326話_side_Militear_少し前_討伐者ギルド_ブラッドフォード支部
~"もう一人の転生者"ミリティア~
クライエイン商会で少しだけ休憩して脚を休めた後、私達は早速討伐者ギルドを訪れてみた。面子は私とリゼル、ノエルとルークの四人だ。私とリゼルは勿論、ノエルもギルドに直接訪れたことはないらしいので、案内はルーク任せだ。尤も、『剣の誓い』がここの支部で活動し始めたのはほんの一年ちょっと前のことであるらしく、ここ半年をエンディミオンで過ごしていたルークもまた、ここの支部にはそれほど詳しいわけではないようだが。
ブラッドフォード伯爵領に存在する黒い森は、リヒティナリア王国内で最も巨大な規模を誇る。2番目に大きいのが王都のエンディミオン魔法学院横の黒い森であるのだが、それと比してもブラッドフォードの森は倍ではきかない程に広大だ。元から巨大な森であったのは確かなのだが、しかしその昔はエンディミオンの森ともそこまで格差はなかったという。それが現在ではこうも規模が違ってしまっているのは、ブラッドフォードの黒い森が拡大したから――ではなく、エンディミオンの黒い森が縮小したからだ。長い年月をかけ、学院で魔法使いを育成しながら堅実にお隣さんの魔物の勢力圏を削ってきた彼の地と比べて、ブラッドフォードの黒い森はウン百年前から殆ど規模を減じていない。これはこの森がそれだけ手強い場所である、という意味ではなくて、単純に誰もが森を削ることに消極的だったからだ。
俗な話、この森から採掘される魔界資源が美味し過ぎるからである。
ロイエンタールが元々は鉱山街であったことからわかるように、ここの黒い森は元々は鉱山であった土地が魔物に奪われた場所だ。となると黒い森からは魔界資源として魔力基質の鉱物資源が潤沢に採掘出来る。これがとにかく貴重で、様々な利権が複雑に絡み合った結果、雁字搦めでどこの勢力もおいそれと黒い森を削ることが出来なくなった。それはそうだ。黒い森から採れる魔界資源で利益を受けている者にとっては、森の規模が減ずることはそのまま財源が縮小することに等しい。魔物が人類の絶対的敵性存在である以上、表立って『黒い森を保持せよ』とは誰も言わないし、言えない。だけれど暗黙の了解として黒い森は保持されているし、これを損なう行動にはどこからともなく邪魔が入る。
ふざけた話だと思う。
馬鹿げた話だとも思う。
世に憚られる暗黙の紐帯、というリヒティナリアの一番よくないところが如実に表れている。だが生憎と、ここで採れる魔鉱石から創られる魔法具――とりわけ武具の類が魔物との戦いにおいて絶対不可欠なアイテムであるのも事実。魔物討伐の主力を担うのは魔法使いとはいえ、その魔法使いを支えて戦線を作るのは大多数のデミなのだから。
結局、魔物との戦いを続けていくためにはブラッドフォードの黒い森を保持して魔鉱石を採掘し続けなければならないのだ。
討伐者ギルドの支部は黒い森を封じ込めるために、これを全周包囲するように建設される。ロビーと呼ばれる討伐者の活動拠点となる施設を四方に配置し、各ロビーを繋ぐように結界構築用の障壁設備を建設するという形態が多い。しかしながら、ブラッドフォードの森は全周を包囲するには些か広大過ぎる。森自体の規模も然ることながら、その周囲に確保しなくてはならない緩衝領域である『境界域』まで含めれば、その延べ面積は考えたくもないほどだ。よって支部の形態としては四方のロビーという配置は他と同様だが、それらを繋ぐ障壁設備は断続的に一定間隔で結界基点を建造する形を取っている。要するに物理的に黒い森をぐるりと囲むのは諦めて、結界による魔法的な包囲のみを敷いているのだ。無論、そのぶん結界魔法の強度は他の追随を許さない強力なものとなっているようだが。
今回私達が訪れたのは、ロイエンタールの街に隣接しているロビーで、最も巨大なメインロビーだ。基本的にここの森で活動しているすべての討伐者が利用する場所であり、他のサブロビーを利用する場合は一度メインを経由して転移魔法で目当てのサブロビーに移動することが殆どだそうな。
ギルド支部の景観を一言で表現すれば、もう『要塞』としか言いようがない。
鉄骨と岩を積み上げて造られた頑強極まる武骨な砦である。まあ、黒い森から湧出する魔物を撃退するための前線拠点という役割もあるので、ギルド支部が戦に強い造形をしているのは至って自然な帰結であろう。
