325話_side_Militear_少し前_クライエイン商会
~"もう一人の転生者"ミリティア~
昼食後、私達はクライエイン商会の事務所を訪ねた。道中の手配はすべてトビアスがやってくれたので、私はリゼルと手を繋いで彼の後ろをついて歩き、用意された馬車に大人しく乗っていただけである。気付いた時にはすべてが整えられていて、私が口出しをする隙もなかったというか、トビアスからの『大人しくしていてください』という無言の圧力が凄かった。
昔の話を少しだけすると、私って前世があれだったから、ミリティアに生まれ変わってからは健康な身体がなによりも嬉しくて、長く苦しい入院生活の反動で行動力と好奇心爆発させてそれはもう方々を走り回っていた。幼少期のミリティアさんに対する周囲の認識は誇張でもなんでもなく『目を離すと何をしでかすかわからない』である。移動中に馬車から勝手に降りるわ、ドレス姿で藪に突っ込むわ、あろうことか木登りし始めるわ、列挙すると本当に酷いな私。行動は堪え性のないお子様そのものであっても中身は一応それなりの年齢なのだし、私は私なりに判断して本当に危ないこととかは自重して動いては居たのだけど、傍目から見てそんなことはわからないわけで。私にもしものことがあれば真っ先に責を問われるのは同行していた使用人達なので、馬車の御者とか御付きのメイドとかは気が気でなかっただろう。今は反省している。
私は運動音痴で体力もないから独りで遠くには行けない、ということだけが周囲にしてみれば救いだったのだろうけど、しかし私が藪の隙間に突っ込んで行ったからとて大人のメイドが同じ道を追って来られるはずもなく、いわんや木になど登られた日には下でハラハラしながら見守ることしか出来ない。そんな日々に甚大なストレスを蓄積させた憐れなメイド達がとうとう私の両親に『お嬢をなんとかしてくださいもう無理っす(意訳)』と泣き付いた結果、満を持してあてがわれたのが誰あろうトビアスであった。当時はまだ執事ではなく見習いという立場であったトビアスは、しかし当時から体格に優れ、それ以上に洞察力に優れていた。彼は瞬く間に私の行動傾向を理解すると、私が好奇心に導かれて突拍子もない行動を起こそうとする瞬間に先回りしてその首根っこを引っ掴んで阻止してくれたものである。
とまあ、そんな歴史を経て私専用の洞察力がどんどん培われていった結果、順当に私の専属にされてしまった可哀そうな執事がトビアスという男なのだ。十年の付き合いは伊達ではないので、今となってはトビアスは視線の一睨みだけで私を思い留まらせることが出来る。トビアスに睨まれると思わず背筋を伸ばして直立不動になってしまうのは所謂条件反射。私はトビアスにすっかり調教されてしまった元暴れ馬なのである。
あれ、もしかして彼の視線が鋭くなり過ぎた原因って私か……?
