327話_side_Miabel_少し前_クライエイン商会
~"主人公"ミアベル~
「わたしさ、なんか友達の家に遊びに行くようなもんだと思い込んでたよ」
ぼへー、と間抜け面で見上げるのは『クライエイン商会ロイエンタール支部』と銘打たれた建築物。ノエルの実家が経営している商会の施設であり、要するに間違いなく友達の家である。今回のわたし達の集合場所。
でもちょっと待って、わたしが想像していた十倍くらいは大きい。果たしてノエルが謙遜して実家の勢力を控えめに伝えていたのか、それともわたしの想像力が貧困なだけだったのか。このロイエンタールという街の景観に特徴的な、石材と鉄骨が融和した頑強な造りの建物で、三階建て。でも白く塗られた外観は武骨というよりは洒脱さが先に来るデザインで、控えめだけどちゃんと個性を主張してくるあたりが、なんというかノエルが育ったお家らしいと思える。実際にノエルがここで育ったとは思わないけど、彼女の家族のセンス的な意味で。
「で、なんで腰が引けてるんだお前は」
呆れたようなロイが言ってくるが、逆になんでコイツはこれを前にして平然としてるんだと訊きたい。
いやだって見てよこの重厚な門構え。間違っても『お邪魔しまーす』とかってノリで入っていける場所じゃない。
「わたしみたいな一般ピーポーが分を弁えず脚を踏み入れた日には怖い黒服の人が出てきて『関係者以外立ち入り禁止です』とか言って両脇抱えられて朝日が拝めない場所に連行されちゃってもおかしくないんだよっ!」
わたしの主張をしっかり最後まで聞き届けたロイは、真顔で一言だけ返した。
「関係者だが」
「アッハイ」
そのままロイはアホを見る目をわたしにくれて、すたすたと商会のエントランスを潜ってしまった。その後ろをクリスお姉ちゃんとダリオさんが着いていく。クリスお姉ちゃんはメイドらしく楚々と澄ました表情で、ダリオさんは物珍しさを隠そうともせずにきょろきょろと。共通しているのは別になんの物怖じもしていないということだ。
これが社会経験の差だろうか。
置いて行かれたわたしが慌てて彼等を追い掛けると、外観からは想像しなかった暖色の穏やかなロビーで、受付に向かったロイが職員らしい女性となにやら喋っているところだった。そういうのって普通は従者の人がやるんじゃないのかな、と少しだけ思うも、たぶんロイが直接喋ったほうがそつなく話が進むんだろうな。実際、受付の女性と話をしているロイは至って自然体で、手慣れた様子だ。わたしだったら絶対『あの』とか『その』とか言って真面に喋れないと思う。
というかロイってほんとにわたしと同い年か?と何度目かもわからない疑問も過る。
少々お待ちください、と言われてロビーで時間を潰していると、奥の通路から一人の男性がやって来た。
てっきりノエルが迎えに出て来てくれるものと思っていたが、彼はどちらさまだろう。黒縁の眼鏡とその奥の鋭い眼光が印象的な、長身の若い男性だ。小綺麗な格好をしているが、商会の職員にはあまり見えない。
彼はわたし達の前までやってくると、カッと踵を揃えて独特の礼をする。あ、これあれだ。執事さんがするやつ。学院生活の中で何度か見たことがある。なお所謂『執事』と呼ばれる職業とは、従者階級の男性の中では最上位に位置するものだ。男性の従者なら誰でも執事となれるわけではなくて、ダリオさんは執事ではなくその下のボーイと呼ばれる立場だ。ボーイの女性版がメイドさんで、執事の女性版は侍女となる。ただし、あくまでも一般的な言葉の意味は、っていう話であって実際の職制なんかは当然職場によって異なる。例えばクラリスさんはメイドさんだけど、同時にアシュタルテさんの『御傍付』という役職を拝命しているので、扱いは上級使用人――つまり侍女と同格なのだそうな。
