332話_side_Miabel_少し前_討伐者ギルド_ブラッドフォード支部
~"主人公"ミアベル~
なんだか凄いことになってきちゃったな、と慄くわたしは勿論状況がわかっていなかった。
所々で漏れ聞こえる言葉から推測するに、酒場の男性達は『パンドラ』というクランの所属で、現在それをすっかり包囲している女性達は『赤原同盟』というクランの所属。それでもって『赤原同盟』のほうは女帝と呼ばれるクランリーダーが出てきている。
先程暇潰しにロビー中央のターミナルを見ていた時にクランごとの実績ランキングが表示されていたけど、それによると『パンドラ』こと『パンツァー・ドラグーン』はこのブラッドフォード支部で最も実績のあるクラン。『赤原同盟』はそれに次ぐ第二位であった。
もしかしなくてもコレ、クラン同士の抗争だったりなんかして。
酔っ払いに絡まれていたおさげの子とおでこの子は『赤原同盟』の所属みたいだから、構成員を守るためにクランリーダーが直々にお出ましという構図だ。ただ、それにしてはちょっと布陣が大げさ過ぎる。酒場を完全に包囲するだけの人数を動員して、しかも包囲を完成させてから介入してきた。状況に作為的なものを感じずには居られない。
要するに、それだけ本気だということだ。
「待ってくれ!!」
脂汗を浮かべた男が、わたしを押し退けてその場に這いつくばる。
女帝の攻撃で負傷した腕から血を滴らせつつ、そんなものは些事とばかりに平伏して見せる。
「許してくれ!俺達が悪かった!もう二度としねえ!」
冗談でもなんでもなく、命が掛かっている者の切実さが感じられる。
女帝は彼等に対する処遇を『一人残らず去勢する』と宣言したが、それが『命までは取らない』という慈悲などではないのはわたしでもわかる。あれはつまり『死ぬより惨めな目に遭わせてやる』という意味に他ならないのだ。つまりは、さもなくば死ねということだ。
平伏して額を地面にこすりつける男を、女帝は無言で見下ろしていた。
その瞳は激情を湛えながらも、どこまでも冷たい。
「酔ってたんだ!呑み過ぎて、ちょいと気が大きくなっちまっただけで、」
「ほう?酒のせいだって?」
「も、もう酒もやめる。二度とこんなことがないようにするから」
そこで初めて女帝が反応らしい反応を見せた。
笑ったのだ。
は、は、は、と身をのけぞらせるほどの哄笑であった。
一頻り声を上げて笑ったところで、女帝は再び男を見下ろした。怖気が走るほどに威圧的な眼光である。
「その酔っ払いが誠心誠意謝ったとして、誰が信じるってんだい。馬鹿にすんじゃないよ」
「もう酔いなんて吹っ飛んだ!」
「だったら少しばか遅かったね。やらかす前に酔いを醒ますべきだったのさアンタ等は」
男の弁明を聞けば聞くほど女帝の顔は険しくなり、その心中は穏やかならざることが察せられる。
「男共に都合のいい口先は聞き飽きた。断言してもいいが、アンタ達は改心なんてしない。またぞろ同じことを繰り返す。何故って帰って寝たらけろっと全部忘れちまうからさ。酔って何をしでかしたかなんて覚えちゃいない。アタシはそれが我慢ならない。アンタ達が気持ちよく浴びるように酒を呑んで楽しんだ影で、余興として辱められた女達は一生ものの傷を負うんだ」
嵐が来る前の妙な静けさを思わせる平坦な口調で、女帝は語る。
彼女はちらりと二人の少女を見遣った。
きっとわたしが割り込まなければ、そして女帝達が来なければ、今まさに彼女が言った通りの展開になっていたのだろう。おさげの子とおでこの子は男達の享楽のための生贄とされた。男達にとっては一夜の楽しみ。少女達にとっては一生の傷となる。
「だからアタシは今来たんだ。アンタ達が覚えているうちに来てやったんだ。覚えてもいない罪で裁かれちゃあ堪らないなんて寝言をほざかせはしない。アンタ達が自分の愚挙を後悔し続けることができるように、一生ものの代償を刻みつけてやるよ!」
土下座をし続ける男に、女帝が鞭を振り上げる。
この場の主導権を握っているのは彼女だ。彼女の一撃が開戦の合図となる。
ただ一人、どちらのクランにとっても部外者であるわたしは――
「…………なんのつもりだい?」
眼の前の女帝が訝し気に眉を顰める。
その強過ぎる眼光を、わたしは下から真っすぐに見つめ返した。
わたしの背後には平伏する男が居て、女帝の鞭は振り下ろされる直前で止まっていた。
わたしが割って入ったからだ。
「あの。やめませんか」
「ああ?」
「この人、謝っているじゃないですか。放免にしてあげてとは言いませんけど、聞く耳もないのはどうかと思います」