ただ、厳めしい外観に気圧されながらもロビー内部に足を踏み入れると、そこは意外なくらいに文明化されて整然としている。ギルド運営に必要な様々な仕組みが専用の魔法具により魔法化されシステム化されている。同じような景色をエンディミオンでも目にすることがあったが、つまりは最高峰の魔法教育研究機関であるエンディミオンに比肩するレベルで設備が整っているという意味である。
王宮のダンスホールもかくやという広大な円形を描くメインロビーは、壁面こそ岩肌も顕わな石積みだが、床面は磨かれた石材が画一的に敷き詰められて光を反射するほどだ。ただ、行き交う無数の討伐者達の力強い足跡に長年晒された石材は罅割れ、ある種の風格を感じさせる年季を刻み込んでいた。
そして、最も目を惹くのは中央に鎮座する巨大な水晶球である。
「あれってターミナル?」
傍らのルークに問うと、肯定の返事があった。
直径にして十メートル程にも届きそうな巨大な球体の表面には無数の情報が表示され、流れている。表面は弧を描いているはずだが、流れる文字列が平面同様に読み取れる不思議な感覚は、あれが魔法具であるが故なのだろう。
一番近いものを挙げるとすれば、エンディミオンの学生ロビーにある巨大モノリスのターミナルだろう。というか、機能的にはほぼほぼ同一の魔法具に違いない。
「魔物の目撃情報……分布傾向……新着の依頼……お役立ち情報……メンバー募集中のクランの宣伝」
切り替わり表示されていく情報の見出しを読み上げてみるも、中々にバリエーションに富んでいる。討伐者界隈に詳しくない私には理解が難しい情報が少なくないが、わからないなりに目で追っているだけでもそれなりに忙しいし楽しい。
「そのうちには『迷子のお知らせ』まで表示しそうな勢いね」
「ギルドに依頼で出せば表示されると思うぜ」
冗談にマジレスが返って来てなんとも言えない気持ちになる。
その間にも表示される情報は切り替わり、次には何かのスコアランキングのようなものが流れた。
「わぁ、クランごとのランキングなんてのもあるんだね」
「ああ。ここで活動してるクランに属してる討伐者の、稼いだ討伐スコアが一定期間ごとに集計されてんだ。んで上位のクランはああして宣伝できるってわけ」
「名前が売れるとどういう旨味があるんですか?」
「そりゃあ、有力なクランには強い奴が参加してくれる。それに後援者も付くんだぜ」
ノエルの疑問に答えたルークだったが、その言葉が意外で私も思わず口を挟んでしまう。
「クランにパトロンが付くの?」
「必ずしも、ってわけじゃないぜ。でも大手のクランには大抵どこかしらは付いてると思う。ノエルんとこはそういうの無いのか?」
「あるよ。ウチは東部が本拠の『パンドラ』に出資してるんだ」
「ぱんどら?」
小首を傾げた私の呟きに答えたのは、背後から聞こえた知らない男性の声だった。
「『パンドラ』とは『パンツァー・ドラグーン』の略称で、ランキングトップを独走しているAランククランのことだ」
私が振り向くと、そこに居たのは小柄な男性だった。初見の人物だ。
無造作に伸ばされた藍色の頭髪に、面立ちはそれなりに若いように見えるが、なんというか雰囲気が疲れているせいで若々しさは感じられない。小柄な体躯はひょろりと細めで、およそ身体を鍛えているようには見えない。その装いも白衣のローブ姿で研究者然としているように思う。
その男性に対してルークが「よう」と手を挙げて、男性のほうは無言だが頷いて返した。
どうやらルークの知り合いみたいだが、もしかすると同じクランの人だろうか。
彼は名乗るでもなく、ついと片手を挙げてグローブに包まれた指でターミナルを指した。
見ろ、ということらしい。
改めてターミナルに表示されたランキングを見てみると、成程トップに居るクランの名称は『Panzer Dragoon』となっている。クランの名称の後ろにはスコアが表示されているのだが、おそらくは魔物の討伐や依頼の達成で得られる数字であろうそれは、独走という表現の通り二位のクランを大きく引き離している。
そのまま背後からの声が説明する。
「パンドラは『黒竜卿』が率いる巨大クランだ。所属する討伐者の数は王国最大を誇り、このブラッドフォードを根拠地にしている本隊の他に、王国各地方の支部に子クランを有する。まあ子クランのスコアはあくまでも子クランのものだが、本隊だけでもマンパワーが他とは桁違いだからな。パンドラがトップの座から転落する日はまず訪れないだろう」
