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悪逆令嬢のうろ覚え救済論(旧題:輪廻転生って信じる?)  作者: Lynx097
七章_小夜啼鳥は朝を待つ

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324話_side_Militear_少し前_ブラッドフォード伯爵領



 ~"もう一人の転生者"ミリティア~



 ブラッドフォード伯爵領最大の街であるロイエンタールの馬車鉄道駅にて、私は長旅に凝り固まった身体を解しつつ景色を眺める。

 思いのほか順調な旅路で、想定よりもだいぶ早く目的地に着いてしまった。些細な要因で馬車の出発予定が一日ズレるとかザラにある社会なので、長距離を移動する際はそういう誤差を見込んで予定を立てるものだが、それが早まる方向に振れるとまあ、こうなるわけだ。



「うーん……異世界だなぁ」



 今更なことを呟いてみる。

 初めて訪れたブラッドフォードの景色は、見慣れたハートアート領のそれとは相当に異なる。王国北西部に位置するハートアート伯爵領は領地の多くが森林地帯であり、それは未開拓という意味ではなく林業を領の特産としているからなのだが、それ故に領民の暮らしも自然に寄り添ったものになる。そんなハートアート領の特色はとにかく閑静で、ひんやりと清涼な空気感と森の香りが領民の原風景なのだ。

 対するブラッドフォードの地が、とりわけこのロイエンタールという街がどういう場所かというと、これがもう『鉄と火の街』としか表現のしようがない。

 駅の景色からしてそうなのだが、視界の中でとかく存在を主張するのは金属の色彩だ。磨かれ抜いた金属光沢、あるいは赤錆びてザラつく質感。建材としては石と木が主流であるこの王国において、ブラッドフォード伯爵領は鉄筋化の急先鋒と言える。そしてその色に勝るとも劣らない程に存在を主張しているのは、街の至る所からもうもうと立ち昇る白いもやである。

 半分は煙で、もう半分は湯気だ。

 鍛冶場の炉から立ち昇る白煙と、温泉から立ち昇る湯気。

 ブラッドフォード伯爵領最大の街であるロイエンタールは今となっては東部最大級の黒い森を擁する討伐者の街という印象が強いが、元々は鉱山街であると同時に温泉街であったという。鉱山に分け入り豊富な鉱物資源を採掘し、熾した火で打って鍛え、熱気に汗して温泉で流す。ついでにがははと笑う。そんな場所だ。今尚その気風は領民に根強く受け継がれており、白煙の熱気と鉄を打つ音、そして陽気な笑い声がブラッドフォードの原風景なのだろう。


 勿論、私にとってはなにもかもが目新しくて新鮮だ。

 もしかしたら、前世の地球でも世界を旅すれば同じような景色に出会える場所もあったのかもしれない。だけどそれ以前に生まれ育った日本の景色ですら碌に知らない私にとっては、結局大抵の場所が異世界的なのである。


 ふと、状況に既視感めいたものを覚える。

 少し前にも、学院の展望台でこうして異世界的な風景を眺める機会があったな、と。

 あの時、私の隣に居たのはプリムローズだったが、彼女は今どこで何をしているのだろうか。

 また、私と彼女が同じ景色を見る日は来るのだろうか。



「プレゼンしろ、ねぇ……」



 碌な就労経験もなければ、義務教育すら完了出来なかった私に無茶を言ってくれる。

 レックスとかはすごい得意そうだけど。そういうの。


 私は溜息を吐いて、意識を切り替える。

 まずは目前のことだ。


 さて、異世界の街並みを散策したいのは山々だが、生憎と私はここに観光に来たわけではない。そういうのは余暇の時間を使って楽しめばよろしいので、まずはこれから暫くを過ごすことになるこの街での生活基盤を整えなくてはならない。

 まるきり初見、伝手も無し、では二進も三進もいかないので、差し当たりはこの街で商売を行っているクライエイン商会を頼らせてもらうことになる。知っての通りノエルの実家である。このロイエンタールにて現地集合することになった私達が、予め定めておいた集合場所がクライエイン商会のロイエンタール支部というわけだ。



「お待たせしました。お嬢」



 と、背後から聞き慣れた声が聞こえたので私は街の景色から視線を切って振り向く。

 そこで大荷物を抱えて姿勢よく立っていたのは、ウチの実家で雇っている使用人で、一応私の専属執事ということになっているトビアスという男性だ。確か今年で二十五歳になるはずの年若い使用人なのだが、外見の印象はとにかく貫禄があって『仕事出来そう感』が迸っている。肩幅が広くて結構いいガタイをしているが、同時にかなりの長身なのでシルエットはスッと細身に見える。彫りの深い顔立ちは間違いなく美形なのだけど、尋常ではなく目付きが鋭くて、しかも眉間の皴が標準装備なものだから威圧感が先に立つ。昏い色味の青髪はぴっちり綺麗に撫で付けられていて、そして大きな黒縁メガネがトレードマークなのである。

 勿論、見掛け倒しではなく外見の印象通りに仕事が出来る超有能執事である。

 なお黒縁メガネは伊達眼鏡で、あまりに視線が鋭いのでどうにかしろとウチの父に苦言を呈されて以来、眼力緩和のために掛けているようだ。あまり効果はないのが正直なところだが。



「意外と早かったのね、トビー。もう少し時間がかかると思っていたわ」


「いえ。待ちに徹していては埒が明かないので、少々手を出しました」



 何の話かというと、別に大したことではない。鉄道馬車に乗る際に預けてあった荷物を取りに行ってもらっただけだ。

 ハンドキャリー出来る範疇を超えた荷物は馬車の積み荷と一緒に乗せてもらうことになるので、当然目的地に着いた後は駅員による荷下ろしを待たなければ回収出来ない。だからトビアスの働き如何に関わらずそれなりに時間は掛かるだろうなと思っていたのだが、どうやらトビアスは私を待たせないためにわざわざ駅員の仕事を手伝ってまで荷物を回収してきてくれたようだ。



