319話_side_Marguerite_少し前_ベリエ男爵領
~"騎士の卵"マルグリット~
ミリティアの提案がきっかけで、あたし達は学院の長期休暇を利用して討伐者としての活動を行うことになった。
主な活動場所はブラッドフォード伯爵領のギルド支部。ルークの伝手で、そこで活動している討伐者クラン『剣の誓い』にて面倒を見てもらえることになったからだ。あたし達は一度それぞれの実家に戻って、それからブラッドフォード領で現地集合することにした。
ちなみに面子はミアベル、ノエル、ミリティアの三人(所謂イツメン)に、レックスとルークを加えて合計六人だ。
目的地であるブラッドフォードから最も家が遠いのはミリティアで、彼女の実家があるハートアート伯爵領は王国北西部に所在している。おそらくはフォンテ伯爵領経由の鉄道馬車を利用してブラッドフォードを目指すことになるのだろうが、まあ彼女の実家はあたし達の中で(たぶん)最も財力があるので、それだけ選べる移動手段も多く、なんとでもするだろう。
次に遠方なのはレックスとミアベルのコーリッジ男爵領組だ。あそこの領は王国西部のちょっと南方寄りで、主要な鉄道路線までは少々距離があったはずだが、これもどうとでもなるだろう。
それからノエルの実家であるクライエイン商会は主に王国東部を拠点にして商いを行っているので、現在の活動圏にそもそもブラッドフォードが含まれているそうな。もしかしたらノエルは既にブラッドフォードの地でルークと一緒に他の皆を待っているくらいの勢いかもしれないな。
で、問題はあたしである。
ウチの実家があるベリエ男爵領は王国東部の辺境だ。少し前に英雄伯夫妻がブラッドフォードからここまで突撃してきたことがあったけど、そのことからも判断出来るように、実はブラッドフォードからの直線距離だとそれなりに近いのだが、その直線上のルートにはベリエの黒い森が横たわっている。
ルークの両親はあろうことか黒い森の真っ只中を突っ切って来たが、勿論あたしにはそんな真似をする度胸はない。ベリエの黒い森は相当に小規模で、出現する魔物は基本的にちゃっちい雑魚ばかりであるが、それでも厄介な種がまったく居ないわけではないし、当然ながら中心部には魔界とのゲートを備えている。罷り間違ってそこに迷い込んだりしたら最後、あたし程度では到底太刀打ち出来ない強力な魔物に襲われる可能性が高い。
そしたらどうするのかと言うと、当たり前だけど黒い森を迂回して移動することになる。
更なる問題は、だからといって迂回したところで交通の便が良いわけではないということだ。というか鉄道馬車なんて言わずもがな存在しないし、駅馬車すらも通ってないので、ベリエ男爵領ってある意味陸の孤島みたいなもんだ。元々、祖父の代までは黒い森そのものであった場所だ。森を焼き払って戦功を上げた祖父が領地として賜ったのがベリエ男爵家の始まりであるが、つまるところまだまだ再興どころか最低限の整備すら出来てない場所が大部分を占めているのである。
領内を移動する場合は基本的に徒歩か馬。ウチの実家は移動用の馬車なんて上等なものは持っていないが、騎士系の家なので騎馬には事欠かない。あたしも当然の嗜みとして馬に乗ることは出来るので、移動手段はこれで決まり。あとの問題は、誰があたしを送っていくかということだった。
ベリエ男爵領は田舎過ぎて、特別に治安が悪いということはないけど良くもない。というか治安維持という概念が浸透していない場所がわりと多い。そういう地域はどこに野盗の類が潜んでいてもおかしくないし、そうでなくとも野生の魔獣が跋扈している場合もあるのでそれなりに危険だ。悪いことに街道の整備も当たり前に行き届いていないので、要するに絶対にそういう地域をある程度は通行しないといけない。学院から実家に帰ってくる時は父が領地の騎士隊を率いて訓練がてらにあたしを迎えに出てきてくれた。今回のブラッドフォード行きは完全にあたしの都合というか我儘なので、わざわざ父達に護衛という名の送迎をしてもらうのは心苦しい。
というようなことを、学院に居る間にルークに相談してみたのだが、すると彼は何でもないように、