わたしはこの人達の因縁を知らない。だから今見知った情報から判断するしかない。だとすれば、男達が少女達に齎した理不尽を見過ごせなかったわたしが、女帝達が男達に齎す理不尽を見過ごす道理などない。
「謝ったからなんだって言うんだい。詫びさえすれば己の所業がなかったことになるとでも?」
「思いません。けど、謝ることに意味がないとも思いません」
「ハン!口先だけの謝罪になんの意味がある!この場を乗り切るための方便でないとどうして言えるんだい」
じろりと睨む女帝の威圧感にわたしは怯みそうだった。
後ろで驚愕したようにわたしの背中を見詰めている男などとは、文字通りに存在感の格が違う。
でも大丈夫だ。わたしは自分を奮い立たせる方法を知っている。困難にぶつかった時はいつだって、尊敬する少女の姿を思い浮かべるのだ。彼女に追い付くためには足踏みをしている暇などないと思えばこそ、わたしはどんな壁にも立ち向かっていける。
「ダブルスタンダードですね」
「なに?」
「貴女の言うことって、道理が通ってません。口先だけの謝罪は考慮に値しないと言いながらも、口先だけの罪を理由にこの人達を断罪しようとしている」
だって、わたしが割って入ったから結果的にそうなっただけなのだが、結果的に酔っ払い連中も少女達に対して口先以上のことは何もしていないのだ。取り囲んで脅し、侮辱的な言葉や不愉快な視線を浴びせかけたのは事実。だけど精々が逃がさないように腕を掴む程度以上には触れていないのも事実だ。
女帝の隣に居た側近らしき女性が我慢ならないとばかりに口を挟んでくる。
「この者達の所業のどこが口先だけだと言うのです。これだけの人数でたった二人の少女を取り囲む行為が、彼女等の心になんの傷も残していないとでも?」
「そうは言いません。でもそれを是とするなら、この人の謝罪だって口先だけじゃあない。ちゃんと頭を下げています。貴女達は自分にとって都合のいいものしか見ないんですか?」
ぐっ、と言葉に詰まる側近の女性を抑え、女帝が口を開く。
「アンタは、ここで慈悲を見せればコイツ等が改心するとでも思ってるのかい?賭けてもいいが、コイツ等は改心なんざしない。そもそも性根が腐ってるからこんな恥知らずな真似ができるのさ。よしんば反省はするとしても、それは『次からはもっと上手くやろう』と企むだけさね。そうしてまた憐れな被害者が増える」
「それを決めるのはわたしではないし、勿論貴女達でもないはずです」
「アンタは綺麗なことを言ってれば気分がいいかもしれないが、そういうのを無責任って言うんだ。ここで見逃した奴等が次の被害を生んだ時、アンタはその責任を取れるのかい?」
それを言われると弱る。
そんな責任を取れる人間なんて存在しないし、そもそもそこに責任なんてないと思う。だけどこれは理屈ではなく感情の話で、正解なんてない。
では逆に、仮に男達が本当に改心してこの先一切罪を犯さなかったとすれば、にもかかわらずこの場で過剰な断罪を行ったことの責任は誰が取れるというのだ。
唯一正しい答えらしきものがあるとすれば、全ての責任は自分自身でしか担えないということだが、ここでそれを述べたところで誰も納得などしないだろう。
反論はないが、退く気もまたないわたしになにを思ったのか、女帝は難しい顔になる。
「わからないね。アンタがコイツ等を庇う理由が一体どこにあるんだい?」
「ないです。でも貴女達に阿る理由もない」
「正しきに従うとでも?客観的に見ても、アタシ等がコイツ等よりも間違っているとは思えないがね」
「自分にとっての正しさという意味では、その通りです。貴女達が客観的に間違ってるかどうかは知りませんけど、少なくとも――――わたしは気に入らない」
言わせてもらうならば、実のところわたしから見れば酔っ払いの男連中も女帝麾下の女連中も、やってることは然程も変わらない。
どちらも、自分達の愉楽のために他者を害そうとしているだけだ。
男達の行為が仁義に悖るものであったことは否定の余地がない。そこはわたしも一切擁護する気なんてない。だけど、だからといって女帝達がそれをしたり顔で断罪しようとしている姿にも、わたしは一切の仁義を見出せなかった。
義を理由にするならば、女帝達は初手で致命的に間違っているから。
「何故、黙って見ていたんです?」
「うん?」
「これだけの人数を揃えて、包囲を敷く時間があったならば、もっと早くに彼女達を助けられたはずです」
結局のところ、わたしがこの人達を素直に肯定出来ない理由とはそれに尽きる。