というわけで、眼の前のこの男性は少なくともクラリスさんクラスの使用人であるということだ。
「ハートアート伯爵令嬢ミリティア様が従僕、トビアスと申します。お見知りおきを」
「あ、ティアの執事さん?」
「専属を拝命しております。お嬢様の御友人のコーリッジ様とアトリー様とお見受けいたしますが」
トビアスさんはわたしとロイにそれぞれ視線を送りながらそう告げた。取り次いだ商会の受付から名前程度は伝わっているはずなので、あくまでも確認だろう。ちなみにロイの後ろのクリスお姉ちゃんとダリオさんのことは完全に無視だが、これが正しい反応である。わたしだけならばともかく、この場には彼等の主であるロイが居るので、ロイを差し置いてその従僕に声を掛けることはない、というのがマナーらしい。
尤も、公の場ならともかく私的な場でそこまでかっちり気にするほどのものではないようだが。トビアスさんはかっちりした人に見えるが、あるいは初見なので瑕疵がないように気を張っているのかもしれない。
で、なんでノエルの商会を訪ねたのにティアの執事のトビアスさんが対応に出てきたのかというと、単純にノエルとティアから言伝を預かっているからみたいだ。
実家の位置関係から最も到着が遅くなると予想されたティアだが、幸運にも道中が非常にスムーズだったとかでまさかの一番乗りを果たしたらしい。と言っても、到着したのは今日の昼頃らしいからほんの数時間くらいの僅差だ。
偶然だがルーク君も今日この商会を訪れて居たらしくて、折角なのでとティア達は三人で連れ立って討伐者ギルドの見学に向かったそうな。
「トビアスさんはここで何を?」
「これからの皆様の居住環境を整えねばなりませんので、その準備を。クライエイン商会のほうでいくつか候補の物件を見繕ってくれているようなので、これから実物を見て決めようとしていたところです」
休暇中をこの街で過ごすことになるわたし達の一時的な滞在先の話である。これをどう解決するのかというのは若干の議論の的となったが、最終的には頼りになるお貴族様の財力にお世話になることになった。誰あろうティア様でございますが。ホテルの類を利用するという選択肢もないではないが、一日二日ならまだしも滞在期間が一月を余裕で超える程となると、宿泊費も相当なものになる。勿論わたしなどは払えもしないし、普通に勿体ないので、だったら適当な貸家を借りて全員で住み込んで自活してしまったほうがいいという判断だ。
物件はクライエイン商会が割安を見繕ってくれるし、賃貸料および食費等諸々の滞在費用はハートアート伯爵家が払ってくれる。当然自活のためには家事を担う人間が必要なので、それはティアとロイがそれぞれの従者を連れてきて解決だ。つまりトビアスさんとクリスお姉ちゃん、ついでにダリオさんの仕事である。
わたしとリタが何もしてないって?そこは察してください。
全部貧乏ってやつが悪いんです。
ウチの実家が貧乏なのは両親が無理をしてわたしをエンディミオンに通わせてくれているからだ。特待生資格による援助があるとはいえ、学費以外にも出ていくお金はそれなりに多い。そして両親が無理をしてまでわたしを学院に通わせたのは、わたしの時間魔法が齎す特異性を憂慮したからに他ならない。つまるところが、家が貧乏な原因も、それで両親に苦労を掛けている元凶も、全部全部わたしなのだ。
故にわたしはちゃんと立派な成績を残して学院を卒業し、いい職について、これまでの苦労の分だけ両親に目一杯恩返しをする所存。そのためには、今回のこの試みはきっと得難い経験となるだろうと思っている。
魔法使いとして大成したければ、魔物との戦いは避けて通れぬ道だから。
そんな話をしていると外から新たな人影がロビーへと入ってくる。