クライエイン商会を訪ねて受付で名乗ると、ノエルが事前に話を通しておいてくれたらしく私達は奥へと通された。私達というのは私とリゼルの二人であり、トビアスは今後の生活基盤構築のために別行動だ。一応その辺のことはノエルの好意でクライエイン商会が融通してくれることになっているので、トビアスは商会の人間と支払い等の交渉をしに行ったのだろう。
ちなみにクライエイン商会の現会長がノエルの父親なので、ノエルの立場は経営者の娘ってことになる。現在このロイエンタール支部に滞在しているクライエイン家の人間はノエルだけで、彼女のご両親は別の拠点を忙しく飛び回っているようだ。
商会の従業員に案内されて辿り着いた一室には、いつものほんわか笑顔で私を出迎えてくれるノエルと、何故か当然のように寛いでいるルークの姿があった。
「いらっしゃいませ、ティアさん。道中は順調だった?」
「ええ。おかげで予定よりもだいぶ早く着いてしまったもの。それより――」
「ようミリティア!久し振り!」
「っていうほど久しくもないけど、ごきげんよう、ルーク」
どうやら彼等はお茶を片手に雑談をしていたようで、お行儀よく座るノエルと、椅子を傾かせてバランスを取って遊んでいるルークの対比がなんとも『らしい』姿ではあった。
というかルーク貴方、リタの婚約者になったくせに他の女の子の部屋で二人きりでお茶してるってどうなのそれは。この部屋って商会への来客に対応するための応接室の類ではなくて、内装を見るにどう考えても従業員や関係者が滞在するための場所だ。つまり実質ノエルの私室である。
私が半眼でルークをねめつけていると、彼は何も察していない表情で首を傾げ、ノエルはそんな様子を控えめな苦笑で眺めていた。
なんとなく察したわ。どうせノエルがその辺やんわりと説いてもルークにはいまいち通じなかったんだろうな。
「ルークは何故ここに?」
「いやそろそろ誰かしら到着する頃かなって思ってさ。見に来たんだ!」
チラリとノエルに視線を向けると、彼女は苦笑のまま頷いた。察するに思い付きでアポなし突撃して来たルークに、人の好いノエルは追い返すのも忍びないと思ったんだろう。それで都合よく私が到着してしまったものだから、結果的にはナイスタイミングだったのかもしれないが。
まあ、差し当たり私が言っておくべきことはこれだろう。
「到着したのが私で悪かったわね」
「ん?なんでだ?」
きょとんとしたルークに、私もきょとんとする。
「なんでって、リタに会いたかったんじゃないの?」
待っていればこちらから訪ねるのに、待ちきれないとばかりに出向いてきた理由ってどう考えても恋人に会いたいからでしょ。というかそうであれ。
私の内心を他所に、ルークはにかりと邪気のない笑顔を見せた。
「リタだけじゃなくて、ミアベルにもレックスにも、勿論ミリティアにも会いたいと思ってたぜ!」
「…………ノエルぅ」
そう言ってくれるのは嬉しいがそこはリタを立てろよ。私は『こいつどうしてくれようか』という思いを籠めてルークを指差しながらノエル先生の意見を伺うと、先生は「ここがルークさんの良いところだよね」と聖人みたいな感想をくれた。
ところがどっこい私は聖人とは程遠い三羽烏なので、普通にルークを睨んでしまう。
「貴方リタと婚約したんでしょ。そこはリタを最優先しなさいよ」
「うーん、それなぁ」
「んん?」
思案気な顔をしたルークに私は目を瞠る。思ってもない反応にノエルも目を瞬いていた。
まるでリタとの婚約に思うところがあるような仕草ではないか。
「どうかした?」
「いや、婚約っていうけど、あれってウチの親父と母さんが強引に進めたような話だろ?ってかような話なんだけど、それはどうなんだって気がしててさ」
「どうもなにも、それ以前に貴方とリタが交際し始めたのは貴方達の意思でしょうに」
「確かにそうなんだけど」
尤も、花告祭から数えてまだ半月ちょっとしか経過していないので、交際期間も知れたものだが。
煮え切らないルークに、私とノエルは顔を見合わせた。なんかルークってこういう話題にはあっけらかんとしてるイメージあったから、彼がなにを憂慮しているのかがいまいちよくわからない。
