328話_side_Miabel_少し前_討伐者ギルド_ブラッドフォード支部
~"主人公"ミアベル~
このままここでノエル達の帰りを待っても良かったのだが、リタを送ってきてくれたグレン先生とシビル先生はクランに合流するためにギルドに戻ると言うので、それならばとわたし達も便乗させてもらうことにした。ギルドでノエル達に会えればよし、そうでないならそれはそれで先に『剣の誓い』の人達に挨拶させてもらっても良いし、とにかく学院の休暇期間は限られているのだから時間を有効に使わなくては。
「じゃあクリス、後は任せる」
「かしこまりー」
ロイの言葉に答えてクリスお姉ちゃんが頭を下げる。言動こそアレだが、仕事は真面目にこなす人だから大丈夫だろう。真面目にこなしているつもりで素っ頓狂なことをやりがちなダリオさんのほうが余程心配である。
わたし達は先生達と一緒に討伐者ギルドへと向かい、その間にクリスお姉ちゃんとダリオさんはトビアスさんの手伝いで物件の下見に同行することになったのだ。ティアを始めとして年頃の少女達がこれから生活する場所を選ぶのだから女性目線の意見は重要だ、とトビアスさんもクリスお姉ちゃんの同行を歓迎してくれた。ダリオさんはともかくとして。
そんなわけで、リタと道中のことを報告し合ったり、ロイエンタールの街の景観に興味を惹かれたり、辿り着いたギルド支部の凄まじい規模と威容に圧倒されたりしながら歩いていたわたしは、
「…………あれぇ?」
支部内の雑踏に呑まれてものの見事に皆と逸れてしまったのであった。
さて困ったぞ、と周囲を見るも人波だけ。見知った顔など居ないというか、それ以前に人が多過ぎて誰が誰だかわからない。現在位置はギルドのメインロビーから一歩奥に入った商業区画――通称『討伐者街』と呼ばれる場所だそうで、名の通り討伐者を相手に商売をしている店舗が立ち並ぶ商店街みたいな場所だった。シビル先生の説明を聞きながら歩いていたはずなのだが、好奇心に負けてフラフラしていたのがいけなかったのか、いつの間に皆と逸れたのかすらよくわからないのが正直なところだ。
もしかするとロイ達もわたしが居ないことにすぐには気付かないかもしれないし、ひょっとしてわたしだけじゃなくて皆雑踏に揉まれてバラバラだったりして。
「いやないか。ロイだし」
仕方がないのでわたしは一旦来た道を引き返してロビーに戻ることにする。ロビーはロビーで混雑しているが、ここよりは見通しが良い。適当な場所で待っていればそのうちロイが見つけてくれることをわたしは疑っていなかった。
「あ。迷子になった時ってその場から動かないほうがいいんだっけ?」
時既に遅しである。
いやいや、討伐者街の人の流れではどの道その場に止まることなんて出来るはずもなかったんだから、これは仕方がないことなのだ。自己弁護を完成させて、わたしはロビーのすみっこで立っていることにした。討伐者街の一部店舗はロビーに侵食していて、主に食事処とか酒場とか武具の手入れをしている鍛冶屋とか雑貨屋なのだが、そんなロビーと商業区画の境界線のような場所がわたしの現在地である。
ロビーの中央に鎮座している水晶球のターミナルを眺めているだけでも結構楽しいので時間を潰すのは苦ではない。流石にここからでは細かい文字までは読めないので、なんとなく雰囲気を楽しんでいるだけ感は否めないが、なんのことはないどうせ読めても知らない理解出来ない事柄のほうが多いに決まっている。なんせわたしはまだライセンスを取得していないので、実は討伐者ですらないのにここに居るのである。
「ん?」
わたしは、少しだけ珍しいものを見た気がして声を出した。わたしの前を横切るようにして歩いていく一人の女の子だ。勿論知り合いなどではないし、特別目を惹く容姿をしているわけでもなかったが、単純に自分と同い年くらいの年齢だなと思って気になったのだ。わたし達くらいの年齢の女の子でも普通に討伐者やってる人って居るんだなぁ、って知ってたけど実際に見ると違うなって。
赤いリボンで二つに括られた焦茶色の長髪を尻尾のように揺らし、キョロキョロと視線を巡らせながら歩いていく。迷子のわたしではないが、いかにも『人を探しています』とでも言わんばかりだ。肌を見せる軽装の装いに、その上に羽織った頑丈そうな外套。使い古されたブーツにグローブ。首元には細かい傷で若干濁ったゴーグルを引っ掛けていて、なんというか、絵に描いたような討伐者ガールだ。
まあ普通にこの支部で活動している討伐者だろうから、わたしのように迷子というわけではなかろうが、その顏は不安げで足取りも覚束ない。察するに、知り合いと逸れてしまって心細いといった心境だろうか。気が小さい子なのかも。彼女はロビーを抜けて討伐者街の方向へと向かっており、その進路脇には喧騒に満ちた酒場があった。夕方のこんな時間から、という表現が討伐者的に正しいのかはわからないが、こんな時間から浴びるように呑んですっかり出来上がっている一団が騒々しい笑い声を響かせている。
……なんか嫌な予感するな。