「あれ?もしかしてあたしビリっけつ?」
「リタ!」
ここ最近の慣れない旅路のせいか、見慣れた友人の姿がなんだかとても久し振りな気がして、わたしは思わず駆け寄った。リタの両手を取ってぴょんぴょんと飛び跳ねるわたしに、彼女は少しだけ驚いたように仰け反りつつも、はにかみがちに手をきゅっと握り返してくれる。
剣を握って硬くなったリタの掌の感触が、わたしは結構好きだった。
リタの後ろには彼女を領地からここまで送り届けてくれたグレン先生とシビル先生の姿もあった。
「先生方も、お疲れ様ですっ」
「学院の外で『先生』は勘弁してくれ」
と、グレン先生は困ったように頭を掻いた。シビル先生はそんな彼を小突きながら「いいじゃんかっこいいじゃんセンセ?」と、自分のことを棚に上げて揶揄っている。
リタはロイとも軽く挨拶を交わして、それからトビアスさんに視線を向ける。
「その人、ミリティアの執事でしょ」
「トビアスです。失礼ながら、どこかでお会いしたでしょうか?」
これはクリスお姉ちゃんやダリオさんもそうだけど、今の彼等は仕事着ではないので外見から所属を判断出来る要素は殆どない。そりゃあ旅をするのにお仕着せや制服なんて着てたら無駄に汚すだけだし、いいとこのお坊ちゃんお嬢ちゃんが歩いてまっせと宣伝しているようなものだからだ。
となると一目でトビアスさんの正体を見抜いたリタは面識があったのかと思えば、トビアスさんのほうに心当たりはない様子。
「ほら。夜会の前に一回来てたじゃん。そん時にちらっと見た」
「確かに、お嬢のドレスをお届けに上がりましたが、よく覚えておられましたね」
ほんとに、とわたしは内心でトビアスさんに同意する。彼のほうが心当たりがないってことはリタが一方的に遠くから見ただけとかであろうに、そんなに印象的な光景だったのだろうか。トビアスさんに限らず、学院に居ると従者階級の人を見るのは珍しくもなんともなくて、それに似たような格好の人が無数に歩いているので、そもそも個人を認識するのが難しくすらある。
するとリタは「いやぁ」と若干気まずそうに頬をかいた。
「ミリティアが男と一緒に居るのがそもそも珍しいから。最初はその辺の使用人に粉でも掛けてるのかと思って……」
「ついつい凝視してしまった、と」
ロイの呟きにリタは「そうそう」と頷いた。
確かに、ティアって男子の知り合いがあんまり居ないイメージあるなぁ。それこそロイと最近はルーク君くらいじゃなかろうか、ティアと仲が良い男子って。リタは同じ騎士系の家の男子とかとは普通に友達付き合いしてたりするし、ノエルもあれで平民同士の横の繋がりがあって意外なくらいに顔が広いのだ。わたしは偉そうにティアのことを論えるような立場でもないけど、一応ほら、カーマイン君とクゼ君っていう男子のお友達も居るから。
「でもミリティアってあれで結構気にしてんのよ」
「あ、わかる。全然興味ありませんけど?みたいな顔してるけど、恋バナとか実は好きだよね」
「そこんとこどうなの?人生相談役のレックス先生?」
「ミリティアさんの名誉のためにノーコメントだ」
本人が居ないのをいいことに割と明け透けな会話をしているわたし達の横で、じっと耳を傾けていたトビアスさんが、徐に黒縁眼鏡を外した。いきなりだったので思わず全員の視線を集める中、彼はポケットから取り出した布で眼鏡をゆっくりと綺麗に拭い、
「ふむ」
そしてスチャっと掛け直した。
「非常に興味深いお話が聞けそうですね。どうやら楽しい共同生活になりそうだ」
眼鏡の奥で炯々と輝く瞳に、わたし達は遅蒔きながら『なんか地雷踏んだかも』と悟り、内心でティアに詫びた。
だが後悔はしていない。何故ならわたしもそこんとこ気になるから!