彼は背凭れに体重を預けて椅子をギシギシさせながら天井を眺めて口を開く。
「だから婚約ってのは拙速に過ぎるってか、気が早いんじゃねえかなって」
「嫌なの?」
「嫌だったら告ってねえって」
そう言ったルークの表情に嘘はなさそうで、とりあえず最悪の事態ではないようで安心した。
では何が問題なのか、と私は腕を組んでルークを問い質す。
「家格の差があんだろ。その辺は俺よりもミリティアのほうが詳しそうだけどさ、要はウチの親父がリタの親父さんに言ったら、向こう断れねえわけじゃん」
「断る気があったかはともかく、力関係はそうね」
正直なところ、それに関してはリタがベリエ男爵家でよかったと思っている。下手に政治的な影響力のある家の令嬢だったりしたら、全然関係のない外野からの横槍が入る可能性が高いのだ。なんと言っても、貴族社会で幅を利かせている連中にとって、英雄伯家が政治的なパワーを得るというのは悪夢に他ならない。英雄伯という肩書は伊達ではなくて、文字通りの英雄としての影響力がある。それは魔王との戦いにおける過去の栄光ではなく、現代においてもそうだ。王国貴族は権力の代償に背負った義務として、人類の先鋒として魔物と戦わなくてはならない。その時に最も危険な最前線に立たされるのは上位の貴族に逆らえない下位の家系の者達だ。そんな者達にとって、英雄伯家はまさしく心の拠り所にして旗印である。
何故ならば、本当の窮地が訪れた時に共に立ってくれるのは誰か、というのがわかっているから。
強大な魔物が現れた時。オンスロートが発生した時。上位の貴族は決して矢面には立たないだろう。下位の貴族に『死んでも戦え』と大上段から命じるのが目に見えている。別にそれが悪いこととは言わない。権力構造的には至って真っ当だし、上位の貴族はそれだけ国家運営において重要な責務を担っている場合が殆どなのだから、同じ貴族といえども下位の者達とは文字通りに命の重みが違うのだ。
しかし、だからとてすんなりと納得出来ないのが人情だ。
英雄伯家は違うのだ。誰に言われずとも最前線に立って戦うだろう。これまでの実績として、それを疑いなく信じられるから、英雄伯家は下位貴族の英雄足り得る。
これがどういうことかというと、つまり英雄伯家が旗を振れば、下位貴族の多くが共に立つのだ。
即ち、英雄伯家が本気でこの王国内で実権を握ろうとすれば、それはあまりにも容易く成し遂げられることだろう。四大貴族のような不動の大貴族はさて置き、その下で日々権力闘争に明け暮れている多くの中堅貴族においては、間違っても英雄伯家に政治欲を出して欲しくないし、そういう輩と昵懇になって欲しくもないのである。
なお他人事のように言っているが、それは我が実家のハートアート伯爵家も例外ではない。ただし、どちらかというと辺境寄りのハートアート家はそもそも中央政治に関与することがほぼない。とはいえ中央が荒れれば否が応にも地方への波及は避けられない。だからどうか巻き込んでくれるなと、貴族社会に波風を立てて欲しくないという消極的理由で英雄伯家には今まで通りに討伐者をやっていて欲しい。
まあ、見たところ目の前のルークはぼんやりとそんな背景を察しては居そうだが、具体的に危惧を抱いている風ではない。彼の視線はもっと身近なところに向いていて、
「リタのさ、プレッシャーになってんじゃねえかな。って」
ルークは小さく嘆息する。
「外堀埋めて、退路を塞ぐみてえな真似だ。俺が不甲斐ねえから親父達が将来を心配してんのはなんとなくわかってんだ。だから親父や母さんを悪く言うつもりは毛頭ねえ。そのせいでリタが苦しんでるとしたら、それは俺だけのせいだ」
普段の姿からすると意外なくらいに思慮深い瞳でそう語るルークに、私とノエルはもう一度顔を見合わせた。
見れば、ノエルは目を細めてにこにこと笑っていた。たぶん私も同じような顔してると思う。
嬉しいのだ。
ルークがちゃんとリタのことを考えてくれているのが。
リタがルークとの想いを通じ合わせて、そのことでどれだけ喜んでいたか知っているので、それがリタの独りよがりでは絶対になかったとわかって、とにかく嬉しいのである。
ノエルが、ぽふ、と手を合わせた。
「なら、ルークさんはちゃんとお話をするべきです」