男性憎しが先行して、決定的な状況を完成させるために少女達の危機を敢えて見過ごしていたようにしか思えないのだ。
「アンタが居なければそうしていたよ。誰かしらが割って入っていただろうさ」
「それも口先ですね」
「皮肉ってくれるな。アタシはね、これでもアンタには本当に感謝してるんだ。ウチの子等を守ろうとしてくれたからね。言い方は悪いが、だからただのガキでしかないアンタの戯言に付き合ってやってるんだ。アタシが慈悲を掛ける相手が居るとすれば、この場ではアンタだけだ」
本来であれば邪魔立てする存在は実力で排除するところを、慈悲で会話に応じてやっているのだという意味だろう。
わたしも理解している。これだけの人数を揃えた以上、女帝だってそう簡単には退けないだろうし、彼女がその気になればわたしを排除することなど容易なのだろう。
そしてこれは最後通告でもある。慈悲を見せている間に場を譲れ、と。
「……退かないか」
「はい。退きません」
わたしが簡潔に応じると、女帝はほんの一瞬だけ違う表情を見せた。
勘違いでなければ、ちょっとだけ嬉しそうな顔だった。
「なら、悪いが少々痛い目をみてもらおうか。強情な自分を責めるんだね」
だがそれも本当に一瞬のことで、彼女は鋭い眼光に戻って鞭を撓らせ、
「だっさ」
不意に響いたその言葉に、ぴくりと眦を震わせた。
え、とわたしは目を丸くする。勿論わたしが言い放ったわけではない。その声は女帝の背後のほうから聞こえてきたのだ。鞭を下ろしてゆっくりと振り向く女帝の横からその向こうを見ると、女帝が現れた時の焼き直しみたいに歩いてくる人影がある。
それは包囲を敷いた『赤原同盟』の構成員を割るようにして、無造作な歩みで現れた一人の男性であった。
「聞こえなかったね。今なんて言ったんだい?」
「歳のせいで耳が遠くなったのか婆さん。ダセぇっつったんだよ」
震えるような威圧感のある女帝の問い掛けに、欠伸でもかましそうなくらいの適当さで答える男性。
鍛え上げられた長身の肉体で、どこか既視感のある紺色の短髪に、明るい橙色の瞳。左の耳だけに大振りなピアスをつけていて、顎髭と合わさって非常にワイルドな風貌である。ただ、その立派な体躯に纏っているのは無地のポロシャツに草臥れたカーゴパンツという組み合わせであり、しかも足元はサンダルである。なんかもう休日のお父さんスタイルと言う他ない。
だが、そんな素朴な装いだというのに、彼には女帝に勝るとも劣らない存在感があった。
「聞き捨てならないねシリウス。アタシのなにがダサいってんだい」
「全部。子供の尻馬に乗っかってイキってるいい歳こいた婆さんが居るらしい。これがダサくないって言う奴がいるなら会ってみたいね俺は」
彼はそう言いつつ歩みを進め、女帝の真横を素通りするとわたしの隣に並んだ。わたしが高いところにある顔を見上げると、ワイルドな風貌に不思議と良く似合う少年みたいな雰囲気で、にかっと笑ってくれた。
あ、この人もしかしてルーク君の……。
「その顔だと自覚はあったみたいで少し安心したぜ」
彼――シリウスさんは女帝を見つつ、わたしの肩にポンと手を置いた。
「最初に気張ったのも、身体張ったのも、全部この子だろうが。で、その英雄がやめろっつってんだ。顔を立てるのが筋ってもんじゃねえかな?」
「…………」
「我を通してえなら、最初からアンタ本人なり、アンタの部下なりが動けばよかったんだ。そうすりゃあ誰も文句は付けなかっただろうよ。それを怠った癖して、後から出てきてデカい顔するのはどうかと思うが」
シリウスさんの言葉に、今度は女帝が黙り込む。
なんとなく、女帝も彼の言葉に同意するところがあると認めているのだと感じた。だって、女帝はちゃんとわたしの顔を立てようと可能な限り図ってくれてはいたのだ。
「だがまぁ、アンタも立場上『はいそうですか』と退けねえのはわかる」
そう言って、シリウスさんは右手を頭上に挙げる。
次の瞬間、その手に雷が迸った。
「俺が退く理由を用意してやるよ」
莫大な魔力が形作るのは、燦然と燃え盛る炎と眩く弾ける雷が織り成す閃光の剣。逆巻く熱量と迸るスパークのとんでもない迫力に、わたしは普通にひっくり返りそうになった。一薙ぎで周囲の全員を一掃出来そうなほどの、冗談みたいなリーチを誇る規格外の大剣である。
ルーク君の蒼い魔力よりも深く、底知れない碧い魔力だった。
「これ以上に我を通すつもりなら、この子の代わりに俺が相手になる」
「…………本気かい、シリウス」
低く抑えたような女帝の問いに、シリウスさんは挑発的に応じた。
「違うな。――――俺を本気にさせるな、だ」