ランキングの集計に用いられる討伐スコアは加算式だろうから、人数が多いことは単純に有利なのだろう。そうであるならばクランに所属出来る人数というのは普通に考えて上限が決まっているのだろうが、もしかするとそうして上限を超えてしまった分の人員を子クランとして運用しているのかもしれない。
次に私が二位のクランに目を向けると、丁度いいタイミングで彼がそちらの説明に移ってくれた。
「二位につけているクランは『赤原の女帝』アウグスタが率いるAランククラン『赤原同盟』、通称『RPA』だ。ここは少々特殊なクランで、構成人員は女性しか居ない。男性優位の討伐者社会における女性討伐者の地位向上を標榜している、謂わば女性の女性による女性のための討伐者クランだな。ちなみに赤原というのは北方異民族である『ヤーシャ族』の暮らす土地を示す言葉だが、女帝がそこ出身らしいな」
へー。討伐者社会にも歴史ありってことね。
余談だが北方異民族のヤーシャ族と言えばアシュタルテ侯爵家のビジネスパートナーであったはずだ。王国の領地と帝国の領地の合間にはいくつかの異民族が暮らしていて、彼等は対帝国においてアシュタルテ侯爵家と共同戦線を張っているのである。詳しくは知らないけれども、基本的に王国貴族は北方異民族を『野蛮人』と蔑んで見下しているのだが、同じく野蛮の徒であるアシュタルテ侯爵家とは気が合うのだろうと専ら言われている。
そしてその下、三位には見知った名前がある。
「三位は『英雄伯』シリウスが率いる『剣の誓い』だな。俺やルークの所属クランだし、説明は要らないな?」
あ、やっぱりこの人も『剣の誓い』なんだ。
ちなみに一応これからお世話になるクランなので、概要程度のことは予習してきている。
「四位から七位まではBランククランだが、まあここまではランキングの常連だな。更に下となると混沌としていて入れ替わりも激しい」
以上、と雑に説明を終えた彼のほうへと、私達は今一度振り返った。
私と目が合うと、彼はローブのポケットに両手を突っ込んで視線を逸らす。そのままぶっきら棒に告げた。
「ロイドだ。『剣の誓い』で武器や魔法具のメンテナンスを担当している」
「はじめまして。私達は――」
私達が名乗ると、ロイドは視線を逸らしたまま無言で頷いた。
なんだろう。偏屈な雰囲気もあるし、ただシャイなだけにも見える。そんな彼に、元々顔見知りのルークは気軽に声を掛ける。
「ロイドさんが外に居るの珍しいよな。なんかあったの?」
「俺を引き篭りのように言うんじゃない。確かに普段はクランハウスに篭りがちだが何故俺がそうなっているのか少しでも考えたことがあるのか?いやいい、ないだろう。教えてやるてめえら揃いも揃って物使いが荒過ぎるからだ。連日のように持ち込みやがってメンテするほうの身にもなれと言いたいところなんだが。特にてめえら親子は酷過ぎる。百歩譲ってイザベルは許すが、シリウスとルークてめえはダメだ反省しろ砥石や鏨だってタダじゃねえんだぞ。なんで俺がこんなところでほっつき歩いてるかって?よくぞ聞いてくれたルークてめえが学院に通ってる間じつに半年間もほったらかしてくれた装備のオーバーホールのために資材が足りなくて調達しに来たんだよこのすっとこが」
かと思ったら、滅茶苦茶喋るし。
なおルークの装備というのは原作でもお馴染みだったあの大剣だろう。あれはただの鉄塊ではなくて軽量化を始めとした複数の魔法が施された上等な魔法具であるはずだが、そのメンテナンスを一手に引き受けていたのがこのロイドという男性みたいだ。
「職人さん、ってことかしら?」
「俺は刀匠でも鍛冶屋でもない。だが他に出来る奴が居ない」
私の呟きにロイドが反応したが、やっぱり視線は逸らされたままだ。
彼はその後ルークにいくつかの小言をぶつけ、ふらりふらりと不安になる足取りで去って行った。その背中が雑踏の中に見えなくなってから、私とノエルは顔を見合わせた。
「全然こっち見なかったね。あの人」
「ええ。人見知りなのかしら」
まあ、これから会う機会も増えるだろうし、人となりは追々わかっていくだろう。
親しくなったらそれはそれで先程のルークのように怒涛の口撃を受けそうなのがなんとも言い難いところだが。
その時、私の袖がくいくいと引かれた。
従者らしく黙って控えていたリゼルだ。
「どうしたの?」
「お嬢、あのロイドってひと……」
「ええ」
彼が去って行ったほうを見ながら、リゼルは至極真面目な顔で、言った。
「どーてーだな。間違いない」
勿論、私はリゼルの頭をひっぱたいておいた。