とわたしが思った矢先、予感は現実となる。
酒場の店内ではなく外に設置された立ち飲み席で騒いでいた一団が、通路のほうまでだいぶはみ出してしまっていたのだ。通行人達は皆それぞれに迷惑そうな顔をしたり悪態を吐いたりしながら避けて通っていたのだが、酔っ払い共は反省するどころかそんな通行人に野次を飛ばして大笑する始末。酔っ払いに何を言っても無駄だという典型的な光景だろう。
それで、人を探しながら歩いていた少女は、不運なことにそんな酔っ払いの一人にぶつかってしまったのだ。と言っても気付くのが遅れてすれ違い損ねて肩が触れた、とかそんな程度だったように見えた。
「あぁ~ん?どぉこ見て歩いてんだぁ!?」
「ひっ、ご、ごめんなさい」
とまあ、少女が青い顔をしてぺこぺこと頭を下げても既に遅く、というか遅いも早いもなくて関わってしまったのが運の尽きだった。
少女はあっという間に酔っ払い共に取り囲まれてしまう。
寄って集って一人の少女をいじめている、というよりかは少女に難癖をつける酔っ払いを肴に、それを野次って哂って周囲の人間が楽しんでいるのだ。わたしは普通に不愉快な光景だなと思うのだが、不思議なことにロビーに居る他の人達や、迷惑そうにそこを避けて通る人達も、誰も強いて止めようとはしないのだ。『またやってるよ』とか『かわいそうに』とか、そういう他人事目線な感想を呟いて、しかしそれ以上は踏み込まない。
まるで、関わったら馬鹿を見るだけだ、とでも言わんばかりだ。
このある種異様な感覚にわたしは覚えがあった。エンディミオンに入学した当初に感じていた齟齬――『社会の違い』みたいなものだ。エンディミオンは貴族学生が作る暗黙の社会だった。ここは謂わば自己責任の社会、だろうか。つまりこれが、わたしがこれまで知らず、そしてこれから飛び込もうとしている討伐者社会の空気感というわけだ。
わたしは改めて周囲を見回して、ロイ達やノエル達が居ないか探した。
残念ながら見知った顔は見付からない。
それならば、とあの騒ぎに関心を向けていて少女を助けてくれそうな人が居ないかと探してみるも、そもそも人が多過ぎて大半の人は騒ぎに気付いていないし、近場で気付いている人達も面倒は御免だとばかりに目を逸らす者しか居ない。
いたしかたなし。
「むん!」
と気合を入れて、わたしは騒ぎの中心となっている酒場へと向かって脚を踏み出す。
援軍は期待出来ないようだが、だから見過ごすというのはあり得ない。このまま放っておいたらあの憐れな少女が碌な目に合わないのは火を見るよりも明らかではないか。
別に、わたしが割って入ったところで何かが出来るとは思わないけれど、それでもあの子の手を引いて逃げることくらいは出来る。あの子はやっぱり肝が小さいのか、あるいは人が好いのか、酔っ払いの難癖に低頭平身で詫びるばかりだ。誠実なのは美徳だと思うけど、誠意を見せる相手は選ぶべきだとわたしは思う。少なくとも、あの酔っ払い共に誠意に値する要素は何一つとしてない。だって、そもそも彼等が道に飛び出して騒いでいたのが一番の悪なのだから。
わたしの尊敬する少女であれば、きっと絶対零度の目をして『通行の邪魔だクソが』とか言ってくれることだろう。
自分を奮い立たせるためにそんなことを考えつつ、意識して大股で進むわたしであったが、不意に背後から軽快な足音が近付いていることに気付く。
軽快、というか猛然、と言ったほうが正しいかもしれないが、とにかく軽い足音だ。
「え?」
それはわたしが振り返る暇もなくすぐ近くまでやってきて、そしてそのまま凄い速さでわたしを抜き去って行った。騒ぎの中心へと驀進していく背中を見るに、またしても同い年くらいの、赤髪の女の子であるように思うが、わたしを抜き去って行く瞬間にちらりと見えたかんばせは憤怒の形相を浮かべたおでこであったのだ。
いや、怒った顔の女の子だったんだけど、その前髪を左右に分けてピンで留めているヘアースタイルが特徴的で、つるりと丸いおでこがキラメキラリと輝き矢鱈とわたしの目に焼き付いていたのだ。虚を突かれて歩みが鈍ったわたしの眼の前で、おでこの子は果敢に酔っ払い集団を掻き分け、というか半ば薙ぎ倒して乱入していった。
すぐに、とんでもない剣幕の言い合いが聞こえ始める。
一瞬、少女の助けが現れたのかと安堵しかけたわたしであったが、もしかしなくてもコレ、状況は悪化しているのではなかろうか。
というかこれだけの騒ぎになってもなお、周囲の人達が頑なに目を逸らすのは何故なのか。というかむしろ、おでこの子が乱入してからは一層人足が遠のいた気すらする。面倒ごとを敬遠するとか、自己責任論が強いとか、そういうのとはまた別種の何か事情がありそうな雰囲気だ。
おでこの子と思しき甲高い声で滅茶苦茶口汚い罵倒が聞こえてくるし、酔っ払い共は相変わらず囃し立てるみたいに騒いでいて不愉快極まりないし、良識ある大人は誰も来ないし、一体どうなってんだ!
「…………もう!」
ちょっとだけ帰りたくなってしまった自分を叱咤して、わたしは再び歩を進めた。




