ。
「お前達は適性的にも練度的にも二つ目の選択肢、即ち素直に普通の魔法具を選んでおくのが丸いだろう。ああ、それと一応訊いておくが、まさか『転神』の技能者は居ないよな?居るなら先に言っておいてくれ。専用の調整が必要になる」
勿論誰も転神遣いではないので、わたし達は首を振る。気のせいでなければ背中に一瞬だけティアの視線を感じたけど、どうしたんだろう。別にわたしは転神を使えたことはないし、使える気配もないのだが。
ロイドさんが告げた『専用の調整』の必要性は理解出来る。わたしが見知っている転神遣いって言うと執行部のマリア先輩に、生徒会のジークリンデ先輩、それからアシュタルテさんになるのだけど、その誰もが尋常の存在ではなかった。アシュタルテさんがアヴァターで戦う姿は直接見たことはないけれど、少なくとも彼女等のアヴァターを通常の戦力評価の枠内に収めるのが不可能であることはわかる。
「まあ、これ以上は実際に武器を選ぶ際に話すことにしよう。シビル、では俺達は行くぞ。そちらは任せる」
「おっけー。また後でね」
集合場所だけを決めて、ロイドさんはルーク君とロイを連れて討伐者街の中へと消えていく。
「さ、そしたら私等も行こうか。女性用の店舗はあっちね」
と、先導するシビル先生に連れられてわたし達も移動することにした。
討伐者街内部にある女性用の服飾店を訪れたわたし達は、装備を選ぶ前にシビル先生の講義を受けることになった。
とりあえず他の客の邪魔にならないすみっこにて。
「さて少女諸君――」
厳かにそう切り出したシビル先生の顔と口調は、たぶんクレメンスさんの物真似だと思うのだけど、辛うじて判別出来る程度のクオリティである。
先生はわたし達四人の姿を順繰りに眺めて、これ見よがしに溜息を吐く。
「君達も君達なりに討伐者するための服装を選んできたのはわかります。だが、敢えて言いますが、全然ダメです」
「その物真似もなー」
ぼそ~っとツッコミを入れたのはティアの背後霊をしているリゼルちゃんだ。本当のことをそのまま言っちゃいけません!
ツッコミ待ちというわけではなかったのか、普通に恥ずかしそうなシビル先生は咳払いを挟む。たぶん、ダメ出しになるのでせめて雰囲気和ませようとしてくれたのだと思う。
「どこがダメかと言うと、具体的には布が多過ぎる!」
「えぇ……?」
わりと軽装だと思うのだけど、とわたしは自身の装いを見下ろしてみる。ティア達も似たような格好だし、似たような顔をしている。
するとシビル先生は両手を広げて仁王立ちする。
「私の格好を見なさい。そして周囲の女性を見なさい」
言われて、とりあえずシビル先生の姿を見てみる。
魅惑的な下肢のラインが良く映えるスキニーパンツ。若干ローライズ気味。足元はブーツだ。
上半身は丈の短いタンクトップだけという艶姿であるが、先生の鍛えられたしなやかな筋肉のおかげか、いやらしさよりは精悍さを感じるような印象だ。その上から分厚くてゴツイ上着を羽織っている。
周囲を歩く女性討伐者もだいたいは似たような格好だ。そういえばストレガちゃんやおさげの子を始め、『赤原同盟』の面々も似たような格好をしていた。殆ど肌を見せない装いをしていた女帝はたぶん例外だったのだろうなとわたしはぼんやり思う。
「肌も顕わな装いに、厚手の上着というのがトレンドなのかしら」
ティアが思案気に呟く。
「そうでなければいけない、というわけではないけど。そうすることをお薦めするわ」
「あ。黒い森が暑いから?」
勤勉なノエルはちゃんと予習をしていたらしく、思い当たったように呟く。
「そ。ブラッドフォードの黒い森は、まあ場所にもよるけどとにかく気温が高いの。体温調節しやすい格好を意識しておかないと、すぐにバテて動けなくなる」
「上着がやたらと分厚いのは何故なんです?」
「これは耐火性防具。ここの森は炎属性の魔物がめちゃめちゃ多いの。別に外套である必要はないけれど、火を防ぐための備えは必須よ」
成程、とわたしは納得する。
毛皮の外套を羽織っていた女帝のように、例えば魔法で耐環境を担えるならば必ずしも服装で対処する必要はないが、最も容易な環境対策を考えれば自然と皆同じような装いになっていくのだろう。
ところで、わたしもノエルほどではないが多少は予習をしてきているので、討伐者という生業について知っていることもある。なんか、風潮として女性の討伐者は薄着をする傾向にあるとかって文を目にした覚えがあるので、ここの討伐者や先生が肌色多めなのはそれが普通だからだと思っていたのだが。
「でも、他所の森でも女性の討伐者ってそういう格好してることが多いって聞きます。どこの森でも暑いわけじゃないですよね?」
「それに、環境が理由なら男が同じ格好をしてないのはなんで?」
わたしに続いてリタも疑問を口に出す。
リタの疑問は尤もで、男性の討伐者も確かに薄着は薄着なのだが、女性に比べればだいぶ露出は控えめだ。少なくともへそ出しルックで歩いている人はそんなに居ない。上半身裸のマッチョとかならたまに居るけど。なお女性のへそ出し率は体感過半数に及ぶ。
