330話_side_Miabel_少し前_討伐者ギルド_ブラッドフォード支部
~"主人公"ミアベル~
や。違うんです。ほんとに。
そんなつもりじゃなかったんです。
ちょっとミアベルさんの弁明を聞いて欲しい。
わたしがやろうとしたのは、酔っ払い達に絡まれていた二人の少女を穏便に逃がすことだ。気の弱そうなおさげの子と、気の強そうなおでこの子。もしかするとわたしよりも年上かもだけど、とりあえずそれは置いておいて。
プランはこうだ。
まず、わたしがさり気なく騒動の渦中に割って入るでしょ。
次に、なんとかして酔っ払い連中の興味をわたしに引き付けるのだ。
そして二人の少女にはその隙に逃げてもらう。
最後にわたしは時間魔法で離脱してドロン。
……完璧だ。すばらしい。あまりにも具体性がない。
要するに行き当たりばったりということだ。状況が状況だったので暢気に作戦を立てている時間などなかったのだ。いやお前思考加速出来るじゃんと言われればその通りであるが、ここで悲しいお知らせを一つ。
思考を加速して存分に考えたところで、名案が浮かぶとは限らないのである。
だがしかし、二人の少女を見捨てるという選択肢はない。
わたしは彼女等となんの関係もないので、見捨てるという表現は傲慢かもしれないが、事態を見てしまったからには見過ごせないのだ。
なんとかなるなる、とわたしは人垣に割って入ったのである。酔っ払い連中は獲物を逃がさないためにかすっかり少女達を取り囲むように布陣していた――というか少女達のほうが包囲の中に引っ張り込まれたと表現すべきかもしれないが、どちらにしろわたしにとっては問題ではない。アシュタルテさん直伝(とわたしは思っている)の転移もどきを駆使すれば侵入は容易であった。
それで首尾よく話に割って入ったところまでは想定通りだった。後は男達の注意をこちらに引き付ければいいのだ。二人の少女はきっと呼応して離脱を図ってくれるだろう。何故ならば、憐れなくらいに怯えているおさげの子はともかくとして、後から乱入したおでこの子は、態度こそ激昂しているようにしか見えなかったがその実わりと冷静に周囲を見ているようだったからだ。
よしやるぞ。
と、そこでわたしははたと気付く。
これ以上に注意を引くって、どうすればいいのかと。ここにきてわたしの悲しいまでの経験不足が露呈する。言うまでもなくこんな状況は初めてだし、討伐者社会の文化にも詳しくないし、ロイみたいに機転が利くわけでもないし。何をすれば耳目を集められるのか皆目見当もつかない。
それこそ眼の前の男に襲い掛かったりすれば、そりゃあ注意は引けるだろうけど、流石にそれはどうなのと思う。普通にわたしのほうが加害者になるだけだろう。
どうしたものかと考えたわたしの脳裏に、ひらめきが走った。
自分から攻撃するのがダメなら、相手から仕掛けるように仕向けるのが道理だ。それを世間では『挑発行為』と言うのだろうが、生憎とわたしにそんな技能の持ち合わせはない。しかしながら、大丈夫。わたしはそれがとっても上手な人を知っている。
勿論アシュタルテさんだ。
煽りの名手であるアシュタルテさんは、あのジークリンデ先輩との死闘の最中でもニヤケ面で煽り散らかすほどの遣い手だ。実際のところ彼女が本当に煽り行為のプロであるかは知らないけど、つまりわたしが見倣うべきはそんな彼女の胆力と機転、そして罵倒にも応用が利く豊富な語彙である。
アシュタルテさんの弟子を(内心で)(勝手に)自称しているわたしとしては、ここは師に倣って必殺の『アシュタルテ節』をお見舞いする所存!