「助かったわ。ありがとうトビー」


「何程のこともありません」



 素直に礼を言うと、トビアスは険しい表情と硬い声音で答えた。特に不機嫌なわけではなく、これがこの男の常である。というか私と彼はかれこれ十年以上の付き合いになるので大概わかっているが、むしろ今のトビアスは若干機嫌がいいくらいだ。

 その時、誰かが私の袖をくいくいと引いた。



「お嬢、お嬢」


「ん?」



 そこに居たのは今回の旅路のもう一人の同行者。

 ハートアート家に仕えるメイド見習いのリゼルだ。私よりも一つ年下で、小動物じみた仕草が目立つ可愛らしい風貌の少女だ。プラチナブロンドの頭髪は癖っ毛がすごくて、まるで綿毛みたいにふんわりとふくらんで見える。碧い瞳はいつだって眠たげな半眼で、視線も大抵茫洋としていてどこを見ているのかよくわからないこともしばしば。そして視線の行方以上にそもそも何を考えているのかもよくわからない。そんな少女だ。

 私の袖を引いたリゼルはとある方向を指差して言う。



「お嬢、あれ食べてみたい」


「あれ?」



 指差すほうに目を向けると、軽食屋のような店構えが遠くに見える。昼も近いこの時間、既にそれなりに賑わっているらしい。のぼりに謳われた文句を読み取るに、どうやらこの街の名産らしい食事を取り扱っているみたいだ。

 眠たげな眼を期待に輝かせるリゼルに、トビアスが頭痛を堪えるような仕草を見せる。



「リゼル君……貴女は自分がなんのためにここに居るのか忘れていませんか?」


「え……?」



 トビアスの言葉に反応したリゼルは私の袖から手を離し、どこともしれない場所を茫洋と見上げながら三秒くらい考えた。



「観光……?」


「違う」



 考え付いた答えはトビアスの鋼の声に即両断された。

 するとリゼルはまた瞳の奥をぐるぐるさせながら三秒くらい考えた。



「あ。お土産買わなきゃ……」


「それは最終日にしなさい」



 思い付いた答えはトビアスの疲れた声にやんわりと否定された。

 するとリゼルはまたもやぼんやりと三秒くらい考える。

 一生掛かっても答えに辿り着かない気がするので、私はリゼルの視界をひょっこりと覗き込むと、無言で自分自身の顔を指差して見せる。リゼルはウチのメイド見習いであり、この場に居る理由は言うまでもなく私の世話をするためだ。まあ、厳密にはそれより重要な役目が一つあるのだが、どちらにせよ私のために働くことには違いない。

 私達の財布を握っているのはトビアスなので、彼を納得させなければ買い食いもままならない。だからリゼルが目的を果たすためには彼の望む答えを言うしかないのだ。

 私の顔をぼんやりと眺めたリゼルは、ふいにハッとした。具体的には眠たげな半眼がコンマ5ミリくらい見開かれた。珍しい反応に私もトビアスも揃って期待を抱かずには居られない。

 私達の期待の視線を一身に浴びたリゼルが口を開き、



「お嬢、あれ食べたい」


「「…………」」



 あれ、と指差したのは件の軽食屋である。

 どうやらリゼルの思考回路は一周回って元の位置に戻って来たらしい。



「リゼル君……私の質問の答えがまだなのですが」


「え……。なんだっけ」


「自分がなんのためにここに居るのか忘れていませんか?」



 おおー、と私は内心でトビアスに拍手を贈る。よくめげないね、っていう意味で。

 するとリゼルは謎の虚空を見詰めながら三秒くらい考え、



「観光……?」


「違う」


「あ。おみ」


「土産物を見繕うのは後日にしてください」



 ループ2週目の強みを活かしたトビアスに皆まで言わせず完封されて、リゼルはまた暫し考えた。

 それはもう三秒くらい考えたのだ。

 そして彼女は何かに気付いたように、徐に私の袖をくいくいと引いた。私は諦めの境地で笑顔を浮かべた。



「なぁに?」


「お嬢、あれ食べたい」


「ええ。いいわよ」



 不毛さを悟った私が快諾すると、リゼルは全然トーンが変わらない声で「わ~~~~~~い」と念仏みたいな快哉を上げた。

 トビアスが非難めいた一瞥をくれたので、私は首を窄めた。



「お嬢、リゼル君をあまり甘やかしては、」


「どの道昼食は必要でしょ」



 私の袖を引いたまま歩き出すリゼルに半ば引き摺られながら言うと、トビアスも諦めたのか溜息を吐いた。

 彼は三人分の荷物を軽々と抱え直すと、私達の後について歩き出す。なんだかんだと苦言を呈する彼も、リゼルが一番大事な役目を全うする限りにおいて、その他の多少のことは目溢しするつもりでいるのだろう。


 専属執事のトビアスの役割は雑事全般。

 そしてメイド見習いであるリゼルの役割は、私の護衛。

 この眠たそうな少女はその実、トビアスが百人がかりで襲い掛かっても歯が立たないくらいに強いのである。



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― 新着の感想 ―
サヴァンが多い。
[一言] メイドとはフリーダムなものと見つけたり 護衛メイドはご主人様のお世話と護衛を同時かつ十全に両立させねばならない修羅の道ですね。難易度高い。 頑張っておやつもごちそうになろう
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