『んじゃあ、ウチのクランから迎え寄越すわ』
などと宣ったのだ。
そんな安請け合いしちゃっていいのかとか以前に、まずルークにそんなことを決める権利があるのか。クランリーダーの息子だからそれなりに発言力はあるのかもしれないが、それで『剣の誓い』の人達にわざわざあたしを迎えに来てもらうって、それ父に掛ける迷惑の比ではないくらいに心苦しいんだけど。
戦々恐々するあたしをほっぽって何処かに出掛けて行ったルークは、なんと半刻後にはあっさりと話を纏めてきたのだ。
そんなこんなで現在、あたしは馬に乗って領内の黒い森の外縁――所謂『境界域』を進んでいるわけだが、同行者は二人。
同じく馬に乗っている男女で、浅黒い肌に赤銅色の頭髪と、筋骨隆々の体躯が特徴的な中年男性――グレン・スデイ・ヴァルトラウテさんと、カメリア色の長髪と愛嬌のある笑顔が印象的な妙齢の女性――シビル・ストーンさん。二人とも『剣の誓い』に所属している討伐者であり、あたしにとってはそれ以前に学院で外部指導員として活動している人達であるという認識が強い。特にグレンさんはあのクロエの叔父であるし、アリーナでプリムローズさんとタッグを組んだ人物でもあるので比較的印象深い。あたしはその戦い見れなかったんだけども。
学院が休暇に入れば外部指導員である彼等はエンディミオンに留まる理由がなくなるわけで、順当にクランに合流して討伐者活動を再開するつもりだったグレンさんとシビルさんに、ルークがあたしの送迎を頼んだという経緯だった。
「リタあんた、まぁだ気にしてんの?」
馬で並走するシビルさんが、長髪を風に緩く靡かせながら、あたしの顔を覗いて苦笑する。
「いや、だって……」
そりゃ気にするでしょうって。
あたしなんぞのために彼等のような実力者をこんな辺境くんだりまで遠征させてしまっているのだ。この往復の時間があれば、彼等がどれだけクランに貢献する働きが出来ていたと思うと普通に胃が痛い。
あたしがもごもごしているとグレンさんが嘆息気味に言う。
「先にも言ったが、気にする必要はない。どうせキミやルークが何を言わずとも、シビルは勝手に来たことだろう。俺を引き摺ってな」
「にしし。そゆこと。だって気になるじゃん?ルークの、か・の・じょ!」
シビルさんに悪戯っぽい流し目を送られて、あたしは馬上で赤くなって縮こまるしかない。
彼等曰く、ルークの頼みであたしへの迎えを寄越すことになったのはクランとしての判断だが、その人選は完全無欠にシビルさんの独断専行らしい。というか周囲を黙らせて来たと言ったほうが正しそうだ。
なんで『剣の誓い』がそこまであたしに便宜を図ってくれるのかというと、
「それに、キミが将来的にルークと婚姻を結ぶのであれば、つまり我らのクランの一員となるということだ。未来の仲間を扶助するのは当然のことだろう」
「あっはい、あの、その、ええと、まだ、その……」
あたしとルークはまだ婚約者というだけであって、必ずしもあたしが英雄伯家に嫁入りするとは限らないわけで、と言いたいのだが全然舌が回らなくて意味不明な言葉をもごもごすることしか出来ない。
「まだ婚約しただけだもん!とか思ってる?甘いなぁ~。言っとくけどイザベルさんってば、もうあんたを逃がす気微塵もないと思うよ」
「え、えぇ……?まだあたし、会ったこともないのに」
ちなみにイザベルさんとはルークの母親のことだ。
英雄伯夫妻によるベリエ家襲撃事件の際にウチの両親は面通しを済ませているが、肝心のあたし自身はまだルークの両親に会ったことはないのだ。この休暇中に『剣の誓い』にお世話になるとなれば、まずは彼等に挨拶をするのがあたしの大事なミッションであり、今から緊張したりもしている。なんせ、あたしは敬語が上手くないから、変なこととか失礼なこと言っちゃいそうで。
「いや~、そんだけ奇跡的だったってことよ。あのルークが女の子に興味持ったなんてさ。ねえグレンさん?」
「うむ。まあな。そうなると少しばかり、マクダレーナが不憫ではあるが」
「あーね。まあ、あっちのケアはイザベルさんに任せましょうや」