シビル先生は先生らしく「良い質問ね」と頷く。
「まず、女性討伐者に軽装の人間が多いというのは事実ね。これはまあ歴史的な経緯によるところが大きいのよ」
「歴史的経緯、ですか?」
興味津々で相槌を打つのはノエルだ。学びに対する積極性が違う。リタなんて早くも眠そうな顔をしているというのに。
「そう。身も蓋もない話をすると、実はこと魔物との戦闘だけを考えれば衣服なんてなんでもいいのよ。重鎧でもポロシャツでも裸でも一緒。なんでかわかるかしら?」
「魔物という存在が術理由来だからですね」
「正解。魔物に対しては魔力が介在しない武器による攻撃が通用しないように、魔物の攻撃に対しては魔力に依らない防御は意味をなさない。だからこそ魔法使いは重宝されるしデミの討伐者は魔法具製の武器を使うのね。同様に、防御力に寄与するのは衣服ではなくそこに籠められた魔力であるわけ」
「ふむふむ」
「で、今でこそ紋章術の加工技術も発展して、衣服や鎧そのものに防御魔法を付与することは難しくないけれど、その昔はそんなのは一握りの経済的強者にのみ許された贅沢だった。そこでそれ以外の大部分の討伐者が頼りにしたのが護符の類」
護符とは簡単に言えば魔法のお守りである。大抵は単一効果の魔法を籠めた装身具の類だ。
「要するに防御魔法を籠めた護符を持つことで魔物に対する防御力を確保したのね。でもこれって防御範囲が限定されていて、使用者の身体を守ってくれても衣服までは守ってくれないのよ。ああ、当時は、っていう意味ね」
「魔物の攻撃で、身体は無事でも服は破損してしまう?」
「そうなるとね、不思議なことが起きる。鎧を纏った腕で攻撃を受けるよりも、護符に守られた生身で攻撃を受けたほうが被害が少ないのよ」
例えば魔物の炎属性魔法を食らったとして、生身で受ければ護符の防御力次第だが無傷で跳ね返せる。衣服の上から受けると、それでも護符は発動するので肉体は無事なのだが衣服が燃える。すると魔物の魔法は防いだのに燃えた衣服で火傷をするという間抜けな事態が起きる。
最終的にどうなるかというと、『真裸護符』装備が防御力的にも出費的にも最も高効率となるのである!
「そんなアホな、って思う?でもそういう時代があったのよ。いや私も当事者ではないけどもさ」
ただ、だからといって純然たる物理的な脅威に対しては普通に衣服が有効なのは変わらない。わかりやすいところだと靴は勿論履いていたほうがいい。普通の靴には魔物に対する防御力がなくても、移動する際に足を守るためには必要だからだ。
そういう経緯を経て完成されていった討伐者スタイルこそが、出来るだけ布地を減らした装いに護符を持つというものだったのである。
「男も?」
「もち」
それはちょっと、その時代の討伐者ギルドは中々すごい光景になっていた気がするなぁ。
ちなみにその光景を想像したのか、ノエルは若干恥ずかしそうに頬を染め、ティアは落ち着きなく視線を彷徨わせ、リタは騎士系なのでそういうのに見慣れているのか平然としていて、リゼルちゃんはぼんやりと「へぇ~」なんて呟いていた。
「これが起源ね。からの紋章術の加工技術が発展してくると、魔法具製の防具が徐々に普及してくる。これってのは例えば篭手一つ、鉢金一つであったとしても大抵の護符よりも余程防御力がある」
それはわかる。何故なら魔法モデルというのは基本的に複雑な程効果が高いからだ。そして複雑化と大型化はセットなので、即ち効果の高い魔法を刻むためにはそれなりの大きさのセクタが必要になる。いや、ビッグサイズの護符だってあるのかもしれないけれど。
「ただ、それでも布地に魔法を付与する技術は一握りの職人の専売特許だったから、基本的には板金なんかの金属に紋様を彫り込むことになる。つまり鎧よね」
ちなみに現在では布地に魔法を付与する技術も普通に普及している。というかエンディミオンの制服がまさにその集大成みたいなものだし、わたしが夜会で着たバトルドレスもそれに該当する。
あと、布地に魔法を付与するのが難しかったのは、紋章術を刻んだとしても着用者の動作によって衣服の形が崩れたりするとたちまち効果を失ってしまうからだ。現在では紋章術自体の進歩と、素材側の進歩によってその問題を限定的に解決しているそうだ。
「魔法具製の鎧が徐々に普及してきたのはいいんだけど、これがね、重いのよ」
「それはまあ、鎧ですし……あ、だから」
「ね。同じように鍛えてても女は男に筋力で劣るからねぇ。結局そんな鎧を着こんで動けるのは男だけだったわけ。だから男は防御力、女は機動力。そういう棲み分けが進んで、今に至ります、と」
以上終わり!とシビル先生は両手を打った。
「そういう理由で、女討伐者は男討伐者に比べて薄着な傾向があります。ここで売ってる衣服も自然とそういう物が多いです。そんでもってここの黒い森で活動するならば環境的により薄着になる必要があります。つまり――」
「「「「つ、つまり?」」」」
シビル先生のただならぬ雰囲気に、わたし達は肩を寄せ合って震える。
「つまり…………脱ぐのじゃ~!小娘どもぉ~!!」
・2022/09 後半部分加筆追加。




