334話_side_Militear_少し前_クランハウス
~"もう一人の転生者"ミリティア~
「……その件ならば、既に手配済みです」
「へ?」
そして英雄伯は鼻水を垂らした。
ポロシャツサンダルという休日パパさんスタイルでミアベルを連れて現れた英雄伯ことシリウスさんにまず対応したのは、この場を取り仕切っていたクレメンスさんであった。なにやらトラブルに巻き込まれたらしいミアベルをシリウスさんが救助してくれたようだが、その事後処理の話を切り出されたクレメンスさんが表情をぴくりともさせずに言い放ったのが先の台詞だ。
「ですから、あの場に居た『パンドラ』所属の討伐者全員の姓名をリスト化して、状況説明の簡易的な報告書と共に『黒竜卿』殿宛てに送付済みです。後は君が話をつけてくるだけの段取りは完了していますので、適当に時間を作って先方を訪ねてください」
「待ってクレメンス。いや確かにお前に頼むつもりだったし、助かるんだがよ。ひとつだけ言ってもいいか?」
「なにか」
「有能過ぎて気持ち悪いんだが」
「無能で気持ち悪いよりはマシでしょう。……ああ、別に君のことだとは言っていませんので悪しからず」
「それほぼ言ってるんだよなぁー!」
などと、仲の良いおっさん同士のじゃれ合いから目を逸らし、主人公補正で早くも一苦労して来たらしいミアベルを労う。
「久し振りねミアベル。相変わらずみたいで安心したわ」
「うう、ティアは相変わらずクールだねぇ」
隣の椅子に座ってテーブルにぺたんと突っ伏すミアベルの頭を「よしよし」と撫でてあげる。ちなみにその向こうで含み笑いをしながら「くーる?」と呟いているレックス、聞こえてるわよこの野郎。
さて、現在私達がどこでなにをしているのかと言うと、『剣の誓い』のクランハウスにて今後の方針を説明されていたのだ。このクランハウスは討伐者ギルド支部から程近い場所にあって、徒歩数分とかって距離感だ。
ここに至るまでのそれぞれの経緯を軽く説明しておくと、ルークの案内でギルドを見学していた私とノエルはそのまま彼に連れられてここを訪れ、その少し後くらいにグレンさんとシビルさんに連れられたレックスとリタが現れた。ミアベルはどうしたのかと問うと、先述の通りに面倒ごとに巻き込まれたらしいのだが、その場に居合わせた(呼び出された?)シリウスさんが事態の収拾に動いたらしいので問題は無いだろうとのことだった。その言葉通りに然程時間をおかずにミアベルが到着して、シリウスさんが鼻水垂らして冒頭に至る。
複数人が一堂に集まることが出来る場所、ということで私達はクランハウスの食堂に集められているのだ。一応言っておくと私の従者兼護衛のリゼルもこの場には居て、彼女は後ろのほうの壁際で虚空を見詰めて口を半開きにしたままぼーっとしている。成程、ああやって起きながらにして全ての会話を聞き流すという器用な真似をしてのけるのね。あれで護衛として咄嗟に動けるのか非常に疑わしい。
あと、これは余談だけどクレメンスさんは私達がここに到着した時から対応をしてくれている。つまりずっとクランハウスに居たということだ。だから時系列的にミアベルが巻き込まれた騒動の事後処理を彼が行うのは不可能に思えるのだが、クレメンスさんはミアベル達が到着する直前くらいに暫し席を外している。ただの数分程度だったはずだけど、きっとあの時、諸々の手配をしていたのだろう。たぶん、シリウスさんがミアベルを助けに入るのと同時に、クレメンスさんの子飼いか何かが相手のことを調べていたのだろう。仕事が早いというより、予知めいた手際の良さだ。
そんなクレメンスさんは慣れた態度でシリウスさんを雑にあしらうと、私達に向き直って口を開く。
「では、シリウスも戻ったことですし話を進めましょうか」
「うし!まずはクランリーダーたる俺からびしっと挨拶をば」
「時間が勿体ないので黙っていてくれますか?それならこの場に居てくれて構いませんので」
「え?暗に黙らないなら出てけって言ってる?俺リーダーなのに?」
「理解が難しかったのなら優しい言葉に言い換えますが」