「親父と?」
「おばか。その前にリタと、でしょ」
私が言うとルークはまた煮え切らない顔になる。
おおかた、家格の差の話は自分とリタにも当て嵌まるので、リタに話したところで無理強いになるだけとか、似合わないことを考えているんだろう。たぶん、ルークだって初めての感情を持て余しているのだ。だから彼が今日クライエイン商会を訪れていたのは、もしかするとリタと会う前に誰かに相談をしたかったからかもしれない。
「私が偉そうに言うことじゃないけど、貴方とリタの二人の話でしょう?だったらやきもきしてないでまずはリタと話しなさい」
「それでリタさんが『耐えられないっ』って言うならちょっと考えないとだけど……たぶん、全然大丈夫だと思うな」
私達の言葉にルークが不安げに「そうか?」と訊いてくるので、私とノエルは揃って頷いて見せた。
実際、リタが若干気後れしてるのは事実だと思う。でも大丈夫。それ以上にあの子ルークにべた惚れだから。てかそもそもプレッシャーに負けるような子じゃない。上から叩き潰されたら折れるどころか『がるる』と牙を剥いて立ち上がるのがリタという少女だ。
話して少しだけ気が晴れたのか、ルークがいつも通りの笑顔に戻る。
「そっか……そうする。さんきゅな!」
「健闘を祈る。でもリタを泣かせたらぶっ飛ばすから。ノエルが」
ノエルが渾身のよわよわチョップのジェスチャーをして見せると、ルークは「そりゃ怖い」と笑った。
それから彼は「ところで」と私の背後に視線を向けた。
「ミリティアの後ろのそいつは、お前んちのメイドか?」
「ああっ、というかティアさんごめんね!ずっと立たせたままでっ」
残念ながらこの部屋には椅子が二つしかない。ここまでのやり取りの間、私とリゼルはずっと立ちんぼである。
ノエルは座っていてくれていいのだ、部屋主だし。でもルークにはレディに椅子を譲るくらいの気遣いは見せて欲しかった――無理か。ルークだし。そんでもって一番責められるべきは勿論リゼルだ。メイドなら主人のために椅子を探しに行くくらいのことはしてくれ頼むから。
そんな私の内心は露知らず、リゼルはいつもの茫洋とした目のまま立ち尽くしている。
「はぁ……ウチでメイドの見習いをしてるリゼルよ。ほらリゼル、挨拶くらいはしなさい」
私が肘で小突くとリゼルはハッとして、そして何故かぽてぽてとルークへと駆け寄った。
そのままルークをガン見しながら周囲をぐるぐると旋回し始める。突然の奇行に流石のルークも狼狽えた様子だ。
「な、なんだなんだ?」
一頻りルークを観察したリゼルは私のところに戻って来て、そして申し訳程度に声を潜めて言った。
「お嬢のこれですかい?」
これ、と言って見せたのはピンと立てられたちっちゃい小指だ。どこで覚えたんだそのおっさんくさいジェスチャー。
私はリゼルの綿毛頭を手加減抜きでひっぱたいた。
すぱぁん!といい音が鳴る。
「リゼルさぁん?お前は今までの話の何を聞いていたのかしらぁ?」
「え……聞いてなかったに一票」
「聞いとけ!」
すぱぁん!ともう一発。
おかしいな。私がおかしいのか。ていうか教えて欲しい。一体この距離でどうやったら会話を聞き逃せるというのか。この部屋に入ってからこの方、ずっと立ったまま寝ていたとでも言うのかこいつは。
「ね、寝てない。リゼルは寝ていたわけではない。信じてお嬢」
「起きてたのに一切会話を聞いていなかったの?」
「そういうことになる」
「なお悪いわ!」
すぱぁん!
「え……あ、じゃあいっそ寝てたほうが良かったという説が……?」
「ないわ!」
すぱぁん!
「お嬢、それ以上叩くとリゼルが馬鹿になる」
「貴女、よくこの流れでその台詞が宣えたわね……」
まるで、まだ自分は馬鹿ではないとでも言いたげではないですかこのおバカ。
などと(図らずも)漫才を繰り広げる私達に、ルークとノエルは『だいたいわかった』みたいな生暖かい視線をくれた。
・誤字報告してくださった方が居たので補足ですが、リゼルがジェスチャーで小指を立てているのはわざとです。リゼルは主人想いの出来た従者なので、ちゃんとミリティアがツッコミを入れやすいように気を遣っているのでしょうたぶんきっと。