とまあ、そんなわけでアシュタルテさんっぽくやってみようと思ったのだ。いくらなんでも彼女みたいに他人を『貴様』と呼び捨てるのは難しいから、口調までは真似しなかったけれど。
そしたらこの口が動くこと動くこと。淀みなく滔々と侮辱の言葉が流れ出て、自分でびっくりしたくらいだ。
原因は明らかだった。わたしがアシュタルテさんをリスペクトし過ぎているからだ。だってだって、彼女ならこう言うだろうな、って想像が次から次へと湧いてくるのだ。わたしという人間は昔から憧れた相手の模倣をしようとする癖がある。クリスお姉ちゃんの独特な表現を真似してみたりしてたのもそのせいなんだけど、つまりわたしはこの機会にアシュタルテさんの真似をしてみたのだ。堂々と彼女の真似を出来る機会を得てむしろ嬉しかったくらいかもしれない。
他人を悪し様に扱き下ろすことに対して思うところが無いとは言わない。しかしこの酔っ払い共は控えめに言って人間のクズだ。私が偉いのではない、貴様等がクズなのだ。クズをクズと言って何が悪い――とかアシュタルテさんなら言いそう。
別にアシュタルテさんのせいにするつもりはない。だってわたしもそう思うから。
んでまあ、想定よりも毒が出たけど、概ねわたしの意図した方向に進んだと言えるだろう。
問題は、ちょっとばかし毒が効き過ぎて注目を通り越してヘイトを集めてしまったということだ。
具体的には激昂した相手が暴力に訴えてきたのだ。
ここでもう一つ、弁明を聞いて欲しい。
なにもわたしは相手の銃を奪い取って逆に突き付けるつもりなんてなかったのだ。不幸な事故なのだ。偶然なのである。
こういう状況に自分から飛び込んだわけだから、荒事になる可能性も充分に考慮はしていた。でもわたしは大抵の事態ならばどうにかなるとも思っていた。どうにかなるというのはつまり、時間魔法を使えば自力で脱出出来るという意味だ。
驕っているつもりはないし、これは義務みたいな感情だった。アシュタルテさんと同質の力を有していて、少なからず彼女直々の手解きを受けた身として、無様なことをしてはならないとわたしはわたしを戒めるのだ。
故にわたしは欠片も油断などしてはいなかった。
相手がいきなり銃を抜いたのは驚いたけど、それにも丁寧に対処出来ていたと自賛してもいいくらいだ。
ただ、そこでちょっと欲が出たのがいけなかった。
分を弁えて受け身の対処に徹しておけばよかったものを、魔が差したのである。
もしかして、銃を無力化出来るのでは。
少女達に逃げてもらうにしても、それを阻む立場である男の手に遠距離武器が握られているというのはよろしくない。だからここで銃を無力化しておく必要がある。即ち、男の手から銃を取り落とさせればいいのである。
難しいことではなかった。加速した主観の中で、男が銃を握る指を強めに打ってやれば、それだけで事足りた。
ところで、魔法銃というのはそもそも何かというと、文字通り銃の形をした魔法具である。
初めからそういう用途形状で創り出される場合もあれば、実銃に魔法的な改造を施して魔法銃化する場合もある。その改造の内容として最もポピュラーなのは紋章術による装飾を施すことだ。魔法的に意味のある紋様を直接刻んでしまうことによって、魔力を流すことで魔法を紡ぐ器械と為さしめるのである。
魔法銃においては、基本的に銃身が長いほうが強力だ。銃身が長いほど、当然の帰結として刻み込める紋様が多くなるからである。少ないスペースに情報量の多い文様を刻む技術も存在しているが、そういうのは完全に職人芸なので、コンパクトで強力な魔法銃というのは相応に値が張るというか、正直武具のそれではない価格帯になるとかなんとか。だから一般に出回っているような魔法銃だと、長ければ強い、が真理であると見做していい。
忘れてはならないのは、銃身が長くてたくさんの紋様を刻んでいれば相応に強力な魔法具となるが、その分、取り回しは難しいし価格も高騰するということだ。より正確な真理を言うならば、長い!強い!高い!なのだ。
そこをいくと、眼の前の男が取り出して、今まさに手放されて落ち行く魔法銃はそれなりの代物に見える。グリップ周りの形状はよくあるマスケットのそれであるが、銃身が半ばほどで切り詰められているので中途半端なシルエットになっている。考えるまでもなく、咄嗟の使用を考えて取り回しを向上させるために銃身をカットしたのだろう。通常、長い銃身はそれが必要だから長いのだ。邪魔だからと途中でカットしてしまえば狙いや威力に悪影響が出るのは想像に難くないが、魔法銃であればそれを補う紋様を刻むことでカバー出来る。
何が言いたいかというと、わりとお金と手間が掛かっていそうな良い魔法具だなということだ。
……高いんだろうなぁ。
となんとなく思ってしまったわたしは、気付けば落ち行く魔法銃をキャッチしようとしていた。
わたしの貧乏性が遺憾なく仕事をしてしまったのだ。
一応言っておくと、別に銃を盗もうとか考えたわけじゃない。というかそんなことは発想すらなかった。ただ単に、高価そうな魔法銃を地面に落とせば傷がつくだろうし、もしそれで『弁償しろ!』とか言われたらわたし即死するなぁ、とか漠然と思っただけだった。
で、後は知っての通りである。
主観が加速しているとはいえ、わたしの動きそのものが速くなるわけではないし、感覚と動作の時間がずれているというのは案外と難儀するのだ。咄嗟に伸ばした手は普通に魔法銃を取り損ねた。当たり前のことだが金属部品も多い魔法銃はそれなりに重いのだ。
あっ、と思ったらもう遅い。思考が乱れたら時間魔法が霧散して、わたしの主観時間が元に戻る。
とにかく銃を落とすわけにはいかない、と思ってわたしはなんとかかんとか無理矢理に魔法銃をキャッチすることに成功し、わたわたと手の中で銃が踊った結果として、何故かわたしが逆に銃を突き付けるという奇跡のような光景が完成したのである。
こうなってしまった以上は、これを貫くしかない……のだが、たぶんこの場の誰よりもわたしが一番『どうしてこうなった』と思っていたはずだ。
ただとりあえず、当然の抗議だけはしておかねばなるまい。
「軽々しく抜くのはダメです。これを抜いた以上、誰かの命を懸けることになると理解していますか?」
考えなしに銃なんて抜いて、誰かが(主にわたしが)死んだらどうするつもりだ、と。