「いや、充分伝わったんで、いいっす」
そう言ってシリウスさんは厳つい肩をしょんぼりと落として後ろに引っ込むと、リゼルの隣に座って全く同じ顔をし始めた。リゼルはよだれを垂らしているが、シリウスさんは代わりに鼻水を垂らしているので、間抜け度ではいい勝負だった。
なんというか、本当に事前に聞いていた人物評通りの人って感じだな。クレメンスさんもシリウスさんも。『剣の誓い』の他メンバーも何人かこの場には居るが、誰も気にした素振りがないあたり、これがこのクランの平常なんだろう。
「母さんが居ねえとあんな感じなんだよな。わりと」
「夫人が居ると違うのかしら?」
「母さんが居れば、クレメンスが言うより先に親父を制御してくれるからな」
あっけらかんと笑うルークの物言いに、私含め友人一同がなんとも微妙な表情を見せる。なんというか、英雄伯と呼ばれる人物の無慈悲なまでの虐げられっぷりにである。
なお今更だが、黒い長髪と眼鏡が特徴的なインテリダンディであるクレメンスさんとは何者かというと、当代英雄伯であるシリウスとは幼少期からの親友であり、現在では『剣の誓い』のサブリーダーを務めている人物だ。フルネームはクレメンス・イェル・クリューガー。名前からお察しの通りに彼もまた貴族階級の人間であり、とある伯爵家の長男であるのだが、当主である父親から爵位を継承することなくクリューガー子爵という立場で活動しているらしい。まあ現場主義の貴族においてはわりとよくある判断ではある。要は現役を退いた時に親の爵位を継いで領地経営にシフトするっていう。
ここまでの遣り取りで大体誰にでも察せられることではあるが、この『剣の誓い』を実質支配して運営しているのはクレメンスさんである。当然、休暇を利用してこのクランに体験入部させてもらう私達の活動方針を大枠で定めるのもクレメンスさんだ。
「さて、学生諸君。差し当たり君達には試用期間を設けます。これは君達各人の適性を我々が見定めるための期間であると思ってください」
クレメンスさんの説明に私達は神妙に耳を傾ける。
最終的には私達も友人一同で一つのパーティーを組んで活動してみたいと考えているが、まず現状はそれ以前の話だ。試用期間と銘打って、私達は二人一組に分かれて『剣の誓い』の現役討伐者パーティーに配属されることになる。そうしてベテランに指導されつつ討伐者の活動を実地で学び、同時に自分達の適性を見出してもらう。素人に毛が生えた程度の実力しかない私達に自己判断などよりも、経験も実力もある人達に適性を調べてもらったほうが早いし確実なので。
「前もって伝えておきますが、試用の段階で『実戦に耐えず』と判断した場合は、討伐者としての活動は諦めていただきます。言うまでもなく命に関わりますので」
私達は揃って頷く。そういう判断をされる可能性は当然あるし、その場合の身の退き方も事前に友人同士で決めているのだ。
ちなみにここでいう学生諸君にはルークも含まれている。彼は現役の討伐者だしそもそも『剣の誓い』の一員であるので試用期間もなにもないのだが、彼は彼で思うところがあって今回は敢えて私達と同じ立場を取るということらしい。それはクラン側でも了承済みのことであった。
もう一つついでに言うと、リゼルはあくまでも私の個人的な護衛なので、『剣の誓い』とは関係なく私と行動を共にすることになる。これは私が両親から今回の活動を許された際の交換条件なのだ。討伐者に混じって活動しても構わないが、必ずリゼルを同行すること、という。良くも悪くも私には伯爵令嬢という肩書があるので、ある程度は致し方ないことであるし、やはりクラン側にも了承してもらっている。
「まず、アトリー君とハートアート君はシリウス麾下の第一グループです」
早速呼ばれて私がミアベルを見ると、彼女もこちらを見て華やかに笑ってくれた。誰と誰が組になって誰の指導を受けるのか、この辺の内訳もあちらさんにお任せなので、私達もこの場で初めて知ったのである。
後ろのシリウスさんを見遣ると、彼は鼻水を垂らしたまま寝ていた。おい。
「次に、ルークとベリエ君はグレン氏麾下の第三グループです」