知っている名前が出てきて、またあたしの胃がきりきりし始める。
それもまた気まずいのだ。だってマクダレーナ先輩も『剣の誓い』の一員なのだから、もしかしなくてもこの後会うに決まっていて、しかもそこにルークも居て、もうなんというかあたしはどうすればいいの!?って感じだ。
「にしてもぉ……」
「?……なに、です?」
シビルさんが馬を寄せて意味ありげに視線を送ってくるので、あたしは首を傾げる。
「いや、ルークのヤツ。唐変木のくせにいっちょまえに面食いだったんだなぁと」
「へ!?あいや、あたしなんて」
ぶんぶんと首を振る。
あたしの容姿なんて周囲の美少女ども――ミアベルとかミリティアとか、イオとかプリムローズさんとかそれこそマクダレーナ先輩とかに比べれば平々凡々も良いところだ。こう言っては失礼だが、容姿レベルはシビルさんと然程も変わらないと思う。
別に不細工ではないけど、美人かと言うと『うーん?』って感じ。表情や雰囲気による補正を考慮に入れると、笑顔が素敵なシビルさんのほうがあたしなんぞより余程魅力的な女性であるのは言うまでもないが。
「謙遜すんなって!ねえグレンさん、野郎目線でもそう思うよね?可愛いよね?」
話を振られたグレンさんは「ふむ」と片手で顎を撫でた。この人、見るからに『武骨漢です』っていう見た目してるけど、こういう話題にも意外なくらいに柔軟に応じてくれるようだ。
「そうだな。というか、姉のユーフォリアを見れば、マルグリットの容姿が整っているのはある意味予想できていたことではあるがな」
「へ?お姉ちゃん?」
「ああ。俺達はキミ達一年生にはさわり程度の講義しか行っていないが、三年生に対しては実践的な指導を行っているからな。ユーフォリアとは何度か肩を並べたことがあるが、キミの姉は非常に優秀だな」
ああ成程、と納得すると同時にあたしは嬉しくて頬が綻ぶ。
大好きな姉を褒められるのは、我がこと以上に嬉しい。
これは余談だが、その姉は今回の休暇は実家に帰ってきていない。優秀な姉は学院の卒業後は王宮の女性騎士団に配属となることが既に内定しているので、この休暇ではその関係で王都に留まっているのだ。詳しくは訊けなかったが、おそらく内定先の騎士団で面通し的な意味も含めて活動しているのだと思う。
かっぽかっぽと馬を走らせつつ、あたしは緊張を紛らわせるためにも『剣の誓い』のメンバーに関しての前情報をシビルさんに訊いてみることにした。将来的にあたしがその一員になるかは置いておいて、少なくともこの休暇中はお世話になるのだから、ちゃんと知っておいて失礼がないようにしなければ。
とりあえず知っておくべきはクランリーダーとその周辺人物だろう、ということでシビルさんが口を開く。
「リーダーは知っての通りの英雄伯で、ルークの父親のシリウスさんって人なんだけど……そうだなぁ」
シビルさんは言葉を探すように視線を彷徨わせるが、そんなに難解な人なのだろうか。
「一言で言えば、童心拗らせたおっさん?」
「え?」
「すごい適当な人だから、そんな緊張する相手じゃないよ」
「えぇ……?」
グレンさんも『うんうん』とばかりに頷いているから、どうやら本当にそんな感じらしい。
いやでも、まあ、あのルークがそのまま成長した姿をイメージしたとすれば、そんなに意外でもないのか?
「んでイザベルさんは奥さんだね。基本的にノリで生きてるけど、良い人だよ」
「え?」
「シリウスさんは完全に彼女のお尻に敷かれてるから、イザベルさんを味方にできればシリウスさんは無視してもいい」
「えぇ……?」
グレンさんも頷いてるから以下略。
「であとクレメンスさんっていう眼鏡ダンディが居るんだけど、これが実質支配者」
「え?」
「イザベルさんもクレメンスさんには頭が上がらないから、彼を味方にできれば英雄伯夫妻は無視してもいい」
「えぇ……?」
グレンさんも以下同文。
……それでいいのか『剣の誓い』っていうかクレメンスさんって一体何者とか以前にそもそも誰ですか。っていう。
安心するどころか色々な意味で不安が増してしまったあたしである。