食堂の隅で壁に背を預けていたグレンさんが片手を挙げ、その隣のシビルさんが「よっしゃ」とガッツポーズをした。
慌ててぺこりと頭を下げているリタにとっても、彼等はここまでの道中を共にした人達であるので、過度に緊張せずやりやすくはあるのではなかろうか。
余談だがクレメンスさんが言っている『第〇グループ』というのは、『剣の誓い』内部の部署分けみたいなものだ。第一から第六グループまで存在して、それぞれのグループには特定の適性に秀でた人間が集められているそうだ。
「最後に、コーリッジ君とクライエイン君はロイド君麾下の第六グループです」
「ちょっと待て、俺に学生の面倒を見ろと?」
誰よりも早く、というか唯一異を唱えたのは先程ギルドで遭遇したロイドさんだ。現在食堂に集められている『剣の誓い』の人間は各グループのリーダー格だったらしく、第六グループを預かっているらしいロイドさんも一応義務としてこの場に居たのだが、どこか他人事みたいな顔をしていたところを鑑みるに、自分のグループが選ばれるとは微塵も思っていなかったのだろう。
食ってかかるロイドさんに、クレメンスさんは整然と語る。
「ロイド君、仕事熱心なのは結構ですが、君もいい加減に後進を育てるということに目を向けるべきです。なまじ君が全てをこなしてしまうから後進が一向に育たないのですよ。これを良い機会に、少しはその辺りを意識してみてはどうでしょうか」
成程、先程ギルドではロイドさんは『他に出来る奴が居なくて忙しい』という旨の発言をしていたが、それは彼が優秀過ぎるが故の弊害でもあったということか。クレメンスさんも流石にノエルやレックスを彼の後継者にと考えているわけではなかろうが、要するにロイドさんが後進育成に乗り出すきっかけになればよいといったところだろう。
クレメンスさんの言葉に渋面を浮かべていたロイドさんは、ややあってぼやくように言った。
「納得はしかねるが了解した」
そして、そのままノエルとレックスのほうを見て、
「別にお前達に思うところがあるわけじゃないぞ。請け負った以上は真剣にやる」
ノエルとレックスは一瞬きょとんとして、それから頬を緩めて頭を下げた。
たぶんロイドさんは『嫌々了承したわけじゃない』と言いたいのだ。ノエル達が気後れしないようにと考えたのだろうが、そのなんとも不器用な心遣いが失礼ながら微笑ましい。
そう感じたのは私だけではなかったようで、周囲からなんとも言えない生暖かい視線がロイドさんに注がれる。
「な、なんだ?」
私は狼狽するロイドさんから視線を外すと、徐に背後を振り向く。
そしてぱっちりと眼を開いて今まさに余計な一言(断定)を口走ろうとしていたリゼルに目線で『おだまり』と言っておいた。
ついでなので『剣の誓い』を構成する各グループについて簡単に説明する、というか私もたった今説明されたばかりの内容の受け売りだけど、まず全部で六つのグループがあるのは先述の通りで、第一~第三には戦闘向けの人員が配属され、第四~第六には補助向けの人員が配属される。
クランリーダーのシリウスさんが率いる第一グループは前衛向けの近接戦闘系の技能に秀でた人間が集まる。クランの主力グループであり、『激震』のマクダレーナが所属しているのがここだ。第二グループのリーダーはサマンサという壮年の女性討伐者で、遠距離攻撃に秀でた人間が集まるグループらしい。マスケット遣いのシビルさんが居るのはここである。そのシビルさんの相方感があるグレンさんがリーダーを務める第三グループは防御系の技能者が集まっている。結界遣いのルークが居るのはここ。ここまでが戦闘系。
第四グループはクランのサブリーダーであるクレメンスさんが率いる情報系のグループだ。これは戦場においては斥候を担い、それ以外の場所でも情報収集や伝令を担う技能者が所属しているということらしい。第五グループのリーダーは英雄伯夫人のイザベルさんで、彼女は現在事情によりクランの元を離れているとのことだが、彼女が率いるのは補給系の技能者であり、これは例えば治癒回復系の技能者であったり、それから軽視出来ない役割としてクランの衛生面の管理を担う。最後にロイドさんが率いる第六グループは技術系の補助を担うところで、武器装備のメンテ、調達、改良開発に始まり、黒い森における陣地構築や罠の布設などを行える人間が配属されているようだ。
『剣の誓い』ではこれら六グループから適宜、依頼遂行に必要な人員を選抜してパーティーを組むことになっている。エンディミオンに外部講師として招かれている六人は各グループからそれぞれに選ばれた人員であり、第三からグレンさん、第二からシビルさん、それ以外の各グループからも一人ずつ、といった具合だ。
ところで、私達学生陣のそれぞれの適性と配属されたグループの特色が今一マッチしていないような気がしないでもない。一応グレンさん達講師陣やルークからの情報で、ある程度は私達の得意分野がクレメンスさんには伝わっているはずだ。まあそれを実際に見極めるための試用期間だと言われたらそれまでだし、たぶん色々と考えがあってのことなのだろう。
例えば、伯爵令嬢である私の扱いは慎重を要するので、ハートアートに家格で勝るダンクーガ英雄伯その人の直下に置かざるを得なかった、とか。
「今日のところは顔合わせまで、とします。明日からは諸君の活動のための準備を開始しましょう」
「なにはなくとも、まずはライセンスを取らないとね!」
クレメンスさんの言葉にシビルさんが乗っかって言う。
そうなのである。私達はまだ討伐者のライセンスすら持っていない状態なので、そもそも討伐者としてのスタートラインにすら立っていない。討伐者のライセンスというのは基本的に誰でも取得出来るが、手続きには結構な額のお金が掛かる。
有力な商会の娘であるノエル、裕福な男爵家の後継であるレックス、そして伯爵令嬢の私は資金面で問題はない。経済的には普通の平民であるミアベルと、わりと家計が火の車であるリタはどうやっても登録料を工面出来ないので、それは私が立て替えるつもりでいた。今回のこの討伐者活動は私が言い出した我儘なので、私が不足分を負担するのは当然のことだ。
と思っていたのだが、ここでクレメンスさんが良い意味で予想外のことを告げる。
「アトリー君とベリエ君については、登録料はこちらの予算から経費として出します」
「「「え?」」」
声を揃えて疑問符を呟くのは、名指しされたミアベル、リタとついでにシビルさんだ。
シビルさんの隣のグレンさんも意外そうな顔をしているし、なんなら興味無さげだったロイドさんまで僅かに唖然としている。
「どったのクレメンスさん。いつになく太っ腹じゃん」
「まるで普段の私がドケチだとでも言わんばかりですね」
「違うの?」
「違います。予算は有限なのだから、有限なものは必要なだけ使うのが当然でしょう」
つまり、ミアベル達のライセンス登録に割けるだけの予算があるから使うのだということだ。しかしシビルさん達の反応を見る限り、そんな予算の存在は誰も知らなかったようであるが。
集中する疑問の視線に対して、クレメンスさんは嘆息気味に答える。
「予算はあります」
「どこに?」
「どこかの誰かの遠征費として、滞在費用諸々を計上していたのですが、何故か彼女はその大部分を置いて行きまして。彼女の遠征は名目上は新規開拓のためとなっています。今回の学生諸君を迎え入れるという試みも名目上は新規開拓のためですので、そのまま経費を流用出来ます」
察するに、現在留守にしているイザベルさんの話だと思うのだが、つまり何か、イザベルさんは自身の旅費を削ってその分を学生達のために使ってくれとクレメンスさんに頼んで出立したわけか。なにそれイケメン。
イケメン行為だし、かっこいいのだけど、本当にそれ大丈夫なの?
心配になったのは私だけではなかったようで、シビルさん始め『剣の誓い』の面子は揃ってなんとも言えない顔をしている。
「あの人は、まぁたノリで格好つけて…………路頭に迷ってなければいいけど」
シビルさんの呟きが不安を助長する。それに対して他の誰も否定をしないところが特に。
イザベルさん、野垂れ死んでないでしょうね……?
・2022/09 後半部分加筆追加。




